~65~ 王都攻略戦 ①
歴代最強と謳われた勇者が、魔王を討伐できずに国へと戻ると、そこは地獄となっていた。
帰ってきた場所を間違えたかと思えるほど、荒れた街並み、剥がれた石畳。割れた橋。
血と肉の焼ける臭い。
全てが、以前の勇者の知るその故郷とは別のモノであった。
その中で、ただ一人住民を守り剣を振るう騎士がいた。
彼は漆黒の鎧を全身に纏い、素顔も素性も分からなかったが、魔族と戦う姿を見て、民を守ってくれているのだと理解した。
戦乱の中、すぐにその姿を見失ったが、再会にはそれほど時間はかからなかった。
戦いが始まって二日目の朝、彼が私の前に現れ提案を持ちかけてきたのだ。
この戦いを、これ以上犠牲を出さずに終わらせる方法がある。
彼の正体は何とこの戦いの張本人、七つの大罪ベルフェゴールだった。
この軍を退かせる訳にはいかない。が、これ以上争いこちらの命を無為に散らす事もしたくはない。
故に我々をこの地に移住させてはくれまいか?
その交換条件として、これ以降に我々魔族は人間へ手を出さない事を約束しよう。
人間側が落ちるのは時間の問題で、この提案の真意がわからなかった。あと少し攻め続ければ移住どころか奪うことが出来るこの国。
おそらく罠......けれど、我々はこの提案に乗るしかなかった。何故なら断ればその時点で死を与えられるだけ。
その時の王であった父上は条件を飲み、この戦いを終結させた。
ベルフェゴールは約束通り、魔族の統制と人への被害をゼロにした。
生け贄の話は人側からの提案であり、魔族による被害にはならない。
あれから、もう六年。人と魔族の共存。皆、夢から醒める。
◆◇◆◇◆◇
カイン二等兵は、唖然としていた。
――何が起こったのかまるで分からなかった。
これはいったいどういう事だ?
町にある拡声魔石で、ベルフェゴールの戦争開始の合図があった。
自分らはこれが例の作戦なのだと、瞬時に確信し、出撃開始の指示を待っていた......が、信じられない事が起きたのだ。
隊長が声をあげ、指示をだした。
しかしその内容は、こちらの魔族様に従い、戦えとの事であった。
隣にはいつの間にか武装した魔族の男が四人立っていて、これまた信じられない事を言う。
「人間の首を持ってこい。 一人五つだ。 出来なかったものは殺す......一番遅かったものも殺す。 わかったか?」
誰も声をあげず、かといって動こうともしなかった。いや、動けなかった。
頭がついていかない。でも理解は出来た。
この隊長は、前々から噂があった。魔族幹部との繋がりや殺しの隠蔽など黒い噂。
それでも自分達の隊長だから、信じてついていけば良い。そんな噂はしょせん噂だ、気にすることはない。大丈夫だ、と......そう思っていた。
けれど目の前のこれが、その噂が本当であったと証明していた。
その時、顔に水滴がかかる。びくりと跳ねる体。手で顔についたそれを拭うと、それは水ではなかった。
べっとりと手に広がる真っ赤な血。
前列の兵一人が頭を握り潰されていた。その飛び散る血液が顔に付いていた。
「......早く行けよ。 お前ら全員、こうなるぞ?」
兵の頭に詰まっていた脳漿をドロリとこちらに見せると、怒気のはらんだ声色でそう言った。
瞬間、叫び声や怒号にもにた声をあげながら皆戦場へと散っていった。
「や、やばい、逃げなきゃ......! 命令なんて知るものか! やってられるかよ!」
隣を走る兵の手に光る数字がある事に気がついた。三百八十。
「何だ、それ?」
「え、な、なんだ? この数字?」
そして気がついた。その数字が減っていっている事に。
もう一人の兵が言う。
「カウントダウンだな。 これがゼロになる前に命令を果たさなければ......何が起きるやら、だ」
頭がぐらつく。今まで味わったことのない不快感と焦り。吐き気。
これが死の恐怖か。
「どうするどうする!? あの野郎、やっぱり裏切りやがった! 自分だけ命の保証されてるんだぜ! 多分! くそやろー!」
「死にたくないが、一般人を殺すのもできないし......かといってあいつらを倒すなんて出来ねえ!」
ドオオオオオンンンン!!!
