~59~ 砂漠に一滴の血。転がる蛇。
――キィンッ!カァーン!!!――ギィン!!
凄まじい剣技の応酬。観客となっているキアリクは、そのレベルの高さに戸惑いを隠せない。
二年、たった二年の間にノアは、王と互角に渡り合える程の腕に成長していたのだ。
視線、重心移動、タイミング、それらの細かなフェイントを入れ、相手が反応のあるポイントを探り、狙う。
ほんの数秒にそれらのやりとりが詰め込まれている。
どれ程の天賦の才を持った者でも、たった二年では到達する事が困難な所に、ノアはいる。
ノアの剣の技術は、王と同じ四聖剣王と同格かもしれない......。
こんな人、見たことない。
......あの日、ノアが目覚めた日、私は彼の心を読み取った。
あったのは、この国への憎しみと戦いの悲しみ。
様々な思いが渦巻き、彼の心は少し触れただけでも崩れそうな、ひびの入ったグラスのようで。
その、危うさが儚さが、魂の色味を絶妙に彩り、美しくみえた。
けれど、今になって確信する。その奥にあった心。
あの色が美しかったのは、ステラとの絆が壊れそうな心を繋いでいたからなのだと。
彼はステラを、大切な人を守れる強さを欲し、彼女の事を想いここまでの強者になったのだ。
人を想う心は、これ程の力を生むのか。
彼は......この先どれ程強くなるんだろう。何処へ行き何を見て、何をするのか。
見ていたい、彼の魂とその行く末を。
その傍らで。
「キア? ぼーっとして......大丈夫? さっき濡れたから、風邪ひいちゃったかな。 熱あったりするかも?」
顔を覗き込んでくるノアと、至近距離で目が合う。ドキリと心臓が高鳴り、急速に熱くなる。
「だ、大丈夫......だ、よ」
......私はいつからこんな情けない奴になったんだろう。
以前の私なら、「近づくな」とか「近い、どけろ」とか「お前には関係ない」とか......そうやって、人を遠ざけてたのに。
そうだ。私は、人が嫌いだった。
この能力を得て利用する内に、人の心の裏側や汚さを知った。勿論、心の綺麗な人もいた。けれど、それはごく一部で、殆んどは何か裏を持っていたり損得勘定ありきだった。
でも、そう......ノアはそれらの人と違ったんだ。私はノアに変えられた。
彼の心と魂に触れ、信じられる人だと初めて思えた。
「それじゃあ、行こうか」
「ヘンリーの所ね。 行く前にちょっとお手洗い」
「わかった。 ロビーで待っているね」
手を洗い、ふと鏡を見る。
――可愛くないな、私。
彼の心にあった、ステラの顔がよぎる。
あの子、すごく綺麗だった......私は。と、鏡の奥の暗闇に黒いフードを被った人影が映る。
「......ウリアラ。 こんな所にいて良いの?」
「あーいや、ね? んんんん。 まあーねえ、なんというか、ちょっと気になってるんだけどさ。 キアリクさんは、お仕事わすれてないよな? あいつは生け贄なの......忘れてねーよな?」
「当たり前でしょう。 疑ってるの?」
「いやな、確認ってやつよ。 こんな時じゃねえと出てこれねーしよ。 お前、あいつに情とかわいてねえよな? べるふぇごーるがお前に任せた意味、わかってんだよな?」
「......くどい。 早く魔界へ帰りな」
「うひひ......そうそう、良い殺気だよ。 お前はそうでなくちゃな。 お前は駒。 心を持たず、個を持たず。 あの方の命に従ってれば良いんだよ」
「と、まあー、そろそろ消えるか。 また近い内にあうかもだけどな......そんときゃお前もお役目ごめんだ」
「それって......」
「おお、国取りだーぞ! ひゃはは、ここまで長かったなあ! じゃ、またなー」
そうか、もう......。
この国が大きく変わる。おそらく大量の人がこの町や領主の魔族、魔物に殺される。
王は気がついているのかな......裏で動く闇に。そして、私以外に誰が魔界の悪魔と通じているのだろう。
ノア、ごめんね。もしかしたら、あなたの大切な人もこの戦争で死んでしまうかもしれない......いや、今度魔界からくる魔物達はかなりの力を持つ。きっとみんな殺される。
でも
私、ノアだけは守ってみせるよ。
その先に死が待っているとしても。
◆◇◆◇◆◇
「こんばんはー、ヘンリーさん来たよ!」
ヘンリーの家のノックをコンコンと鳴らす。その向こうから、もう既に、かなりの酔いがまわっていると思われる声色が聞こえてきた。
「はいるわよ」
そう言うとキアは躊躇いなくドアを開け放った。
「きゃああああああ!!!!」
その瞬間、キアの悲鳴があがった。なんと、ヘンリーは衣服を着ていなかった。と言うか、ヘンリーは酔うと着てるものを脱ぎ出してしまう癖がある。
いつもキアの前では脱がないが、来るのを忘れていたのだろう。キアはその裸体をもろに見てしまっていた。
「......あー、わりい」
「いいいい、いいから早く着てよ!!! ぶち殺すわよ!!!」
「あいよ。 こええこええ。 よっ......と」
テーブルの上には写真立てが置いてあり、また家族で飲んでいたのかとノアが微笑む。
家族......数年前、この王都が魔族に攻められたことがある。その時に犠牲となった奥さんと娘さん。その家族の写真をみながら、毎晩お酒を飲んでいるのだ。
亡くなった娘さんは、まだ十四歳だった。
家に戻ると二人の頭がテーブルに置かれていたそうだ。ヘンリーはその戦いの後、王に願い出て力を授かり王徒十二騎士になったそうだ。
その娘さんと二年前の俺が同じくらいの歳だったからというのがあって何かと目をかけてくれている。
俺が王徒十二騎士になった時も、すごく喜んでくれてお祝いしてくれた。
お父さんがいたらこんな感じだったのかな。ちょっと酒癖悪いの嫌だけど。
「あ、パンツはきわすれてた......」
「死ねっ!」
「あだっ! いってー」
コーンッ!とヘンリーの頭にキアの靴が直撃し痛がるヘンリー。
ふふっ、キアは娘みたいだ。
またこうして温かな愛情に包まれ、夜を過ごす。
◆◇◆◇◆◇
王よ。早く動いたほうがよいぞ。奴らは恐らく、もう進行準備を終えておる。
この美しい王都が炎と血の海になるぞ。
そうだね。もう、元に戻れなくとも......戦わなくてはならない。
これが最後の、私の戦いになる......皆。今一度、私に力を貸してくれ。
ダニエル。
カーヴィン。
シルフィ。
私のかつての......親愛なる仲間達よ。




