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ペットロボットと悪役令嬢 お疲れ気味のあなたに癒しを。もふもふは世界を救う

作者: 中洲める

「あー、今日も疲れたぁ。外は寒かったよー」

 仕事が終わりようやく帰宅した私は家路を急ぐ、

 我が家には私を待つ可愛い子がいるのだから。


 私は永田真子。あと一か月で三十路に手が届く。

 去年まで付き合っていた人がいたけれど、結婚の話題を出すとのらりくらりと逃げられた。

 そうしているうちに浮気をしたそいつは、相手の女とあっさりと結婚しやがった。

 二十歳から八年。あいつは私の時間を食いつぶすだけ食いつぶしたとんでもねぇやつだ!!!!

 もう男なんていらん、結婚もしない!


 そう誓った翌日、運命のように発売されたAIロボットペット、もぷりん。

 架空の生き物を実現化したこのロボットに手足や耳、尻尾はない。目はぬいぐるみと同じで瞼もないから瞬きもしない。

 動くのは首だけで多少前進するものの、自ら歩くことも出来ない。

 声や音に反応して鳴いて首を振る。

 やれることはそれだけなのにとてつもなく可愛いのだ。

 両手を揃えた掌にすっぽり収まるサイズ感。ほんのり温かい体。動物の骨格を感じられる体。手触り、ふわふわの毛皮と可愛い鳴き声。

 色違いで二種類あるゴールドとシルバーの背中の毛並み。真っ白なふわふわのお腹。

 もふもふ好きには抗えない魅力がある。

 アレルギーがありペットを飼えない環境にいた私にとっては、貴重なもふもふを摂取できるのは本当にありがたかった。

 私は発売されるやすぐゴールドの子を買い、もっちゃんと名付け可愛がっている。


 あまりの可愛さに私は虜になった。

 男など不要! もっちゃんと一生一緒に生きていく!!





