~53~ 港町ミーナルの攻防 ⑧ 約束
美しい雷だった。
目の前に落ちたそれは、まるで白銀の積雪のように白く、そして紅い月のような妖艶さを兼ね備えていた。
「......ステラか......!」
「ベルゴさん、お願い、私に協力して......!」
無理だな。もうこれ程の、大量の人の死を生み出したノアは、生かしてはおけない。
おそらく、王はノアを殺す。それならば......ここで、俺の剣の力となり共に......
「ベルゴさん、その人は......ノアは、」
ステラは、今のこの状況とベルフェゴールの考えをほぼ正確に理解していた。
ノアのしたこと、そしてノアを気に入っていたベルフェゴールがノアを殺そうとしていた事。
止められない状況で、どうすれば良いのか。ステラの出した答えは
「私の大切な人なの」
想いを乗せる事だった。
その時、ベルフェゴールの胸が熱くなった。
大切な人。
そして、今のステラと同じ目をした人間を昔見たことがあった。
まだ生け贄などが無く、魔族も人の群れの中で生きてはいなかった頃の話。
勇者が魔界へと到達し、魔王城への進行が時間の問題となっていた頃、ある策略によりベルフェゴールはグライン王国、王都へと来ていた。
その策略とは、勇者が魔界へと進行する時、それに協力し兵を出している各国は兵力が手薄になり力が弱まる。
それを見越して、裏から王を抱き込み人のふりをさせた魔族を王都に入れる。
そして勇者の進行が開始された時、魔界からも更に魔族を呼び、外から内から王都を制圧すると言うものだった。
が、その策はある人との出会いで崩れる事になる。
彼女はベルフェゴールが王都に入った時、世話役としてついていた。
最初は鬱陶しく、ドジな所もたまにイラッとさせたが、人と関わるのが初めてであったベルフェゴールは、彼女を通し人というものを知ることになる。
そして、ゆっくりと彼女に対しても好意を覚えるようになった。
彼女の笑顔が素敵だ。屈託なく笑うその顔は、明確な理由もなく心を惹いた。
彼女の優しさが素敵だ。子供や老人、分け隔てなく思いやりのある姿が心を惹いた。
一年という長くて短い月日の中、ベルフェゴールは彼女を愛するまでになっていく。
悪魔の俺が、まさか。とも思ったが、それは誤魔化せないほど本能が彼女を求めていた。
だが策略は止めることは出来ない。ベルフェゴールの力の及ばぬ所まで計画が進み、魔王の命令により開始された。
しかし、その時、ベルフェゴールが立っていた場所はなんと人側であった。
攻めくる魔族と戦い、人の国を守り抜いた彼だったが、しかし大切なものを守れなかった。
彼女の最後の言葉は「約束を......守ってくれて......この国を守ってくれて、ありがとう......幸せだったよ」
命果てた彼女の亡骸を抱え、思う。
約束はまだ守られてはいない。ベルフェゴールは誓う命ある限り、この国を守り続けると。
その、大切な人にステラが似ていた。
マユラ......俺は......。
「......わかった。 だが、あと数十分が限界だぞ。 町の被害がこれ以上のものになれば取り返しがつかん......そして、あいつの体もな」
ノアの体は神力が流れている故にとても頑丈である。が、引き寄せ続ける強大で密度の濃い魔力はどんどん増していき、もはやノアの力では制御が効かなくなりつつあった。
その果てに、ノアの体は崩壊し、命を落とす事となるのは明白である。
「大丈夫、私が必ず......止めて見せるのだわ!」
ベルフェゴールはその笑顔に、懐かしさと哀しみを感じていた。
マユラの面影を見る......。
かつて愛した妻のように笑う、少女の顔に。
◆◇◆◇◆◇
くそっ、なぜ......ベルフェゴールがあの魔物に殺されれば、町は壊滅、魔物が負ければ私のこの先の未来が......。
