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第八話 「見過ごせない違和感」


 ――騒がしい一日が、ようやく終わった。


 子供たちはそれぞれの部屋へ戻り、屋敷には静かな夜が訪れている。



「ルシアン、少しいいかしら」


 落ち着いた声だった。


 振り返るとそこにはミレイユが立っている。


 つい先ほどまでキッチンでピーナッツバターがどうこうと騒いでいた人物と同一とは思えないほど、静かな表情だ。


「どうした?」


「……フレイのことじゃないの」


 その一言で、わずかに肩の力が抜ける。


 ならば問題は――


「トールのことよ」


 やはり、そっちか。



 廊下の窓際に並ぶ。


 夜風が、静かにカーテンを揺らしていた。


「今日の儀式の時――」


 ミレイユはゆっくりと言葉を選ぶ。


「ほんの一瞬だけど、“違和感”があったの」


「違和感?」


「ええ。浄化の光が……ほんの僅かに“歪んだ”」


 眉をひそめる。


「場所は?」


「トールの周囲」


 思い出す。


 あいつは、俺の腕の中で無邪気に笑っていた。


 フレイを見て、はしゃいで。


「でもね、不思議なの」


 ミレイユが続ける。


「弾いたわけじゃないのよ」


「……どういうことだ?」


「“飲み込んだ”の」


 一瞬、空気が変わった気がした。


「ほんの一瞬だけ、光が消えたのよ」


 淡々とした声。


 だが、その内容は軽くない。


「すぐに元に戻ったけど……確かに消えた」


 沈黙が落ちる。


「……一歳児がやることじゃないな」


「ええ、普通はね」


 窓の外には、穏やかな夜が広がっている。


 あまりにも静かで――


 だからこそ、その違和感が際立っていた。


「本人に自覚は?」


「あるわけないでしょ」


 ミレイユは肩をすくめる。


「ただ笑ってただけ。いつも通りにね」


「様子を見るしかないか」


「ええ。でも――」


 ミレイユの目が、わずかに細められる。


「放っておいていい類じゃないわね」


 その時。


 かすかな物音が、廊下の奥から聞こえた。


「……?」


 視線を向ける。


 トールの部屋の方だ。


 扉が、少しだけ開いている。


 静かに近づき、中を覗く。


 ベッドの中で、トールは眠っていた。


 すやすやと。


 何の変哲もない、穏やかな寝顔で。


 ――だが。


 その周囲だけ。


 わずかに、空気が揺らいでいた。


 灯りが、かすかに明滅する。


 影が、不自然に伸びて――


 そして、戻る。


 次の瞬間には、すべて元通りだった。


「……今の、見たか?」


「ええ」


 ミレイユは、じっとトールを見つめている。


「この子……」


 ぽつりと呟く。


「とんでもないもの、抱えてるわね」


 その言葉に、何も返せなかった。


 ただ静かに、眠るトールを見る。


 小さな身体。


 無防備な寝顔。


 ――守るべき、家族。


 それなのに。


 胸の奥に、拭いきれない違和感が残る。


(守らなきゃ、な)


 誰よりも強く、そう思った。


 ――この時の俺は、まだ知らない。


 この小さな違和感が。


 やがて、すべてを揺るがすことになるなんて。


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