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美への執着

作者: 秋空 夕子

美への執着とは恐ろしいものです。

私には一人の姉がいました。

美人で気立てが良くて頭も良い姉でした。

当然、両親からは溺愛され周囲からも慕われていました。

そんな姉に劣等感を持つこともあった私ですが、姉は私にも優しい人でしたから、姉妹仲も良かったです。

しかし、そんな姉が事故にあったのです。

婚約してすぐのことで、一時は生死をさまようほどでした。

幸いなことに手術は成功し、姉は一命を取り留めることができたのです。

ですが、その顔には大きな傷跡が残ってしまいました。

姉の泣き叫び、両親は必死に慰め、一緒に見舞いに来た婚約者は呆然と立ち尽くし、私もどう声をかけて良いのか解らずただ棒立ちになっていたことを覚えています。

姉は事故と傷痕のショックで塞ぎ込み、今にも命を絶ってしまいそうな程でした。

そんな姉を両親は賢明に支え、私も時間が許す限りお見舞いに行きました。

婚約者の方も少し時間を置いてではありますが、姉の所には足を運んでいたようです。

その甲斐もあってか、姉は徐々に回復していき笑顔も取り戻し、傷痕も化粧で目立たなくすることができるようになりました。

日々、快方へと向かっていた姉ですが、そのうちまた暗い表情を浮かべるようになったのです。

最初は、事故の後遺症が苦しいのかと思ったのですが、姉の言うことには婚約者の言動が辛いというのです。

聞けば婚約者は見舞いに来るたびに姉の顔を見て悲しむそうなのです。

『君の顔がこんなふうになってしまうなんて』

『ごめん、君のほうがもっと辛くて苦しいだろうに……』

そう言って、まるでこれ以上の不幸などこの世にないかのような顔をするのだそうです。

姉はその顔を見ると気が滅入って、自分がどうしようもない不幸のどん底にいるような気持ちに襲われるそうでした。

話を聞いた私は婚約者の方に会いに行き、「お願いだからもう姉を追い詰めるようなことをしないで欲しい」と言いました。

すると彼は、「彼女を見ると不憫でならないんだ」といってポロポロと泣き出したのです。

これは話にならないと思った私は両親に事の顛末を伝えました。

怒った両親はそのまま二人を婚約破棄させ、彼と姉が接触しないようにしたのです。

姉は最初こそ彼に未練を残していましたが、やがて吹っ切れたのか明るさを取り戻していきました。

婚約者は随分と食い下がったそうですが、姉自ら別れを切り出しようやく諦めたそうです。

姉はその後、リハビリを乗り越え、日常生活を送れるまで快復し、別の男性と出会い結婚し、今は二児の母をしています。

元婚約者の方とはあれ以来、会っていません。

しかし、一度だけある荷物が届きました。

それは一枚の絵でした。

彼の手で描かれたと思われるそれには、かつての姉の姿があったのです。

美しく微笑むその姿に、私は戦慄しました。

それには一枚の手紙がついていました。

『君を心から愛してる』

たった一文だけ書かれたそれに、私は嫌悪と恐怖で一杯になりました。

彼が愛しているのは、今の姉ではなく昔の姉。それも、姉の美貌を愛していたのです。

そして、未だに執着している。

幸いなことに、それ以上の接触はなく、穏やかな日々を送っています。

……人づてに聞いた話ですが、元婚約者は今でも絵を描き続けているそうです。


『美』に執着するのは、女性だけではないのです。


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