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月下再逅

「……っ。ぉえ……! く、何だあれ!」


 漸く嘔吐きが収まってきたソラ。天には輝く星と、仄かな満月。

 ソラは思う。故郷世界の初夜に相応しい綺麗な夜空だというのに。

 俺は、一体何をしているのだろう。

 聞こえてくる気持ちの悪い、本当に気持ちの悪い口調と、女のような声に、ソラは凄まじく精神を削られていく。

 ……ああ。巨人種が竜種と強さでタメ張りながら、あんまり伝承に出てこないのは、こういう事なのかもしれない。


 女声の筋肉巨人から目を逸らし、そんな現実逃避をするソラ。



 なるべく見ないようにしたい、けれど危険過ぎて完全には目を離せない。そんな危険なくねる物体。譲歩して、視界の内に微妙に入れる事だけで精一杯な元勇者であった。



 けれど元勇者らしい精神力で、何とか持ち直し現状の分析を始める。勿論巨人は警戒したまま。

 魔王の精神汚染に比べればマシ。なんて思ってもいない事を思いながら。


 勿論、事実は目の前の物体の方が激烈だというのが、ソラの本音だろう。


(巨人、なんてのは有り得ない。身長は二メートルくらいか? そもそも、伝承では大陸より大きな竜なんてザラだ。それに対抗できる巨人種が、こんなに小さいはずがない。……でも)



 あの異形が手を振るたび、触れた木々が分解されていく。けれど魔術が発動している気配など無い。それではあの異常な力は魔法か、それとも単純に異常すぎる力によるものか。

 腕が振られ、遅れて轟音と衝撃風が訪れる。近くの白木は捻れて千切れ、余波がこの異界の遠方まで蹂躙していく。それはさながら竜巻の如く。一生物で自然を凌駕しかねない程の力が奮われていた。

 あんなでたらめな肉体を持つのは、巨人くらいしか思い浮かばない。


 けれど現在まで伝わる巨人種の持つ筈の、気術らしき何かを使ってないのが分からない。巨人は今では殆ど廃れた気術を昇華させた何かによって肉体をより強靭にして、竜と対抗していたと伝承に残っているのに。ならばやはり巨人ではないのだろうか?


 どちらにしろ実物を見たことが無い以上、ソラでは判断のしようがなかった。

 ならばどうする事が正解なのだろう。



「……殺せるか?」


 あれを。そう自身に問いかける。

 自身の全てをぶつけたら、多分消滅してくれると思う。魔王でも消えたのだ、ならばあの異形が消えるのも道理。

 ……なはず。多分。恐らく。巨人ではないならば……



 ソラは首を振って、湧き出る不安を散らす。今も破壊の嵐を巻き起こす巨人を眼下に、再度思考を戻した。


 あれが外に出てしまうのは時間の問題だろう。この白篭りの異界も、桁の違う存在に悲鳴を上げてしまっている。

 

 とはいえ、だ。別にあれが外に出て、この世界を蹂躙しようがソラにはどうでもよかった。例えあの存在に対抗できそうな者が殆どいないことを知っているとしても。


 けれど、それは。幼馴染達がいない場合に限っての話だ。外にはその例外がいる。この世界に来てしまっている。


 

 ならば。あれはここで倒さなければならないだろう。

 だけれども、今も破壊の踊りを続ける異形を見て、段々自信が消えていくソラ。ソラのいる場所までその余波がフードをバサバサと揺らす。


(勝てる。だって俺一応元勇者だし。元ってか今も人族最強だし。大丈夫、そう。うん。大丈夫だよね……?)


 そんな彼にある言葉が届いた。



「今日はモデルの仕事だったのにぃ!! 何よここ~!! なんだってのよ、あの変な人形は~! 出てきなさいよっ! 何よ、一体! シンって何なのよ~!!!!」



 信じがたい言葉だった。自身が偽勇者だと断じられた時以上の絶望感。


(あれがモデル……だと?)


 モデル。容貌の整った者の職業。一般に美しいと考えられる者達の名称。

 容貌の整った。

 美しい。


 容貌の整った。

 そして美しい。


 美しい……



「……美しい、だとぉ?」


 あれがモデル。

 そんな事実から目を逸らそうと、ずれ始めた思考。モデルという事実から、思考が逃避していく。これは戦略的撤退なのだ。


 そんな思考の逃避が、ある事に気づかせた。


「待てよ……モデル? この世界にモデルなんて……職業は無い。だったらあれは――」


 ソラ達の居た世界の人物という事。

 信じがたい衝撃がまたもソラを襲う。あんな者が、この非常識な世界なら兎も角、比較的常識的なあの世界に居た。生息していた。




 ソラは、この短時間での余りにといったら余りな衝撃が次々に訪れたせいか、驚くことに疲れ始めていた。


「……勇者召喚の誤作動か? 意味がわからん。それにしても……あれが同郷だなんて信じられん……! それにあの力……何も持たず素でガチンコしたら、俺でも」


 負けるかもしれない。


 疲れた頭で次々に思考を働かせる。人形だとか、シンだとか気になることを言っているのは置いといて、あの異常な力が不可解だった。そも勇者召喚とは、潜在能力に対して反応し召喚するものだったはず。


 そもそも勇者召喚の魔法陣は、魔法使いが使っていた世界を移動する魔法【世跨(ヨコ)】を送還と召喚に分け魔法陣化させた内の片方。確か、送還の魔法陣を何千年がかりで解析して、何とかいじったやつなわけであって。それには決して力を与えたりするような効果はないし、加えられるようには出来なかった。


