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白に包まれる名状し難いモノと元勇者

 

 ソラは傾いてきた日差しに時折目を向けながら、獣道を進む。

 目的地はこの大陸の者は決して足を踏み入れぬ森の一つ。


 通称、【白篭り】。

 かつては白子森と呼ばれ、いわゆるアルビノの子らが捨てられた白捨ての森。


 いつからかは記録に残ってはいないが、白。そして黒。それぞれの色を体色に持つことは不吉な事だと伝えられていた。特に髪などは儀式魔術において重要な要素の一つでもある部分だと考えられていた為に、黒髪、白髪の者は特に疎まれ恐れられていた。



 ――黒は恐怖を撒き散らす悪魔の使い。白は死を呼び込む死神の使い。


 明確に何かが有ったわけでもないのだが、白髪は死に近い老人の髪色を連想させ、白髪を持つ者もまた虚弱で早くに死ぬことが多かった為、死に近いと考えられた。黒髪は強大な魔力を持つことが多く、その境遇から感情のままに力を奮うことが多かった為、恐れられたのではないかと考えられている。


 しかし長き歴史の中。黒の髪色については、その力に着目した時の王がその待遇を改善させ武力へ転用しようとした為、今ではそこまで深刻な差別があるわけではない。とは言えソラの居た村など、僻地では未だ差別は続いてはいるが。昔のように殺すまではいかない程に変わった。

 しかし。



「ふう。近くに見えてきたな……」


 草木が邪魔する獣道を抜ければそこは、さらさらと風が滑る緑一色の豊かな草原。その遥か向こうに見えるは、白に染まった森。

 その森を見て、ソラはこの世界の深刻な差別を思い返す。現世でソラが知った、アルビノという現象を知らない、知ろうとしないこの世界の人々が繰り返す差別を。



 白髪の差別は止みはしなかった。わざとか、優遇しようと利益がないからか、時の王は、それに続く王達は、白髪に対し何の策も講じなかった。

 それどころか運が悪いのか、はたまた黒髪の待遇改善からの視点逸らしか、それに対する国民の鬱憤晴しの対象にする為か、研究者がタイミングよく、魔物が白子を育てないという生態を発表した。



 魔物ですらも育てない死の化身。当時の人達が考えた事は大体そんな所だろうか。

 

 それから続いて、各地の特定の森に魔物が白子を捨てていく事を発表。

 そして、いつからか。魔物が捨てる森に、自らが差別を受けない為に白子を産んだもの達が捨てていくようになったのだ。



 それは白を国色とする、白の国の民ですら例外ではなかった。



 そして白子の森と呼ばれた森は、時代ごとに名前を変えていき、白子守りから転じて、白子森。そしてある時森で消える人々が続出し、国の騎士団も赴き丸ごと消えたことから、白子の亡霊が呻き、篭る一種の異界として、白子が篭る。

 白篭り。なんて呼ばれ恐れられるようになった。今では殆ど誰も立ち入らない。

 そんな森。







 紫に変わり、黒へと色を変えていこうとする空を見て、ソラはのんびりとした歩みを止める。


「んー。少しのんびりしすぎたみてえだな」


 そう言って、足のつま先で地面を二度叩く。傍目には何の変化もないのだが、ソラは体を捻ったり屈伸したりして何かを確かめた後、その場から一瞬にして消えた。



 いや。傍目には消えたように勘違いしてしまうほどの速度で走り出したのだ。草原に屯していた、耳が角のように鋭い耳角兎の横を、風と化したソラが通り過ぎ、草原の草を撫で駆けていく。

 耳角兎が何かに気付いた時には、既にソラは遥か先に通り過ぎる。そんな草原の獣達が何かに反応した時には既にソラは通り過ぎ、遅れて暴風のような風が遅れてやってくる。それは、厳しき自然を生きる獣の野性を凌駕する、尋常ではない速度。


 人では通常有り得ない速度で走るソラの視界に、その白色の木々が少しづつ近づいてくる。

 そして草原の草が疎らになり、地面すらも白に侵蝕されている白の領域に入った瞬間。



「っ!?」



 ソラはその動きを止めた。急激な制動にソラを追って来ていた風が、凄まじい速度でソラを通り過ぎてゆく。自身のローブとざんばらな髪をなぶっていく風を、しかしソラは気に出来なかった。



「何だ……この気配は!?」


 それは白篭りの領域に入るまで気づかなかった事が不思議なほどに重厚で圧倒的な気配。異界の壁を越えてこなかったことが不思議な程の激烈な気配。



「これは……亜竜、いや下手したら魔王にすら匹敵してるんじゃねえか……?」



 ソラが勇者時代に相対した強敵達。その中でも別格であった、亜龍。そして魔王。魔王は言うまでもなく敵の中で最強であり。

 そして亜竜。創世の魔法時代、下界を滅ぼそうとする隣り合う世界より訪れた希なる神魔いに対し、魔法使い達と共に戦い、これを滅ぼし尽くした竜種。

 今は空を旅する世界。幻想郷と呼ばれる幻想種が棲む伝説の世界に棲むという、最強の名を巨人種と二分する神魔に並ぶ種族。

 

