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第一話 爺さんと謎の女

本作は全ジャンル踏破「文芸_アクション」の作品です。

詳しくはエッセイ「なろう全ジャンルを“傑作”で踏破してみる」をご覧ください。

https://ncode.syosetu.com/n0639in/

――帝国議会を破壊せよ!(ウー)

――帝国議会を破壊せよ!(ハー)


――弱腰外交は断固拒否!(ウー)

――弱腰外交は断固拒否!(ハー)


――帝国議会を破壊せよ!(ウー)

――帝国議会を破壊せよ!!(ハー)

――帝国議会を破壊せよ!!!(ヨイショ)


 半裸になった筋骨隆々の男たちが、鍛え上げた自慢の上半身を見せつけるようにポージングを決めながら、帝都各地でデモ行進をおこなっている。

 そんなニュースが苦笑いとともに紹介されたのは、半年ほど前、暴力的な太陽がアスファルトを焦がす八月のことであった。


『“真・大和男児連合”によるデモ活動が本日もおこなわれ、筋肉自慢の男たちが古宿の街を練り歩きました』


 彼らのおかしな団体名・デモ活動はSNSを通じて大和帝国中の注目の的となり、海外の動画配信者までもが「おいおい、大和人がまたクレイジーなことやってるぜ」とわざわざ取材に来るほど。

 そんな中、夏休みで暇を持て余した学生や、なんとか顔を売りたい木端タレント、伝説だけがひとり歩きしている元スポーツ選手なんかがデモの列に加わると、お祭り騒ぎは一気に加熱した。


『“真・大和男児連合”によるデモ活動が本日もおこなわれ、筋肉自慢の男たちがカボチャの面を被って甘谷の街でお菓子を配り歩きました』


 少し状況が落ち着いてきたかと思えば、タイミングを見計らったかのように新しい燃料が投下される。10月にはハロウィンの筋肉カボチャ、11月にはブラックフライデーの筋肉感謝祭、12月にはクリスマスの筋肉サンタなど、彼らの画像や動画がアップロードされるごとにネタ画像が量産されてミームが生まれていく。


『“真・大和男児連合”によるデモ活動が本日もおこなわれ、筋肉自慢の男たちが新年の幕開けを祝いながら深草の街でお年玉を配り歩きました』


 そんな奇妙なお祭り騒ぎを、テレビやネットが面白おかしく取り上げ、大和の男はみんな筋肉の鎧を纏ったサムライなのかと誤解する外国人に「そうだよ」と嘘を吹き込む別の外国人が現れる一方で――


 しかし彼らの主張は、大和人の心の隙間に、少しずつ入り込んでいった。


――帝国議会を破壊せよ!

――帝国議会を破壊せよ!

――帝国議会を破壊せよ!


   *   *   *


 帝都内とはいえ、中心部から遠ざかれば意外と自然豊かな地域もある。


 京極(きょうごく)福太郎(ふくたろう)が暮らしているのもそんな場所の一つだ。

 彼の家から高校とは反対方向に三十分ほど歩くと、祖父のやっている古武術道場がある山に着く。そして、その周囲には他に誰も住んでいない……つまり、広々とした庭の中央を陣取ってアンプに繋いだエレキギターをかき鳴らしても、誰の迷惑にもならないということだ。


 黒髪(染髪は校則違反である)をワックスでツンツンに立てた福太郎は、己の心をさらけ出すように声を張り上げる。


「福太郎なんてクソダセェ名前付けやがってェェェェェアアアアアアアアアア~~♪」

「くくく、下手クソなロックだなァ」

「うっせぇ、発声練習だっつーの!」


 福太郎の祖父である京極熊之介(くまのすけ)は、この道場の主。

 本来であれば、ギターがゲロを吐いているような不協和音の塊や、ロックにもメタルにもなり損ねた妙な叫び声、耳を引き千切りたくなるような狂ったリズム……そんな風に音楽を冒涜し続ける孫を、道場から叩き出す権利が彼にはある。