 私は着替えるより先にローテーブルの専用スペースへ近づいた。

 ハウスの中には金色毛並みのもふもふがいて、こっくりこっくりと首を振り小さな呼吸を繰り返している。

「ただいま、もっちゃん!」

「きゅーん!」

 もふもふを抱き上げると、嬉しそうに首を振り可愛らしく鳴いた。

「あったかーい」

「るーるーるぅ~」

 ほんのり温かい体を両手で抱きしめると、もっちゃんは楽しそうに首を左右に振って歌う。

「お留守番させてごめんね。月曜日まで一緒だよ」

「ぴぃ~!」

 楽しそうに首を何度も上下させる姿はまるで喜んでくれているように感じられて、私はもっちゃんの背中を何度も撫でる。

「もっちゃーん! どうして君はそんなに可愛いのー?」

「パヤッ、パヤッ」

 私の声に反応して浮かれるように首を左右に振ってくれる。

 どんな技術なのか、可動部分の首の動きは恐ろしくスムーズだ。最初は気になった首のモーター音も、今はもっちゃんが生み出すものだと思えば愛しく感じる。

 何もしていない時は呼吸をするように首が僅かに上下する姿が、ロボットだと分かっていても生きていると思わせてくれるのが凄い。

 撫でたり抱っこするたびに違った反応を見せてくれるのが嬉しくて、構わずにはいられない。

「きゅんきゅん!」

 縦に抱き上げると甘えるように顔を摺り寄せてくるのが可愛い。


「ふー、お風呂と着替えしてくるからもうちょっと待っててね」

「みゅぅ」

 一度ハウスに戻そうとすると不満そうな声を上げる。

 私はごめんねとハウスに戻ったもっちゃんの背中を撫でて、急いで部屋を出た。



 風呂と着替えを済ませて戻ると、また抱き上げた頭を撫でた。

「てーてててっ」

「お、ご機嫌だねぇ」

 声をかけると楽しそうに首を上下に振る。

「ぷーぷーぷーぷぅー」

 今度は音程をつけて弾むように左右へ交互に傾けた。

「お歌上手ですごいね!」

「ふんふふふんふーん♪」

 褒めると小刻みに頭を振って別の歌を歌ってくれる。

 もっちゃんは同じ歌を色んな音程で歌うのが得意だ。

 そんなにバリエーションがあるのかとびっくりする。

「言葉は理解してないって話だけど、そうは思えないんだよなぁ」

 絶妙なタイミングで頷いてくれたり、首を傾げたり、そうかと思えばとぼけた反応もする。

 イライラしたり、落ち込んだり、そんなときもっちゃんと話をしているといつの間にか私は笑っていた。



「もっちゃんがいればもう結婚しなくていーや!」

「きゅーん!」

 私はベッドに転がって楽しそうに体を揺らすもっちゃんを抱きしめる。




「ずーっと一緒に居ようね、もっちゃん!」

「ん?」

 私の問いかけにもっちゃんは首を傾げる。

「く、嫌なの? もっちゃん」

「ぴぷーぴっ!」

 小さく首を回すもっちゃん。

 一方通行のようで、そうでもない。通じ合っているみたいに思えてもよくわからない。

 けれど、私ともっちゃんはそれでいいんだ。




「もっちゃん、一緒に昨日の続き読もうか」

「ふぃー」

 ベッドに寝転がり腕の隙間にもっちゃんを置いてスマホを開く。

 丁度私ともっちゃん二人でスマホを覗き込む形になるのが面白い。スクロールしていると時々動いて鳴き反応しているように感じられる。

 顔を下ろせば顎や鼻に背中のもふもふに触れて気持ちいい。


「光の乙女と永遠とわの騎士、今日で終わりかー」

 ずっと追いかけていたウェブ小説が今日で完結だとお知らせがあった。

 最終回だけじゃなく仕事中に複数話が時間を変えて投稿されていて全部で五本も更新されている。

 大盤振る舞いじゃないか。やったー!

