第6節 説明会② 高学歴も大変だ
睦のおねだりも無事に成功をおさめたころ、三人はブースに辿り着く。
二人が席につき、父親も同席する。
【ブリファン】のプレイには年齢制限が設けられており、この制限は少々厳しいものだ。18歳以下の子供がプレイするには親の同意が必要になるのだが、ただ同意を得るだけでは不十分で、なんと親もプレイする子供と同様に説明を受ける必要があるのだ。二人は父親に車を出してもらうついでにこの説明の同伴も頼んだというわけである。
(VRに対する不信感を少しでも小さくしようと、【ブリッジ】も必死だな)
【ブリッジ】の並々ならぬ努力に感心した陸であったが、それがとんでもない勘違いと分かるのはすぐ後のことだ。
陸は目の前で丁寧な説明を始めたお兄さんを見る。
きっちりとスーツを着こなした普通の青年に見えるが、ジャケットの襟元を見れば、それは過小評価と知れる。天秤と向日葵が象られたバッジが金色に輝いている。目の前のお兄さんは正真正銘の弁護士だった。
(大げさすぎる!)
陸は始めそう思ったのだが、説明を受けているうちにその思いは覆っていく。
説明の中で驚いたことはいくつもあったが、中でも特に驚いたのが【ブリッジ】の資金提供主だ。なんとスポンサーは国であり、【ブリッジ】は国営企業と判明したのだった。
どうやら睦はこのことを事前に知っていたようだ。驚いていたのは陸と父親だけだ。
陸は【ブリッジ】が国の管理下におかれている理由を考えてみた。
VRゲームについてよくよく考えれば、通信革命なんて言葉が安っぽく聞こえるぐらいのとんでも技術がいくつも使用されていると想像するのはに容易いし、それらに必要不可欠な資金や土地の確保などを考えれば、一般企業の力だけでは実現不可能なのは間違いない。
莫大な情報を圧縮して記憶する技術。その記憶装置を実際に保管するのに必要な土地の確保。大容量の情報を瞬時に相互にやり取りする通信技術。それを可能にする演算速度をもったスパコンの開発。インフラ技術の開発。そうした設備の建設。その土地の確保――――
こうしたことに加えて、通信事業という公益性の高さを考慮すれば、【ブリッジ】が国の管理下におかれるのはおかしくない気がする。現在こうした技術を保有しているのは【ブリッジ】だけと言われているし、どの国でも特許申請されていないらしいから、こうした技術はわざと秘匿されていると考えられる。もしかすると、ただの通信技術としての利用だけでなく、軍事利用などさまざまな応用が可能なのかもしれない。派生するだろうさまざまな利益や価値を考えれば、経済という枠組みだけでも国境を越えることになるし、国防や外交に利用することも可能かもと想像を広げると、国が管理する以外ありえないと思えてくる。
開発経緯、資金の流れ、人材や技術そのものなどさまざまな疑問がある中、とんでも技術の応用の一発目がなぜゲームなのかというそもそもの疑問もあるが、聞いても答えてもらえるのだろうか。
一応聞いてみる。
「なぜですか?」
「守秘義務があるのでお答えできません」
やはり無理だった。
(いろいろなことを考えれば、これぐらいは当然か)
おかげで質疑応答が限定されるのは仕方がない。
それにしても、と陸は思う。
(弁護士も就職難らしいとどこかで聞いたが、仕事を選べないといっても、国も彼らをこんなことに駆り出さなくてもいいだろ)
実はすごい高学歴なのにそうは見えないお兄さんの笑顔を見ていると、陸は同情してしまうのだった。
お兄さんは笑顔を保って説明を続けていた。
「当社の【ブリッジ・ファンタジー・オンライン】は、お客様の脳波と当社の技術によって作り出される擬似脳波のやり取りをもって実現します。ゲームプレイの最中は、脳と身体が分離したような状態にあるとお考えください」
陸がお兄さんに質問する。
「つまり、自己防衛反応のようなことは起こらないということですか?」
「そうです。ゲームプレイに伴う脳波のやり取りがお客様の実際のお身体に影響することはありません。守秘義務によってその仕組みを説明できませんが、十分に配慮しておりますので、ご安心ください」
「プレイ中は実際の身体を動かせない状態なのですか?」
「そういうことになります」
「では災害が起こったとき、どうなるのですか? たとえば震災や火災などが起こっても、脳と身体が分離したような状態にあるのなら、それに気付かないかもしれません。そうなったら、逃げ遅れてしまう危険があります」
