第三話 「聖女の企み」
「ねぇルシアン」
ミレイユが、ふっと笑った。
その表情は先程まで涙を浮かべていたとは思えないほど、どこか楽しげで。
「いいこと思いついたの」
嫌な予感がした。
いや、この場合は──“誰かにとっては災難な予感”か。
「フレイのことを知らないから、あんなこと言うのよ」
ミレイユがゆっくりと立ち上がる。
その目はどこかいたずらっぽく輝いていた。
「なら──」
口元がにやりと歪む。
「見せつけてやろうじゃないの。フレイの凄さを」
……ああ。
これは止められないやつだ。
◇
ミレイユはそのままフレイの元へと歩み寄ると、そっとしゃがみ込み目線を合わせた。
「フレイ、ママね、お願いがあるの」
「お願い?」
フレイは首をかしげる。
「ちょーっとママのお仕事、手伝ってくれない?」
「お仕事?」
「そう。この王国全土を覆ってる結界、知ってるわよね?」
「うん」
「その結界ね、十年に一度、全土を浄化して強化し直してるの」
さらりと言っているが、とんでもない規模の話だ。
「で、ちょうど来週がその日なのよ」
「うん」
「その浄化を──フレイにやってほしいの」
思考が一瞬止まる。
それは国家規模の大魔術だ。
◇
「大聖堂で魔法をばーって広げるんだけどね?」
ミレイユは両手を大きく広げてみせる。
「このくらい──って言いたいんだけど……」
ぴたりと動きが止まった。
「……どのくらい?」
フレイが首をかしげる。
「えっとね、その……すっごく広いの!」
──雑だ。
「王国ぜんぶだから!」
それは知っている。
「でもねぇ……りっぽー……へーほー……めーとる?とか言われても、全然わかんなくて!」
「立方メートル」
「それそれ!もうほんと無理なのよあれ!」
頭を抱えるミレイユ。
どうやら本気で分かっていないらしい。
「どれくらい魔力が必要なのかも、どこまで広げればいいのかも、感覚だと出来るんだけど……ちゃんと説明しろって言われるともう全然だめで……」
少しだけ困ったように笑う。
「とにかく!それをね、フレイにお願いしたいの」
視線を合わせて、まっすぐに言った。
「ママと一緒にちゃちゃっとやってくれない?」
◇
フレイは、一瞬だけきょとんとして──
「……あはは」
小さく笑った。
さっきまでとは違う、柔らかい笑み。
「いーよ」
迷いのない返事だった。
◇
「ほんと!?ありがとうフレイ!」
ミレイユが嬉しそうに抱きしめる。
フレイも、少し照れくさそうにしながらそれを受け入れていた。
「フレイ、ママをしっかり手伝ってやるんだぞ」
そう声をかけると、フレイはこくりと頷いた。
◇
──なるほど。
ミレイユの狙いがようやく見えた。
ただ手伝わせるだけじゃない。
この子の力を、“魅せる”つもりだ。
それも──誰の目にも明らかな形で。
フレイの知性と、ミレイユの魔術。
その二つが重なった時──
きっと、とんでもないことになる。
そしてそれは──
あの愚かな連中に、思い知らせるには充分すぎるだろう。
──だが。
この時の俺は、まだ知らなかった。
来週、大聖堂で起こる出来事が。
“見せつける”どころの騒ぎでは済まないことを。




