表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シナジー  作者: 鵜野 花
1/62

chapter1

ここは静かで落ち着いている。

決して広くはないが狭すぎず、隠れ家的な場所。

家で飲むのは嫌で、でもどうしても飲みたい時にはもってこいの場所だ。


知人の親戚の方が経営するバーだと聞き、連れてきてもらって早三年。

マスターともすっかり知り合いになった。


とある日、いつものように、いつものカウンターで、いつものワインを飲んでいた。

見慣れぬ男性がフラリと一人で入って来た。

一人で飲みに来る男性は大してめずらしくないし、当然気にもとめていなかった。

はず、だったのに・・。

今日に限ってはどういうわけか、妙に気になった。


男性はそのまま入り口付近のカウンターへと腰を下ろす。

そして、マスターに手馴れた様子で注文をした。

(・・・常連さんかな・・・)

静かで優しげな雰囲気。ジャケットは着てるけど、ネクタイはしてない。

自由な雰囲気を感じつつも、どこか頑なな印象を受ける。

何というか・・・。

女性受けしそうな雰囲気だ。

(馬鹿ね。何考えてるの・・・)

思わず自分の考えに一人、ツッコミを入れてしまう。


「あのー・・、もしよかったら一緒に飲みませんか?」


頭上から声を掛けられた。

ゆっくり振り向くと、そこには男性が二人。

年は・・・、20代前半ぐらいだろうか。一人は相当酔っ払っていた。

(・・え?わ、私に声を掛けてきた?)


「よかったら、あっちでどうです?」


目を泳がせた私と目が合うなり、ニヤリと意味ありげに笑われた。


「あっ・・・。いえ、もうそろそろ出るので・・」


2杯目のワインはまだ一口しか口をつけていなかったが、不穏な空気を感じて、帰る支度を始めた。


「えー?!まだ来たばかりじゃないですかあ!こっちにどうぞー!」


相当に酔いが回っているのだろうか。

ニヤニヤしながら私に近づいて来る。


「あの!本当にもう帰るので!!・・・スミマセン、お勘定を!」


別の席で接客をしていたマスターに話しかける。

自分自身ほろ酔いのつもりはなかったが、あせりも手伝い、少しフラフラしてきていた。

(・・・マズイ。すごいあせる。・・どうしよう・・・)


「俺ら全然怪しくないですからー」


そう言うと、男性は腕を掴もうとしてくる・・・。




「イテ!イテテ!!何すんだよ!」


あのカウンターに座っていた男性が、私に触れようとしていた手を掴み上げていた。


「今すぐ自分の席に戻って大人しく飲むか、さもなくばマスターに頼んで今後、出禁にしてもらうよ」


「イタタ!!」


男性はより一層腕の力を強めた。


「・・・・・・どっちがいいんだ?」


「か、帰ります!!」


先程の顔とは一転させ、血相を変えた人達は、マスターの方へお札を押し付けると、逃げるように飛び出して行った。


(・・・え、今、何が・・・)


不穏を告げていた心臓の鼓動が早過ぎて、今のこの状況をすぐさま把握出来ずに、ぼんやりしてしまった。

そして、何事もなかったかのように自分の席へ戻る男性の姿が目に入った。

我に返って男性の元へと駆け寄る。


「あ、ありがとうございました!」


軽く頭を下げた。


「・・・・いや、大したことしてないから、さ・・・」


さりげないが、でもそっけなさすぎず男性はそう答えた。


「・・・・・・申し訳ありません。何ともないですか?」


私達の間に、マスターが駆け寄ってくる。


「普段はそうでもないんですが、たまにああいう方もいらして・・・。本当に失礼致しました」


「・・・私は、全然大丈夫です」


「よろしければ店から奢らせて頂きますのでお座りください」


「えっ?あ、私は大丈夫ですので、あちらの方に・・」


「いえ。お二方に。一杯ですが是非どうぞ」


「じゃあ。マスター、これ一杯、遠慮なく頂きますね」


「ええ」


男性はそう言うと静かに飲み続けた。


「あなたもどうぞ。宜しければ別のワインに致しましょうか?」


「いえっ。今のこのワインで大丈夫です」


あまりに唐突で急な展開に面食らい、少し呆然としてしまった。

胸に抱えていた荷物を手に持ち替え、自分の座っていた席へと言われるがままに戻る。


一口しか口につけていなかったワインを眺めた。

グラスにそっと手を添えてみる。

そして、静かに、気づかれぬ様に、あの男性に視線を移した。

男性は静かに飲んでいる。まるで何もなかったかのように・・・・。


「マスター。じゃ、ごちそうさま」


「もう宜しいんですか?」


「うん。用事思い出しちゃってさ。また来るね」


「ええ。お待ちしてます。お気をつけて」


席から立つと、すぐさま去って行ってしまった。


(・・・え、ど、どうしよう・・・・。何だか悪い事してしまった気がする・・・)


申し訳ない気持ちでいっぱいで、手を添えただけのワインを飲めずにいた。

僅かに手が震えてくる。


「気分がすぐれませんか?」


顔を上げると心配そうな顔をしたマスターがいた。


「あっ。いえっ。考え事してて・・。大丈夫です」


「何かあれば仰ってくださいね」


「はい・・・」


「・・・・・・・」

(マスターは・・・、何か知ってるかな・・・・・・)


そう思うと聞かずにはいられなかった。


「あのっ」


「はい?」


「先ほど助けて頂いた男性は常連の方、ですか・・・?」


「時々お見えになる方ではありますよ」


「そうですか・・・」


グラスをギュッと握る。


「悪い事をしてしまったようで、気になってしまって・・」


「あの方の全てを知っているわけではないですが、あまり気になさらない方がいいと思いますよ」


「そう、ですかね・・」


マスターから少し視線を落とす。


「ええ。善意から行ったことですから。気になさらない方がいいです」


「・・・分かりました」


少し間をとった。


「ワイン、頂きます・・」


「ええ、どうぞ・・」


マスターは柔らかい笑顔を見せた。


(次に会えたら、会えるか分からないけど、会えたらちゃんとお礼を言おう!)


自分に言い聞かせるかのように飲み干したワインは少し苦い味がした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