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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おやすみ、ロウホッチの悪魔

作者: 調彩雨

※名前を見るのも嫌な方の多い害虫の名前をガッツリ出しています。ご了承の上お読み下さい

「おい、悪童、来い」

 いつでも不遜なその男は、いつも通りの気怠げな声でそう言った。

「この国最大の秘密を見せてやる」

 所詮、女王と官僚にこき使われるだけの公僕のこのオッサンに、そんな権利があるものか。

「早くしろ」

 思えど寝ていたソファを蹴られては、それ以上眠ることも出来ない。

 不機嫌な唸りを上げて立ち上がると、オッサンは来いと告げて歩き出した。おれがついて行くと信じて疑わず、おれが背後から襲うことなど疑いもしない態度。

 こんな態度をおれに対して取れるのは、このオッサンくらいだ。

 だから結局、おれは逆らう気にも刃向かう気にもならなくて。

 黙ってついて行った先は、なるほどいままで行ったことのない区画だった。つか、この建物にこんな地下があったのか。

「んだここ、カタコンベ?」

「ま、似たようなもんだな」

 地下と言うのにやけに乾燥した場所。この国は、どこもそうだ。まるで湿気は悪だとでも言うように、どこもかしこも乾燥していて、連日降る雨ですら止めばたちまち乾いてしまう。悪はゴミや汚れもそうで、とくに生ゴミの放置は窃盗以上に重罪に問われる。死体も火葬で、灰も残さず焼き尽くすので、この国に埋葬の文化はない。

 お陰で墓の土地不足に困ることはないから、良いのかもしれないが。

 ああでも、だからこそ。

「適当ぶっこくなよ、墓なんかないだろ、クソッタレなこの国に」

永眠ねむってるのは、確かって話だよ」

「永眠ってる?」

 こんな、地下鉄すらも走らないような地中深くで?

「誰がだよ」

「お前の大先輩」

「あ?」

 やたら厳重な扉。とびきり大切なものか、とびきり危険なものでも、しまうみたいな。

「先輩?どう言う意味だよ」

 それが、一枚じゃない。

「先輩じゃなくて、大先輩だ。敬えよ」

 一、ニ、廊下を進んで、三、四。

 息苦しい。固く固く、押し込められたようで。

「んな些細なことはどーでもいんだよ。おらぁ、ガッコに行ったこともねぇし、まともな職に就いたこともねぇ。先輩なんざ、いるわけねぇだろ」

 ああ、まだ、扉があるのか。

 蟻の子一匹通さないような、厳重な。この先に、いったいなにがあるって言うんだ。

「大先輩だよ。お前も、一歩間違えばこうなってたってな」

 扉を開けて部屋に入り込んだオッサンが、奥を指差す。そこにあったのは、たぶん合成樹脂であろう透明な、

ひつぎ?」

「墓だったろ」

「こんな厳重に、死体を守ってんの?」

 禁製の核爆弾でも匿ってんのかと言うような設備で?

「死んでねぇから、厳戒態勢なんだよ」

 そう言う割に、部屋の中に見張りの兵はいない。

 まあ、まともな人間ならこんなとこ、一時間もいれば気が狂いそうだが。

「監視は最外殻の扉だけだ。危ねぇからな」

「それ、扉以外から突破されたりしたらどうすんだよ」

「聖女が五重結界張ってる空間をか?」

「ごっ……!?おい、女王の城や教皇のいる大聖堂より厳重じゃねぇか」

 いったいなんなんだ、そんなに厳重に囲われる、この死体は。

「こらこら、危ないからお前は近付くな。そこ座ってろ」

 歩み寄ろうとしたおれの服を掴んで、オッサンが部屋の端の椅子へと追いやる。見張りはいないし、棺?のほかにはものもないのに、なぜか椅子と机だけは備えられていた。四人掛けの、木製の椅子と机だ。

