彼は元勇者
連載習作です。指摘などしていただけたら幸いです。
彼、上梨空は色々な意味で常識外れな人物だった。
それは単刀直入に言ってしまえば、前世の記憶があるということが最初に挙げられる。更に言えばその記憶の中で、彼は勇者であり、そして最後には世界に裏切られ殺された。そんなテンプレ勇者であったことも、常識から外れた人物である証左だろう。
そんな彼は、前世とは違う現世。その平和な世の中にあって、ふとした時に昔を思い出す。
学校という前世では有り得なかった貴重な学習施設の出す課題を、自宅のリビングで消化している最中である今。そんな今もまた、彼は手を休ませ自身の前世に対し思い馳せていた。
元々彼は、平凡な村人だった。ただ他と違ったのは、その世界【タンペラーツ】に置いてとても珍しい黒髪黒目だったことくらい。けれどそんな些細な違いは村という小さな世界において迫害の対象となるに十分な理由であり、彼に庇護者となるべき親がいなかった事もあって村中から迫害を受けていた。
彼は、そんな小さく腐っている世界から飛び出したくて堪らなかった外に行けばきっと、話に聞いた輝いた世界が広がっているのだと信じていたのだ。
そんな彼の生きる世は、魔術時代。人敵である魔王との長き大戦が続き、少しづつ劣勢になっているご時世であった。丁度少年がこの村に、労働力としての思惑はあれど、保護される一年前。未だ彼が赤子であった頃、救世の為に行われた勇者召喚は失敗してしまう。
再召喚の儀式には凡そ十五年前後かかるとの事であり、十五年も経ってしまえばもし召喚できても勇者の援助も満足に出来ないであろう事は予想できた。よしんば召喚に足る用意が出来て、召喚が成功したとしても、勇者の育成が間に合わないことは、誰の目から見ても明らかであった。
そう、人側はまさに窮地に立っている時代。どこもかしこも地獄のように鈍くギラついている時代だった。
それでも彼は村という世界よりも、もっと大きな世界を目指すことにしたのである。
彼は村人には隠していた魔術とそこそこに見せた剣技によって、村へと押し寄せる魔物を狩りながら、旅立ちの資金を貯めていた。しかし、それは卑しき小世界の支配者である村長により奪われてしまう。村長は貴重な武力であり労働力である彼を、外に出すことを見逃すつもりなどなかったのだ。村で保護した以上、村の所有物であると認識していた事もある。彼が赤子の時、纏っていた高級な竜皮を私利私欲の為に売っておきながら。
村長の失策は、彼をただの道具であると見ていたことだった。彼をそこらの村人と同じで、愚かで馬鹿な村人、いや畜生であると思ってしまっていたのだ。それだけではなく彼がまだ子供であったことも、その理由の一つであったかもしれない。
もし彼が魔術を使えることを知っていたなら、村長はまた別の方法をとったのかもしれない。魔術とはこの大陸にあって、一つの力の象徴であり、権力の象徴でもあるのだから。
しかし彼は、魔術を人の近寄らぬ森の奥深くで練習していたし、人前で魔術だと分かるような派手な魔術は使うことは万に一つも無かった為、気づく事はどだい無理な話であった。
そしてその出来事は、彼の村の出奔に大きく影響したのである。
彼はその事実を知った夜。自身の住んでいた村はずれのあばら家を魔術で燃やし、混乱する村をそのまま飛び出した。彼が村に拾われてから十二年の歳月が経った頃の事であった。
村がどうなったかは知らない。どこそこの村が魔物による壊滅させられた。などという事はよく耳にしたが、そんな事は珍しくもないことであったし、彼にとってはどうでもいいことであった。
もし、彼の親しい人物が村に居れば違っただろうが。同年代は一人も居らず、一番近くて二十は離れていたのだ。そして村八分に近い扱いであったなら、そも仲良くなりようもない話だろう。
兎も角彼は、村を飛び出し、組合に登録し、その飛び抜け突き抜けた才を持って、瞬く間に大陸に名を轟かせたのだ。村を飛び出し僅か一年。驚異的な出来事であった。
そしてそれに目をつけた国のお偉方。後一年は必要な、いや魔王軍の侵攻により更に遅れそうな勇者召喚よりも、若く有りながらも大陸一と名高い彼を勇者とした方がいいのではないか。どこの権力に寄っていない事もまた、都合がいい。
とまあ、そんなこんなで紆余曲折あった後、彼は別大陸にある魔界へと送り込まれたのであった。
海を隔てた向こうにある魔界。広大な海を渡らねばならず、更に海は既に魔王の領域であり、千隻の船を出したところで一隻帰りつけば御の字である魔境。それも精鋭で固めてそれくらいの成果しか出せなかった。どこの国も自国の貴重な戦力を出すことは有り得るはずもなく。だからこそ、どの勢力にもよらない彼は都合が良かったのだ。