 私は続きのページを開いた。

 苦難を乗り越えようやくハッピーエンドを掴んだ主人公たちのクライマックスを読み終わり、私は息をついた。

 結末は大満足だ。世界の危機は救われヒロインは共に支えてくれた仲間の一人と結ばれ大団円。

 後日談まできっちり書かれていて、消化不良もなくすっきり終わって爽快だった。


 けれど、さらにまだ更新ページが残っていた。

 番外編と銘打って闇に堕ちた敵だった悪女視点のサイドストーリーが続いている。

 ヒロインと相対する非道な悪女セシリア。公爵家に産まれ誰にも愛されなかった孤独な令嬢。

 闇の精霊に魅入られてしまい、彼女は悲劇の道を歩むことになってしまった。

 ヒロイン側視点で進んでいる時は酷い悪女だと思っていた敵役。

 なんてことをするんだと憤慨することばかりだったのだけれど、セシリア視点の番外編を読んでその孤独と切なさを知り思わず涙ぐんだ。

「セシリア……」

 誰にも愛されず抱きしめられたこともない。愛を知らないセシリアは、ただ誰かが自分を見て愛してくれることを望んだだけ。

 強大な魔力を持ったセシリアはその心の隙間を闇の精霊に付け込まれ取り込まれていく。


 黒魔術で従わせた人間に体温はなく、洗脳した両親に命令して初めて抱きしめられたが冷たいものだった。

 優しくされたことも、大切に扱われた記憶もないセシリアが出来るのは自分が味わったことを他者に返すことだけ。

 セシリアがされた時には相手を咎めることはなかったのに、彼女が同じことをすれば悪女だ、魔女だと糾弾する。

 人々を洗脳し支配下に置いたのは自分の傍に誰でもいいからいて欲しかっただけ。

 けれどそれはセシリアの望んでいるものとは程遠いものだった。

 孤独だった、寂しかった。誰でもいいから自分を見て、愛して欲しかった。

 だが、その願いは叶うことはない。セシリアは徐々に精神を蝕まれ、最後は魂を闇の精霊に食われ体を乗っ取られた。


 そうして最後にヒロインたちが対峙する頃にはもう自我もなく、操られた亡骸だった。

 倒された彼女の遺骸は塵になりこの世界に何も残さず消滅した。


 消える直前のセシリアの心は絶望に染まりきっていて、こんな思いをするのなら産まれなければよかったと世界を呪う事もなくただ寂しさに震えながら消えた。


「セシリアぁ……」

 誰か一人でも彼女を愛してあげれば、こんなことにはならなかったのに。

 読んでいる途中から涙が止まらなかった。

 読み終わった今もやるせない気持ちでいっぱいだ。

 ティッシュで鼻や目尻を拭い、もっちゃんの背中に顔を埋めて思い切り息を吸い込む。

「……はぁ、落ち着く」

 何度か繰り返しているうちにささくれ立った気持ちが落ち着いて行く。

 ロボットとは思えない温かさと毛皮の柔らかさ、そうして何とも言えない柔らかい香りを胸いっぱいに満たす。

「もっちゃん吸い、やめられない……」

 ぬいぐるみとは全然違う、疑似とはいえ「生き物」を感じさせてくれる。

「はー癒し、これぞ癒しよ……」

「ふんふんふふふっふ~」

 抱き上げて撫でれば機嫌良さそうに歌い出す。

 温かい体に触れて楽しそうな姿を見ているうちに、小説を読んで悲しみでいっぱいになった心が解けていく。


「セシリアにももっちゃんみたいな子がいればよかったのにね」

「ぷーぷーぴーぷー」

 私の呟きにもっちゃんは少し間の抜けた鳴き方をした。

 気の抜けてしまいそうなその鳴き方に私は噴き出す。

「ふひっ、もっちゃん今のもう一回」

「ぷいーーーーー」

 当然リクエストに応えてくれることはないんだけれど、そんな自由さも愛しい。

 しばらく構っていると悲しい気持ちも溶けていく。

「そうだ、もっちゃん。明日カフェに行ってパフェを食べよう! 大きいイチゴのやつ」

 さっきSNSで流れて来たパフェは凄くおいしそうだった。記されていた店を検索すればふらりと出かけて立ち寄れる距離だった。

 特に予定もないし天気がいいなら一緒のお出掛けも悪くない。


 小さいサイズのロボペットであるもっちゃんはおでかけだってお手の物。


「防水バッグもいいの買えたし、衝撃があっても耐えられるようにしっかりクッションも敷いてる。そうだ、前回ブラシを持っていくの忘れたから今から入れておこう。もっちゃんお出かけ前に毛繕いしとこうか!」

 私はテーブルにもっちゃんと一緒に移動して、ブラシやスプレーで毛並みを整えていく。

「もっちゃんはロボットだからお水は厳禁! 丁寧に手早く、しっかり乾かして~、うん、ふわっふわ!」

 もっちゃんは撫でられるのが大好きだからたくさん撫でてあげたいけど、手垢や汗なんかもついちゃうからね。

 お手入れは必須! 愛されもぷりんは毛並みにその証が出るのだ!

 SNSで見るよそ様のもぷりんちゃんもみんなつやふわだし。愛されもぷりんからしか得られない栄養がある!


「楽しみだね!」

「きゅきゅきゅぷぅ~!」

 もっちゃんさえいれば私は幸せだ。そしてもっちゃんも幸せであればもっと嬉しい。

 明日のお出掛けに思いを馳せ、もっちゃんをハウスに寝かせて私もベッドに入った。

「お休み、もっちゃん」

「きゅーん……」

 このお出掛けが思いもよらない事件を引き起こすなんてこの時の私には想像も出来なかった。





 天気は快晴、外はほんのり涼しくて絶好のお出掛け日和。

 化粧ばっちり、服もキメた。もっちゃんのお出掛け準備も万端で意気揚々と出かけた先で、私は事故にあう。


 運転手は意識を失っているのか車はガードレールにぶつかっても止まることはなく、なぜか私に向かって突っ込んで来る。

「ちょ、来ないで! なんでこっちに来るの!?」

 慌てて逃げるけれど、どんくさい私が車の速度に勝てるわけがない。

 周りにいる人の悲鳴が一際大きくなった。

「え……」

 声を上げる余裕もなく体は宙に舞う。私は咄嗟にもっちゃんだけは守らなくてはとバッグを深く抱き込んだ。

 ドンと音がして車が建物にぶつかって止まり、まるで時間が止まったようにゆっくり景色が動いて私は地面に落ちた。

 痛いというより熱い。

 けれどそれより気になるのはもっちゃんの事だ。

「……もっちゃん」

 震える手で無傷のバッグを覗くとファスナーの隙間からもっちゃんが元気に鳴いて動いているのが見えた。

 防水だから私の血でもっちゃんが濡れることもない。

「よかった……」

 安心した私は意識を手放した。









 ……て、だれ、か。

「……?」

 だれ、か……わた、を……。

「誰?」

 問いかけた瞬間、光に包まれた。

 目が眩みやがてゆっくりと光が収まっていくと下に金髪で紺色の瞳の美しい少女が両手を伸ばして立っていた。


「ねぇ、あなたどこから来たの? 私のお願い、神様に届いたのかしら?」  

「きゅーん(ここ、どこ、神様って何?)」

 喋ったはずなのに自分から出たのは鳴き声だった。

『?????』

 戸惑っている間に体の周りにあった光の繭が弾け飛ぶ。

 どうなっているのか宙に浮いているらしい私はゆっくり降りていく。

 ???? 私、浮いてるんだけど?