「危ないって、死体がか?」

 オッサンは死んでねぇと言ったが、遠目に見る限り棺の中身はぴくりともしない。仰向けに横たわっているのに、胸の上下がないのだ。呼吸すらしていないのだろう。

 呼吸しなければヒトは死ぬ。あれが死体でないと言うならば。

「それとも、機械人形か魔導人形なのか?」

「どっちも違う。生きた……バケモンだよ。お前と一緒でな」

「ばけもん?」

 よく見ても、やはり生きているようには見えないが。まあ、死体と言うには損壊や腐敗もなく、まさに死んだばかりと言った姿だが。あれからは、呼吸も、鼓動も、生命活動の気配が感じられない。

「あれも、悪魔憑きなのか?」

 見るからに、平凡な少女だ。歳の頃は、十五、六と言ったところか。閉じられているので瞳の色はわからないが、髪はごく平凡な栗色をしている。緩く波打つ豊かな長髪は毛先まで艶があり、そこだけは確かに生きた人間のようだった。

「学のないお前でも、聞いたことくらいあんだろ、『ホッチタウンの悪夢』」

「この国の、昔の首都が、一夜にして壊滅したって言うやつか?おれの事件の前まではずっと、史上最悪の悪魔害って言われてた」

「そう。それだ」

「それがどうしたんだよ。確か、黒魔導士の召喚失敗で受肉前や契約前の悪魔が大量に溢れたせいで起きた事故だったんだろ?」

 被害は首都のあったバンタラ州全体に拡がったが、とくに悪魔召喚の行われたハイホッチを中心とした、ホッチタウンの被害が大きく、ほとんどの建物が倒壊したと聞いている。ホッチタウン以外も、外格こそ残っているが天井が落ち床が抜けて、中にいた人間が全滅した建物が多くあると言う話だ。

「そうなってるな。表向きは」

「表向き?」

「実際は、たくさんの悪魔による事故じゃなく、たったひとりの悪魔憑きが引き起こした事件だったんだ、『ホッチタウンの悪夢』は」

 お前はそこ動くなよと言い置いて、オッサンが棺に近付く。

「この、棺の中の見た目にはただの女にしか見えないバケモンこそ、『ホッチタウンの悪夢』の真犯人。通称、『ロウホッチの悪魔』だ」

「ロウホッチ?被害の中心はハイホッチだろ?」

「被害の中心はハイホッチだが、このバケモンが住んでたのはロウホッチだったらしい。ま、どっちも今じゃなくなってるけどな」

 そうだ。この国は、『ホッチタウンの悪夢』で壊滅した首都を放棄し、別の場所に遷都した。打ち捨てられたバンタラ州はゴーストタウンとなり、国内人口が膨れ上がって土地不足が問題となりつつある今ですら、廃墟に覆われ、ほかに住む場所のない底辺の人間しか住まないスラムと化している。『ホッチタウンの悪夢』から五百年以上経った、今ですら、だ。

 うん?

「おい、嘘吐くなオッサン」

「オッサンはやめろ、まだ三十五だ俺は」

「十分オッサンじゃねぇか。じゃねぇ。ソイツが『ホッチタウンの悪夢』の真犯人?生きてるはずがねぇだろうが、たとえ悪魔と契約しようが、五百年以上前の人間がよ」

 生きていたとして、シワシワのミイラみたいなバアサンになってるはずだ。棺のなかの、幼いとすら言えるほどに若い女なんかではなく。

「だからコイツは、人間じゃなくバケモンなんだよ」

 コン、とオッサンが棺を叩く。

「その棺になにか術でも掛かってんのか?」

「いや、確かにこれは『ロウホッチの悪魔』とは別の悪魔憑きが造った、原料不明のめちゃくちゃ頑丈かつ劣化しない箱だが、中身の時を止めるような効果はない。コイツが若いままここにいるのは、悪魔憑きとしての能力のせいだ」

「能力?不老不死にでもなったのか?」

 気紛れで性根の歪んだ悪魔共が、そんな誰もが欲しがるような能力寄越すとでも?