 しかし、熊之介はこれまで一度だって孫を追放したことがない。それどころか、孫の奏でる調子っぱずれのロックもどきに身を任せ、楽しそうに武術の型を繰り返すのが日課であった。


「バレンタインがなんだァァァァァ、下駄箱にチョコ入れんのは不衛生だろォォォォォ♪ 不衛生、あそーれ不衛生♪ てか、なんで彼女持ちなのに他の女子からチョコもらってんだアアアアアァァァァァ♪」

「今日はずいぶん荒れてんなァ」


 ギュインギュインギュイーン、ジャジャン。

 福太郎はどこか、曲の最後だけ格好良く決めればロックになると思っているフシがあるので、歌い終わりからラストにかけての疾走感だけは凄く良いものを持っている。むしろそこだけの男だ。


 熊之介の方もその音に合わせ、川の激流が唐突に変化するように不思議な技の繋ぎをしていって、しっかりと残心をとる。


「よし、今日の俺も最高にロックだぜ」

「ロックって奴は、ずいぶん懐が広いんだなァ」

「当たり前だろ? 魂の底からの叫びを表現していれば、童謡を歌ったってロックになっちまうんだぜ!」


 福太郎はそう言う。

 ちなみに童謡を歌っていたら、それは童謡である。


 不慣れなアルバイトをして貯めたお金で路上ライブ用の機材一式を購入した福太郎であったが、駅前で演奏をしていると必ず警察に通報されてしまうので、そのうち警官と顔見知りになってしまった。

 さすがの福太郎も心が折れかけたのだが、どういうワケか熊之介が「道場の庭で練習していいぞ」と言ってくれたため、こうして毎日道場に足繁く通っては魂の叫びとやらを表現しているのである。


 二月の山の空気は、体を芯から凍えさせる。


 福太郎の喉が(かす)れる頃には、熊之介の体にも疲労が蓄積していた。二人は大きめの風呂に一緒に入って体を温めた後、居間の掘り炬燵(ごたつ)煎餅(せんべい)をバリバリ噛み砕きながら、これといった目的もなくテレビを流し見していた。


『……というようにね。真・大和男児連合が言っている弱腰外交の断固拒否というのは、今の大和にとって非常に重要な提言だと思うんだ。政治家さんは、ちゃんと彼らの話を聞いた方が良いよ』


 去年はネタに走ってばかりだった真・大和男児連合のデモ活動も、年が明けてからはガラリと空気を変えて真面目な帝国政府批判へと移行していた。

 ニュース番組でも彼らの主張はたびたび取り上げられ、周辺国との軋轢を気にして遠慮がちな発言しかしない現議長に「弱腰外交は断固拒否!」と有識者(何の識が有るのか不明)の口からデモ活動から引用した発言が飛び出すほどである。


 今だって、もう見飽きすぎて何の感慨も浮かばないほど長く続いている謎の情報番組の中で、なぜか人気があるらしいコメンテーター(実際にこのオジサンを好きだという人に出会ったことがない)が、やたら上から目線で政府になにやら物申していた。

 熊之介は小さく溜息をつく。


「儂みたいなジジイには分からんなァ、あの図体だけご立派な筋肉ダルマたちの何が良いんだ」


 熊之介がそう言って緑茶を飲み干すと、福太郎は空いた湯呑みに緑茶を継ぎ足してやりながら爺さんに答える。


「若者にも全然分からねーよ。帝国議会を破壊せよ? ちょっと過激なこと言ってりゃ面白がって人が寄ってくるんだろうけどさぁ……なーんかロックじゃねえんだよなぁ」


 煎餅を噛み砕く福太郎を見ながら、熊之介は楽しそうな表情を浮かべた。


「ほう? お前のロックは相変わらず意味が分からんが……暴力や体制批判はロックじゃないのか?」

「そうだなぁ、爺さんには分かんねーか。なんつーか、あいつらのデモとやらには魂が込もってねーのよ。もっとこう、心の奥底からグァァァっと煮えたぎるようなモンがなきゃさぁ……そういうのナシでただ目立ちたがるってのは、俺の思うロックじゃあないね」


