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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お気に入り小説4

絡みつく悪意にあるのは母の愛

作者: ユミヨシ

ルフェルは緊張していた。

鏡を見て、何度も何度も自分の姿を確認する。


柔らかな金の髪、青い瞳。顔にはかなり自信がある。


ルフェルは17歳。家族が緊張した面持ちで見送りにきていた。


兄アレクは青い顔をしながら、


「本当にすまない。お前に全てを押し付けてしまって」


父のカイドル伯爵は、ルフェルに向かって、


「今度は失敗する訳にはいかないのだ。ともかくだ。我が伯爵家の為に頑張れ」


義母はルフェルの事を嫌っている。なんせ本当の母ではないのだ。

ルフェルは愛人の息子である。だから見送りにも来なかった。


ルフェルと双子の妹、エリーヌは、ルフェルの手を握って、


「お兄様。わたくしがしっかりと女伯爵になります。ですから、お兄様も頑張って、アレンシア様に気に入られて下さいませ」


「解っているよ。エリーヌ。我が伯爵家の為にも必ず、アレンシア様に気に入られてみせる」



こうして、ルフェルは馬車に乗り込んだのであった。




テリアルク公爵家に馬車は到着し、ルフェルは一人下り立つ。


門のベルを鳴らせば、使用人が出迎えに来てくれて。


「中へどうぞ」



公爵家の中へ入れば、客間へ通される。


テリアルク公爵と公爵夫人、そして一人娘のアレンシアが後から部屋へ入ってきた。


テリアルク公爵は不機嫌に、


「お前が三人目か」


公爵夫人も扇を手に、


「本当に、カイドル伯爵家も愛人の子をよこすなんて、どこまで我が公爵家を馬鹿にすれば気がすむのでしょう」


美しい銀の髪の令嬢、アレンシアが扇を手にルフェルをちらりと見つめて、


「まったく、カイドル伯爵家のイルドは、わたくしに愛する人がいるからと白い結婚を宣言するような愚か者。次に来たアレクは、とても真面目な方だったのよ。それなのに、夫婦生活ではまるで役に立たない。そんなにわたくしが怖かったのかしら。いつもびくびくして。呆れてしまうわ。貴方も逃げ出すのでしょうね。わたくしから」


そう言って、睨みつけられた。


そうなのだ。カイドル伯爵家の次男イルドは、現在18歳のアレンシアと三年間、婚約期間を経て結婚した。初夜で白い結婚を宣言したのだ。シエラという市井の女を愛している。彼女を愛人にしたい。だから白い結婚を宣言すると。婿入りしたのにも関わらず。

