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シナジー  作者: 鵜野 花
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chapter9 ①

めったに鳴らない、最近設定したメロディが、メールの着信を知らせる。

彼専用の、メールアドレスの着信音だ―。

思いきり体をびくつかせ、案の定、洗い物中の手を滑らせた。


「ああ・・」


勢いよく鈍い音を立てて、シンクに鍋が落下した。

ど、どうしよう・・・。洗い物を優先させる?それとも一旦中断させて確認する・・・?


「さ、先に洗っちゃおう」

そうは言ったものの、はやる気持ちの前に手は追いつかない・・・。


――深呼吸一つ。

とどめに、ふー・・と深く息をはいた。

それでも自分の鼓動が耳の奥まで聞こえてきて、落ち着いてこない・・・。


『この前の食事の件だけど、いつにしようか?希望の日があったら教えて』


「・・・・ごはん、本当に行ってくれるんだ」

勢いだけで取り付けた約束だった。だから本当に実現するのか半信半疑だった。


「・・・・・・・」


彼がいい加減な気持ちでいない事が分かって、胸が熱くなってくる。

ただそれだけなのに、こんなにも胸を昂らせる・・・。


『アンタ、それデート以外のなにものでもないでしょ?』


「デ、デートじゃないもん・・」


思わず楓の言葉が蘇ってきた。

そんな風に捉えては彼に失礼だろう。

そう。

これは単なる外出・・・・。

彼から送られてきたメールの画面を見つめながら自分に強く言い聞かす。


――気がつくと携帯電話を強く握り締めていた・・・。




◆◆◆




(もうじき梅雨だなぁ・・・)


前回とはうってかわり厚い雲に覆われて肌寒い。

捲くっていた袖のニットを少し下げつつ、上空の薄いグレー色の雲を眺めた。




「やっぱり今日も早かったね」

「こ、こんにちは。・・あれ、こんばんは、かな・・?」


現在の時間、夕方5時。まだ周りは明るい。

改札から出て来た彼はいつもの笑顔を見せながら、私の前に現れた。

今日は慌てないように、充分に落ち着かせてきた。

・・・・つもりなんだけど、どうだろう、か。


「はは。こんばんは」

「あの・・改めて、先日は野球にお付き合い頂いて、ありがとうございました」

「わ・・衣里ちゃん、いいってば。結構恥ずかしいから」

「・・・はい」


彼がそう言うのはあらかじめ想定済み。

なのでここははい、とだけ返事をして終わらせる事にした。

・・・・とは言いつつ、こういう慌てる彼を眺められて少しだけ嬉しい、という事は秘密にしておく。


「この前のメールでも聞いたけど、俺が決めちゃって本当にいいの?」

「はい。すみません、私そういうのよく分からなくて・・」

少し身を小さくした。


「と言っても俺もよく分かんないから人に聞いてみたんだけどね」

そういうと彼は軽く微笑んだ。


「・・まだ時間早いよなー。どっかその辺ブラブラする?」

「はい、私は構いません・・」


・・・あれ・・・、松本さん?


微かに自分の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた、ような気がした。


――松本さんでしょ?


今度ははっきりと。

声に導かれるように首を傾けた。


「やっぱり!松本さんだ!」

そこには懐かしい顔があった。


「・・・え、まさか・・、川瀬・・さん?」

「そう!すっごい久しぶりー」

「うわぁ、こっちこそ。久しぶりだね。・・元気そうで何より」

「松本さんこそ。2年・・ぶり・・ぐらいかな?」

「もうそんなになるのか・・・」


在りし日を懐かしむように、お互い軽く微笑み合った。

それ程までに月日が流れていた事に驚きを隠せなかった。


「――体調はその後どう?」

「うん。大丈夫。あの時は迷惑掛けてごめんなさい」

「何言ってるの!大丈夫ならそれでいいって」

「ありがとう・・。あ、川瀬さんは変わりない?」

「うん。あ、実はね、私今年いっぱいで退社する予定なの」

「・・そうなの?・・・どうかしたの?」

「ふふ。実は婚約してね。で、で、いわゆる寿退社ってやつなの」

「本当?!うわー、おめでとう!」


懐かしき人の幸せの一報は、私を幸せな気分にするには充分だった。

そう。彼女こそ、幸せになるべく値する人だから・・・。


「そこにいるのが、いわゆる婚約者」

「あ、このたびは、おめでとうございます」

いえ、と川瀬さんの婚約者は頭を下げた。


「松本さんは?そちらの方は、もしかしてご主人だったりするの?」

(・・・・・・!うわー、うわああ)


「あ・・・、えと、この方は知人なの!」

「そうなんだ。あ、はじめまして」

はじめまして、彼も軽く頭を下げた。


「あ、お邪魔してごめんなさい。まさか、ここで会えるなんて思ってもいなかったから」

「ううん。こちらこそ会えてよかった。お幸せにね」

「ありがとう。松本さんも体大切にね」

じゃ、とお互い軽く手を挙げ、別れた。


幸せそうな彼女の背中を眺めていると、幸せな気分以上に、あの日のもう一つの気持ちが蘇ってくる。

いけない―、そう思いつつ唇を軽く噛んだ。

沈みかけた気持ちを奮い立たせるように彼の方へ向き直る。


「・・・すみません、中林さん。えっと、彼女は以前の会社の同僚だったんです」

「そうなんだ。随分、久しぶりだったんだね」

「はい・・・」


・・・・彼の顔が少し影った、気がした。

曇らせたのは私のせい、だよね・・・。


「・・・・・・・」

彼ならきっと私が困るような事は聞いてこないとは思った。

ただ、何となく中途半端にしてもいけないような気もした・・・。


「・・・・人っていろいろあるからさ。無理することないから」


――まるで今の状況を把握してるかのような優しい声に心臓が跳ね上がる・・・。


「・・・・・・・・」

「・・・・そこでさ、コーヒー飲んでく?」

「あ、そう・・ですね」


思わず愛想笑いを浮かべてしまった。

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