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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「夜叉」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「夜叉やしゃ


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約30分


必要演者数:3名

      (0:0:3)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。


※:この演目は昭和55年9月にNHKスタジオで観客無しで収録された

  ものを文字起こしして台本化したものです。

  原作は中国の怪奇短編小説集「聊斎志異りょうさいしい」ですが、おそらく多分に

  アレンジがかかっていると思われます。

  例:燕赤霞→原作では道士だが、この噺では寧采臣の隣に住む

  そそっかしくちょっと間の抜けた男としか紹介されない。

  その他にもテレビ局だのマイクだの登場する時点でお察しではありま

  すが。


●登場人物


寧采臣ねいさいしん:作中ではねい、と呼ばれている。

    非常にお堅い性格で、女性が嫌いと公言してはばからない。


燕赤霞えんせきか:作中ではえん、とのみ呼ばれている。

    ねいの家の隣に住む男。原作だと道士で、ねいに助言を与えて小倩しょうせい

    守る事に成功するようだが、このはなしえんはそそっかしくちょっと

    間の抜けた男としか描かれていない。


町人1:ねいの住む町の町人その1。


町人2:ねいの住む町の町人その2。


聶小倩しょうしょうせい:作中では小倩しょうせいとのみ記載される。

     十七・八歳の若く、美しい娘。寺にまったねいを誘惑するが、

     がんとして退しりぞけられたため、かえって彼を信頼し、己がすでに

     この世の者ではない事、寺に住む化物ばけもの夜叉やしゃおどされて人々を誘惑

     していた事を明かす。


語り:雰囲気を大事に。





●配役例


寧・町人1:

袁・町人2:

小倩・語り:



※枕は誰かが適宜てきぎねてください。



枕:世の中には不思議なものが沢山ありますね。

  有名な所だと世界の七不思議です。アトランティス、バビロン…、

  近代だとUFOや雪男、ネッシーなど、これもまたいろいろいますね。

  今日申し上げますこの中国の怪奇短編小説集・聊斎志異りょうさいしいという、

  これもですね、やっぱり怪獣が出てきたりなんかしますけども、

  それよりも何と言っても、この聊斎志異りょうさいしいの中にちょいちょい出てくる

  のは女であります。

  世の中で、実に女こそ一番不思議な怪物なのであります。

  怪物と言っちゃどこかから怒られるかな。いやしかし、怪物ですね。

  いや何がって、そうじゃありませんかね。

  怒りゃ喚くし、叩けば泣くし、殺しゃ夜中に化けて出るという、

  本当にあんな、ね、外面如菩薩げめんじぼさつ内心如夜叉ねしんにょやしゃなんてね、こういう事をね

  、今の日本で言うとすぐどかーんて引っぱたかれたりなんかしますか

  らね。ついつい言い慣れないもんですから、口ごもったり、

  言い間違えたりなんかするわけですけども。

  実にご夫人というものは不思議な怪物であります。

  などというお話をそろりそろりとご紹介しつつ、本日の不思議、

  聊斎志異りょうさいしいのお話にそれとなく入って行くところが、私の値打ちであり

  まして。

  この世の中にはずいぶん堅い人と言うのは、意外にいるもんですね。

  女の人が傍へ寄ってきて手でも触ろうもんなら、おまわりさーん!