当然、テリアルク公爵家は怒った。


即刻、離縁し、慰謝料を請求した。

それを返す為に今、イルドは鉱山で働いている。その金で慰謝料を返すことになったのだ。


イルドの愛人であったシエラは娼館へ売られ、同じく慰謝料の為に働いているのだ。


公爵令嬢アレンシアを馬鹿にした見せしめである。


青くなったのはカイドル伯爵だ。カイドル伯爵家はテリアルク公爵家の派閥である。

息子を婿にとせっかく送り出したのに、とんでもないことをしでかしたのだ。

だから、優秀な長男アレクを代わりにと差し出した。


テリアルク公爵は、アレクの優秀さを知っていたので、承諾した。


ただ、このアレク、優秀な男なのだが、気が弱かった。

婿入りしたテリアルク公爵家で懸命にアレンシアの為に働いた。

だが、気を使って使い過ぎて、初夜をはじめとして、まるで夫婦生活に肝心な物が役にたたなかった。


これでは婿入りした意味がない。


精神を病んだアレクは、離縁されて戻って来たのだ。


カイドル伯爵には愛人の女に、双子の息子と娘がいた。

17歳のルフェルとエリーヌである。


ルフェルを新たに婿入りに送り出した。


それをテリアルク公爵は受け入れた。


カイドル伯爵がどうしてもと頭を下げて頼んだからだ。

今度こそ、役立つ婿を送り出すからと。

このままでは、二人の息子を送って、その二人がテリアルク公爵家の顔に泥を塗って、このままではカイドル伯爵家は派閥の中で不味い立場になると思ったから。


いや、三人目を送る事こそ、火に油を注ぐのではないか。

カイドル伯爵夫人は反対した。

それも愛人の息子を三人目として送り込むとは。


しかし、テリアルク公爵も、二人と離婚した娘に新しい縁談が整うのは難しい。

だから、嫌々ながらも、三人目のルフェルを受け入れたのである。


ルフェルはにっこり微笑んで、


「ルフェルと申します。よろしくお願い致します」


それはまるで、針のむしろの上にいるような、恐ろしい公爵家の生活。

ルフェルだって緊張した。この王国では17歳から結婚出来る。

ルフェルは17歳。一つ年上のアレンシアとすぐに結婚した。籍だけいれた三回目のアレンシアの結婚。そして手続きが終わってすぐに、初夜が来た。アレンシアにとって三度目の初夜である。


ルフェルはそわそわして、夫婦の寝室でアレンシアが来るのを待った。


次兄のイルドは、愛する人がいるからと白い結婚を宣言した。

長兄のアレクは真面目で気弱な性格がわざわいして、初夜の営みを行えなかった。


自分はどうだろう?

今度はカイドル伯爵家としても背水の陣である。


ルフェルは緊張して緊張して。


とりあえず、自分の身体はどうだろう。


鏡の前で服を脱いで素っ裸になった。


「うううううん。筋肉が足りないな。まだまだ鍛えないと」


緊張をほぐす為にそのまま腕立て伏せをする。


そこへ、アレンシアが美しい白の夜着姿で部屋に入って来た。

そして、呆れたように。


「驚いたわ。鏡の前で素っ裸で運動しているだなんて」


「筋肉をつけたいんだ。まだまだ足りないってね。勉強も色々頑張っているんだけど、まだまだ足りない」


そう言って、ベッドに腰かけて、アレンシアに話しかける。


「俺とエリーヌは愛人の子だろう?だから、一生懸命勉強するしかなくて。でないと、やはり庶子だから出来が悪いんだって、言われるの嫌だから。兄二人のせいで、俺が婿になってしまって申し訳ない。アレンシア様は不満だろう?」


「二人の男を離縁して、わたくしはもう、貰い手がいないの。仕方がないからカイドル伯爵家に責任を取ってもらうしかないでしょう。で、貴方はわたくしを相手に役にたつのかしら」


「役に立つって。夜の方かな」


ルフェルはここでしっかりしないと、伯爵家は終わる。と自分をふるい立たせた。

そう思って、アレンシアの顔を見た。


銀の髪が滑らかで、顔もとても美しくて、こちらを見つめる青い瞳が、透き通っていて。

思わず見とれる。


こんな綺麗な人を相手に、何もしなかった二人の兄は馬鹿じゃないのか?


