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カミングアウト!恋もゲームも奮闘中!  作者: 拉麺
閑話 桜舞えど春は来ず ―2012年4月某日―
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第2節 苦悩する友人

 友人Aは困っていた。


 Aと陸がある新入生歓迎コンパに参加した後のことである。

 二人はAの部屋でしゃべっていたのだが、突然陸が切羽詰ったように懇願してきたのだった。


 二人はハチ公大の同学部の同級生で、同じアパートの住人かつ部屋がお隣同士なことがきっかけで親しくなった仲だ。共に行動することが多く、これまでにいろいろとお互いのことを話し合ってきた結果、意気投合したのである。

 Aにとって陸は今のところ同級生で一番仲のいい友人であった。


(助けてやりたいが、必死すぎて怖いわ!)


 二人は未成年なので、コンパの席で酒を飲んでいなかったはずなのだが、この絡みようはそうなのでは、と疑ってしまうほどである。


(面倒なことになりそうだ)


 そんな予感があったので、Aはどう返事しようか困っていた。

 悩んでいても話は進まないので、とりあえず冗談半分本音半分で答えることにした。

 ちなみにAはかなりのプレイボーイである。


「気付いていないなら、いっそ一生そのままのほうが幸せだろう。犯罪ではないらしいが、俺はおまえにそっちの道へ行ってほしくない」


「クソォ! なんで誰も教えてくれないんだ!」


 見放されたと思ったのだろう。しかし、まだ諦めきれないようだ。ヒントだけでも、と陸が食い下がってくる。


(特に後半部分はヒントとして十分だと思うんだが……)


 ヒントをヒントとすら気付かない陸を、Aは哀れむ目で見つめた。


 こういうところは正直面倒くさいと思うのだったが、基本的にはいい奴なのだと、この短い付き合いの中で感じている。所謂、憎めない奴なのだ。そんな陸が嫌いではないし、気楽に付き合えるのでむしろ好いているほどだ。親友同士になれるかもしれないという予感さえある。


(仕方がない)


 Aは陸の悩みに付き合ってやることにした。


「ヒントか……ならばお前の携帯と答えておこう」


「携帯だと? 携帯が今何の関係があるというのだ?」


 大ヒントだぞ、と言って続ける。


「待ち受けには何が映っている?」


「妹の睦だな」


「そうだな」


「…………」


 少しの沈黙の後、陸が何かをひらめいたようだ。


「……まさか」


 今更だろ、と内心突っ込むが、そんな顔は表には出しはしない。むしろやっと気付いてくれて喜ばしいではないか。

 Aは微笑んだ。


「そう、そのまさかだ」


「そんな馬鹿な!」


「やっと自覚したようだな。おめでとう」


「何がおめでとうだ! ちっともめでたくないぞ!」


 陸が突然怒り出す。


(望むヒントを与え、悩みの答えもはっきりさせてやったというのに、なぜ怒られているのだ?)


 Aは少し面食らってしまった。


「た、たしかに家族関係を思えば、まずいかもしれないな。配慮が足りなかった。すまん」


 とりあえず、常識的に考えて謝ってみる。

 しかし、それに対する陸の返答はさらに斜め上をいく。


「睦の可愛さを妬ましく思っている奴がいるなんて信じられないというのに、それを祝福するとは、本当にどうかしているぞ!」


「……何を言っている?」


「Aよ。つまり、こう言いたかったのだろう。俺の妹が可愛すぎるから、妹と比べられることを恐れた女性たちは俺から逃げ出したのだと!」


「どうしてそうなるんだ!?」


 Aは混乱する。


 たしかに陸の妹は可愛いと思う。実際に携帯の待ち受け画面を見せられたとき、陸が自慢したくなるのも理解できなくはない、と思ったほどだ。それは認めよう。そして、陸への興味を失った女性たちがそういった嫉妬に陥った可能性も否定しきれないことも認めていいかもしれない。しかしだ。そうしたことと、これとは別の話である。


 陸はAの混乱など露知らぬようだ。語気には熱がこもっている。


「睦の可愛さは異常だ。時に俺の理性を吹き飛ばすほどだからな、兄として恐怖を覚える。そんな睦と比肩する女性などおらんというのに、嫉妬など無意味だ!」


「女性はみんな、お前のそういう態度にドン引きしているんだよ! お前自身に原因があることがわからんのか!?」


「長年凍り付いていた謎が氷解した。ありがとう!」


「聞いてねえよ!」


 せっかくの的確な突っ込みもまったくの無駄であった。


「お礼に俺の秘蔵コレクションを見せてやろう。そうだ。最近、髪をツインテールにするのが睦のお気に入りらしい。今度のゴールデンウィークにこっちで会うのだが、もう今から楽しみでたまらないよ。ご近所でも大層評判がいいそうでな。俺はツインも好きだが、ポニーも好きなのだ。これを見てくれ。可愛いだろ。こっちも傑作なのだが――――」


 マシンガンのように続く妹自慢である。これではまるで妹が恋人のようだ。


(これほど明らかなのに、なぜ自覚がないんだ?)


 みんなが不思議がっているのを、当事者の陸だけが知らないのである。


 Aはため息をついた。


(世の中のすべての兄がシスコンを標準装備と思っているのは困りものだ。自覚がないというのは本当に性質が悪い)


 これほどの重度なシスコンなのだから、間違いなく女性の嗜好にも影響があるに違いない。今はまだ異性関係の経験がぜんぜん足りていないから、陸自身が気付いていないだけだろう。

 女性のほうがこういうことに敏感だ。陸に妹自慢された彼女たちは、きっと陸のシスコンからロリコン嗜好を読み取ったことだろう。シスコンだけでもそうなのに、ロリコンまで合わされば、これはもう致命的というものだ。


 真剣に答えるのが馬鹿らしくなったAは、今この場で陸を説き伏せることをあきらめた。

 しかし、完全にあきらめたわけではない。どうにかできないものか、と思案は続ける。


(妹さんに会ってみたい)


 こんなどうしようもない兄を持つ妹にぜひとも実際に聞いてみたいものだ。


『あなたのお兄さんをどう思いますか?』


 その場に陸もいれば、さすがに自分の異常さ、もとい特異さを自覚するにちがいない。


(そういえば、ゴールデンウィークに妹さんがこっちに来ると陸が言っていたな)


 ゴールデンウィークの計画のひとつに、陸の妹に会うことを加える。


(とりあえず、陸に春が訪れるのはまだ先になるのは間違いない)


 延々と続く陸の妹自慢を右から左へと聞き流しながら、Aはそう確信するのであった。

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