  なんてんで騒ぎ立てたりしてね、よくあの、職場なんかでも言います

  ね。皆でわーってんでキャバレーでも繰り出そうかなんて時になるっ

  てと、ダメだよあの人は、誘っても無駄、社内で一番堅いんだからっ

  てんで、こういう人は本当に堅いのかってぇと、人の見てないところ

  では意外にね、ぐにょぐにゃだったりなんかしてね、周りキョロキョ

  ロ見ながら、あ、誰も見てないな、なんて思うと急に大胆になったり

  なんかするもんですけど、人間ってものはなかなか複雑な動物であり

  ますな。

  中国にも大変な堅物かたぶつというのはいるようでして。


語り:せつという所にねいという人がおりまして、これが大変な堅物かたぶつ

   近所でも有名でした。


寧:いや、私は女は嫌いでね。

  世の中にあんな嫌なものはありませんよ。

  女は綺麗きれいになればなるほど私は怖い、嫌だなあ。


語り:いつも会う人ごとに、こう言うもったいない事を平気で放言ほうげんして

   はばからない。

   中国版・石部健吉いしべけんきちみたいなものであります。

   家には年老いて病気がちの母親がおりまして、母子ははこ二人で慎ましく

   暮らしていました。

   ところがある時、近所に住む連中から妙なうわさが出始めた。


町民1:どうもおかしいんだよ。

    あのねいの家に、女がいるらしいんだな。

    それもとびきり美人でね、若くてイイ女なんだ。


語り:こう言ううわさは広まるのも早く、特に当時の中国はおしゃべり以外に

   これといった娯楽ごらくが無い為…まぁ今の日本もどっちかというと

   そういう傾向けいこうがかなりありますけれども、私も、俺も見た、なんて

   感じで、あっという間に町内じゅうにこのうわさが広まった。

   ネス湖のネッシーの目撃話みたいなものです。


町民1:でもさ、不思議なことに女を見たってのは昼間しか聞かないんだ

    よな。


町民2:へえ、夕方以降は見た事が無いってのかい?


町民1:そうなんだよ。


町民2:いやぁ、たまたま昼間だけ見かけたんだろ。

    そんなにイイ女なら、さぞかし夜の生活も…。


町民1:おいよせよ、のぞくなんて。


町民2:へへへ、かまやしねえよ。

    あのお堅い寧が若い美人と一緒で、どんなふうに夜を過ごしてんの

    か、気になるじゃねえか。

    ようし…。


語り:どこの世にも下世話げせわな人間がいるものであります。

   そんなわけで好奇心にかられた者が器用にねいの家をのぞき見た。

   ところがいるのはねいと病気の母親だけ。

   若い女の姿なんて言うのはどこにも見えない。


町民2:やっぱり、若い女は夜はいないみたいだな。


町民1:へえ、やっぱり根がかたい奴だからな。

    昼間だけ来てもらって夜になると返すのかなぁ。

    それにしてもあの女は、どこから来てどこへ帰るのかね?


町民2:うーん…!そうだ、昼間はいるってのは分かってるんだから、

    夜に帰る時に後をつけてみよう。


町民1:だからなんでそうお前は下世話げせわなんだ。

    よしなよ。


町民2:へっ、そう言いながらお前もさっきの話、

    興味津々に聞いてたじゃないか。

    そうとなればさっそく…!


語り:なんて話でうわさのネタはきず、物好きでひまな奴が夕方、

   ねいの家からその女が出てくるのを待ち伏せし、後をつけようと物陰ものかげ

   に潜んでいました。


町民2:お、出てきた出てきた。

    …うわぁ、いい女だよ。

    こらぁ、驚いたね。こんな薄暗い中でもあれだけ綺麗きれいに見えるん

    だから大変な美人だよ。


小倩:……っ……。


町民2:おろろ、おろ、おろ?

    あたりの様子をうかがってるよ。

    おっと見つかっちゃいけません…おや、おやおやおや、

    歩き出しました、歩き出しましたよ。


語り:町民がそのまま後をつけていくと、ねいの家の裏手が墓地ぼちになってお

   り、その北のはずれに、一本の白揚はくようの木が植えてあった。

   そのそばまで女は歩いていく。


町民2:いったいどこまで…っ!?

    あらっ? あらららっ?