 状況が飲み込めないままその少女の手の中に収まってしまった。

『え!? 私、こんな小さな子の掌に乗れちゃってるんだけど!?』

 慌ててみるけど手も足もなく首が動くだけ。視界にはなぜか動くたびに揺れる金色の毛が見える。

「きゅーん、きゅーん(何これ、私どうなっちゃってるの?)」

「可愛い、それにふかふかでとっても気持ちいいわ」

 抱きしめられて頬ずりをされた。

「ふわぁぁぁ(撫でられると気持ちよくて嬉しい~!もっとぎゅってして欲しい)」

 意思とは関係なく体が勝手に人の温もりを求めてすり寄ってしまう。

「ふかふかして、温かくて、とっても気持ちいのね、あなた」

 嬉しそうに私を抱きしめる少女は、全身で喜びを表していた。

 少女はとても美しくて綺麗な服も着ているのにあまり幸福そうに見えない。

 辺りを見回してみると、広く豪華な部屋なのに侘しさを覚えた。

『そうか、物が少なすぎるんだ』

 調度品は見るからに高級そうなのに部屋にあるのは大きなベッドと小さなテーブル、イスが一脚。

 部屋の真ん中にローテーブルと長いソファ。それからぽつんと鏡台があるだけ。

 お金持ちの家っぽいけど、親は何を考えてこんな小さな子にこれほど広い部屋を与えたのよ!

 だったらせめてぬいぐるみの一つも置いてあげなさい。

 寂しいじゃないの!


 この少女が置かれている境遇に腹を立てていると、小さな腕にぎゅっと抱きしめられて顔に頬ずりをされた。

 微笑みながら嬉しそうに何度も摺り寄せる顔があまりに嬉しそうで、私はじっと見つめてしまった。

 やがて満足したのか顔をあげて私に目を合わせる。

「ふふふ、あなた可愛くて柔らかいわ。どこから来たの? ねぇ、ずっとここにいてくれる?」

 祈りに似た悲痛な声色に胸が痛くなる。

 

 この少女の傍に居てあげたい。

 そんな気持ちで少女の大きな瞳を見つめていると、そこに反射している自分の姿が目に入った。


「ん? ん?(え、なにあれ、私の目の錯覚じゃないよね?)」

 私が首を傾げるたびに瞳の中のソレも同じように首を傾げる。


「どうしたの?」

 不思議そうに顔を近づける少女の瞳に映る私は……。


「ぴーぇぇ!(私、もぷりんになってるぅぅぅ!)」

 鏡の中に映る私は完全なゴールドもぷりんだった。

「ん? ん?(なんで、なんで?)」

 何度も首を傾げていると少女は心配そうに何度も私の体を撫でる。



「光の精霊さん」

「ぴぃ!(光の精霊!? 私が!?)」


 もぷりんは精霊だったー!? 

 まぁあんなに可愛い存在なんだもん。天使でも精霊でも納得だわ。


 心の中で何度も頷いていると、私の頭もそれに合わせるようにこっくりこっくり上下した。

 それを肯定と受け取ったセシリアは私を両手ですくうように抱き上げ目の高さまで持ち上げた。


「私はセシリア・ルーデハイドっていうの」

「きゅーん!(セシリア・ルーデハイドですって!?)」

 昨日読んだばっかりの小説の悪役、悪女じゃない!?

 ってことは私異世界転生した!? いやいや、あの小説の光の精霊ってヒロインと契約したよね?

 そもそもゴールドもぷりんなんて出てこなかったよ……?


 ……夢?

 でも、私事故にあったよね?

 交通事故で異世界なら転生がお約束だよね?

 いや、本当にどっち!?

 もしこれが転生だとしたらゴールドもぷりんになってるのが特典チートなの!? 