そして彼は国の思惑のまま、もしくは予想外にも、魔界へと辿り着き、結果的には魔王を消し去る事に成功した。
そして意気揚々と故郷へと帰りつけば。
彼を待っていたのは大陸を挙げて、彼を偽勇者として迫害するという地獄のような日々であった。何故そうなったのかは、現世に転生した今となっては分かるはずもない。ただ、こちらで社会や歴史の勉強をしていく上で、国としての色々な思惑の結果だったのだろうと今では理解できた。
ただ納得など、出来るはずもないが。
なぜなら彼は勇者になる上での盟約を果たしてもらうどころか、裏切られ迫害されて、混乱のまま苦しみ抜いて死んでしまったのだから。彼の死因は食物を手に入れられず、かと言って略奪も出来なかった果ての餓死であった。略奪を胸に決めた時、既に彼は半死半生で動くこともできなかったのだ。
冷静になった今。沢山思うことはある。しかしこうして平和な国に生まれ、前世で追い求めながら手にいれられなかった輝いた世界で、こうして生きている。前世では家族がいないことを利用され、姫に家族になりましょうなどと言われその気になってしまい、結局裏切られ手に入れられなかった家族。そんな家族は結局、こちらでも手に入りはしなかったけれど。
彼は前世を思い返す。泥に塗れ、牙を剥き襲ってくる強大な魔物との争い。異形である人との交流。魔王との幾重もの世界を滅ぼした争い。
それは平和で平凡な今の世を噛み締め実感するため。
自分は平凡だと思う為の行為であった。
「…………」
何故そんな事をする必要があるのか。そこまで考えて彼は、幾度も繰り返す思考の原因を手の内に表した。
ぼう。光る灰色の光。
ぼんやりとその光を眺める彼の内心は、あらゆる複雑な想いに溢れていた。
当然だ、唾棄すべき前世との繋がりでもあり、自身を最後まで裏切らなかった力。
この力と、磨いてきた剣技。
どちらも失われるどころか、より強力になって自身と共にあった。そして平和な今生では、十全に扱う機会など訪れないだろう力。にも関わらず何故か人目を盗んでまで、物心ついてから現在の十四歳まで磨くことを忘れることはできなかった力。
これは自身の心を表しているのではないか、そう思う事がある。鈍い光を放っていた闘争の日々を、望んでいるのではないか。血沸き肉踊る、果て無き波乱万丈な日々を。
彼はそんな埒もあかない考えを何度も何度も否定して、何度も何度も肯定して、それを何度も何度も繰り返す。
「…………」
ぼんやりと光を見つめる彼に対し、ズボンのポケットの振動が彼を思考の底から彼を浮上させた。
光を消して振動する携帯を手に取り見てみれば、それは中性的なイケメンで人気な憎らしい幼馴染から。しかし正しさを信じ、義を重んじる憎みたくとも憎めない幼馴染からだった。
前世ではついぞ得られはしなかった信用できる友。それに足ると、人格をはかる事すらはばかられる人のいい幼馴染。ただ、一度も向こうの家に行ったことは無かったし、向こうの話はよく聞きはしないのだが、それでも仲のいい幼馴染であると思う者。
そんな幼馴染からの彼への遊びのお誘い。彼にいつもひっついている二人の女子もいるけれど。と申し訳なさそうな文面が画面に映る。二人の女子。思い出してみれば、何故だか自分を敵視している事を思い出し苦笑した。
彼女らがよく言う男なんだから。という言葉も同時に思い出す。幼馴染には言わないくせに、自分にはよく言うのだ。何とも不公平な二人の女子。
しかしながら、どちらも悪い人物ではない事は確かであり。
当然、了承の返信を出し、放り出された課題を片付けて、遊びに行く用意をする為、彼はリビングを後にした。
そして現在。彼は幼馴染とそのひっつき虫二人と合流し、そのまま遊びに街へ繰り出す――ハズだった。
なぜ過去形なのか。
それは合流した瞬間、地面が光り、次の瞬間にはどこか見覚えのある巨大な石造りの広間に居たからだ。
そしてこれまた、見覚えのある容貌の女性と、懐かしき装いの鉄造りの騎士姿の者達。
そうここは。
「ようこそいらっしゃってくださいました、勇者様方。ここは【タンペラーツ】。どうか我らを助けてはいただけませんか?」
そう告げるかつて一目見ただけの姫の言葉も、耳に入らぬ程に彼は混乱していた。
世界【タンペラーツ】。
彼の前世。忌まわしき裏切りの人生の舞台。
平和な、束の間の生は終わりを告げて。再度始まる彼の波乱万丈な生を感じさせる世界の名。
彼は混乱する思考の中、一つの決断をする。
――俺は俺の思うままに生きていく。邪魔する奴は、容赦しない。
未だ若輩者ですが、皆さんの指摘と共に成長していきたいと思います。今出来る最高の出来をの物を出していきたいと思います。