第二話 「それで充分」
「しかし、フレイ。その素晴らしい倫理的思考能力は見事だが――たまには、絵本を読んだり、友達と遊んだりもしてみてほしいな」
軽く頭を撫でながら言うと、フレイは黙り込んだ。
考えているのか、それとも――困っているのか。
その表情は相変わらず読み取りずらい。
「……メリアがいればいい」
ぽつりと、そう言った。
あまりにもまっすぐで、あまりにも愛おしい言葉。
メリアは一瞬きょとんとして、それから顔を真っ赤にした。
「フレイのばかぁ!」
だが――
「パパぁ、フレイ友達いないよぉ?」
その一言で空気が変わった。
思わず言葉を失う。
……そうか。
フレイには友達がいないのか。
「……僕の世界にはメリアとトール、それとパパとママ、レオンおじちゃんとアイリーンさんだけでいい」
淡々とした声だった。
「書庫行ってくる」
そのまま、振り返らずに部屋を出て行く。
――その背中が、いつもより小さく見えた。
♢
「あのねパパ、ママぁ……」
メリアが少しだけ声を落とす。
「フレイね、“副団長のところの長男なのになんの取り柄もない”とか、
“姉の金魚のフン”とか……」
言葉が突き刺さる。
「“聖女の息子なのにパッとしない”とか、
“姉はすごいのに弟は凡人なんじゃないか”って……」
息が止まる。
「でもね、フレイ何も言わないの」
ぎゅっと拳を握る。
「パパとママが悲しむと思って……フレイ、優しいから」
……なんだ、それは。
そんなものを、たった一人で抱えていたのか。
俺は抱いていたトールをミレイユに預けた。
「フレイ……」
声が、震える。
守るべきものを、守れていなかった。
♢
書庫の前。
扉の向こうから声が聞こえる。
「アイリーンさんは悲劇ロマンスがすき?」
「そうねぇ、でも喜劇も好きよ?」
……アイリーンか。
またいつの間に来ていたんだ。
少しだけ、息を潜める。
♢
「フレイもミレイユに似てるわよ?」
「僕も?ママに?」
「ええ。知識への探求心も、魔力も」
その声は優しくて暖かい。
「フレイも存在そのものが愛されてるのよ?胸を張りなさい、フレイ」
――救われている。
そう、思った。
俺が伝えきれなかった言葉を、彼女が届けてくれている。
「ねぇフレイ、知ってる?」
「なに?」
「ルシアンね、酔うとすごいのよ?」
……やめろ。
「“フレイは賢いんだー!”って大声で自慢してたわ」
「えっ…?」
「“フレイは騎士団の将来を担える才覚を持ってるんだぞぉ!”ってね」
……それは、まぁ、いい。
「でもその後がもっとすごいの。
“もしフレイが騎士団に入るって言い出したらどうする!?戦場に出るのか!?魔物討伐とか行くのか!?無理無理無理!!”って」
「……うん?」
「“危険すぎるだろ!?怪我したらどうする!?俺の大事な息子が……戦場に!?”って」
やめろ……やめてくれ……
「それで最後にね?」
本気で心の底から頼むからやめてくれぇぇ……
「“心配過ぎてパパは失禁しそうですっ!!”って」
「ぶっ――」
フレイが吹き出した。
♢
……終わった。
俺の威厳が。
だが――
その笑い声を聞いた瞬間、どうでも良くなった。
フレイが心から笑っている。
それだけでいい。
♢
静かにその場を離れる。
今は、あの時間を邪魔しない方がいい。
♢
リビングに戻ると、ミレイユが不安そうにこちらを見る。
「大丈夫だ」
肩を抱き寄せる。
「フレイはもう大丈夫だ」
♢
しばらくして、書庫の扉が開く。
戻ってきたフレイの表情は――明るかった。
「ねぇルシアン」
ミレイユが、ふっと笑う。
その目はどこか楽しげで。
「いいこと思い付いたの」
「フレイのことを知らないから、あんなこと言うのよ」
ゆっくりミレイユが立ち上がる。
「なら――」
にやりと笑った。
「見せつけてやろうじゃないの」




