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初春の夜に元勇者

(一生の不覚だわ……! このツクシちゃんが、よりにもよってソラ君の前で泣くなんてぇ、こんなぁ……!)


 焚き火と椅子の他に、新しく造られた水で出来た透明な長方形の箱。

 それに腰掛ける巨漢、ツクシ。


 何かを恥じ入るように、そのごつい両手で顔を覆い、首を振っている。隠しきれない顔は真っ赤に染まり、まるで赤鬼のようだ。

 彼女は先ほどまで泣くまま、自身のこれまでの短い間の境遇をぶちまけていた。子供のように。

 それが恥ずかしかったのかもしれない。今までソラに対しお姉さんぶって大人に見せようとしていただけに、余計に羞恥を感じたのだろう。


 それを横目に見ながらも、その挙動とその恐怖の姿に触れぬよう気をつけながら、ソラはまじまじ件の人形――ただ巨人の特徴も持っているようだったが。の【シンの魔法】という言葉を思いだしふむ。と頷き、ぼそりと呟いた。



「……シンの、魔法か。似たような言葉を、どこかで聞いた覚えがあるような。確か……」

(魔王の、最後の言葉?)

 

 かつての記憶が頭に過ぎる、漆黒の闇と綺羅星が散らばる空間で放たれる、世界を崩すとどめの一撃。勇者らしく、しかしソラらしくなく、都合良く覚醒したかのような最後の一撃。

 その瞬間に世界に響いた、魔王の今際の声。

 


 ――【ロクの魔法】さえ揃っていれば、貴様になど、貴様になどぉぉぉ……!!



 魔王の怨念が籠められた、声。



 ソラの嘲笑と、戒罰の仕草、いわゆる親指を立てた《地獄に落ちろ》ポーズで送られた魔王の最後の言葉。

 それ以外にも色々言っていたような気もするが、その言葉が一番、変な感覚と共に、やけに頭に残っていたのを思い出す。その言葉【ロクの魔法】。

 まるで自身の亡くした半身に会ったかのような、そんな奇妙な感覚だった。

 まあ、その後すぐに崩壊し始めた空間からの脱出の為やらなんやらで、その感覚も言葉も今の今まで忘れていたのだが。


 いまだ、いやンいやンと巨体をくねらせるツクシを見て、その異様さを再確認した後、「やばいな、あれは……」とさりげなく目を逸らし、また訳の分からない言葉が出てきたなと、更に思考を進めていった。



(魔法……。世界に現象した奇跡)


 そう歴史に残る魔法。具現した奇跡。

 魔王との戦いで、掴みそうだった一欠けら。最後の一撃がそれに近かった。

 と、ソラは勝手に思っている。


 あの時の自分が世界そのものになったような感覚。圧倒的な全能感。心を冒涜する魔王の力など、鼻くそ以下に思えた感覚。それは魔法としか考えられない。それ以外にソラの知識で説明できる力が無かった。



 魔法。魔術の六色の内、四つの色を極めた筈のソラですら至れるかあやふやな物。魔王との争いの後から今まで、一度も掠りもしない、魔法。

 吟遊詩人に詠われる、六色大国の建国の祖の師である、六色を極めた【賢者】ですらも至れなかったそれ。


 伝説にすら微かにしか残らぬモノ。長き魔術歴に燦然と輝く幾多の英雄、勇者、そして大魔術師達ですら誰一人至れはしなかったモノ。

 それが魔法。



 考えれば考える程、不安に心が揺れる。いくらかつてのように傲岸不遜に振る舞っても、かつてのように少なからず自身を信じる事など出来ない。

 自分は復讐すらも、自身の甘い心に遮られ実行できなかった。ただの俗人、力のみしかない愚者である自分が至れるのかどうか、不安でたまらない。

 けれど。



「…………」

「くぅ。ホント、おかしいわよ、あんな、あんなのって、しかもソラ君にぃ……ちくしょー。ふざけんなっつーのぉ。このツキちゃんが、あんな中二病のソラ君の前でぇ? 何よあれ、どこの乙女だっつーの。そりゃツクシちゃんは超絶美人で、傾国どころか傾世の美女だけどぉ……そう、そうよわたしはび、じ、ん……そうじゃん。わたし今、化けもんみたいな姿に、あぁ……こんな、罪よ、こんなの。神のばかやろー……」


「…………ぶれないな、ホント」


 自分の言葉を信頼しているからこそ、普段通り、以前のような雰囲気に戻れたツクシ。いつも通りの捻じ曲がった本性、取れた仮面の下に浮かぶ腹黒さ。仕草に滲み出る、女女した艶。今にも漂ってきそうな女臭さ。ただし今の姿は巨鬼(きょき)に勝る、地獄から這い出る怪物の如き姿だが。