    消えた…あの木のあたりですーーーっと消えちゃったよ…。


語り:あくる日、この話を友達にすると、


町民1:そりゃあお前の目の錯覚さっかくだよ。

    ボケーッとしてたから消えたように見えたの。

    それだけのもんだよ。


町民2:そんなに言うんなら今晩、一緒に見に行こうじゃねえか。


町民1:…わかった。じゃあ行ってみようか。


語り:なんて話でその日の晩、今度は二人で後をつけることになった。

   女性は相変わらず裏の墓地へ向かっていく。

   そしてやっぱり北はずれの白揚はくようの木のそばまで来ると。


町民1:うわ…すーーーっと消えたね…。


町民2:な?だから言ったろう。

    本当に消えるんだって。


語り:あくる日に二人がその話を他の町民にする。

   すると俺たちにも見せろと、野次馬やじうまが増えまして見物人が五人に。


町民1:ほら、そろそろ消えるよ…!


町民2:ッほら消えた!


語り:そうしてだんだんだんだんうわさうわさを呼んで、

   野次馬やじうま見物人けんぶつにんが増えてきます。

   しまいには団体で五十人くらいがぞろぞろぞろぞろと後をつけてい

   く。

   中にはガイド役を引き受けるのが出てきたりなんかする。


町民1:本日はようこそおいでくださいました。

    大変長らくお待たせいたしました。

    そろそろ消えますのでお待ちくださいませ。

    はーい消えます、消えますよー。


町民2:ほら消えますよー、一瞬の事ですからね。

    お見逃みのがしの無いようにー。

    はーい消えたー。


全員:おぉぉぉ~~~…!


語り:見物人が驚いて、まるでお祭りの屋台で手品でも見てるような騒ぎ

   になって来る。

   こうなるともう出店でみせを出そうなんてなる有様ありさま


町民1:えー、べっこうあめはいかがかねー?

    隣にはカルメ焼きもあるよー。


町民2:えー、たこ焼きはいかがですかーっ?


語り:なんてわけで、毎日こうなるとどうも町内の風紀が乱れてしょうが

   ない。

   これはやはりねいに事情を聞いて何とかしなければならない、と、

   町内の会長が心配しまして、彼の家の隣に住んでいる、えんという

   男に頼んで聞きにいかせた。

   ところがこの燕、はなはだそそっかしく、おまけにちょいとばかり

   間の抜けた、手数のかかる男だった。


寧:だからお前さん、何の用があって私のところに来たんだよ。


燕:いやだからね、つまりあの…消えちゃ困るって事だよ。

  あの、あの女がね、消えることについちゃ町内の、まぁ早い話がさ、

  まぁ早くはないけども、町内の風紀が乱れてると。

  そういうことで、ふだんかたかたいと言われてるお前さんが、

  なぜに急に柔らかくなったのかと。

  まぁその、町内会長が言うには、そのへんの事を聞いてこいと言う。

  だから包み隠さずね、まぁ早い話が素直すなお白状はくじょうして、

  あの女が何者かって言う、そういうね?

  あの、だから…どういうことなのかなこれは。


寧:なんだかちっとも分からないけど、

  お前さんの言いたいのは、こうじゃないのかい?

  私のところへ来ている女は、何者かということだろう?


燕:うんうんそうそうそう、早く言えばね。


寧:私もね、小倩しょうせいが…あ、その小倩しょうせい、というのは女の名前なんだけどね。

  彼女が町内で妙な噂になっているのは薄々感づいていて、何とかしな

  くちゃならないとは思っていたんだけどね。

  実は、あの小倩しょうせいという女については大変な話があってね。

  この話はあんまり人にしたくない。

  いや、というのはね、この話を聞いた人に妙な事が起こるといけない

  と、そう思ってね。


燕:ぉぉいおいおい、なんか変な言い方だな。

  その小倩しょうせいとかいう女を、まるで化物ばけものみたいに言うな。


寧:みたい、じゃない。

  化物ばけものなんだ。


燕:ぇっ、ぁっ、そ、そのもの??