「いや、もっと性格の悪い能力だよ」

 オッサンが、親指で自分の胸を指す。

「心臓が時計仕掛けなんだ。ネジを巻かなきゃ動かないし、動かない間は、身体の時が進まない。だから、呼吸も鼓動も感じられないだろ?時間が止まってんだよ、コイツの身体だけ」

「五百年、も?」

「そのうち、一年分くらいは起こされてるはずだけどな」

「なんで、そんな」

 たとえ、悪魔に憑かれたせいで歪んだとしても、罪を犯せば罰されるのは身体の持ち主だ。それは、いまも昔も変わらない。たとえ、五百年前だったとしてもだ。

「罰なら殺せば良いだろ。こんな、厳重に閉じ込めなきゃいけないくらい危険だってんなら余計。わざわざ生きながらえさせる必要が、どこにあったって、」

 言葉を止める。

 それを言うならおれだって、殺されてしかるべきだったのだ。なにせ、おれの起こした事件は『ホッチタウンの悪夢』を超える最悪の悪魔害と謳われているのだから。にもかかわらず、おれがまだ、生きているのは。

「だから、大先輩、だって?」

 役立つと判断されたからだ。おれの能力が、この国にとって。

 だからおれは、逆らわないよう隷従の呪いを掛けられた上で、このオッサンにこき使われる羽目になっている。

 この、棺の女も、能力が国に認められてしまったがゆえに、老いることすら許されず、生かされているのか?

「そうだ。なあ、時計仕掛けのものと言えば、なにが思い浮かぶ?」

 時計仕掛けのもの?

「街灯と、信号機」

「ほかには?」

 ほかには。

 箱に入った時計の忘れ物が、危険物として周りを慌てさせるのは。

「時限爆弾」

「その通り」

 オッサンが頷く。

「と言っても、時限爆弾にも出来る、ってだけの話だけどな。実際、『ホッチタウンの悪夢』のときは、時限式じゃなく遠隔操作式だったらしいし」

「時限爆弾にも出来る。なにを、だよ」

「生き物の心臓を」

「っ」

「閉鎖系でも解放系でも関係なく、魚でも昆虫でも動物でも、人間でもな」

 それはこんなに、深く埋められも厳重に閉じ込められもするだろうな。まあ爆弾化が、どんな条件で実行されるかにもよるが。

「実際見たわけじゃねぇから信憑性は確かじゃねぇが、発動に必要なのは、対象の心臓を指差すだけ、と言う話だ。しかも、心臓を爆弾化された状態で繁殖すると、子に爆弾化した心臓が遺伝する。何代先であろうとも、だ」

 棺に寄り掛かったオッサンがため息を吐く。

「『ホッチタウンの悪夢』のときは、ゴキブリとネズミ、それぞれ十匹程度の心臓を爆弾化して町に放ったそうだ。元々町にいたものを捕まえただけだったらしいからな。爆弾化された個体はすぐに元の仲間と混じって、繁殖し、爆発的に数を増やした。文献によればバンタラ州は技術発展がずば抜けていて、温水を用いた暖房設備で、真冬でも暖かかったと言う。季節を問わず爆弾化された害獣は増えて生息域を拡大し、州全体に拡がったところで」

 ばぁん

 オッサンが銃を撃つジェスチャーをする。似合わない。

「個々の威力はそこまででなくとも、天井裏で何十匹も炸裂すればたまったもんじゃない。とくに富裕層の住む地域だったハイホッチは、暖房も手厚いし餌も豊富だしで個体数が多かったから被害も甚大になった、と言うことだ」