 一丁前にロックを語る福太郎だったが、今のところロックスターになるという夢に対しては道筋が全く見えていない。前途多難どころか、出発前から暗礁に乗り上げている有り様である。


 そんな風にして、二人が特に生産性のない無駄話に花を咲かせている時であった。


――ごめんください。京極熊之介殿はご在宅ですか?


 玄関の方から、何やら女の人の声が聞こえてきた。


「おっ、爺さんの彼女か?」

「馬鹿言ってねぇで茶の準備でもして、応接間に持ってこい。おそらく、ちょいと面倒くさい客だ」

「へいへい」


 福太郎は手に持っていた煎餅の欠片をヒョイと口に放り込むと、お茶の準備をするため台所の方へ向かっていった。

 

   *   *   *


 スーツ姿に眼鏡をかけたお硬そうな女性は、どうやら政府から派遣されてきたらしい。


「私のことは、柳、と呼んでください」


 そう言って名刺の一つも渡してこない彼女に、福太郎は少々不信感を抱いていたのだが……どうやら熊之介はそれについては特に違和感を覚えていないようだった。


「本日は、京極殿に折り入って相談があって参りました。まずはこちらの資料をご覧いただけますでしょうか?」


 柳が取り出した書類には、とある男のプロフィールや経歴が写真付きで印刷されている。福太郎は「自分も見ていい書類なのか」と疑問に思いながら、記載されている情報に目を通した。


「この浦出(うらで)戎蔵(かいぞう)という男。資料の通り“強化人間”……サイバネティクス技術の粋を集めた強化手術が施され、徒手格闘において最強と呼ばれたこの男は……これまで公安直属の特殊エージェントして特務にあたっていました。一年ほど前に失踪するまでは」


 福太郎は「そんなことあるの!?」と混乱しながら話を聞いていたが、熊之介と柳があまりにも真面目な表情で話をしているため、変に茶化すこともできなかった。

 元警察官で、三十歳の時に捜査中の事故で全身に麻痺が残り、二年後に妻と離婚。三十五歳の時に強化手術を受け、その人並み外れた身体能力と格闘技術で公安にスカウトされると、その後八年ほど様々な困難な任務をこなしていき――


「消息不明になったかと思えば、今は“真・大和男児連合”などという組織を作り、反政府活動に精を出しております……彼はどうやら、本当に帝国議会を破壊するつもりのようで」

「ふむ……そうか」


――帝国議会を破壊せよ。


 そのスローガンは彼らの筋肉を印象付けるためだけの突飛な戯言ではなかったらしい。しかも、政治的な比喩表現などではなく、物理的に帝国議会の建物を破壊しようというのだ。一体何を食べて育てばそんな考え方をする人間になってしまうのか……福太郎は全く理解できずに唸っていた。


「悔しいですが、今の状況で国防軍は動かしにくい。奴らは意図的に半裸になって民衆に非武装をアピールし、あくまで言葉による対話なのだいう建前で行動していますから」

「そりゃあ厄介だなァ」

「はい。通常の暴徒鎮圧を行うと、メディアを通して政府が悪者にされてしまうのは明らかです。おそらく彼らは意図的にそういう立ち回りをしているのでしょう……小賢しいことに」