寧:実はあの小倩しょうせいは、化物ばけもの夜叉やしゃに操られている、可哀想かわいそうな女なんだよ。


燕:ぁっぁ…っ、さよならぁ…。


寧:っちょっと、待ちなさいよ。

  待ちなさい。


燕:い、いぃや、も、もういい、いい。


寧:良かないよ。


燕:ちょ、ちょっと忙しいんだよ。

  これからほら、税務署へ行かなくちゃいけないから。


寧:何を言ってるんだ…。

  聞くのを途中にして帰ると、後で余計に恐ろしいたたりが

  来るかもしれないよ?


燕:ぉ、おぉ…嫌だね、おどかしちゃいけないよ…。

  しょうがないな…座り直すから。

  くわしく聞かせてくれ。


寧:…私がね、ひと月前ほどに金華きんか地方へ旅に出た時だよ。

  下廓したくるわのお寺へお参りした。

  参詣さんけいする人も無いらしく、荒れ果てた庭にはヨモギが丈成たけなすほど

  しげっている。

  ところが庭の竹林ちくりんと言い、かたわらの蓮池はすいけと言い、

  なかなか優雅ゆうがで私の好むところだったので、寺の南のとうめてもら

  った。

  その夜、月は中天ちゅうてんに澄んで清らかな光は水のように輝いていた。

  やがて疲れてそのまま横になったが何とも寝苦しい。

  ウトウトしていると部屋の北の方で話し声がする。


燕:ああ、そりゃあ他に誰かまっている奴が、

  暑くて寝苦しいから、夕涼ゆうすずみがてらにしゃべっていたと言うんだろ?


寧:いや、私の他にまっている者は誰もいない。

  不思議に思って戸の隙間すきまからのぞいてみた。

  するとへいの外に小さな庭があって、四十しじゅうがらみのひょろっとした女と

  それに十七・八の娘の二人が、月の光の下で何かしきりに話し込んで

  いたんだ。


燕:あはは、引っ越しの相談かなんかしてたのかね?

  大八車だいはちぐるまどこに頼もうかなっていう。


寧:そういう話じゃなさそうだったがよく聞き取れない。

  おそらく近所の人同士が何かしゃべっているのだろうと思って、

  そのまま寝てしまった。

  しばらくして、部屋の中に誰か入ってくる気配けはいがする。

  起き上がってみると、さっき北の庭で話していた女だ。


燕:あぁ、四十しじゅうがらみの方かい?


寧:いいや、十七・八の若い娘の方だ。


燕:うわぁ、上手うまくやったなァ。

  ツイてる。


寧:何がツイているだよ。


燕:だってさ、そのあまっこ、何だってそんな夜中に男の部屋に入って

  来たのかねぇ?


寧:私もおかしいと思って聞いてみた。

  そしたらこう答えたんだ。


小倩:あまりにいい月夜なので寝られませんでした。

   貴方あなたとお友達になれそうなので、今夜一晩、ゆっくりと打ちけて

   話したいと思って参りました。


燕:じゃあ、さすがの堅物かたぶつで通しているねいさんも、ぜん食わぬは何とや

  らでね、鼻の下のばして…へへへ、いただきまーすって。


寧:私がそんな事、言うわけがないだろう。

  お前さんじゃないんだから。

  若い女の方とこんな深夜に話をしていると、色々とあらぬ誤解を

  招きかねません。

  また一歩間違えば破廉恥はれんちな行為に及びかねない。

  せっかくですが、この場はこのままお引き取りください。

  とこう言ったんだ。


燕:かたいなぁお前さんも。

  深夜にたずねてきた若い女に言うセリフじゃないよ。

  第一その気になった女に対して、このままお引き取りくださいなんて

  失礼だろ。

  で、女はなんて言ったんだ?


寧:でも、深夜の事で誰も他に見ている者もございません。

  どうか今宵一晩こよいひとばん今宵一晩こよいひとばんと言ってそなへ寄ってくるんだよ。


燕:うんうんうんうん!