「それ、爆弾になったやつって見た目とかで見分けられんのか」

「無理だ。見た目はもちろん、解剖したって、鑑定したって、普通の個体との差はない」

 なんだ、それ。

「詰みじゃねぇか」

「そうだよ。だから、この国じゃ害獣害虫の方を一掃する方向で対策が進んだんだ。表向きには、疫病対策としてな」

 オッサンが嗤う。

「まあその、徹底した駆除のお陰で、三度に渡る世界的なパンデミックで、我が国だけ被害を受けずに発展を続け、世界一の国になったんだから、皮肉な話だよな。なんにせよ、事件当時の政府は、『ロウホッチの悪魔』を徹底的に隠匿し、かつ、生かすことを決めた。その理由は」

「リスク以上に、有用性が認められたから」

「その通り」

 おれの方が被害は出したってのに、おれが悪童であっちが悪魔なのは、そう言うことだろう。

 この国は別だが、ほかの国でなら、ハエの一匹や二匹飛んでいるのを気にするやつはそうそういない。いや、害虫嫌いなら駆除したがるかもしれないが、それが攻撃だなんて思いもしないだろう。

 知らぬ間に兵器を送り込み、送り込んだ兵器は勝手に増殖して、任意のタイミングで炸裂する。

 凶悪で、最悪な、無差別爆撃手段だ。

 いや、待て、それどころか。

「おい、心臓を指差す、って、距離は」

「はは。聞いて驚け」

 オッサンが、笑うしかないと言いたげに笑う。

「生中継なら映像越しでも可能だ。たとえ、宇宙空間にいる相手でもな」

「宇宙、空間?まさか」

 五十年前の話だ。ああそれも、悪魔害のひとつで、成功していればあるいは、『ホッチタウンの悪夢』をはるかに超える規模の被害が出ていたはずの。

「内部分裂、じゃなくて」

「賢いな。そう言うこった」

 軍用人工衛星を乗っ取って、クーデターをやろうとした集団がいた。乗っ取りには成功して、犯行声明も出して、政府と交渉をしていて、要求を飲まなければ衛星から爆撃すると脅していた。けれど、内部分裂で揉めて、衛星は破壊され墜落、大気圏突入で燃え尽き、未曾有の危機は辛くも去った、と言う話だった。

 それもまた、表向きだったと言うことか。

「そう言う、国の危機の時にだけ、コイツはネジを巻かれて起こされる。そして、敵を殺してまた眠るんだ。そう言う存在にされている」

「それ、を、受け入れてんのか?その、」

 女、バケモノ、悪魔憑き。なんと呼んだら良いのか迷って、言葉が途切れた。

「呼び名が欲しいならメイだ。戸籍上の名前は。まあ、『ホッチタウンの悪夢』に巻き込まれて死んだことになってるが」

 言いながら、オッサンが棺を開ける。

 棺の中には少女と一緒に、短剣が一振り入っていたようで。

「なっ」

 オッサンはその短剣を、躊躇いなく少女の胸にぶっ刺した。

「おい、なにを」

 さらには刺した短剣を、ぐりぐりと回して傷を抉る。

 ガチガチガチと、ゼンマイを巻くような音がした。

 むくりと、短剣を胸に刺した少女が起き上がる。

「やあおはよう。はじめましてかな?」

「そうだな」

 起き上がった少女は、なんともないみたいに話し出した。どこか舌足らずさを感じる、若々しい声だ。オッサンもまた、なんともないみたいに答える。

「最後に起きてから何年経ったの?」

「記録じゃ十四年だな」

「あはは。それっぽっちか。相変わらず、人間は強欲だね。滅びれば良いのに」

 ぞくり、と怖気に震えた。

 大先輩?そんな、並び立てる存在じゃない。

 悪魔そのものではないのに、悪魔と言う通称を持つソレは、その不遜な通称通りの、悪魔のように恐ろしい存在だ。

「それで?」

 悪魔は首を傾げる。何年経ったか聞いたのと変わらぬ、軽い口調で。

「今度はなにを殺せば良いの?」

拙いお話をお読み頂きありがとうございました


おやすみまで書くはずだったのに力尽きておはようで終わっているせいでタイトル詐欺になっている件

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