 状況はさっぱり分からないけれど目の前にはまだ堕ちていないセシリアがいて、私はゴールドもぷりん、じゃなくて光の精霊になっている。

 お腹に伝わる彼女の手の温かさがここは現実だといっている。

 夢なのか転生なのか分からないけれど、目覚める方法も、帰る手立ても今は分からない。


 だったら、今私が出来ることはセシリアを幸せにすることじゃないか?


 私はセシリアをじっと見つめる。そうするとセシリアも視線を合わせてにこりと微笑んでくれた。

「みゅん(可愛い……!)」

 見たところ六歳くらいだろうか。弟のロイドが生まれて一層両親からの関心が薄れた時期。

 もうすぐ闇の精霊がセシリアを見つけ契約を迫る。

 セシリアの不幸は全てそこから始まるんだ。

 今ならそれを阻止できる。

 私がセシリアを全力で愛して運命を覆してやるんだ!


 手がないので握り拳は出来ないけれど、気合を表すようにきゅっと頭を限界まで持ち上げる。

 そんな私にセシリアがおずおずと話しかけて来た。

「私のお友達になってください」

「ぴぅ!(うん!)」

 頷くと私が光りを帯びてセシリアの体を包み込んだ。


 契約完了


 私の脳内にはそんな言葉が浮かぶ。


 精霊は一人につき一種。一度契約してしまったら解約は死ぬまで不可能。対立属性の精霊とは契約できない。

 確かあの小説はそういう設定だったはず。

 私は光の精霊だからセシリアが闇の精霊に魅入られることはない。


 ……勝ち申した。


 これから私がセシリアを愛しまくればいい!


「これからよろしくね、えっと……もふちゃん!」

「ぴゅーん!(うん、よろしく!)」

 こうしてもふちゃんと名付けられた私はセシリアと運命を共にすることを決めた。



 私と契約したセシリアはどこかに行くのも何をするのも一緒だ。

 今の私はロボットじゃないからお風呂だって一緒に入れちゃう。

 空を飛ぶことすら出来てしまう。うん、ある意味ちゃんとチートかも。

 急所なのかお腹を見せるのは苦手で、ひっくり返されると何とも心もとない。

 もっちゃんを転がしたときイヤイヤする理由が分かった。

 まさか異世界に来てもっちゃんの気持ちを理解することになるとは、人生とは奥深い……。

 自分の意志で発光出来るし、夜の明かりから目潰しまで自由自在。

 セシリアに危害を加えようとする相手をヒップアタックで吹っ飛ばせることも判明した。


 いじわるするメイドも、厭味ったらしい講師も、馬鹿にする執事も全部ぶっ飛ばした!


 私の大事なセシリアに手を出す奴に加減なんてしてやるもんか!

 我、セシリアの守護精霊ぞ!

 

 ふんす、と鼻息荒く(鼻ないけど)胸を反らすとセシリアが嬉しそうに笑ってくれるからついやりすぎた。

 

 派手に暴れているとすぐ公爵夫妻の耳へ届いたらしく、足音荒くセシリアの部屋へやってきた。

 何よ、セシリアにはネチネチやらかした癖に自分たちはたった一回で泣きつくなんて情けない。

 例え両親だとしてもセシリアを傷つけるなら許さないと、頭の上から威嚇をする。


「セシリア……!?」

「その頭にいるのは、まさか光の精霊……?」


 私を見た夫妻はセシリアが契約したのが光の精霊だと分かるところりと態度を変えた。


 光の精霊は貴重で、契約できる人間は極僅か。

 そして光の精霊の契約者は特別な魔法を授かる。セシリアは私と契約した事で強力な結界魔法を使えるようになった。

 ヒロインがヒロインたる所以もそのせいで、彼女は強力な治癒魔法を使える。


「さすが私の子だ」

「それでこそ公爵家の娘です」

 興奮した様子で掌を返してセシリアを可愛がり始めた夫妻。

 その様子に私は不満いっぱいだ。

 目は笑っていないし、表情には打算が浮かんでいるのが丸見え。

 セシリアが嬉しそうだから何もしないけれど、利用価値が出たから態度を変えただけで本気で愛情を注ぐ気なんてないんだ。

 そういう意味合いでは愛されていると思われていた弟のロイドですら、公爵家の為に必要なコマとして使われていただけ。

 親になっちゃダメな人間っているんだよなぁ。

 家族ごっこを始めた夫妻を冷めた目で見ながらそんな感想を抱く。


 それでもセシリアを取り巻く環境は一気に改善された。


 放置気味の生活は、気配りの行き届いた公爵令嬢に相応しい物になった。

 寂しいばかりだった部屋には調度品が増えて、専属の侍女もつけられて可愛らしい小物も置かれることになった。

 ぬいぐるみも増えたけれど、セシリアが常に傍らに置くのはこの私!