アレンシアの顎に手を添えて、そっとその唇に口づけを落とす。


「こんなに美しい女性が俺の妻になるんだから……」


ルフェルはそのまま、アレンシアをベッドに押し倒した。



無事、初夜も終わって、ルフェルは内心安堵していた。

そう、もう失敗は許されない。兄二人の不始末は自分と妹のエリーヌが背負う事に決めていた。


兄二人は庶子であるルフェルとエリーヌを馬鹿にして、カイドル伯爵家で身を縮めて生きてきた。


義母であるカイドル伯爵夫人の風当たりも強くて。


「お前達の母が亡くなったから、伯爵様が仕方なく引き取ったのです。だから恥をかかせないで頂戴。それに比べてわたくしの息子達の優秀な事」


そういって、二人の息子達を可愛がった。


食事は伯爵家家族と一緒に食べる事を許されない。

二人は使用人と一緒に食事を食べた。


ただ、貴族の一員として、家庭教師をつけてしっかりと教育は受けた。



でも、何かと差をつけられて、居心地が悪くて。

そんな中、やらかした次兄イルドは鉱山へ。長兄アレクは精神を病んで療養している。


だからエリーヌと共に誓った。


エリーヌは女伯爵へ。そして、自分はテリアルク公爵家で婿として成功してみせると。

だから失敗する訳にはいかない。


失敗すれば破滅するだろう。



ルフェルは隣で寝ているアレンシアが目を覚ますと、にこやかに微笑んで、


「夕べは素敵だったよ。アレンシア様」


そう言って、額にそっとキスを落とす。


赤くなって布団をかぶるアレンシア。


可愛い……ルフェルはそう思った。




妹と密に手紙で連絡を取り合い、ルフェルは公爵家でテリアルク公爵夫妻にも気に入られるようにふるまった。


失敗する訳にはいかない。

アレンシアとの領地経営も手伝って、使用人達にも気を配り、身体を鍛えて自分を磨いた。

もっともっと高みへ高みへ。必ず成功してみせる。


エリーヌも伯爵令嬢として教養をつけ、頑張っているようである。

いずれ女伯爵になる為に、領地経営を父であるカイドル伯爵に習っているとの事。


互いに手紙をやりとりして励まし合った。


エリーヌは泣き言一つ言わなかった。

そして、ルフェルも。

いつ、この手紙が公爵家にチェックされているか解らないのだ。


アレンシアに対しては、優しく夫として、振舞った。

夜の生活も気を使って。

愛を囁いて、アレンシアを喜ばせようと努力をした。


努力の甲斐があったのだろうか。

アレンシアも、ルフェルが気に入ったようで、


「貴方はあの二人と違って、わたくしの事をとても愛してくれる。わたくし、やっと幸せになれたわ」


そう言って微笑んでくれて。


苦労が実った。幸せだった。とてもとても満たされて。


しかし、そんな幸せが壊れるとは思ってもみなかった。




エリーヌが病に倒れたのだ。


アレンシアの許可を貰い、急いで伯爵家に向かった。


あんなに元気が良かったエリーヌ。そろそろ、婿を探さないとねと、手紙で嬉しそうに言っていたエリーヌ。


そんなエリーヌが病にかかるだなんて。


ベッドに見舞ったルフェルは、あまりのやつれように驚いた。


エリーヌは微笑みながら、


「大丈夫よ。お兄様。ちょっと疲れただけだから、すぐに良くなるわ。そうしたら、婚約者を探して、わたくし、もっともっと頑張らないと」


「そうだね。もっともっと頑張らないとね」


「お兄様はアレンシア様に、公爵様に気に入られていて、よかった。いずれはアレンシア様の夫として、社交界で大きな顔をしていられるわね」


「ああ、庶子である俺だけれども、いずれは女公爵の婿として大きな顔をしていられる。だから、エリーヌも早く良くなって、もっともっと上を目指そう」


「そうね。そうだよね」



それがエリーヌと会った最後だった。


エリーヌが数日後、病が急変して亡くなったのだ。


葬式にアレンシアと共に出席したルフェル。


あんなに元気よかったのに……死ぬような病では無かったはず。

何故?何故死んだのだ?エリーヌ。


アレクに声をかけられた。


「お久しぶりです。アレンシア様。伯爵家を継ぐはずの妹が亡くなりました。私は一度、伯爵家を諦めましたが、最近では回復傾向にあります。ですから、どうか、私が伯爵位をいずれ継ぐことをお許し下さい」


深々と頭を下げる。


アレンシアはアレクに、


「もう、カイドル伯爵家に対して怒ってもいないわ。わたくしは構わなくてよ」


「有難うございます」



テリアルク公爵家に戻ったルフェルは落ち込んだ。


大事な妹が亡くなったのだ。

それでも、妹の為にも立ち直って、テリアルク公爵家の為に働かねば、

まだまだもっともっと上を目指して、光り輝いて。それが妹エリーヌの願いだったのだから。


アレンシアが話しかけてきた。


「貴方、いつも無理をして働いているわね。わたくしにも気を使って。アレクはそれで潰れてしまったわ。まぁあの方はわたくしを抱くことすらできない弱い男だったのだけれども。貴方はわたくしを愛してくれた。無理をしてはいけないわ」