......もし、ベルフェゴールが生き残り監査になど入られれば、私は恐らく捕まる......そうすれば、この地位は失ってしまう。
それは絶対に嫌だ。
ギリィッ。
弱っている所へこの蒼の四騎士を差し向ければ、始末できたものを......何故か重症を負わされ帰ってくるし、なにもかも上手く回らない。
どうする......ここから、私はどうすれば。
「あーらら、久しぶりに来てみれば......一夜にして大転落ね。 こいつはピンチピンチ」
影の中から這い出るように出てきた男は言った。黒フードから少し見えている口がにんまりと笑みを浮かべ、この状況を楽しんでいる事がわかる。
「マルコーゼ! お前、来るときには連絡をよこせと! ......いや、まてよ。 良いタイミングで来てくれた! 私をここから逃がしてくれ!!」
「む......あー、まあ、色々と世話になってるしなあ(ははっ、このタイミングだから来たんだよ。 ばーか)」
「良かった、では早く! 行こう!!」
「でも、勿論条件があるぜー? ビジネスだからね、あんたとのつきあいもさー......わかるだろ? ひひっ」
「わかっている、好きなだけ奴隷を持っていけ! もはや私にはどうでもいい物だ! だが、先に私を逃せよ!」
「あいよー、了解」
黒フードのマルコーゼが、人差し指で床に円を描くようになぞると、その部分が黒くなり穴が空いた。
「いいぞ。 もうアジトに繋がってる」
「恩に着る!」
逃げる準備を終え、そそくさとその黒い丸の中へと入る。
「......へへ、まだこいつは利用価値があるからなあ」
そしてマルコーゼは奴隷の保管されている地下へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇
ズッ――ドン!!!
地響きがなり、地面が揺れた。
ベルフェゴールの振り下ろした、バルバトスにより地面が吹き飛び、岩の礫となりノアへと飛んで行く。
ドガッガガガッガッ――!!!!
それをノアは全て両肩、両腰に伸びる黒く長い腕で弾き飛ばす。しかしベルフェゴールの狙い通り、ノアの注意を引くことが出来た。
ステラがその隙に後ろから接近。攻撃が入る――と思いきや、ノアの尾が鞭になりステラの顔に振り抜かれた。
直撃したかのように見えたそれは、ステラの頬をすれすれに通りすぎ、かわされていた。
「......ふっ! 捕まえたのだわ!」
ステラは鞭を手で掴み、白の電撃を流す。すると、魔力で出来た尾は塵のようにぼろぼろと消えた。
その流れで、ステラはノアの背に股がる。そして白の電撃を落雷のように自身に落とした。
ズドオォォオオオーンンンッ!!!!
吹き飛ぶノアの体に纏う魔力。黒くどろどろとした魔力の中に、一瞬ノアの背中が見えた。
その背中は皮膚が裂け、赤黒くなった表面が見えている。おそらく魔力侵食。
「ノア......!」
ノアの体が、深刻な状態にある事を、目の当たりにしたステラは一瞬怯む。
その一瞬でまた魔力がノアの体を覆い隠してしまった。
そしてステラの頭上からノアのブレード状に変形し、伸びた腕と尾が襲いかかる。
ブン――ズギャッ!!!
ベルフェゴールがそれを全て凪ぎ払った。ステラの体をだきよせ、離脱。
「死にたいのか! 気を抜くな......!」
「ご、ごめんなさい。 でも、ノアの......体が......」
「まだ大丈夫だ、あの程度であれば治療できる範囲......しっかりしろ。 お前でなければ、ノアは救えんぞ!」
ベルフェゴールはノアの状態を見て考える。
あれほどの禍々しくも高濃度の魔力を纏っていれば......いかに神力で魔力耐性があれど、もっと深刻な状態になっていてもおかしくはないはず。
何かが魔力による侵食を食い止めている?
おそらく内から......?
いったいノアの体の中で何が起きているのだ?