  じゃ、さすがのお前さんももう。


寧:馬鹿者、早く帰りなさい!

  ご両親が心配している!そう怒鳴どなりつけてやりましたよ。」


燕:ええ、怒鳴どなりつけたぁ!?

  かたい、かたいねぇ!

  それで、女はどうしたんだい?」


寧:それがしつこいんだ。

  着物のすそをたくし上げてどうか一晩…。


燕:むふぅぁぁ!

  そこまでやられちゃうとお前さんも、むはぁー、うふぅー…。


寧:下がれ、見苦しい!

  そう一喝いっかつした。


燕:っそ、そんなこと言っちまったのか!?

  しょうがねえなこりゃあ。


寧:さすがに女はもじもじしながら、いったん戸の外へ出た。


燕:うんうんなるほど、やっとあきらめたんだなあ。


寧:ああ、口惜くやしそうに捨て台詞ぜりふかれたよ。


小倩:本当に貴方あなたは分からず屋の堅物かたぶつね。


燕:【悶えている】

  んぐぅあっぎゅうぁぁ!

  もったいない事したなぁ!


寧:それでくる朝、また不思議なことが起こったよ。


燕:ぉ?どうしたんだい?


寧:この寺にまっているのは私一人かと思っていたんだけどね。

  東の方のとうにもう一人、まってた青年がいたんだ。


燕:ふんふん。


寧:その青年が朝になっても起きて来ない、不思議に思った寺の者が行っ

  てみると妙な死に方をしていたんだよ。


燕:へぇー、鼻から提灯ちょうちんかなんか出して死んでたのかい?


寧:そうじゃないよ。

  足の裏のしんのところに、きりで刺したような小さな穴が開いていてね。

  そこから血が糸のように流れている。

  どうしてそんな事になったのか、誰も分らないでおかしいと思っていると、

  次の朝…今度はその寺のぼうさんがやっぱり同じような死に方をしていた。


燕:はぁぁ、吸血鬼って言うのは大概たいがい首筋くびすじにかみつくって言うけどね。

  ひぇぇぇ…足の裏のしんの所にきりで刺したような小さな穴から血が出てたのか。


寧:それで、三日目のばんだよ。


燕:よくまたお前も、そういうところに二日も三日もいられるね。


寧:例の正体不明の若い女がねーー、


燕:あぁあぁあの、最初の夜に来た、十七、八の娘ね。


寧:すぅーっと部屋の中に入ってくるとねーー、


燕:またまっ白い太ももか何か見せて口説くどこうとしたんだろ。

  ちきしょうめ、こんちきしょう。


寧:なんだいそのこんちきしょうというのは。


燕:でも今度はお前も誘いに乗ったんだろ?


寧:今度はそうじゃないんだよ。


小倩:わたくし、今までにずいぶん色々男の方を見て参りましたが、

   貴方あなたのようなしっかりした方は初めてでございます。

   貴方あなたは本当の聖人です。

   ですから、本当の事を申し上げるのでございますが、

   わたくしのせいしょう、名は小倩しょうせいと申しまして、十八の時に死んで

   この寺にほうむられました。

   ところがこの寺に住む化物ばけもの夜叉やしゃおどかされて、貴方あなたいやらしい事

   をいるよう命令され、無理矢理むりやり色仕掛いろじかけなどをしておりました。

   うっ、うう…【泣く】


燕:へえぇ…でもなんだってそんな事をさせてるのかねえ。


寧:いや、私も聞いてみたんだ。


小倩:大概たいがいの男は私の色香いろかに迷って言う事を聞いてしまうのです。

   そのすき夜叉やしゃがやってきて、きりでもって足の裏に穴を開ける。

   そうすると男はしびれるような快感によってポーッとなります。

   そこを狙って足の裏から生き血をしぼり取るのです。


燕:へぇ…でもお前さんは生まれつきかたい人だから助かったと、

  こういうわけなんだ?