「!!?」
遠くで落雷でもあったかと思うような轟音が響いた。瞬間、爆風とそれによって生じた熱風が届く。
音と暴風の来た方を見てみると、天にも昇ろうかと言う程の大きな火柱が時計台を焼いていた。
「な、なんだありゃあ!?」
その回りにバチバチと雷が走っているのが辛うじて見えた。
い、いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない......どうすれば良い!?
すると今度は突然、路地裏から声をかけられる。
「おい、お前ら国の兵士......だよな?」
暗くてよく見えない。誰だ......もしかして、他の隊の仲間!?だとしたら助けて貰えるかもしれない!
ぐしゃっ。
隣にいた仲間の頭に槍が突き刺さった。
グラァ......バタン。
「おーっし!! 大当たりだぜ!!!」
その暗闇からゆっくりと出てきたのは大きな体の魔族。にやにやと笑う武装したそいつは、槍を回収しにこちらへ近づいてくる。
そ、そうか、いや、そうだろ!隊長と手を組んでいる魔族と関係無く、この戦闘へ参加している魔族だっているんだ......敵だらけのこの状況。
住民を殺す?自分が死ぬ?他の魔族に殺される?
......もう生き残れる確率は......絶望的、か......。
この時、自分の置かれている立場、状況がとてつもなく最悪の物だと理解出来た。
◆◇◆◇◆◇
シュン――ッ
ゴパッ!!
ナツメの凶刃により、幾つもの血の華が咲く。
「ふうん。 やっぱり、平和ボケしてたからかな? ......あんまり強い魔族はいないね?」
バチチチチチ......ヒュガッ!ドゴッ!!
ステラの紅い雷を帯びた蹴りが、魔族の顔を直撃し吹っ飛んでいく。
「おいおいおい......ステラ、お前ねえ。 これは戦争なんだよ? 殺さなきゃ敵は減らない......おわかり?」
蹴り飛ばされ、気絶している敵に止めをさそうとしないステラに憤るナツメ。
「わかってる......」
ナツメが苛ついたようにステラに忠告する。
「......わかってないね。 また大切な人、失ってから後悔するの?」
覚悟......殺す覚悟は、出来ていたはずなのに。
◆◇◆◇◆◇
「おっぱじまったぜえ! さあーさ」
「ひぃいいいやっほーい!!! いいくぜえええ!!!」
「めいっぱいたのしむっす!」
「さて、楽しもうかあ!」
それぞれの魔紋の前へ立つ、黒フードの男達。
パーティーの始まり、そして国の終わり。さあ、命の限り、命を燃やし歌い踊れ。
「......なあ、残念だったな? お前は参加できなくてよお?」
ウリアラの背後、暗闇の奥。
赤い薔薇で造られた檻に、封じられた人間が一人。
それは、王だった。
「......まさか、お前に裏切られるとはな。 魔術師マーリン」
ウリアラの横にいた彼女は、長い銀髪をなびかせ振り向いた。
数年ぶりに見る彼女は、あの頃から何も変わらない。
「王よ......これは仕方のない事です。 貴方はそこでこの戦いの行く末を見届けて下さい」
「仕方のない? 大量の死人がでるぞ。 それも仕方のない事なのか?」
マーリンはにっこりと、あの頃と少しも変わらない笑顔で微笑みかける。
「はい、仕方のない事です。 この戦争が終わればわかるでしょう。 その意味が」
王が囚われた時点で、国王側の勝ち目はもはや無いに等しかった。
この戦いにおいて、王の存在は勝敗の要と言っても過言では無く、彼がいなければ、敵の頭である、七つの大罪ベルフェゴールと互角に渡り合えるものもいない。
物語は終わりに向かってゆっくりと進みだした――。




