第七話 「嵐のあとで」
深く頭を下げる子供たち。
その震える背中を前に、大聖堂は静かな空気に包まれていた。
先ほどまでの緊張が、ゆっくりとほどけていく。
「……顔を上げて」
フレイの穏やかな声が響く。
恐る恐る顔を上げた子供たちの目には、まだ不安が残っていた。
「もういいよ。本当に、気にしてないから」
そう言って、フレイは小さく笑った。
その笑顔に、張り詰めていた空気がふっと緩む。
「……全く、あなたって子は」
ミレイユが、呆れたように息を吐いた。
だがその声は、どこか優しい。
「甘いわね。でも――」
ふわりと、フレイの頭に手を乗せる。
「そんなフレイが私の誇りよ」
その様子を見ていた子供たちは、再び深く頭を下げた。
今度は、先ほどとは違う。
恐怖ではなく、敬意と後悔からくるものだった。
国王陛下が、静かに口を開かれる。
「よい」
その一言で、場の視線が集まった。
「過ちは誰にでもある。だが、それを認め、正すことができるかどうか――それが何より重要である」
厳しくも、どこか温かい声音。
「本日の出来事、しかと胸に刻むがよい」
子供たちは、深く頷いた。
◇
その後、三家の当主たちも前に進み出て、深々と頭を下げた。
もはや言い訳の余地はない。
ただ、自らの至らなさを認めるしかなかった。
――一件落着、だな。
そう思った、その時。
「ねぇ」
場違いなほど軽やかな声が響いた。
アイリーンだ。
「さっきから黙って聞いてたけど」
にこり、と微笑む。
だが目は笑っていない。
「子どもがやったこと、で済ませるつもりじゃないでしょうね?」
空気が、再びピリつく。
「教育っていうのはね、家庭と環境で決まるのよ」
ゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。
「つまり――責任は、誰にあるのかしら?」
三家の当主たちの顔色が、さらに悪くなる。
逃げ場はない。
「……無論、我らの責任にございます」
絞り出すような声。
その言葉に、アイリーンは満足げに頷いた。
「よろしい」
くるりと踵を返す。
「だったら、あとは“どうするか”ね」
その背中が語るのは、それ以上は言わないという圧だった。
国王陛下もまた、小さく頷く。
「後のことは、追って沙汰を下す」
それで、この件は完全に幕を下ろした。
大聖堂に、穏やかな空気が戻る。
先ほどまでの嵐が嘘のように、静かで、澄んだ空気だった。
「……終わったね、パパ」
メリアが、ほっとしたように言う。
「ああ。全部、な」
そう答えながら、フレイの頭を軽く撫でた。
「よくやった」
「……うん」
少し照れたように笑うフレイ。
トールが元気よく声を上げる。
場の空気が一気に和んだ。
「さて、と」
俺は小さく息を吐く。
「帰るか」
こうして俺たちは、大聖堂を後にした。
◇◇◇
――そして。
屋敷に帰り着いた、その瞬間だった。
「ピーナッツバターがないじゃないのぉおおお!!」
館中に響き渡る、絶叫。
「……」
全員、固まる。
振り返れば。
ローブを脱ぎ捨て、キッチンへと突撃したミレイユの姿。
先ほどまでの“聖女”は、どこにもない。
「……別人?」
フレイがぽつりと呟く。
「さっきのかっこいいママは……幻覚?」
メリアも、首を傾げる。
――いや。
どちらも、あいつだ。
「……はは」
思わず、笑いがこぼれる。
あの大聖堂での出来事も。
この騒がしい日常も。
どちらも紛れもなく、俺たちの現実だ。
ミレイユはキッチンで何やら騒ぎながら、ぶつぶつと文句を言っている。
フレイはそんな様子を見て苦笑し、
メリアは楽しそうに笑い、
トールは無邪気に手を叩いている。
――ああ。
やっぱり、この家は騒がしい。
だが、それがいい。
俺は改めて、この愛すべき日常を守ろうと心に決めた。
どんな騒動があろうとも。
この笑い声が、絶えることのないように。




