~27~ 想いの果てに
ノアは弓を構えたまま、右手に光を集中させ矢を生成した。
「サリアさん、なんで......」
サリアは止まらない。わかってはいたし、わかっているけど......すがるようにまた問いかけてしまう。
「サリアさんは知っているの? ここの皆は王に、国に強いられて仕方なく生け贄を食べていたんだ」
殺されたゴブリン達の亡骸を見て、ノアは胸が締め付けられ苦しくなる。
「......悪いのは王だ。 こんな事をしても何も意味がない」
サリアを睨み付つけた。しかし、彼女は強く睨み返す。
「ノアくん、それ本気で言っているの......? あの子......レナちゃんが生け贄に選ばれたとき、仕方ないと思えた? ステラちゃんと二人生け贄に運ばれたとき、どう思ったの?」
「このまま生かしておけば私達、神徒教会が王を倒す前にまた生け贄が出され、人の命が消える。......けれど、こいつら魔物を殺せばそれを一時的にでも防ぐ事が出来るわよ」
確かにそうだ。でも、またそこに悲しみや怒り、憎しみが生まれるのも事実だ。
そうやってまた世界は歪んで行く。だから......。
「その前に、僕が王を倒す」
「......は?」
サリアは何を言われたのか分からない、と言う風な表情でぽかーんとしていた。
「僕はこれから王都に行って王と話をしてみるよ。 それでも駄目だったら......」
「僕が王を殺す......だから」
王を殺しても、正直どうなるとも思えない。けれど、これは覚悟の話だ。殺してでも止めて見せる。覚悟は、ある。
サリアの表情がまた険しいものに戻り、重たい口調で静かに言う。
「話をする? ......馬鹿げている。 それでどうにかなるなら私の手は血に染まっていない!」
「それに殺すだなんて......君のような駆け出し勇者が王を殺れるわけないでしょう? なにか勘違いをしているようだけれど、貴方なんて王の従える王徒十二騎士にも勝てないわよ」
「だから退きなさい。 子供の貴方がそんな穢らわしい命のやり取りをしなくても良いの。 今すぐ村へと戻りなさい。 そしてステラちゃんとレナちゃんと、どこか遠くで暮らせばいい。 大丈夫、私達が必ずこの国をかえてみせるから」
表情がするりと穏やかになり、優しく、ね?と微笑んだ。
けど、でも......僕は魔物、魔族にも彼らのような良い人がいるのを知った。
紫オークとゴブリン達は里で教えられた魔物像とは違い、話せばわかる人達だった。それどころか、王都へ行くと言った僕の身を案じて忠告をもしてくれた。
それで命を失うかもしれないのに、今回は生け贄を食べないでくれた。
紫オークとゴブリンの話に嘘を感じ無かった。
魔族であるステラは自分の境遇が辛いものであるにも関わらず、僕の話を聞き、励ましてくれた。友達にもなって、かけがえのない存在になった。
魔族だけれど、ステラは僕の大切な人だ。
そうだ。姿形は違うけれど、同じなんだ。人と何も変わらない。
ここでこの紫オークとゴブリンを見殺しにしたら......僕は多分、もうステラとは一緒にいられない。そんな気がする。
「その話は受け入れられない......サリアさん、きみは僕がここで止めてみせる」
先程の優しい笑顔が一瞬にして引いて、冷たく僕を睨む。
「いいえ、私は止まらないわ......! この心を燃やし続ける憎悪の炎を止めるには、敵を殺し尽くすか敵に殺されるか、そのどちらかの死しか無い!」
「この国の、世界の平和、正義のために。 聞き分けのない貴方はここで死になさいノア」
交差する視線と想い。求めるのは同じ平和、幸せなのに。
それは決して交わらない。
――サリアが大きく鞭を振り上げ、攻撃動作に入った。
それを合図に、ノアは弓の弦を素早く引き矢を放つ―――しかし、サリアの鞭の振りは異様なスピードで、放った矢はその直後にパシンッッ!!と言う破裂音を城内に響かせ、粉々になった。
そして、その流れでサリアは手首を返しその軌道を変え、ノアの顔目掛け鞭先が襲いかかった。その動きはまるで獲物を狩る蛇のように動き、的確にその命を狙う。
しかし、サリアにとって計算外だったのは、そのノアの常人を遥かに凌ぐ反射神経。
意表をついたと思われた、サリアの攻撃は頬をかすめはしたが、完全に見切られかわされてしまった。
確実に当たったと思ったサリアは驚愕の表情を浮かべる。
「今のを......かわした...... 信じられない、変則的な鞭の動き......しかもあの攻撃速度を......」
その時気がつく。ノアの持つ神器が従来の勇者が持つ金色の物でなく、碧く翆色に輝いているのを。
――(......ただの勇者じゃない? ノア......一体この子は......)――
......今の攻撃をかわされるなら、普通にやっても鞭が当たることはない。なら、捻りが必要。消耗戦に持ち込めば勝てるけれど、私の勘が言っている。早々に決着をつけなければ危険だ、と。
サリアは自信を抱き込むように腕を交差させる。直後、目にも止まらぬ速さで横凪ぎに鞭を振り抜いた。
ヒュンッ......ドガッガ――ガガッッガガガガ――ッ!!!!