 淡々と話しながら徐々に語気が荒くなっていく柳。

 その一方で、熊之介の雰囲気はどこか刃物を研ぐように、少しずつ少しずつ、鋭く力強く変化していく。


「柳さん。きっと奴らは『国民の声を聞かない政府には実力行使で分かってもらうしかない』とでも言って、自分らを正当化するつもりなんだろう?」

「ご慧眼さすがです。その通り、真・大和男児連合は多くの帝国民を味方につけ、国家権力が手を出しづらい状況を作り上げながら、ヒーロー気取りで破壊活動を計画している」

「はぁ……人間ってヤツは学ばねぇもんなんだなァ」


 二人の会話に、福太郎は絶句する。

 もちろん福太郎にも、真・大和男児連合の危うさは十分すぎるほど伝わっていた。しかしこの現状――熊之介が当然のように柳の話を理解して、しかも政府から何かしらの依頼が持ち込まれて来る――という状況に、ひたすら困惑していたのだ。


 爺さんってもしかして、超強かったりすんのか?

 福太郎が戦慄している中。


 冷え切った応接間。抜き身の太刀のような鋭い雰囲気を纏う熊之介に対し、柳は深々と頭を下げた。


「京極殿。真・大和男児連合の手から帝国議会を……大和の秩序を守るために、どうか手を貸していただきたい」


 二秒、三秒。

 沈黙が続く。


「はぁ……承った。確かにな、奴らがどれだけメディアの扱いが上手かろうが、こんなジジイに制圧されたんじゃ文句なんて言えねえだろうしなァ。報酬はいつも通りで。それから……今回は一つ条件を付けさせてもらおう」


   *   *   *


 京極熊之介の服装は、どこかのマフィアのなんとかファーザーを思わせるようなものだった。

 黒いコッポラ帽を被り、サングラスを掛けて、首には長いマフラーを引っ掛ける。ネクタイをキュッと締めた黒スーツ姿で、足元だけは革靴ではなくコンバットブーツのようなモノを履いている。


 福太郎はそんな祖父の姿を見るのが初めてだった。


「爺さん……勝負服ってそれか?」

「おうよ。お前の勝負服も悪くないじゃないか」


 そう言われる福太郎は、黒髪をウニのように逆立てて、耳や唇にはイヤリング(ピアスは怖いので無理)をジャラジャラと付けている。着古した革ジャンと革パンツ、手には指ぬきグローブを着けて、背中にはエレキギターを背負い、いつもの路上ライブ機材をガラガラと引きずっていた。


 今回、熊之介が依頼を受ける条件はただ一つ。

 戦いの場に福太郎を同席させることだ。


 帝国議会場の正門を背負うようにして立った二人は、議会場前庭に集まった報道陣の注目を浴びながらのんびりと会話を続けていた。これから筋肉男たちを制圧する――そういった剣呑な気配など欠片も感じさせないような緩い空気を纏って。


「どうだァ、福太郎。せっかく今日は、お前の下手クソなロックを全国放送で垂れ流すチャンスをくれてやったんだ。ビビってしくじるんじゃねえぞ?」

「ビビるどころか燃えるだろぉ。爺さんには感謝するぜ。これが俺のド派手なデビューライブ……伝説のロックスターが踏み出す最初の一歩になるわけだ」


 話をしながら、二人は精神を高揚させていく。


 真・大和男児連合の筋肉男やその支援者たちは、これから警視庁の庁舎前を堂々と練り歩いてきて、帝国議会場を正々堂々と真正面から破壊しに来るらしい。


――帝国議会を破壊せよ!(ウー)

――帝国議会を破壊せよ!(ハー)


 そんな声が、人々のざわめきと共に遠くから聞こえてきた。


「……誰になんと言われようが、お前はロックをかき鳴らせ。そのド下手で素っ頓狂な不協和音が鳴り響いてる間なら、儂は何度だって立ち上がって戦ってやる」

「ハッ。爺さんこそ、俺のロックに聞き惚れてボーっとすんじゃねーぞ。下手を打ったら承知しねぇからな」


 そうして、上半身を剥き出しにした男たちが遠くの方から近づいてくる様子を眺めながら、京極熊之介と京極福太郎は二人揃って口の端をニタァと持ち上げて、濃い血縁関係を感じさせる、そっくりで凶悪な笑みを浮かべたのであった。


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