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望みを葬る者たちよ

作者: 無名

【プロローグ】

君たちに 夢 はあるだろうか


『夢』 … 現実の在り方とは別に心に描くもの


君たちに 望み はあるだろうか


『望み』 … 将来に寄せる自分の期待


この世界の中で夢を叶える者と望みをかける者がいる。

望めば叶うであろうと思われてるその希望もいつかは楽園へと誘い込む地獄となる。


【意思】

私に明日はあるのだろうか。

いつまでもいつまでもこの真っ暗な世界で生きていかなければならないのか。

夜ご飯を食べていた箸が止まる。

もうこの世界で生きて十七年が経った。

まるで昨日産まれてきたばかりと感じるぐらい時の流れは早い。

「食べたものは自分で片しなさい。」

「明日、部活で遅くなるから夜ご飯要らない。」

食器を洗っていたお母さんの手が止まる。

「まだ、あんな夢諦めて無い訳では無いでしょうね。お姉ちゃんみたいに、お母さんを裏切るようなことしたら絶対に許さないからね。分かってるわよね?未波。」

「分かってるよ…。」

私のお母さんはおかしい。自分の敷いたレールを走らなければ怒鳴り散らかし、全て自分が正しいと思い込んでいる。

毎日毎日変わることの無い『諦めろ』の3文字にもうんざりする。自分の夢を否定されて、貶されて。

お母さんなんか…

なんて思いながら眠りにつく。

夢を見ているのだろうか。

目の前には大きなキャンパスが広がっている。私の手には見覚えのある筆が握ってあった。

何も無い真っ白のキャンパスに私は筆を走らせる。


『私…絵を描くことが…す…………』


「またこの夢…。」

ふと目が覚めると、涙を流していた。

何か幸せで、けど悲しくて。そんな夢を見た気がした。

「おはよう!未波!」

「おはよう。奈々」

私は高校二年生 岩村 未波。

「奈々は相変わらず朝から元気だね」

「そんなことないよ(笑)今日もさ未波に会えて嬉しいんだから!」

「そう言いながら毎日学校で会ってるでしょ、」

「けど、人間っていつ死ぬか分からないじゃん?だからさ、今を大切にしたいっていうか、自分の人生楽しみたいし、幸せでいたいからさっ!」

奈々は高校に入学して隣の席だったことから仲良くなった。奈々は私と違って明るい性格で周りからも頼りにされてる存在。

私にとって奈々は暗い世界を照らしてくれる太陽で希望。

「未波はさ、進路とか決まった?先生たち皆急かして来るのちょっと辞めて欲しいよね(笑)まぁ、もう二年生も半分まで来たし、遅いぐらいなんだろうなー」

「私は…お母さんを苦労させないように適当に就職して働こうかなって…思ってるよ…。」

奈々は少し怒った顔をしてこっちを向いた。

「未波ってさ…いっつもそうだよね。自分自身の意思は無いの?『私はこれをやりたいっ!』とかさ、ちょっとは自分の気持ちに正直になりなよ?」

そう言って奈々は先に行ってしまった。

私はその場で空を見上げて考えた。

「私のやりたいことって…なんだろう…。」


【迷い】

「それでは、親御さんと一緒にこの先の進路についてしっかり話し合って、このプリントに第一希望と第二希望まで書いて提出するように。」

渡されたプリントをそっと見つめる。

この先の進路なんて私が決めれるものじゃない。親が敷いたレールの上をただひたすらに、走っていくしかない。脱線することなんて許されることの無い人生。

「どうして……。」

プリントの端がグチャグチャになる。

私にとっての夢ってなんだろう。何かやりたいことを見失ってる気がするのはどうしてだろう。

教室から離れた棟にある美術室は私にとって落ち着きのある場所。

あの時見た夢は私の…

「…波ちゃん…。未波ちゃん…!」

目の前に立っている部長と目が合う

「すみません。ちょっとぼーっとしてて。」

「大丈夫?何か思い悩んでるなら私が聞いてあげるからなんでも話しなよ?溜め込むのは体と心に悪いからさ。」

「先輩の夢ってなんですか。」

ふと、口にした言葉。先輩は私の目を見て自信気に答えた。

「私の夢か―。私はね、学芸員になりたいんだ。昔から美術が大好きでさ、よくお母さんに美術館に連れて行ってもらってたんだよね。その時に、私も美術館で働きたいつて思うようになってさ!」