城の壁をえぐり破壊する程の威力、だが、やはりノアはそれを飛び避ける。
そしてノアは考えた。
この威力の神器、これは僕の神器で受けることは出来ない。神器が耐えられても衝撃で僕の体が吹き飛ぶだろう。
けれど、このままでは近づく事も出来ずに最悪消耗戦。そして神力の差で恐らく負ける......どうにか隙を作る必要がある。
またもやサリアは鞭を操作し、ノアを狙う......と、見せかけ、フェイントをかけた。
ノアへと放ったはずの鞭がその手前で曲がり睡眠魔法のゴブリンへと向かった。
――(!!! やばいッ!!)――
ノアはその超反応で弓を鞭に叩きつけ、その狙いを逸らす。鞭はゴブリンの顔の真横を通り後ろの壁を破壊。轟音を響かせ、そのとてつもない威力を壁に破壊痕で記す。部屋二つをぶち抜いて、外の木々が見えた。
ゴブリンはノアの機転により、紙一重で命を失うことはなかったが攻撃を逸らしたノアは弓を弾かれ、体ごと吹き飛ばされた。城内に置かれている家具を巻き込み壁へ激突し、その衝撃で体が痺れ動けない。土埃が舞い上がっている。
「力も技術もこちらが上。 今なら見逃してあげるけれど、さあどうする?」
土埃がはれ、ノアの姿が現れる。痺れの残る体で弓を構え、サリアを見据える。
ベルゴに言われた言葉が頭をよぎる。「覚悟はあるのか」――ある。もう僕は――
「僕はもう、逃げない」
弓と矢に全身から集めた神力を込める。武器から立昇る高密度のオーラ。
光が一際強くなる。サリアはこれで仕留めに来ると、その込められたとてつもない神力から察した。
「なら、この矢をどうにかできれば私の勝ちか」とも。
しかしそれと同時に失敗すれば命が無いことも理解していた。
ギギギギギギ......ッ
ノアが弓を放とうとした瞬間、サリアがいつの間にか周囲を大きく回るように這わせ忍びよらせていた鞭が、弓を目掛け床から跳ねた。
動作の流れを途中で止める事も出来ずに、放った矢は城の天井を破壊し夜空へと消える。
――(よし! やった! これで私の勝ち......!!)――
サリアは会話をしつつ、鞭を密かにノアへ近づけていた。見つからないように、慎重にゆっくりと。
ノアは思った。
そうか、サリアさんは今、口で......言葉で戦況をコントロールしたのか。
そういう戦いかたもあるのか。
「ノア、最後に何か言うことはある? ステラちゃんとレナちゃんにつた」
ドオオオオオオン!!!
サリアが勝利を確信し、ノアへと話しかけていたその途中、また城の天井がとてつもない破壊音をたてて光の矢でぶち抜かれた。
現れたのはノアの先程放った神力の矢だ。
ノアは鞭による阻害に気がついていなかったが、その反射神経で鞭を弓に当てられる前に狙い通りの方向へと、矢を放つことに成功していた。
夜空で大きく弧を描き、サリアのいる場所へと着弾した。
サリアはノアの矢により、右肩から先、腕を無くした。抉り取られたかのような傷口からは血は噴き出さず、碧翆色になっていて細かな霧のような光があがっている。
そして矢が屋根に到達した音を合図に駆け出していたノアが、サリアの目前まで来ていた。
手には弓からロングソードへと変化させた神器が握られている。
あっ――と、サリアの口から言葉がもれ、ノアのロングソードが、サリアの胸を貫いた。
感じたことのない、肉を裂き骨を通る不快な感触。そして、命に到達した感触。
口から大量の血を吐き、ノアへと抱きつくようになった形で、最期の抵抗か、背に爪を立てる。
死ねない、まだ死ねない。死んでたまるかと言うように食い込む。
やがて力尽き、腕がだらりと下がった。そしてサリアは言葉にならない言葉で、ノアに言った。
「......気を......つけて、ね」
眼を見開くノア。その時、彼女を貫いていた心映が大きく光を放ち、神力が流れ込んできた。何かが......見える。これは......。
サリアの......記憶?
――あー、またお腹だして寝てる!サリアお姉ちゃんはまた風邪ひくんだから!
小さな少女が見える。
サリアお姉ちゃん、一緒にお風呂はいろ!洗いっこしよ!
お誕生日おめでとう、サリアお姉ちゃん。いくつになったかなーっ?
いつもありがとう、サリアお姉ちゃん。
サリアは本当に面倒見の良いお姉ちゃんだわ。ありがとうね。お母さんも嬉しいわ。
昨日は学校の先生にもほめられたぞ。父さんも鼻が高い。勉学も勤しんで、偉いぞサリア。
サリア、父さんと母さんは明日、仕事で隣町まで行ってくる。少し距離があるからな。泊まりになる。
その間、あの子を頼むぞサリア。
サリアちゃん、とても言いづらい事だが、ご両親はもう帰ってはこない。
隣町へと続く道中で魔物に襲われたんだと思う。ご遺体は状態がとても......見せられる物ではない。すまない。
サリアお姉ちゃん、お父さんとお母さん......死んじゃったの?なんで......。
大丈夫よ、私が貴方を守るから。なにも心配しないで。大丈夫......大丈夫よ。
――
――次の生け贄は、サリアの妹で決定だ。すまないな。
絶対に、嫌です。
これは決定だ。お前ひとりの意見で覆ることはない。サリアを縛れ。
やめて!お願い......!
――
サリアから流れ込む悲しみと苦しみ、その心を映し、ノアは静かに、そうか。と呟いた。
ノア頬には涙が流れ、鞭のかすり傷に染みる。痛い......とても。こんなに、痛かったのか。
サリアを抱きかかえ、横に寝かせる。彼女は大量の血を口からゴポッと流し、目を薄くあけ意識が朦朧としていた。
「サリアさん、僕が君の悲しみも怒りも苦痛も、その妹への想いと......そな希望を繋ぐ。 だから......もう、安心して大丈夫。 大丈夫だよ」
サリアはもう目に光もなく耳も聞こえているかはわからなかったが、微かに笑みを浮かべていた。
そして静かにその目をとじた。
「おやすみ、サリアさん」