 それに口から出る言葉も、色々さりげなくソラのトラウマを抉る辺り、この姿に劣らぬ悪魔のような心を持っているのかもしれないと思わせる。





 ただ、こんな状況にあって自身を信頼しきった?ような、彼女の姿を見てしまえば、不思議と力が湧いてくるのだ。自然と微笑みが産まれてくるのだ。


 ならば、やるしかないではないか。




「おい。明日は、早い。もう寝たらどうだ? 色々やることもあるしよ。主にお前関連で」


「うっ……。分かってるわよ、ソラ君の癖に……! あーあ。わたしにデレデレして、幼馴染君達に怒られてたソラ君はどこいったんだろ? 怖かったなぁ、わたしの事、ぎらぎらした目で見ててぇ」


「だぁっ! うっせえよ! デレデレなんかしてなかっただろうが! ただ、ちょっとボーっとしただけで……! って、違う違う! 明日はまずは金策! 道中にやろう、ツクシの力の制御の練習も兼ねて! あ、後は、魔法に関しての事も調べる事も忘れたらダメだ! 分かったか?」


「へーん。何焦ってんの? 馬鹿じゃーん、分かりましたよーだ」


「……お前は、本当によぉ。ていうかよ、あの時、気持ち悪いって言ってたけど、何が気持ち悪かったんだ?」


「べー……知らなぁい。あぁ。何かね、蜥蜴がいたのよ。それがわたしの胸に引っ付いてたから……ホンット、キモかったぁ」


「そ、そか……」

(間違いなく消し飛んでんな、その蜥蜴)


 恐らくは塵も残さず消えてしまっただろう蜥蜴の冥福を祈るソラ。

 もはやソラが件の蜥蜴を見る事はないと思われる。





 そうして、失われてしまった命に思い馳せていると、


「そういえばさぁ、ソラ君? あの幼馴染君達は何で一緒に来なかったの? ソラ君があのいい子ちゃんと離れるとか、思いつかないなぁ。いっつもホモ……キモいくらいべったりなのにさ……あ……もしかしてぇ、ソラ君喧嘩でもしたの? あの子うっざいくらい偽善者だもんねぇ、自分ごまかしてさ……」


「ああ。もう! ホントに何でお前と言い、アイツらと言いそんなに互いを敵対視するんだよ……強制はしたくねえけど、もっと仲良くだな」


「あぁ、あぁ。うっさいつーの。そんな事聞いてないから。……で、何で置いて来たの?」


 


 何かを探るようなツクシの透明な視線には気づかずに。

 ソラは諦めたようにため息を吐きながら、さわりだけ説明をする。

 それは過去の経験から導いた苦渋の決断だったと。



「……別に、置いて来たわけじゃねえよ。俺様達はこの世界に来たばかりだ、何の根も降ろしてない。生活するにゃ厳しいだろう。そんで勇者として厚遇されている間、あいつ等は王族並みに安全なんだよ。逆に俺様と一緒に来るのは、即逃亡生活の始まりだ。魔術歴でも初の世界を跨いだ勇者召喚の成功者だから当然だろうが……国と、くそったれな協会の生臭坊主共はそりゃ必死になるだろうよ」


 そして一拍置いて、指を立ててにやりと笑う。


「ま、今は利害の一致ってやつから預けてるだけだ。むかつくけどなァ。だから俺様の基盤が、危険を退けられる準備が整ったら迎えに行く。国の事なんか知るかってんだ。それにあいつらに迂闊な仕掛けも出来ないようしっかり防備も施してあるし、自衛能力も学べるし、常識も分かるし、俺の気持ちを別にすれば現状ではあれが最適だ」



「ふーん……つまんねえの。ま、別にどうでもいいんだけどー。そういや、魔王ってのはどうすんのぉ? 国の人達とか、困るんじゃあ……ないの? ツクシちゃんにはどうでもいいんだけど」


 納得したようなしていないようなあいまいな表情で声を漏らした後、ソラの話で出てきた勇者の反存在である魔王の扱いについてさりげなく聞いた。それはツクシの根っこの部分の性質(たち)に関係があるのだろう。


 言った後、自分らしくないとでも思ったのか、どこか恥じらいの色が頬に出ていた。


 ソラはmそれには気づかないような振る舞いで返す。


「それなんだが……魔王はいない」


「? なんで言い切れるの?」






「――俺が魔王を消したからだ」





 少しの間を置いて空気を揺らし、ツクシに届く言葉。

 ソラの僅かな逡巡を見て取れる、視線の揺れ。




「ふーん…………? ?? は? 何? え? 意味わかんないんだけど、もしかして……またチンピラ中二病時代に戻っちゃった? だから俺様は嫌だって言ったのに! この不良!」



