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第五話 「聖女、大聖堂でもぐもぐする。」


 ――何を思ったのか

 ミレイユが動いた。


 な咳に触れるフレイの体と、その間のわずかな隙間へ――


 するりと潜り込み、しゃがみ込んだのだ。


 ……嫌な予感しかしない。


 そして次の瞬間。


 ポケットから取り出されたのは――


 ポテトサラダのサンドイッチ。


 しかも、むき身。


「…………」


 頭を抱えたくなった。


 それは今朝、俺が渡したものだ。


 ――ちゃんと包めと言ったはずだが?


 ミレイユは、幸せそうにそれを頬張り始める。


 神聖な儀式の最中に。


 大聖堂の、ど真ん中で。


 フレイの影に隠れているつもりなのだろうが――


 隠れきれてない。


 全然、隠れきれてない。


 むしろ、しっかり見えている。


 周囲の視線が一斉に集まる。


 だが本人だけは気づいていない。


 ざわめきが広がる。


 先ほどまでの感嘆はどこへやら。


 困惑と、戸惑いと――


 ほんの少しの笑い。


 そして、フレイはというと……


 ――一切、動じない。


 ただ静かに、光を放ち続けている。


 自分と魔石の間で母親がサンドイッチを手べていようと。


 関係ないと言わんばかりに。


 その姿はあまりにも堂々としていた・



 やがて光が収束していく。


 浄化は終わった。


 フレイはそっと視線を下げる。


「ママ、終わったよ」


「しっ!続けてるフリして!あとちょっと!三口だけ!」


「……口に押し込めば?」


「あ、そっか。むぐっ」


 ――やめろ。


 ミレイユは無理矢理口に詰め込み、何事もなかったかのように立ち上がった。


 だが……


 頬はパンパンに膨らみ、口元にはポテトサラダ。


 さらにパンくずをローブで払う始末。


 ……我妻ながら終わっている。


 そしてそのまま

 

 無詠唱で、結界強化の魔法を発動した。


 口が塞がったまま。


 もぐもぐしながら。


 発動した。


 ……意味が分からない。


 いや、分かりたくもない。



 周囲は完全に呆然としていた。


 貴族も、民衆も。


 誰一人として、この状況を理解できていない。


 ――当然だ。


 聖女とすら謳われる王立治癒院最高責任者が


 もぐもぐしながら


 国家規模の魔法を発動しているのだから。


 ちらりと横を見る。


 アイリーンは呆れ顔。


 レオンは顔を背け、肩を震わせている。


 ……笑ってるな、こいつ。


 再びフレイへ視線を戻す。


 あいつは最後までやりきった。


 何があってもブレず。


 自分の役目を果たした。


 ――それでいい。


 それでこそ俺の息子だ。



 少しの時間が過ぎ、結界が強化された。


 王国全土を覆う強固な光のベール。


 それは間違いなく、史上最高の完成度だった。


「ミレイユ……本当に君は……」


 言葉を飲み込む。


 呆れと、どうしようもない愛しさが込み上げてきた。


 こうして、クリスタリア王国史に残る大儀式は――


 “もぐもぐ聖女”という、前代未聞の形で幕を閉じたのだった。


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