自由になった元勇者
上梨空。いやこの世界風に言うならば、ソラ・カミナシと呼ぶのが正しいのかもしれない。
それは兎も角。召喚されたソラ達はあの後、勇者検査とも言うべき検査をした。
その結果、幼馴染にお付二人と離されたソラは、色々あってそのまま王城の外へと着の身着のまま放り出されたのだった。
「ふふふ、計画通り」
それはソラの思い通りの展開。口で言っているような計画などは無かったわけだが、結果的にはソラの思惑通りの展開であった。
召喚直後混乱するこちらを他所に、消し尽くした筈の魔王がまた現れたというソラにしてみれば余りに胡散臭い話と、かつていた偽勇者の罵詈雑言の後になし崩しに行われた検査。それは勇者の能力を示す宝珠による、勇者に付加された能力の有無の検査。
それは勇者であれば、何かしら反応するもの。
例えば幼馴染ならば、白い柔らかな光に溢れ。お付きである少女1は緑、もう一人の少女2は黄の光りが発された。
しかし元勇者のソラには何も起こらない。宝玉は銀の光を放ったまま変わらずそこに有り続けた。当然といえば当然かもしれない。元々単なる村人であったソラ。懸念は転生という稀有な経験と曲がりなりにも異世界人である事くらいであり。しかしながらそれは何の影響もなく、無事ソラの思う何の意味のない結果を出す事となった。
そして検査の後、他の三人とは別室にて離されて、一人話を受けたソラ。
ソラは、その内容を思い出す。胸糞悪く、私利私欲にまみれた、この世界の国なら納得な内容の話であった。
騎士甲冑に包まれた騎士達に呼び出され、周りを騎士達に囲まれながら話しをする事になった。ソラに対するは、一際豪奢な白磁色の騎士甲冑を身に付けた大柄な壮年の男性。蓄えた豊かなヒゲが特徴的だ。
「貴様には、幾つかの選択肢がある。このままこの王城の一部屋で飼われるか。訓練し、万に一つ勇者達についていけるようになる事に賭けるのか。まあ、貴様がどちらを選ぼうと構わんようでなぁ。心優しい王は選ばせてやると仰った。さあ、選べ」
つまりは、保護してやる代わりに勇者に対する人質になるか、役立たずなりに使えるようになるならば、名誉にも勇者達と共にいさせてやる。ということだろう。
蔑みの視線に包まれた真の意味を、ソラは間違いなく見抜いていた。そうでなくとも、言い方で容易く読み取れる事だ。
この騎士達の認識では役立たずの、足でまといであるソラ。奴隷なり、研究なり、なんなりと少しでも有用に使いたいとは思うが、魔王を倒さなければいけない今、勇者に疑念を抱かせるような事はできない。かと言っていてもいなくてもどちらでも構わない、さして重要度は高くはない物。ソラの実力を知らないが故の認識。
隠すことの無い国の傲慢。示された選択肢はどちらも国を、いや極一部の権力者を第一に考えている、ソラを物のようにしか思っていない選択。飼えば選択肢が増える。そんなあれば便利な道具。そこにソラの意思は関係など無く。
無論ソラには、簡単に従うつもりも無く、そんな義理もない。しかし例え自分がいなくとも、この蛆虫に劣る者共は勇者に対し幾らでも従わせようはある。国の汚さと力を知っているソラは、それをよく知っていた。
そしてソラが逃れたとしても、そのような事があった時、ソラがその事を知れる環境にいなければ手遅れになり、結局意味はない事も。
だからと言って、もう一度勇者をやるようなつもりも、全くもって有り得るはずがなかった。
「どちらも選ばん」
「……はぁ? ……もう一度聞くぞ。どちらを選ぶ? 貴様、まさか一人で外に出て生きていけるとでも思っているのかぁ? 貴様など死のうとも何とも思わんが、勇者に少しでも悪く思われるのはこちらとしても都合がいいとは言えん。貴様の選択肢は二つだけだ、わか」
「俺は外へ行く。ああ、心配しなくても、俺からアイツ等に言っておく。お前らにとっても、そっちの方が都合がいいだろう?」
手間を省いてやったんだ、感謝しろよ?