ルフェルは微笑んで、


「アレンシアの魅力に気がつかないなんて、兄二人は愚かすぎる。こんなに美しくて優しいアレンシア。それはもう、失敗は許されない。緊張する日々だけれども、アレンシアと出会えたことは結婚出来た事は俺にとってとても幸せな事だと思っているよ」


「そう言って下さると嬉しいわ。だったら、ご褒美をあげなくてはね」


耳元でアレンシアに囁かれた。


「アレクが毒を入手したと、調べがついたわ。余程、伯爵家を継ぐエリーヌが邪魔だったのね」


「毒?」


「そう、病で亡くなったように見える猛毒よ。さぁどうしたい?復讐したいの?」


いつも助け合ってきたエリーヌ。

互いに励まし合って、高みを目指してきたエリーヌ。


そのエリーヌはもういない。



ルフェルは外へ飛び出した。

馬車に乗って、カイドル伯爵家に乗り込んだ。


兄、アレクを捕まえて、


「毒を盛った?妹に毒を?本当に兄上が妹を殺したのか?」


「何を証拠にそのような」


「アレンシアが調べた。証拠だって、アレンシアに聞けばきっと見つかるはずだ」


アレクに胸倉を掴まれた。


「だって、そうだろう?私が長男で、私がこの伯爵家を継ぐのが正統で。エリーヌごとき庶子が継ぐのがおかしいとは思わないのか。だから、殺した。私が毒で。あああ、お前も殺してやろうか?口を封じねばならないな」


そう言っているアレクの手は震えていて。


ルフェルは思った。


「優しい兄上が人殺しなんて出来るはずはないだろう?誰を庇っているんだ?証拠が見つかるように、何故、兄上が。まさか……」


背に痛みを感じた。


振り返ってみれば、義母であるカイドル伯爵夫人が立っていて、背にナイフを突き刺されたようで、気が遠くなる。


伯爵夫人の声が聞こえてきた。


「育ててやった恩も忘れて、この伯爵家は、わたくしの大事な息子達の物なの。それなのに。お前達はなんて癪に障る。お前達が成功するなんて許せない。早くエリーヌの後を追うがいいわ」


その時、屋敷の中に騎士団がなだれ込んできた。


アレンシアが騎士団の後から駆け込んでくる。


「ルフェルっーー。ルフェルっ??」


アレンシアの声が聞こえる。

でも、なんだか眠くて。そのまま意識を手放した。




手当てが早かったお陰で、ルフェルは命は助かった。


カイドル伯爵夫人は騎士団に捕まり、牢の中に入っている。

今回の事件が公になり、カイドル伯爵は爵位を返上した。


元カイドル伯爵はアレクを引き取って、共に市井で暮らしているらしい。





ルフェルは身体が治ったら、牢に入っている義母に会いに行った。


カイドル元伯爵夫人は、ルフェルの顔を見るなり、


「わたくしは処刑されるわ。でも、エリーヌを殺した事を後悔していない。わたくしの気持ちが貴方には解らないでしょうね。わたくしは伯爵様を愛していた。政略で結婚したけれどもとても愛していたの。それなのにあの人は愛人を作って浮気をした。だけど、わたくしは我慢したの。だって愛しい息子が二人。この二人がわたくしの生きがいだったのだから。でも、あのアレンシアと言う女のせいで、わたくしの息子達は。イルドは鉱山へ行って戻って来ない。もう会う事も叶わない。アレクは精神を病んで、伯爵家を継げなくなってしまった。わたくしの愛しい息子達を差し置いて、あの女の息子や娘が。わたくしの息子達が継ぐはずだった伯爵位を。公爵家の婿の座を。許せない。許せないわ。あの女はね。わたくしにこう言ったの。私は伯爵様の癒しなのです。伯爵様は私と一緒にいると癒されるって言っているのと言って見せびらかして。だから、殺したの。でも、貴方達は生かしておいた。わたくしはそこまでその時は決心がつかなかったから。ああ、さっさと殺しておけばよかった。こうして捕まる事もなかったし、処刑されることもなかったのだから」