寧:まぁ、そういうことになるかねえ。」


燕:はぁあ、人間、何が幸いするか分からないもんだなァ。

  でもそういうことってあるね。

  ちょっとイイ女だなぁと思って気を許すと、

  知らないうちに財布の一つ持ってかれちゃったりなんかしてな。

  よくあるんだ。

  やっぱり、男が一番弱いのは女の色香いろかだからなあ。


寧:そこまで言うと女は楽になったのか、一気にしゃべり始めたよ。


小倩:私は苦界くかいに落ちて彼岸ひがんにあがれない、ごうの深い女です。

   ですが、貴方あなたの強い義侠心ぎきょうしんでもしお救いいただけるなら、

   何とか夜叉やしゃの手から逃がしていただけませんか。


寧:ふむ…それにはどうすればいいのか?


小倩:寺の北側に白揚はくようの木が一本ございます。

   それが私の住処すみかなのですが、夜叉やしゃに知られてしまっております。

   できることならば、昼間の日の高いうちに白揚はくようの木を抜き取って、

   できるだけ遠くへ逃げてください。

   そうすれば夜叉やしゃから逃げられるかもしれません。


寧:北の白揚はくようの木だな。

  わかった、やってみよう。


  それで明くる朝、がのぼるのと同時に、

  寺の北側の白揚はくようの木を抜き取ると、そのまま一日中走り続けて

  やっと家までたどり着いた。

  で、裏の墓地の北のはずれ、元あった方角と同じところだな。

  そこにえて、薄命はくめいな女の為に祈ったな。

  うたんでやったよ。

  「貴女あなた古今ここんあわれみ、我が家近くにほうむる。願わくは悪魂あくこん

  おかされることなかれ。貧しくもささげる一杯の酒、永遠とわかわける君の

  御胸おむねうるおさん。」


燕:はぁぁ、手厚くやったんだねえ。


寧:祈り終えて帰りかけると、後ろで私を呼ぶ声がするんだ。

  振り向くとね、いまとむらったばかりのあの哀れな女、小倩しょうせいだった。


小倩:一緒に連れていってください。

   ここなら夜叉やしゃに見つかることもなく暮らせます。

   昼間だけ、昼間だけぜひとも貴方あなた様と貴方あなた様のお母様の為に

   くしたいんです。

   どうかお願いします。


寧:そう泣いて頼むんだ。

  仕方がないから昼間、家で色々な仕事をして働いてもらって、

  夜は自分の住処すみか白揚はくようの木に戻ってもらっていたんだ。


燕:じゃ、じゃあ、あの女はいったん死んだ…死んだ幽霊だったのか。


寧:まあ、そういうことだな。


燕:いやあ、そうかあ…良かったなァ。

  上手うまくやったな、ばんばんざいだなあ、ばんばんざい!」


寧:何が良かったばんばんざいだよ。

  町内の誰かさんのおかげで妙なうわさが立って、

  それが金華きんか夜叉やしゃの耳に入ってしまったんだ。

  近いうちにやってくると言うので、近頃ちかごろ小倩しょうせいおびえきって

  おどおどしてるじゃないか!

  この事は一体どうしてくれるんだ?