 混乱が溶けないまま、かつてのソラの行動や言動を揶揄する言葉で反撃を行うツクシ。

 それは目の前のソラを、魔王を倒した存在【勇者】だと認めて遠くに感じたくなかったからか。それとも単純に信じられなかったからか。

 

 そんな反応に、ソラは憤然とした。



「ま、また、てめえは昔の事ほじくりかえしやがって……! 俺様が中二病だったらてめえは天使の皮被った悪魔じゃねえか! 初対面のお前とクラスの皆の前のお前の落差にどれだけ恐怖した事か……!」


「ふっふ~ん。別に悪魔でもいいもん。だってツクシちゃんってば、こんなに可愛いんだから!」


「……今のお前にそれはねえよ。女の香りさせるんの止めろ。死にたくなる」


「ひ、ひっどおいぃ! ツクシちゃん泣いちゃうよぉ……?」


 ソラは言い返そうとして口を噤んだ。

 それは目が悪魔のように危なくギラツキ、口は鬼のように牙を剥くほど捲られていたから。そしてその陰にかつてのツクシの幻影を見たから。氷の如き冷徹な視線と、酷薄なブルーの笑み。「てめえええぇぇえ、それ以上言ったらぶっ飛ばすぞ、こらぁ」ってなもんだ。


 以前ツクシに色々とされた、嫌な思い出が甦ってきた。


「そ、それは兎も角。俺様はここで勇者やって、なんやかんやよく分からない事があってあっちの世界で生きてた訳だ。それでいいだろ? 納得してくれよ」


「……ふぅーん。だから色んな事知ってたの……それあのいい子ちゃん達は知ってるの?」


「い、いや、知らねえ。白の国とかにはいい思い出がないからな。少しでも知られる危険を残しておきたくなかった……って聞いてんのかよ、おい」




 下を向いたツクシを怪訝に伺う。少し震えた筋肉に恐れをなして何気にソラも震えている。幾ら多くの強者と対峙してきたソラでも、やはり色々と慣れないものなのだろう。

 


「くふふ。そっか。わたしだけかぁ……うん。よし! なら、しょうがないから信じてあげるわっ! だからわたしの事しっかり見ててよね」


「……はあ。なんか、軽いなあ。おい」


「ふふん。だってツクシちゃんだもん!」




 そんなツクシの言葉に、かつてのツクシを幻視した。

 ウサギみたいにくりくりした悪戯気な瞳と、桜のように色づき、整った皮肉気な唇。

 ふ。と笑いが込み上げて。信じてくれるならそれでいいか。と納得した。そして笑顔のままに緊張していた体から力を抜く。

 荒唐無稽な話だと自覚しておきながら、信じてもらえない事に恐れをなしていたのか。なんて分かって苦笑が浮かぶ。

 

 

 しかしそれを収めて、初春、そして異世界の初夜に終わりを告げる事にした。

 これ以上はまた明日話せばいい。


「ま、所詮元勇者だし、そんなに気にしなくてもいい。とりあえず、そういう事だって分かってればなな。さあ、もう寝た寝た! それ、ベッドだからな。ゆっくり寝ろよ。詳しいことはまた話すからよ」



 そう言って、ソラは腰掛けていた水の長箱に横になり、水で出来た布団のような厚みのある布を被る。透明だが向こうは透けて見えない不思議な水の布。それを見て、ツクシも恐々と箱に横になり潰れない事を確認すると、同じように手さぐりでとった布を被る。この水のベッドや他にも色々突っ込みたいことはあるようだったが、ソラが横になってしまったので彼女も一先ず寝ることにしたようだ。





「じゃ、お休み」


「うん……お休みなさい。あ、ツクシちゃんがあんまりにも可愛いからって……襲わないでね? 信じてるからね? わたし達、友達だって」


「襲うかぁっ!!」







 どうにも締まらない二人を余所に、夜は更けていく。










 白の国。【白光の王城】の一室。


「ソラ、大丈夫かな……? やっぱりボクも着いていけば……」

「だいじょぶ、だいじょぶ! 上梨君はいつだってなんだって乗り越えて来たんだから!」

「そうですよ。アナタが彼を心配するのも分かりますが、彼が頼りになるのはアナタが一番知っているでしょう?」


「うん……そうだね……ボクが彼を信じなきゃ! よし! また会った時ソラに負けないよう、明日から頑張ろう!」



「うん!」

「はい」



 

 共に召喚された、者達も。

 同じ空の下で、同じ時を過ごす。

 いつか来る再会の時を想って。



 3/23加筆・修正

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