 下手にいじれば、魔法時代の貴重な魔法陣が消えてしまうかもしれない上に、魔法陣なんてオーパーツ、現在の衰退した魔術では手を殆ど加えられなかったのだ。思うままに創れるのは、それこそ魔法使いや神魔、伝説の幻想種達のみ。


 まあ、その御蔭で隷属などの魔法も加えられなかったわけだが。


 

 それなのに。あの同郷らしき変態……そう、あの変態は余りに異常な力を持っている。幻想種にすら匹敵するような力。人を逸脱したと自負できる、元勇者足るソラをも状況や環境次第では負かしかねない力。

 

 ソラの立場からすれば、本来なら全ての力を持ってでも消さなければならない相手だ。例えこの異界が一つ犠牲になろうとも、それは小さな犠牲だといえる。一つの小世界が犠牲になるのなら、十分過ぎる。そんな相手。魔王並の相手。




「はあ。くそ……。同郷なんて、気づかなけりゃ良かったのによ……」


 にも関わらずソラは、最低限の備えのみで変態のそばへ降りていくと、右手の指先に小さな水玉を現象させた。勢いよく渦巻き、月光を乱反射させキラキラと輝いている。まるで地上に降りた綺羅星。

 そして、それを。


「おいっ!!! 変態! ちょっと大人しくしろ!!」


 吹き荒れる暴力と衝撃の間隙を縫って、変態が立つ足元の地面へ放つ。

 それは狙い(たが)わず変態の足元へ当たり、小さな体積に見合わぬ現象を起こす。



「きゃあああああああ!!! な、なに!?!? なによっ! 今のおおお!!」



 ゴオッという低い音と共に、まるで間欠泉のように凄まじい勢いで吹き出す極太の水柱が現れて、変態を瞬く間に空高くへと持ち上げていった。

 そしてその巨体がある程度の位置へ上がったと同時、ソラは左腕を肩まで上げて、その手をギュッと握る。

 すると、向こう側が歪んで見える透明な球体が現象した。風を圧縮した風の卵殻が、変態と重なった場所に現れ、変態を一瞬にして空中に固定し、その動きを封じた。

 しかし。


「ちっ……。あの野郎、なんつー力だ。これじゃあ一分も持たねえな、こりゃ」


 叫び、もがこうとする変態により、既にその堅牢な殻は軋み始めていた。

 それを見てとったソラは、空中を歩き変態に近づくと再度大きな声を上げる。


「おい、こら変態!! てめえ、ちょっとこっち見ろや!」


「えっ!? 人!?? というか変態って誰の事よっ! この可愛い可愛い、天使よりも可愛い月詩(つくし)ちゃんを捕まえて、変態なんて頭おかしいんじゃないのぉっ!???」

「変態以外に何があんだテメえええええええ!! それ以上えげつない精神攻撃してくんじゃねえよっ! 俺が廃人になっちまうだろうがボケええっ!!」


 大地を揺るがし雲を散らす甲高い咆吼に、必死に声を張り上げ、その許しがたい言葉を否定するソラ。

 しかしその中に聞き逃せない言葉があった。思わず変態を直視し、聞き返す。


「…………つうか、え? 月詩だって……? 名前が一緒なだけだよな……?」


「なによお、ワタシ、キミみたいな失礼な人知らないわっ! そんな、中二病?みたいな変な格好して……って空中に浮いてる!? あ、何よこれっ! か、体が、う……ご……かないいぃいぃ……!!」


「……月詩? これが? そ、そんな馬鹿な……」


「はっ……!! も、もしかして、ワタシを襲うつもりねえぇ! この変態!! この人でなしぃ! やれるもんなら、やってみなさい!! 殺ってやるからぁぁっ!!!!!!!」 


「やるかああああああああああっ!!」


 血走らせた眼光と、ソラの前髪を震わせ揺らす咆吼に、喉も裂けそうな叫び声を返すソラ。

 しかしそこでハッ、と首を振り、フンフンと鼻息の荒いその変態に対し真剣な眼差しで、恐る恐る声を掛ける。




「本当に、月詩なのか……? テメエが、あの隙間モデル? あの腹黒ウサギだっつーのか……?」


 信じられない。

 そんな思いと共に、ソラの言葉は変態に届く。

 同時にソラの頭に被っていたフードが、パサリととれた。


 月明かりにソラの顔が照らされて、変態はハッとしたように目を開き、震えた弱々しい声を絞り出した。



「その呼び方……その顔……。ソラ君? もしかしてソラ君なの……」


 ソラは確信した。間違いなく目の前の変態は、月詩なのだと。


 月詩。フルネームは虚衣(うつろい)月詩(つくし)


 ソラ達のいた学校の売れっ子中学生モデル。女優の母を持ち、中学生らしかぬスタイルと、成熟した雰囲気と涼やかで美麗な容姿を持った学校のアイドルでもある女の子。


 容姿端麗で品性方向、優等生。

 でも本性はウサギみたいに臆病で寂しがりやな腹黒我が儘お姫様。いつも一人で売店の裏の建物の隙間に挟まっている変な女の子。何故か幼馴染達と仲の悪い女の子。

 ソラに対してキツい事ばかり言ってきて、皮肉屋で、でも分かりにくい言葉でいつもさり気なく気にかけてくれる女の子。我が儘なのに肝心な所で遠慮する馬鹿で優しい女の子。


 ソラが平和な世界と血なまぐさい前世の摩擦に悩んでた時も、からかってお姉さんぶって必死に他人と繋ごうとしてくれた。


 そんな、不器用な女の子。



「そんな……。何で、お前がこんな世界に――」



 残酷な世界の、月の下。

 変わり果てたお姫様と、元勇者に月の仄光(そくこう)が、降り注ぐ。

 ヒロインです。メインヒロインの双璧です。

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