そんな声が聞こえてきそうな、ソラの不敵な笑みと共に吐き出された言葉に、周りを囲む騎士達が色めきだつ。が、ソラはまるで動じない。それに対し声を荒げようとする若い騎士に対し、ソラと対面していた壮年の騎士が、声を抑えさせた。
「ふん。いいだろう。しかし、口の利き方には気をつける事だな……どうせ死ぬだろう故、許してやるが、貴様ごとき愚物、いつでも好きなように出来るのだからなぁ」
「…………」
まるでソラを物のように見下した物言いを吐き捨て、部屋を出ていく騎士達に、しかしソラは足を組み笑いを深めるのみで何も言葉を返さなかった。
そんなやり取りを終えた後、ソラはすぐさま行動に移した。幼馴染達にはいつか役に立てるよう、この世界をよく知る為旅をする。そんな感じの言葉を告げて、城を囲む幾重にも重なる城壁を越え、貴族街の分厚い城門を出るまで見張られながら、城下町へ出たのであった。
因みに幼馴染達の様子と言えば、幼馴染は最後まで心配していたが、少女1、2は、はいはい。とおざなりに返すだけであったという。男ならそれくらい。と毎度の言葉をソラにかけるのみであったとか。
しかし彼女らの名誉の為に言わせてもらえれば、少女達も心配そうな視線でさり気なくではあるが心配する言葉を掛けていた。ただ、異世界との認識が薄い為かその心配表には出ず、結局それにソラが気付く事も無かったが。
しかし、それもまた気楽でソラにとってはちょうど良く感じた。
ただ唯一心配な幼馴染の身の安全の為に過剰な程に護りの魔術をかけて置き、更には他にも色々対策をしておいたソラ。例をとってみれば、危険が迫ればソラにその危機が伝わる。などだ。服を除いた、携帯や財布は転移の際に消えてしまっていたし、あっても連絡も着かない。それを考慮した魔術だ。
ついでに少女1、2にもそれらの魔術の他、程々に幾つか数字の小さい階梯の守りの魔術をかけておいた。城には魔術無効化の陣があったりするのだが、あれは行使した術者達の力を足した上での何倍までかの力に限られる為、ソラにとってみれば大した労力でも無かった。
そして現在。ソラは城からずっと着いてきている追跡を感じながらも、それを巻かぬまま街をぶらぶらし、道行く人と話をしながら幾つかの情報を得た。因みに向こうの服だと痛くもない腹を探られる。と言うことで、部屋のカーテンを千切り魔術によってローブにして羽織り、それを隠していたりする。黒髪も違う色に染め直す暇がなかった為、黒のままだ。
ソラとしては、元の色に戻してもいいものか悩んでいたりする。
情報について、偽勇者については前のまま偽勇者で訂正されぬまま。ただ偽勇者が黒髪だった事の余波で、かつてあった黒子の与太話が再燃しているらしい。現在も伝わる白子と並ぶ伝承だ。今でも差別の原因の一つとなっている話で、最近は収まってはいたのだが、教会や国もさりげなく後押ししているようで、じわじわと差別の輪は広まっているようであった。
そして重要な今の時代については偽勇者が失踪(体面的なものだろう)してから二年程経った時代であるらしい。
そして一番重要な魔王について、以前と違い実物を見た者はおらず、魔物は前よりも大人しくなっている事。魔物の被害の規模で言えば、以前よりも大幅に小さくなっているという。それ故幾人かは魔王は倒されたのではないかと、噂していた。
他には奴隷が犯罪奴隷以外の物が増えてきている事。それらは極希にだが異形な人族――つまりは魔界でソラが見た魔人である事。教会が前にも増して権威を増している事。免罪香という物を販売している事。
などなど様々な事が知れた。大半は以前と変わらない事ばかりであったが、重要な事も幾つも知る事が出来た。
ソラはフードを被り、考え込みながら足を進める。
まず魔王などいない。その理由は数字の小さい階梯の魔物の被害が増えている事や、以前猛威を奮っていた天災にも等しい階梯の魔物が全く出てきていない事。これは魔王の支配から逃れたからだと、ソラは考えていた。
以前では出来るはずもなかった海越えそ行い少ないが、魔人をこの大陸に連れてきている事も、その考えを裏打ちしているとソラは考える。それに戦時の緊張感が無い。空を翔ぶ飛行船も武装が乏しいし、道行く馬車の装備は対魔物よりも盗賊などの対人に重きを置いているようだからだ。
