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第二話 「それで充分」


「しかし、フレイ。その素晴らしい倫理的思考能力は見事だが――たまには、絵本を読んだり、友達と遊んだりもしてみてほしいな」


 軽く頭を撫でながら言うと、フレイは黙り込んだ。


 考えているのか、それとも――困っているのか。


 その表情は相変わらず読み取りずらい。


「……メリアがいればいい」


 ぽつりと、そう言った。


 あまりにもまっすぐで、あまりにも愛おしい言葉。


 メリアは一瞬きょとんとして、それから顔を真っ赤にした。


「フレイのばかぁ!」


 だが――


「パパぁ、フレイ友達いないよぉ?」


 その一言で空気が変わった。


 思わず言葉を失う。


 ……そうか。


 フレイには友達がいないのか。


「……僕の世界にはメリアとトール、それとパパとママ、レオンおじちゃんとアイリーンさんだけでいい」


 淡々とした声だった。


「書庫行ってくる」


 そのまま、振り返らずに部屋を出て行く。

 ――その背中が、いつもより小さく見えた。



「あのねパパ、ママぁ……」


 メリアが少しだけ声を落とす。


「フレイね、“副団長のところの長男なのになんの取り柄もない”とか、

“姉の金魚のフン”とか……」


 言葉が突き刺さる。


「“聖女の息子なのにパッとしない”とか、

“姉はすごいのに弟は凡人なんじゃないか”って……」


 息が止まる。


「でもね、フレイ何も言わないの」


 ぎゅっと拳を握る。


「パパとママが悲しむと思って……フレイ、優しいから」


 ……なんだ、それは。


 そんなものを、たった一人で抱えていたのか。


 俺は抱いていたトールをミレイユに預けた。


「フレイ……」


 声が、震える。


 守るべきものを、守れていなかった。



 書庫の前。


 扉の向こうから声が聞こえる。


「アイリーンさんは悲劇ロマンスがすき?」


「そうねぇ、でも喜劇も好きよ?」


 ……アイリーンか。

 またいつの間に来ていたんだ。


 少しだけ、息を潜める。



「フレイもミレイユに似てるわよ?」


「僕も?ママに?」


「ええ。知識への探求心も、魔力も」


 その声は優しくて暖かい。


「フレイも存在そのものが愛されてるのよ?胸を張りなさい、フレイ」


 ――救われている。

 そう、思った。


 俺が伝えきれなかった言葉を、彼女が届けてくれている。


「ねぇフレイ、知ってる?」


「なに?」


「ルシアンね、酔うとすごいのよ?」


 ……やめろ。


「“フレイは賢いんだー!”って大声で自慢してたわ」


「えっ…?」


「“フレイは騎士団の将来を担える才覚を持ってるんだぞぉ!”ってね」


 ……それは、まぁ、いい。


「でもその後がもっとすごいの。

“もしフレイが騎士団に入るって言い出したらどうする!?戦場に出るのか!?魔物討伐とか行くのか!?無理無理無理!!”って」


「……うん?」


「“危険すぎるだろ!?怪我したらどうする!?俺の大事な息子が……戦場に!?”って」


 やめろ……やめてくれ……


「それで最後にね?」


 本気で心の底から頼むからやめてくれぇぇ……


「“心配過ぎてパパは失禁しそうですっ!!”って」


「ぶっ――」


 フレイが吹き出した。



 ……終わった。

 俺の威厳が。


 だが――


 その笑い声を聞いた瞬間、どうでも良くなった。


 フレイが心から笑っている。


 それだけでいい。



 静かにその場を離れる。


 今は、あの時間を邪魔しない方がいい。



 リビングに戻ると、ミレイユが不安そうにこちらを見る。


「大丈夫だ」


 肩を抱き寄せる。


「フレイはもう大丈夫だ」



 しばらくして、書庫の扉が開く。


 戻ってきたフレイの表情は――明るかった。


「ねぇルシアン」


 ミレイユが、ふっと笑う。

 その目はどこか楽しげで。


「いいこと思い付いたの」


「フレイのことを知らないから、あんなこと言うのよ」


 ゆっくりミレイユが立ち上がる。


「なら――」


 にやりと笑った。


「見せつけてやろうじゃないの」


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