ごもっともなご心配ですが、と断りを入れながら、お兄さんは笑顔を崩さない。
「ご安心ください。我々はそういった緊急時にも万全を備えております。ゲームからのログアウトは基本的にゲーム内でのコマンドによりますが、現実の肉体へのちょっとした衝撃でも目覚めることが可能です。これはプレイヤーの意思に関係なくログアウトさせるときに行います。緊急時にはスタッフが皆様にちょっとした衝撃を与えることで強制的にログアウトさせていただきます。席にはお客様の身体に微弱な衝撃を与える装置を備え付けておりますので、地震や火災などの緊急度が高い災害が起きても、迅速に対応できます」
「なるほど。では、排泄などの生理的な欲求はどうなるのですか?」
「排泄、空腹、水分補給、睡眠などの生理的な欲求を我々は個人ごとにモニターします。そういった欲求を現実の身体が求めると、プレイヤーにメッセージを送るようにしております。そうしたメッセージを受け取ったにもかかわらず、ゲームに熱中してしまうお客様もいらっしゃるかもしれませんが、我々はお客様の安全と健康を優先させていただきます。メッセージを送ってすぐに強制的にログアウトさせることはありませんが、度重なる忠告の無視や限度を超えれば、それもやむをえないということをご了承していただきます」
このやりとりを聞いていた睦がぼそっと感想を述べる。
「それじゃゲーム内に閉じ込められちゃうなんてありえないね」
「ログアウト不能やデスゲームなどを心配なさるお客様が多くいらっしゃるようですが、そんなことはありえないと断言させていただきます」
「思考の加速とかもできないの?」
「残念ですが、ゲーム内と現実の時間の流れは同じになっておりますし、そういったことは技術的に不可能です」
「ブレ○ン・バーストの再現は無理か、残念」
お兄さんの笑顔が苦笑いに見えてきた。何度もそんなことを聞かれて、うんざりしているのにちがいない。
睦はお兄さんの返答を聞いて本当に残念そうだ。
(オタク文化の影響を受けすぎだろ)
陸はそんな睦に呆れ果てる。
睦がゲーマーらしい質問をする。
「ゲームを強制ログアウトしたとき、ゲーム内のアバターはどうなるんですか?」
「今ここでゲーム内容の詳細を申し上げることはできません。それはゲーム内容に関わることなので、ゲーム内で説明をお受けください」
「教えてくれてもいいじゃない」
「すみませんが、お答えできません」
「ケチ!」
「プレイするまでのお楽しみだとお考えください」
お兄さんの頬がぴくぴくしている。お兄さんの説明は続く。
「お客様の安全と健康に加えて、現実社会での生活の弊害なども考慮しまして、すべてのプレイヤーに連続プレイ時間の制限を設けさしていただきます」
「何それ!?」
「6時間以上の連続プレイはできません。一日における最高プレイ時間も6時間に設定させていただきます。これらの制限時間を越えますと、強制ログアウトするようになっておりますのでご了承ください」
「短いよ!」
(十分長いだろう)
陸は内心で突っ込んだ。
「ゲームのし過ぎで現実の生活が疎かになってもらっては困りますので、そのような制限を設けさしていただきました」
「私がどうなろうと、あなたに関係ないじゃない! なんでそんな余計なことするの!?」
「先ほど申し上げたとおりです」
「せめて12時間は欲しい! 何とかして!」
「無理です」
「国営ということは税金を使っているということでしょ。つまり本当のスポンサーは私たち国民よ! 国民の願いなんだから、聞き入れなさい!」
「無理です」
「なんで!?」
「守秘義務があるのでお答えできません」
「その一言をイージスにするのは卑怯よ! 休日はゲーム三昧という計画が壊れちゃったじゃない!」
「そんなことまで私は知りません」
お兄さんの額には青筋が立ち始めている。ストレスが半端なさそうだ。
陸はお兄さんに深く同情した。
「おい。俺はもう帰りたいんだけれど、いいか?」
「ダメ!」
「ダメです!」
話にまったく付いていけないでいた父親の願いに対して、睦とお兄さんの二人が同時に拒否した。
父親がため息をつく。
説明を聞き終えた後に契約とアカウント作成が待っているのだ。
陸はついつい苦笑いをしてしまう。
まだまだ先は長そうだ。