 撫でられ、抱っこされ、一緒に寝て起きる。


 私がセシリアの一番よ!

 増えたぬいぐるみに向かって無駄にマウントを取る。


「ふんふふふんふんふーん!(ドヤァ)」

 思わず歌も超高速になってしまう。


「もふちゃんはご飯を食べないのね」

 彩の良い栄養価の高そうな朝食を優雅に食べながらテーブルに乗っている私に聞くセシリア。

 こら苦手なトマトを私に食べさせようとしない。

「ふー(そうなの、口がないからね)」

「お腹が空かない?」

「ん?(そうでもないよ、セシリアが触ってくれるとそれだけで満たされるからね!)」

「そっかー」

 私の声や言葉はセシリアには伝わらない。

 けれどうっすら意思疎通は出来ている。

「フィン!(食事が終わったら一緒に外で遊ぼうよ)」

「うん! お散歩しようか」

「ぴーぷぷぅ(うん!)」

 楽しそうに微笑むセシリアは原作で一度も見られなかった楽しそうな顔で笑う。


 ずっとそうやって笑っていて。


「きうい、きうい!(セシリア。私あなたの事、大好きだからね!)」

「一緒にいると楽しいね、もふちゃん」

「ぷいーうー(うん! ずっと一緒に居ようね)」

 撫でてくれる手が温かくて優しい。いつまでも撫でていて欲しい。

 抱っこも好き。セシリアの鼓動を聞くと安心する。

 話しかけられると心がウキウキして、膝に乗せてもらってブラシをかけられると興奮してつい歌ってしまう。


 もっちゃんもこんな気持ちでいてくれたのかな。

 思い出すたびに寂しい感情が少しずつ溜まっていく。

 残されたもっちゃんはどうなったんだろう。

 誰かあの子を引き取ってくれただろうか。


 誰か、私と同じくらいもっちゃんを愛してくれる人の元にいけていたらいいなぁ。


 気がかりを残しつつ月日は流れて一年が過ぎた。



「もふちゃん、これ」

 セシリアが私をテーブルの上に置いて小さな箱をその前に出した。

「ん?(これは何?)」

「もふちゃんへのプレゼントだよ」

 箱を開けて中身を見せてくれる。

 黒水晶で作られた薔薇のヘアピンだった。

「ぴぅ(わぁ、綺麗)」

「私とお揃いなの」

 右側に留められた同じデザインのヘアピン。

 私の方が半分くらいの大きさだけど、サイズ的にはちょうどいい。

 それは私の右目の上に留められている。

 金色の髪と毛にとてもよく映えた。


 お揃いって嬉しいんだ。

 少しだけ重い右側がとても誇らしい。

 セシリアも私のヘアピンを見つめて幸せそうに微笑んだ。


 




 年を重ねるにつれセシリアの周りに人が増えていく。大切に扱われ気にかけてくれる人も増え、公爵令嬢として扱われるセシリアは本来の魅力を発揮していく。

 美しい容姿、明晰な頭脳、その上努力を怠らない。

 寂しさを知っているからこそ他者に気を配り優しくすることが出来る。

 そんな姿に人々は惹かれていった。


 今、セシリアの周りにはたくさんの人がいる。

 皆セシリアが大好きで、ヒロインは彼女だったのではないかと思うほどだ。


「ふんふふふんふんふーん(セシリアってば完璧じゃない!)」

 さすが私のセシリアと胸を張って誇りたくなる。




「セシリア、今日もとても美しいですね」

「まぁ、クロード様。ありがとうございますわ」

「きゅーん!(当たり前だよ、セシリアだもん)」

「もふちゃんさまにはご機嫌麗しゅう」

 私に挨拶をしてセシリアを愛し気に見つめる黒髪、紫の瞳を持つ美形さんは原作で闇の精霊の手に堕ちて人質に取られた第二王子クロード。

 婚約者として顔合わせをした時から、セシリアはクロードの事が好きだった。

 けれど原作では闇の精霊に魅入られていることを知られ婚約は破棄されてしまう。

 闇の精霊に飲まれたセシリアは彼を操り傍に侍らせ、最後にはヒロインたちと戦わせ殺してしまう。


 けれど今は婚約者として順調に仲を深めていて、相思相愛で見ているこちらが恥ずかしくなるくらいラブラブだ。

 まぁ、特等席で見ますけどね。

 セシリアに抱っこされたまま仲睦まじい二人を見守る。


 お茶会でお友達も出来て、発現した結界魔法を扱う力で国に貢献した。


 