夢を語る先輩のは眩しい位にキラキラしていた。

「未波ちゃんは叶えたい夢とかあるの?」

「叶えたい夢…?ない…です…。」

「そうなんだ。これから見つけられるといいね!」

『見つけられるといいね』私にとってその言葉は嫌味として心に刺さった。

私は目の前のキャンパスに筆を走らせる。

この感覚どこかで味わったような、何故か懐かしく悲しい感じがする。

「岩村さんの絵って凄い魅力的で感動する絵だよね」

走らせていた筆を止める。

同じ美術部の井越くんが私の描いていた絵を見つめながら話す。

「そんなことないよ。私は描きたいのを描いてるだけ。」

「そんなことあるから僕は言ってるんだよ。岩村さんの絵は、自信に溢れているというか、自分自身を見失っていない絵を描いてるというか…。なんだろう、心にくるものが僕にもあるんだよ。だからさ僕にもっと岩村さんが描く絵を見せてよ」

私は今まで描いてきた絵を井越くんに見せる。

井越くんは、吸い込まれるかのようにじっくり私の絵を見る。

「やっぱり、岩村さんの絵は綺麗。岩村さんにしか出来ない表現の仕方が僕にとってはすごくすごく繊細で美しく魅力的に見えるんだ。絵を描くことが好きなんだね」

『絵を描くことが好き…』

「え、どうして泣いているの?岩村さん。僕なんか言っちゃった?」

「あ、ごめん。なんでもない」

そうか。私って絵を描くことが好きなんだ。

ずっとその夢から逃げてきた。お母さんに怒られないために。完璧な娘であるために。

お姉ちゃんとは違って、苦労をかけないために。

何かの理由を口実に逃げ回って、苦しくなって、お母さんから貶される度に諦めていた、そんな私の夢。

「ありがとう。井越くん。」

私はもう、自分の気持ちからは、夢からは逃げない。私には私がやりたい夢がある。人生がある。敷かれたレールを走り続けるのはもう辞める。これからは、私が私であるために私を見失わないために。

空はすっかり暗くなって、街灯の淡い光が私を照らしていた。


【涙】

「お母さん話がある」

「何よ、そんな真剣な顔して」

私は配られたプリントを机に置いた

「あら、進路についてのプリント。もちろん未波は決まってるわよね?大学とか余計なところには行かなくていいから、早く就職してお母さんを楽にさせてね」

「いや…私は就職しない。私は美大に行く。」

「未波っ…!!」

お母さんの手の平が私の頬に熱を伝える。

怒りに満ちたお母さんの顔を見ながら私は言う。

「私はお母さんの敷かれたレールをこの先もずっと走って行くのは嫌だ。いつも、貶されてきた私の夢。諦めてた私の芸術家になる夢。今度こそは、自分を見失いたくない!私は、私らしく自分の幸せな人生を送りたいんだよ!夢を諦めたくないんだよ!」

初めてお母さんに言い返した。いつもは、機嫌を伺って怒られないように。完璧でいなきゃって思ってた。

「勝手にしなさい。お母さんはもうあなたとは縁を切ります。」

「っ……。」

この人に何を言おうと私の気持ちなんて、望みなんて届かないんだ。

こうなるんだったら、最初からお母さんのレールに沿って生きてくんだった。

私は溢れ出る涙を拭きながら、俯くお母さんを背に家を飛び出た。

「どうして、どうしてこの世界は不公平だよ…。夢が叶うって絶対じゃないことぐらい分かってる。でも、夢を見るのって自由…でしょ…?」

私の希望は夜の闇へと消えていった。


もう何時間たっただろうか、あたりはすっかり明るくなった。泣き腫らした目を擦りながら家に帰る。

「ただいま…。」

「プリント書いといたから持っていきなさい。」

進路希望には『未定』と書かれていた。

「あと、今日お姉ちゃんが帰ってくるから真っ直ぐ家に帰ってきなさい。」

お姉ちゃんが帰ってくるのか。今お姉ちゃんは何をしてるんだろう。家を出ていき二年以上が経った。

お姉ちゃんは、反対され続けた歌手の夢もお母さんの意思を振り切って自分を見失うことなく前に進んで行った。


今日は一日が長く感じた。

教室の中では、進路プリントを見せ合いながら楽しそうに話している。ここって、夢を望む者ばかりがいる世界線なのかな。叶うって世界線なのかな。

そんなことを考える度に、涙が溢れ嗚咽がもれそうになる。

家に帰ると、お姉ちゃんがリビングでテレビを見ていた。

「お姉ちゃん…久しぶりだね」

「お!未波。会いたかったよ」

お姉ちゃんはニコニコしながら私を抱きしめた。

「よし、未波散歩行くか」

お姉ちゃんは私の手を引き家を出た。

秋の夕方のそよ風が気持ちよく、心も浄化された気持ちになれた。

「お姉ちゃんって今でも、歌手目指してるの?」

「そうだよ。お母さんの反対を押しのけてまで叶えたかったからね。私は、歌手になることが昔からの夢でさ。諦めなさいって言われた時は泣き崩れたよね。けど、今はそれを押し切って良かったって思ってる。まだ、お母さんとは完全に和解出来たって訳じゃないけど(笑)」

