―外側と内側―
実質1話目です。
毎日投稿ではないですが、短編なので更新頻度は遅くはないと思います。
がんばるMP3プレイヤーを見て頂ければと思います。
僕の生活には内側と外側がある。
ご主人様が僕の電源をつけると、僕の意識もうっすらと鮮明になっていって
頭がしゃっきりとした時にはご主人様はもう音楽を流し始めている。
曲が流れるたび、内側の僕はその‘曲'と出会う。
「やあ、今日も頑張ってるじゃん!」
そうやって声をかけてくれたのは、ご主人様が朝一番に聴く
明くて素敵なメロディを奏でる全力青年くん。
僕もご主人様も一緒になって歌いだしたくなる。
「いつも素敵な朝の時間をありがとう」
「いや、君のご主人様は僕のことをすごく気に入ってくれて感謝しているよ!」
「やっぱり朝は君にかぎるなあ」
「お!褒めてもなにもでんぞー!!」
大声で笑い散らかし、全力青年君は僕に向かって笑顔を向けてくれた。
ふたりだけの空間だけど、この空間の空気がカーテンを開けたかのように
眩しい光が差す感覚がして、僕の気分はいつにもましてハイテンションになる。
「どうだ外側は?」
「ご主人様、ぎりぎり電車に間に合ったみたい!
君のおかげで足も身軽に感じたんじゃないかな?」
「おお!それなら良かった!!
いつも元気な全力青年君の笑顔につられて僕の頬も緩くなる。
毎日同じような会話をしているけど、僕たちにとっては大事な時間なんだ。
「少しでも長く、ここにいられたら良いなあ」
くぁっとあくびをしながら語りかけてくる全力青年君。
さり気なくつぶやいた言葉だけど、僕にはこの言葉が重く感じる。
僕の記憶の中から消えていく、音楽たち。
小さな僕の脳では、たくさんの曲をとどめておくことができない。
だからご主人様がパソコンに僕を接続すると、起こることがある。
曲の、消去。
忘れたくないと願っても、もう顔もメロディも大好きだった声も思い出せない。
そして、別れと共にやってくる新たな出会い。
僕の悲しみをかき消してくれるかのように、僕の知らない音楽がやってくる。
涙がこぼれそうな曲や、圧倒される美声の曲や重低音の響く曲。
ご主人様に悪気がないってことは、十分にわかっているんだ。
だから出会いも別れも仕方ないんだ。0
忘れたくないっていうのは僕のエゴにしか過ぎない。
MP3プレイヤーの僕にできることは、ご主人様に素敵な曲を届けること。
【外側】ではご主人様に楽しい時間を過ごしてもらいたい。
【内側】では……。
「おーい、そろそろ次の曲の出番みたいだぞ!」
「あ、うん。ありがとう!また明日の朝にね!」
その日の夜、ご主人様がパソコンと僕を接続した。
またお別れ?それとも出会い?
僕の頭の中を整理しているみたいだ、気持ちがぐちゃぐちゃする。
ご主人様は、僕の脳から「全力青年」を削除した。
別れの言葉も言えない、伝えられない、そして存在を忘れる。
きっと今までも、こういう唐突な別れがあったんだ。
でも僕はそれを覚えていない、名前なんてもっとわからない。
ごめんね、みんな。弱い僕で。
悲しいけど、苦しいけど、ご主人様が笑ってくれるならそれで良い。
僕はご主人様の幸せな時間の一部でいたいんだ。
その為なら、僕はなんだってできる。