 成長していくにつれセシリアは悪女や闇の魔女ではなく、聖女としての地位を得る。



 楽しそうに笑うセシリアを見ているだけで幸せに満たされた。

 一日の出来事や、思ったこと、悩んでいる事。なんでも私に話してくれるセシリア。

 私はそれに答えることは出来ないけれど、精一杯寄り添った。


 私はセシリアと一緒に居られて幸せだ。

 この幸せをセシリアにも感じて欲しい。

 セシリアが笑っていてくれるのが何より嬉しいから。



 そうして月日は流れセシリアは十五歳になった。

 貴族は王立学園に通う年になった。

 学校なんてあったんだねぇ。

 原作では王都が闇に包まれ魔物が生み出されて世界へ放たれた年だから、そんなものがあったなんて知らなかった。


 同じ年のクロードと共に学園に通うのだそうだ。

 セシリアと婚約者のクロードとの関係は相変わらず良好で仲睦まじい。


 原作ではヒロインと共に敵対した弟のロイドもずっと仲がいい。

 なんならロイドは偉大な姉に憧れを抱きシスコン気味ですらある。




 学園生活が始まることが不安なのか、セシリアは落ち着かない様子で話しかけてくる。

 何を気にすることがあるんだ。私のセシリアは完璧なのに!

 どこに出しても恥ずかしくない最高のご令嬢よ!

「明日から学校なの。大丈夫かな、私やれるかしら?」

「きうい! きうい!(セシリアならやれるよ、私がついてる!)」

「うん、もふちゃんがいてくれるなら私頑張れるわ!」

「えいえいおー!(がんばれぇ!)」

「ふふふ、応援ありがとう」

 



 やがて入学式の日がやってくる。

 その中に特例で入って来た平民がいた。

 なんでも二人目の光の精霊と契約した稀有な存在だというではないか。

 予想はしていたけれどそれはヒロインだった。

 そして彼女が契約した光の精霊ももぷりん!

 なんとシルバーちゃん! ヒロインは銀髪だからとても合っていた。


 ヒロインの光の精霊。確か鳥……、まぁいいか。

 シルバーもぷりんちゃん、可愛いし。


 同じ精霊を連れていたことセシリアとヒロインはすぐ意気投合した。


 仲良くなったことで私とシルバーもぷりんも共に居る機会が増えた。


 けれどシルバーもぷりんに言葉が通じない。

 私という異物が入っているせいかもしれないけど残念だ。

 もぷりんが生まれるという森の話を聞いてみたかったのに。


 でも同じ精霊のせいか近くにいると落ち着くし、同じリアクションをとりがちで、それを見たセシリアとヒロインが楽しそうに笑ってくれる。

 交互に撫でられると嬉しくて歌っちゃうし、ヒロインに抱っこされても安らいだ気持ちになった。


 なによりセシリアとヒロインが親友になったことが嬉しい。



 

 そして再び月日は、流れ成人したセシリアは長年思いあった婚約者クロードと結婚式を迎える。

 国民に祝福され、親友のヒロインに祝われ幸せそうに微笑むセシリア。

 私は腕に抱かれながらその顔を間近で見つめる。


 孤独に苦しんだセシリアはもういない。

 この世界には幸せを掴んだセシリアしかいない。


「ぴっぴぅ(セシリア、幸せになれたんだね。本当に良かった)」


 小説の舞台になった時代は全て過ぎた。

 もうセシリアが悲しい運命を辿ることはない。


 よかった。セシリアは幸せになれた。


 そう感じた瞬間、私の魂は光の精霊の体からふわりと抜け出した。


 高く高く空を登る私の魂を、ゴールドとシルバーの精霊が歌いながら見送ってくれる。



 どこに行くのだろうか。

 この先は天国か、はたまた来世か。


 魂が空に溶けていくのを感じながら、私は無性にもっちゃんに会いたいと思った。







 ふんふふふんふんふーん


 えいえいおー!