 それの力を少なからず受け継いだと言われる亜竜種。それは圧倒的に劣化はしているとは言え、地上でよく見られる魔物の中では、やはり最強に数えられる種族だ。

 ソラも一頭倒すのに、一週間もの時間を戦い続ける必要があった程に。亜竜は強かった。



 そしてこの先にいる気配は、それを凌駕する存在がいることをソラに知らせていた。



「…………」


 ごくりとソラは喉を鳴らす。

 そして自然ソラの緊張も増していく。久しく感じなかった命懸けの闘争に備えて、精心(せいしん)と身体が出来上がっていく。少しの高揚も同時に湧き上がってきていた。


 ソラは思う。自信が以前よりも強くなった事。それは断言できると。

 しかしそれに慢心して油断しては、一瞬にして殺される。この世界の生き物は皆、常識など通じない生き物ばかりなのだから。

 雑魚キャラの水粘体生物ですら、対応や状況次第では百戦錬磨の戦士も殺されるような、そんな世界。



「……階梯、右歩に赤、左歩に青。歩むは十二。来たれ魔の極み、我の元へ現象せよ【双色・赤緋(あかひ)青翠(せいすい)】」



 だからこそ、ソラは自身の魔術の極みとも言えるそれをその手に現す。その色の魔術を極め至った者のみ、持つことのできる魔武器。

 十二階梯という果てしなき階梯を至った者のみがに待つ、最強の力。

 古来より王家に伝わる伝継魔術とは違う、純粋に、ソラ自身の力で至った魔王を討った力のひとかけら。




 両手を交差させ腰の辺りにやり、シンプルな詠唱と共に手を引き上げていく。

 空間がさざめいた。


 空間より右手に引き抜かれたのは赤火に揺れる、ソラの身の丈以上の幅広き大剣の剣身。柄は無く、剣身に縦の握り穴が開いて、そこに手が入れられている。剣の持つ鈍い煌きの変わりに、時折弾けつる火の粉にうねる火の蛇。剣の輪郭を持った火の大剣。それが【赤緋】。赤の持つ、苛烈な性質を何より表した、激しき赤の力。


 空間より左手に持たれたのは青水に流るる、流麗で鋭き長刀。長い柄と、長い刀身が沈みゆく紫陽の光を透過して、妖しく輝いている、余りに鋭すぎる形をした水の長刀。それが【青翠】。水の持つ、穏やかさの中にある最も残酷な性質を表した、非情な青の力。



「……よし。行くとするか」


 大剣を右肩に掛け、長刀を右腰に、まるで居合のように構える。

 そのまま先手必勝と奇襲の為に、件の気配へと左足を踏み込み、右足で地面を蹴って一足に空中を蹴り翔けた。音も無く空を踏み、地のように走る。

 狙うは二撃必殺……!



 奇襲を卑怯と言うなかれ。ソラにしてみれば、わざわざ相手と尋常に勝負するなど、世を舐め腐った甘ちゃんの行う行動なのだから。

 ソラは枝木をすり抜け、木の上へ躍り出て、そのまま眼下の気配に流れる星の如く必滅の二撃を加えようとし、ソラは、見た。


 見てしまった。

 

 木々の合間、開けた場所で踊るそれの姿を。


 沈んだ太陽と代わり、昇っていく月光を受けるそれを。



「な……!!」



 歴戦のソラですらも固まり、動くことができないその姿。


 髪は、艶やかな烏羽色。揺れるひと房の前髪。

 瞳は鋭く強い意思を感じさせる青みがかった黒。射抜かれれば誰もが動きを止める、そんな瞳。

 服装は黒のワンピース。サイズが合わないのか伸びてしまっている。肌色は漆黒の夜空に仄めく月の如き色彩。



 それは異彩を放っていた。夜に光る白の木々の中、異形は踊る。




 その拳は唸りを上げて。触れた枝木を霞ませ、消し去る。振るわれた腕によって烈風が迸り地を抉り、叫びは空間を歪ませ雲を散らしていく。



 その姿。

 巨人種の如き角ばった筋肉に包まれ、ソラの胴の三倍はある腕の太さ。ひと房のみの前髪は、マヨネーズの奇妙な人形のようにくるまり、腫れぼったい一重の瞼は瞳の鋭さをより鋭く煌めかせている。

 そんな異形の纏うは先程言ったとおり黒のワンピース。パツパツになったそれは、今にも裂けそうで、見るものの拒否感、恐怖感、危機感を煽って、尋常ではない震えを齎すほどの破壊力。 



 そしてそれが腕を振るうと烈風と共に、一雫のキラメキが。

 それは――汗。黒の下に肌色を覗かせようとする魔性の液体。より破壊力を増そうと流れる、伝説の魔法に等しい液体。


 そして震えるソラの元に、届く轟く叫び。


 聞け! 我が声を!

 誰も逃すこと叶わぬ我が声を!


 ソラは聞いてしまった。聞かざるを得なかった。茫然自失になっていたソラに、更に多大な衝撃を与える叫び。


 ソラは、それを聞くと空中で膝をつき、両手の魔極の魔武器が宙に消えるのも構わず、両手で口を塞ぐ。溢れそうになる何かを防ぐために。


 ――しかし、それの叫びは止まりはせずソラへと殺到してくるのだ。



「いやああああ。何よこれええ!! いやっ、気持ち悪いってばあああ!! どっか行ってえええ!」


「う、おええええええええええええええ!!!!!」


 女言葉で体をくねらせるそれの叫び。

 気持ち悪いのはこっちだ!!そんな事も言えずに、ソラは嘔吐(えづ)き続けるしかなかった。



 白の森に、筋肉の化物と、元勇者が。

 月の光に包まれて、邂逅した。




「お、おええ。おえええ!! ぅおえええええええええええええっ!!!!」


 3/12加筆・修正

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