お姉ちゃんの顔は自信に満ち溢れてキラキラしていた。

羨ましい。そんな気持ちが前に前に出てきてた反面に夢を叶えるためにお母さんを押し退けてまで目指すところは自分と違く、どうせなれないなんて思ってもいない事を頭に浮かべてしまった。

「未波は夢まだ諦めてないよね?」

「お母さんに話したら縁切るってさ…。だから私はお母さんの言う通りにする。」

お姉ちゃんは驚いた顔をしたが、少し寂しそうに俯く。

「お母さんはさ、昔自分が叶えたかった夢を叶えられなくて、そんなキラキラしてる私たちが憎いんだと思う。」

初めて聞くお母さんの過去。

「お母さんはさ、昔美容師になりたかったんだって。けど、おばあちゃん達が経営してたお店を継がせたいからって、反対され続けて美容師の夢は諦めたことがあったんだって。それから、お母さんは夢を追い続ける人を見ると、過去の自分と照らし合わせちゃって、叶えられなかった自分が憎くて仕方ないんだって。」

お母さんにも夢があった…?じゃあ、夢を叶えられなかったなら、叶えようとしてる人を応援するのが普通じゃないの?どうして、どうして…。

「未波はさ、本当に芸術家になる夢諦めるの?お母さんに言われたからってさ、そんなんで諦めるぐらいの気持ちだったの?だったら、最初からそんな夢見ない方がいいよ。」

お姉ちゃんから怒りと寂しさと悔しさが感じられた。

「私だって…私だって芸術家になる夢諦めたくないよ!!でも…お姉ちゃんと違ってそんな勇気ないんだよ…。」

私の目から涙が止まらない。

お姉ちゃんは羨ましい。夢を叶えるために、強くなってるお姉ちゃんが羨ましいよ。

私だって、そんな勇気あればお母さんにだって反対されても折れずに逃げずに歩いて行けるよ。

「未波なら大丈夫。ちゃんと真剣にもう一度自分の気持ちをお母さんに伝える。分かってくれるまで何度だって伝えるの。」

お姉ちゃんがグッと手を握る。その目には涙が浮かんでいた。


【決意】

「お母さん…。私芸術家になりたいんだ。」

「…………。」

「昔、お母さんが私の描いた絵を褒めてくれた時に、凄く嬉しいかったんだ。『未波の描く絵は不思議と見てるだけで幸せな気持ちになれるの』って言ってくれた時、私は芸術家になろうって思った。私の夢を理解してくれなくていいし、貶してくれてもいい。けど、私はこの夢を諦めたくない!だから、美大に行くのを許してください。」

お母さんとぶつかり合ったことなんて、十七年生きてきて、一度もなかった。

「未波は本当にお姉ちゃんに似てるわね。お姉ちゃんの時と変わらないよ。」

お母さんは涙を浮かべながらポツポツと話していく。

「お姉ちゃんから聞いたでしょ?お母さんが昔美容師目指してた話。未波と千紗都が羨ましいのよ。お母さんと同じ夢を追う姿が似てて。お母さんが諦めなきゃ行けない環境で育って来たから、自分の娘達には応援するようにしなきゃって思ってたのに、母親失格よね。」

か細い声でお母さんは嗚咽をもらす。

「未波の生きたいように、あなたらしい人生を送れるように、頑張りなさい。けど、自分が立てた目標や夢なら、最後まで駆け抜けなさい。」

「…うん。お母さん、ありがとう…。」


―八年後

「未波!お疲れ様!」

「奈々。久しぶり元気にしてた?」

「うんうん!私は元気だよ!それにしても凄い人だね!あんなに自分の意思がなかった未波が個展開くなんてびっくり!おめでとう未波。」

私はあれから美術大学を卒業し、描いた絵が有名芸術家の目に留まり、弟子として学び自分の個展を開けるまでに成長した。

あの時、奈々や部長、井越くんやお姉ちゃんに言われなければ諦めていた芸術家の夢。

憧れの自分の思いから逃げてきた私は今は、自分らしく自分の道を進んでいる。夢を叶えることは簡単ではないし、必ずしも叶うとは限らない。

私は真っ白なキャンパスに描かれた一輪の花の絵を眺めながら、微笑んだ。夢を見失ってしまいそうな人は、自分自身と向き合う事でわかる世界。


【エピローグ】

そこには、私たちも知ることない楽園という名の地獄が待ち受ける。

夢を叶えたくとも叶えられなかったあなたは望みを見失い絶望に落ちるまで苦しむかもしれない。


けど、自分を信じて努力を続けて。

きっと世界は開けるから。

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