第1節 陸の悩み
桜の花びらが舞っていた。
4月になって、陸はかねての予定通りに中堅大学へ入学した。それと併せて実家を出て、大学近くのアパートでの一人暮らしを始めていた。
どうでもいいことだが、中堅大学は学生の間でハチ公大と呼ばれている。
(東K渋Yの中堅だからハチ公……センスなさすぎだろ)
誰が始めに言い出したのか知らないが、くだらなすぎることは間違いない。だが、その呼び名が学生の間で広まっていることを考えると、そのくだらなさが受けているのかもしれない。
始めはそう呼ぶのを拒否していた陸であったが、何度も聞いているうちに「いけてるんじゃね?」なんて勘違いし始めるのだから人間とは不思議である。
(どうでもいいわ)
本当にどうでもよい話だ。先に進もう。
陸はアパートへの入居手続きと引越し作業を3月中に終わらせていたので、4月上旬は大学近所の探索や大学の部活やサークル見学、アルバイト探し、入学準備で慌しい毎日を送っていた。
中旬になっていざ大学に通い始めると、忙しくも楽しい日々が始まった。入学に際する雑務を無事に終えると、昼は授業、夜はバイトに新入生歓迎コンパと目まぐるしい。おかげで睡眠不足の日が続いていた。
充実した毎日を過ごしていた陸であったが、ひとつ不満があった。それは、いまだに女性とお近づきになれていないことだ。新生活のスタートと同時、異性を自宅に連れ込み、ギシアン、パンパフを満喫するつもりでいたのだが、いまだに童貞を捨てられずにいるのである。
「あら、わりとイケメンじゃない」
「いい体つきしているけれど、何かスポーツしていたの?」
「もしかして顔と身体に似合わず草食系?」
「多少オタク臭がするけれど、かまわないわ」
「お姉さんと火遊びしちゃう?」
コンパの席で始めは女性にからかわれたり、多少言い寄られたりしていたので、決してもてないというわけではなさそうだった。
高校時代もそうだった。女性とも気軽にしゃべれたし、接することもできたので、女性から興味を抱かれることは多くはなかったが、少なくもなかった。しかし、いつも最後の一線を越えることはなかったし、交際に発展することさえなかったのだった。
(まるで呪いのようだ)
高校時代に続き、大学生になっても同じような展開に苦しんでいることに、陸もついつい弱音を吐いてしまう。
「俺の何がいけないのだ?」
そんな悩みを新しく知り合った先輩や同級生に聞くのは、一度や二度ではない。
だが、返ってくる答えは決まって同じようなものだ。
「あなたのストライクゾーンは狭すぎるのよ」
「加えて、それは俺たちにとって明らかにボールゾーンだ」
「せっかくの悪くない容姿も妙に偏った嗜好のせいで全部ご破算ね」
「理想はしょせん理想だ。そこに辿り着けはしないし、辿り着いてしまえば、もはやそれは理想ではない。というか、辿り着いちゃ絶対ダメ!」
彼らにはどうやら陸の悩みの原因がわかるようなのだが、詳しく聞き出そうとしてもはぐらかされるばかりである。
そんなある日、陸は特に親しくなった友人に懇願したのだった。
「俺は自分のことを女性なら何でもありの雑食だと思っていた。しかし、どうやら違うようだ。俺はいま混乱している。自分のことがよくわからないのだ。どうか人助けと思って、そのストライクゾーンやら偏った嗜好やら理想とやらを教えてくれ!」
陸にとっては切実な悩みであった。