魔物の怖さを知っているのにも関わらず、装備を薄くするなど以前では考えられないことであった。
ならば、何故勇者を召喚したのだろうか。
ソラは考えながら平民街を抜けの最後の門から町の外へ出た。魔王がいた頃は堅く閉じられていたそれが、現在では門番と在駐している幾らかの部隊がいるだけで、開けられている。これもまた魔界との大戦時には考えられなかった事だ。
ソラは思う。やはり国は気づいている。魔王が既に消えていることを。国民もまた、薄々ではあるが気づいている。自身の身の安全を考えて、声高に叫ぶことはしてはいないが間違いなく気づいている。
「腐ってやがるんだ……この国は」
以前より整備された平らな街道から疎らに木が生えた脇へ逸れ、門を抜けた所で追跡が消えている事を確認し、適当な切り株に座りソラは考え込む。
じわじわとこの大陸の国は腐っていっている。誰も彼も自身の利権を過剰に守り、欲し、そしてその手は外へと伸びようとしているのだ。魔王がいない事で、抑えられていたそれらが爆発的に広がろうとしている。
魔王がいない事に気づいているにも関わらず、国は魔王が居ると勇者を召喚した。それは何故だろうか。
「そうか。……俺の、せいか」
ソラがまだ勇者をしていた頃、大陸の国に向け貴重な魔具を使い、幾つかの連絡をしていた。
魔界に到着した時、到着した連絡の他、魔界とは言えない豊かな自然が広がっていたこと。魔王を倒した時、魔王を倒した連絡の他、大陸には高い魔術文明を持った人族がいた事。ソラがその人族の協力を得ていた事。
多分、国は魔界を侵略するつもりなのだろう。人の恐怖である魔王は死んだ。
そしてその為の大義名分として魔王がいる事にする為に、いてもらっては都合の悪いソラへ偽勇者の汚名を着せた。名分は教会の掲げる魔滅の聖戦。目的は富。
大陸の豊かな自然などから採れる新たな資源や、大陸の人々、人材。いや奴隷としての労働力。
魔王がいないならその恐怖に怯えることなく、国は由緒正しき勇者様をゆっくり支援して、育てることができる。魔界に住む蛮人等と友誼を結ぶ、扱いづらい平民等よりも事情を知らない他世界の勇者の方が、よっぽど自身の思うように誘導出来るだろうと考えて。
勇者召喚に至った。
(……恐らく魔界侵略があるとして、期間は少なくとも二年。掛かって三年はかかる)
多分色んな要素が重なって、それくらいはかかる筈だ。魔王がいないとしても、それに等しい天災の如き魔物達がいる。彼らは皆、盟約に従い魔王に従っていた。魔王が消えてからも積極的に人と敵対するような危険な魔物は少ないが、それでもその力は脅威だろう。
もし国や教会が魔物撲滅から足がかりにしようとしたなら、彼ら魔物の本来の力を知ることになるだろう。
それは大幅な計画の遅れを意味する。
そしてふとそこでソラは気づく。
(……何で俺がそんな事を考える必要がある?)
そも、今回は自分の思うまま過ごすことを決めたのだ。ならばまずはその事を考えればいい。唯一気にかかる幼馴染達が害される事も無いと思っていい。
ならば刹那的でも構わない。自身の思うまま自身で決めた事に従い動く。元々この世界の連中はソラにとって許しがたい者達だ。復讐をしないだけ、感謝して欲しいくらいであった。
魔界の人族にしても、元々不愉快なやり取りをこなした上で、魔人へ与えた多大な得の代わりに魔人共にとっても目障りな魔王を倒す事を協力してもらったのだ。わざわざ助ける義理も無い。
魔物達にしても、わざわざソラが助ける真似をせずとも、何も問題は無いとソラは判断した。
それらに関与するとしても、事が起きるまでの期間は長いだろう。心変わりするにしても幾らでも間に合うはずだ。
どちらにしても今ソラがやる事は決まっていた。
以前の生から続く、ソラという名。おい。とかお前、としか言われなかった自分に自分自身で付けた名。以前の生で唯一、誇れた名。
その名と同じ赤に染まっていくそれを見てから、やるべき事をする事を確認した。
「……まずは生活の糧。何かするには先立つものが必要なわけで」
そこでソラは、よしっ! と腰を上げ。門を抜けた所で消えた追跡者の気配をもう一度探り、誰もいないことを確認した。そして遠くに見える白い森へと向かい、ローブの合間にジーパンポロシャツの私服を覗かせながら歩いていくのであった。
元勇者は未だ具体的な予定を、決め兼ねていた。
3/6加筆・修正