ルフェルは、元伯爵夫人に向かって、


「母が貴方にした事は謝ります。でも、エリーヌを殺した事は許せない。エリーヌに罪はなかったはずだ」


「アレクを差し置いて、女伯爵になろうとしたのよ」


「兄上は精神を病んで療養していた。テリアルク公爵だって兄上が伯爵位を継ぐことを許さないだろう」


「でも、エリーヌを殺したから、継ぐ人が他にいなくて、アレクは許されたのよ」


「それは俺が、公爵家で一生懸命、働いたから。気を使ったから。兄上は何を頑張った?ただ病んだだけじゃないか」


「それでもわたくしはアレクが愛しい。イルドが愛しい。愛しいの……」


ルフェルは元伯爵夫人に背を向けた。


自分だってエリーヌの事が大事だった。可愛い可愛い妹エリーヌ。

もう、会う事も出来ないのだ。


雨が降って来た。

馬車が泊っていて、中でアレンシアが待っていてくれた。


「迎えに来たわ。気が済んだ?」


「俺は身内に犯罪者を出してしまった。もう、公爵家にいられないな」


「あら、貴方はわたくしの夫なのだから、離縁は許さないわ」


「いいのか?こんな俺でも」


「三回目の離婚なんて、嫌よ。それに、わたくしのお腹にはあなたの子がいるの」


「本当か?」


「ええ、本当よ」



翌年、女の子が産まれた。その子はエリーヌと名付けた。


教会で調べて貰った所、その赤子の魂はエリーヌと同じ輝きを持っているとの事だったから。


その赤子を愛し気に抱き締めながら、


「エリーヌ。まだまだ高みを目指そうな。今度こそ、素敵な婚約者を探してあげるから」


その言葉を聞いたアレンシアは、


「そうね。可愛い娘には素敵な婚約者を探してあげないと」


愛しい妻と可愛い娘を抱き締めて、ルフェルは幸せだった。




それから数年、時が過ぎた。


カイドル元伯爵夫人は、馬車に乗せられていた。

王都の牢に入っていたのだが、処刑されるはずの元夫人は、王太子殿下に息子が産まれた事により恩赦が出て、北の修道院へ行くことになったのだ。


カイドル元伯爵夫人の名は、フェリーヌと言う。

フェリーヌは、久しぶりに浴びる春の日差しに目を細めた。


ふと、目を向けてみれば、アレクと、二度と会えないと思っていたイルドが立っていた。

アレクが駆け寄って来て、


「母上。どうか、お元気で。必ず会いに行きます。北の修道院なら面会を許してくれるでしょう」


イルドも駆け寄って来てフェリーヌの手を握り締めて、


「先月、王都へ帰ってきました。私も必ず会いに行きます。ですから母上、どうかお身体気を付けて」



フェリーヌは泣き崩れた。


愛する息子達の為に、愛人の娘を殺した。愛人の息子の背をナイフで刺して殺そうとした。

自分は恐ろしい女。

愛人だって殺した。


あの女は泣き叫んで、許しを請うていた。

でも、でも、だって許せなかった。


愛するあの人を盗ったのだもの。


愛するあの人との子を作ったあの女を許せなかった。


でも、あの人は、愛するあの人は会いに来てもくれない。

愛するあの人は、愛するあの人は……

涙が零れる。


「伯爵様は?どうしていらっしゃるの?」


アレクが微笑んで、


「元伯爵ですよ。母上。父上は元気で暮らしています。今日はその、用事で」


フェリーヌは思う。


愛想をつかされたのであろう。心がすっと冷める気がした。

ただ、今は、息子達に会えたのが、とても幸せで。


フェリーヌは息子達に、


「どうか、元気で暮らして頂戴。わたくしは貴方達を愛しているわ。どこにいたって一生愛しているわ」


息子達に別れて馬車に乗り込む。


息子達に会えただけでとても幸せ。


春の午後の日差しが暖かく、馬車の中のフェリーヌを照らしていた。






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