燕:そらぁ大変だ。

  そうだったらよ、緊急朝来人事寄合きんきゅうちょうらいじんじよりあいを開こう。

  何とかしてその夜叉やしゃから小倩しょうせいさんを守るようにしようじゃないか。

  それじゃ、帰って今から皆と相談するよ。


語り:というわけでえんは急いで寄合よりあいを開き、そこで町内の有志ゆうし小倩しょうせいさん

   を夜叉やしゃから守る会を結成。そこに解散した山口百恵やまぐちももえを守る会が合流

   するなど、続々と集まって騒ぎが大きくなってしまった。

   また個人や小規模しょうきぼ集団からも、家にあったお守りだの、クラス一同

   でカンパした化け物退治の武器だの、あげくにはニンニクや十字架

   まで、なにかと間違まちがえて送られてくる始末しまつ

   そのうちいよいよ明日あたり夜叉やしゃがやってきそうだとなると、前日

   からねいの家周辺は週刊誌、新聞社、テレビラジオ局のマスコミ関係

   者が勢ぞろい。

   撮影さつえいアングルの一番いい場所をめぐってカメラマンが陣取じんと合戦がっせん

   生録なまろくマニアはステレオマイクを林のように立て並べ持ち。

   放送局ではニュースセンター九時、ゲストは小倩しょうせい夜叉やしゃから守る会

   、略して小夜会しょうやかいの会長です、なんてもう大変な騒ぎでございます。

   当日は守る会の男達が、手に手に武器を持ってねいの家を守る。

   そして真夜中近く。


町民1:へへ…さあ夜叉やしゃめ、いつでも来いってんだ。


町民2:そう言ってるわりには足が震えてるぞ…って、おい見ろ!


町民1:な、なななんだありゃあ…!?


町民2:東の空から光のかたまり飛鳥ひちょうのように飛んでくる…!

    あっ、じ、地面に!!


町民1:うわぁぁ来たぞ!

    夜叉やしゃだぁ!夜叉だ夜叉だ夜叉だァ―――ッ!


町民2:稲妻いなづまみてえにギラギラギラギラ目ぇ光らして、

    真っ赤な大口開けやがったぞ!


町民1:うわああ食われるゥゥ!


町民2:バカ、怖気おじけづいてどうするんだ!

    小倩しょうせいさんを守るんだ!

    いくぞぉぉぉ!!


町民1:っこ、こうなりゃヤケだああああ!!


町民2:行くぞぉぉぉーーー!!!


語り:夜叉やしゃはグゥゥアアーーーッ、グゥゥアアーーーッなんてうなり声を

   上げながら応戦するも、そうはさせじと守る会の必死の防衛戦の

   おかげで、形勢不利けいせいふりと見たのか逃げてしまった。


町民1:いやぁよかった良かった、良かったなァ!


町民2:しかし、大変な化物ばけものでしたなあ。


町民1:なぁにを言ってんだ。

    あんなものはいくら来たって大丈夫だぜ。

    ひとひねりだよ!


町民2:だがまたやってくるに違いない。

    みんな、気合を入れ直そう!


語り:あくる夜も同じ時刻が近づきますってえと、守る会の面々は

   武器を握りしめて待ち構えます。


町民1:さあそろそろまたやってくるぞぉー!


町民2:やってきますよ皆さん!

    気を抜かないで下さいよ!

    ……うん?


町民1:なんだ、この音…。


町民2:足音だ…それも裸足はだしの。


町民1:たしかに…、ひたっ、ひたっ、と聞こえる…。


町民2:俺ァまたてっきり、グワァーーガガガガァーッグラグラグラ―ッ

    てくると思ったんだが…何だろう?


寧:皆さんはここにいてください。

  私が様子を見て来ます。


町民2:わ、わかった!


町民1:ねいさん、気をつけなよ!


語り:中国版・石部健吉いしべけんきちねいが一人で様子を見に行く。

   しばらくして帰ってきたが、その顔を見ると真っ青で震えている。


町民1:!?ど、どうしたんだねいさん!


町民2:そんなにおびえて…いったい何を見たんだい!?


寧:あ、あぁぁ…ダメだ今夜は…。


語り:昨日よりも恐ろしい妖怪が来るのかと思い、

   みんな固唾かたずを飲んでいる。

   やがて遠目とおめにその姿が闇に浮かび上がった。

   誰かが息を飲んだ。

   小倩しょうせいなど及びもつかない、若くて美しい女が一人、


   ひたっ、ひたっ、ひたっ、ひたっ、ひたっ、ひたっ、


   歩いてきた。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


柳家小三治(十代目)




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