chapter7
「アンタ、それデート以外のなにものでもないでしょ?」
「・・・っ」
飲みかけていたアイスコーヒーを噴出しそうになり、思わずむせてしまった。
「・・・ちょっと。大丈夫?」
「・・けほっ。・・・うん・・」
ハンカチで口元を押さえつつ返答する。
「ってか、デートじゃないよ」
「往生際の悪い子だねぇ・・」
意地の悪そうな笑顔を私に向けている目の前の女性は同郷の幼馴染の楓。
お互い、大学進学と同時に上京。地元には戻らず、そのまま就職。その後も引き続き交流は続いている。
たまにこうして食事したり飲みに行ったり、心配事を相談し合う仲は変わらない。
「・・往生際って。使い方間違ってる気がする」
「あのね」
楓は手にしていたカップをソーサーに静かに置く。
そして急に身を乗り出してきた。
「アンタが常日頃から言ってる事でしょ?好きでもない男と出かけたりするなんてあり得ないって」
(!)
「そ、それは・・!」
――マ、マズイ。痛いところを突かれた。
「別に何を否定するところあんのよ。いいことじゃない?つうか喜ばしい事じゃない?」
「・・・喜ばしい?」
「そうよ!やっと男出来たんだから」
「楓、さっきから何か妙な勘違いしてる!」
「・・は?・・ああ、付き合ってんじゃなくて単なる片思いね。ハイハイ」
「いや、そういう事じゃなくて・・」
この前、彼と野球観戦の約束をしてから数日後、いてもたってもいられず、この幼馴染の楓に久々の食事会と称して、さりげなく相談を持ちかけたわけである。
が・・・。
状況を説明した後、何故か私が彼を好きなのだという強引な展開へと事を進められてしまった。
「好きじゃなきゃ何なの?」
「・・・・・えっと・・・。そのー・・・・・、はは、本当に何だろうね?」
笑顔だった楓の顔が少々険しくなった。
「はー・・・。何でこういう事に素直になれないのかね?」
多分、いや、楓の言いたい事は何となくだが、分かった気がした。
「・・・・向こうは私の事なんか相手にしてないよ。だから私が好きとか関係ないと思う・・」
「相手がどうとか、どうでもいいの。衣里がどう思ってるかが重要なの!」
・・・・。
私の気持ち。
そう言えば私はどう感じているのだろうか。
じゃあ・・・、カップを脇に置き直しながら楓が尋ねてくる。
「何で自分から一緒に行こうって誘ったわけ?」
「・・・・・」
思わず俯いてしまったが、射るような楓の視線は痛い程感じられる。
「・・・ま、いいや。尋問みたくなっちゃってごめん」
「ううん。こっちこそ。変な空気にさせてごめん・・」
「・・・ふ」
「・・・え、なに?」
「衣里から男話聞くの、学生の時以来だなーって思って」
「・・・ははは」
思わず乾いた笑いが出てしまった。
「それだって単なる私の片想いだったってだけだけど」
「なーに言ってんの。あれは衣里が言わなかっただけの問題で、ちゃんと告ってればよかっただけじゃん!」
「いやいや、違うと思う・・」
「・・・それはそうと何で告んなかったの?」
「あー・・。今日はツッコミが鋭いね」
「言っとくけど彼女が出来たからって言い訳は許さないよ。それは衣里がもたもたしてたから相手がシビレ切らしただけなんだから」
笑って誤魔化そうとしたが駄目だったようだ。
「えっと・・・・、確信が持てなかったから?」
「・・・・・アンタ、ナメてんの?そんなの告んなきゃ分かるわけないでしょ!」
「・・・・ハイ・・」
「とにかく・・」
はーっ、と深いため息をつきながら楓は険しい顔を続ける。
「アンタそういうのに自信なさ過ぎなの。ちゃんとするところはちゃんとしないと。っていうかまず言わなきゃ分かるものも分かんないから!超能力あるわけでもないんだからさっ」
楓の言いたい事は分かる。
昔からそうなのだ。
楓のようにフランクに人と付き合えず、つい色々考えて悩む。
面倒な人間とは距離を置く、というのは一般的な人の心理というものだろう。
「あのね。どうでもいい人間に、こういうこと言わないから」
「・・うん。それは分かってる」
緊迫した空気を打ち消すようにアイスコーヒーに口をつけた。
「・・・ところで」
「何?」
「彼は独身なんでしょうね?」
思わず動きを止めてしまった。
「・・・・・・・・・・・・あ」
「あ?」
そういえば、この点を気にしつつも、つい確認しそびれていた。
――何てことだ!
「アンタ、まさか既婚者?!」
「そ、それはないと思う。・・・多分」
「はぁ?!」
「指輪してなかった気がする、し・・」
それは、薄ぼんやりした記憶の中で気がついた点ではある。
「あのね、ずる賢い男は指輪してないものなの!」
「・・えっ?!」
「しかもわざと外す馬鹿もいるし」
少し血の気が引いてくるように感じられた。
「・・・彼はそういう人じゃないと思うんだけど・・」
楓が顔を近づけ、私の両腕を鷲づかみにしてきた。
「確かめなさい」
「か、楓。マジで怖いから!」
あまりの迫力に圧されそうになる。
「確かめなさい」
「分かったから落ち着いてってば!」
鷲づかみにしていた手をほどくと、ふーっとため息をついた。
「既婚じゃなきゃ万事それでOKだから!」
「・・え?!」
「何はともあれ、まずはそれね」
「・・・彼女いたらどうすんの?」
「は?関係ないけど?」
「いやいや・・・」
楓は昔から率直、というか行動的、というか、そういう大胆さはあったが、こんな感じだったろうか?
「・・・もしかして何かあった?」
カップに手をつけようとする楓の手が止まる。
「別に」
「・・・ふーん。ならいいけど・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「あー!もう!!何でそこで突っ込まないの?」
「言いたくないかと思って・・」
「言いたいけど言いたくない、でも突っ込まれたら言いそうなこの気持ち理解してってばぁ!」
「無茶言わないでよ」
「・・・・・」
「で、どうしたの?」
「・・・っ。好きな、人出来たんだけどね・・」
「・・・うん」
「その、そいつがさ・・・、既婚者だったわけ」
「・・・・そっか」
「ただ、さ、周りが既婚者かもって言ってたのに、本人がはっきり言わなかったもんだから、何かそこらへんがもう本当に頭きてさー・・」
「そうだったんだ・・」
「だからねっ」
そう言うと楓は身を乗り出す。
「つまり。衣里には、そういうムカツク思いをしてほしくないわけ」
「・・わ、分かった」
その気迫に、私は別に好きってわけじゃない、とは言えなくなってしまった。
「衣里にしてはめずらししく積極的だからさー。何とか独身であって欲しいわ」
そう言うと楓はまたいつものように豪快な笑顔を見せた。