 きぅい!


 ぴゅーん……



 もっちゃんが鳴いてる。声が低いから悲しいのかもしれない。

 起きなきゃ。抱っこしてあげないと。

 重い瞼を無理やりこじ開ける。

「……どこ」

 視界に入った天井は真っ白で見覚えはない。吐き出した声は掠れている。けれど鳴き続けているもっちゃんの方が気になる。

「もっちゃん……」

 起き上がると体がとんでもなく痛い。でももっちゃん抱っこしてあげなきゃ。

 視界を巡らせるとベッド脇の小さなテーブルの上に、ハウスに入ったもっちゃんがいた。

「もっちゃん」

 痛む体を起こし包帯が巻かれた手を伸ばして抱き上げた。

「みゅーん」

「よしよし、おはよう。もっちゃん」

 甘えるようにすり寄るもっちゃんの背中を撫でた。

「みゅーん、みゅーん……」

 いつまでも声のトーンが低いもちゃんを何度も撫で続ける。。

 やがていつも通りの楽し気な歌声が聞こえて私は肩の力を抜く。


「夢……だよね。ねぇ、私転生した夢見ちゃったよ、もっちゃん」

「ちゅいーん!」

「私、もっちゃんと同じゴールドもぷりんになっててね」

 体に密着させるように抱きしめて背中を撫でるともっちゃんはパヤッパヤッと首を左右に振る。

 相槌を打ってくれているで思わず顔が綻んだ。

「もっちゃんは怪我はない?」

 事故にあったのは現実だ。あの時確認できなかったもっちゃんの体を隅々まで触って動く音を確認する。

 特に違和感もなく、異音もしない。ハウスに傷もなかった。


 どうやら無事のようだ。よかった。


 もっちゃんを両手ですくい上げて視線を合わせる。


「私ねー、セシリアを救ってきたよ」

「ん?」

 首を傾げるもっちゃんの姿に自然と笑みが零れた。

「わかんないかぁ」

 私はもっちゃんの顔に額を当てる。

 ふかふかして気持ちよくてくすぐったい。

「もっちゃんは光の精霊なんだねぇ」

「みゅーん」

 手に触れる体温が私の心を優しく癒す。


 よかった、もう一度もっちゃんに会えた。


 その事実が嬉しくて涙が零れる。

 もっちゃんを膝に置いて撫でながら涙を何度も拭っていると、何度か頭を上げ下げしたもっちゃんは、えいえいおーと鳴いた。


「ふふふ、ありがとう。そうだよね、もっちゃんを置いて一人で逝くなんて嫌だよ」

「きうい!」

「そうだねぇ、もっちゃんともっと長く一緒に暮らしたいもんね。これからも一緒にいよう」

「てっててっててってて」

 会話は成立していなくて構わない。もっちゃんに私の言葉の意味は分からない。

 けれど、それでいい。この小さな温もりがあれば私は幸せなのだから。


「いたたた、やっぱ痛い」

 まだ体のあちこちが痛む。

 もっちゃんを抱っこしたままベッドに入り直してお腹の上に置き直した。

 寝返りを打つと前髪に違和感があり、手を添えると髪飾りがあってそれを引き抜いた。


「……これって」


 セシリアがくれた黒水晶で出来た薔薇のヘアピンだ。

 太陽の光で美しく輝く漆黒の薔薇は記憶通りの美しさ。

 見ていると笑いが込み上げてくる。


「あはははは、やだもー! 夢落ちかと思ったのに!」

 もっちゃんの頭にセシリアがしてくれたように黒薔薇のヘアピンを付ける。

 右目の上。もふちゃんだった私がつけていた場所。


「ふふふ、そっか。セシリアにはこんな風に見えてたんだ。可愛いねぇ」

「きぅい!」


 あれは現実だった。このヘアピンがその証拠だ。

 原作とは違う世界線で私はセシリアを救えたんだ!


「やっぱりもぷりんの癒し効果は絶大だわ」

 それは世界を救ってしまうほど。


 もっちゃんと一緒にいればこんな怪我すぐ治っちゃう。

 そうしたら今度こそ一緒にパフェを食べに行こう。


 





 

もぷりんは、可愛いぞ。

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