第八話 「見過ごせない違和感」
――騒がしい一日が、ようやく終わった。
子供たちはそれぞれの部屋へ戻り、屋敷には静かな夜が訪れている。
「ルシアン、少しいいかしら」
落ち着いた声だった。
振り返るとそこにはミレイユが立っている。
つい先ほどまでキッチンでピーナッツバターがどうこうと騒いでいた人物と同一とは思えないほど、静かな表情だ。
「どうした?」
「……フレイのことじゃないの」
その一言で、わずかに肩の力が抜ける。
ならば問題は――
「トールのことよ」
やはり、そっちか。
◇
廊下の窓際に並ぶ。
夜風が、静かにカーテンを揺らしていた。
「今日の儀式の時――」
ミレイユはゆっくりと言葉を選ぶ。
「ほんの一瞬だけど、“違和感”があったの」
「違和感?」
「ええ。浄化の光が……ほんの僅かに“歪んだ”」
眉をひそめる。
「場所は?」
「トールの周囲」
思い出す。
あいつは、俺の腕の中で無邪気に笑っていた。
フレイを見て、はしゃいで。
「でもね、不思議なの」
ミレイユが続ける。
「弾いたわけじゃないのよ」
「……どういうことだ?」
「“飲み込んだ”の」
一瞬、空気が変わった気がした。
「ほんの一瞬だけ、光が消えたのよ」
淡々とした声。
だが、その内容は軽くない。
「すぐに元に戻ったけど……確かに消えた」
沈黙が落ちる。
「……一歳児がやることじゃないな」
「ええ、普通はね」
窓の外には、穏やかな夜が広がっている。
あまりにも静かで――
だからこそ、その違和感が際立っていた。
「本人に自覚は?」
「あるわけないでしょ」
ミレイユは肩をすくめる。
「ただ笑ってただけ。いつも通りにね」
「様子を見るしかないか」
「ええ。でも――」
ミレイユの目が、わずかに細められる。
「放っておいていい類じゃないわね」
その時。
かすかな物音が、廊下の奥から聞こえた。
「……?」
視線を向ける。
トールの部屋の方だ。
扉が、少しだけ開いている。
静かに近づき、中を覗く。
ベッドの中で、トールは眠っていた。
すやすやと。
何の変哲もない、穏やかな寝顔で。
――だが。
その周囲だけ。
わずかに、空気が揺らいでいた。
灯りが、かすかに明滅する。
影が、不自然に伸びて――
そして、戻る。
次の瞬間には、すべて元通りだった。
「……今の、見たか?」
「ええ」
ミレイユは、じっとトールを見つめている。
「この子……」
ぽつりと呟く。
「とんでもないもの、抱えてるわね」
その言葉に、何も返せなかった。
ただ静かに、眠るトールを見る。
小さな身体。
無防備な寝顔。
――守るべき、家族。
それなのに。
胸の奥に、拭いきれない違和感が残る。
(守らなきゃ、な)
誰よりも強く、そう思った。
――この時の俺は、まだ知らない。
この小さな違和感が。
やがて、すべてを揺るがすことになるなんて。




