表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/27

岩山に咲く白い花

本日、夕方にも1話投稿しています

 美しい竜の魔石が並ぶ洞窟を抜けると、開けた花園に出た。岩壁に囲まれてはいるが、対面の壁は霞んで見える程に広い。見渡す限りの白い小花が、優しく風に揺れている。


 大きな青い蝶が舞い、虹色の小鳥が花陰に巣を掛けていた。小鳥はチチチと可愛らしく鳴く。白い花の茎をしならせて、バッタや蟷螂が飛び立つ。5つ星の黄色いてんとう虫が、鮮やかな黄緑色をした舟形の葉を伝う。


 前世の虫や小鳥たちと似て非なる生き物達が、季節感無く行き交っている。ここが特別な花園(ステージ)だからだとも言える。何故なら、ラゴサ領の生き物たちは前世と殆んど変わらなかったからだ。姿も、活動の季節も。



 思えば、学生寮の裏庭にある広大な森の狂った植生も、イベントステージならではなのかも知れない。見方を変えれば、ラゴサではイベントが起きないのだろうと気がつく。平和な筈だ。

 農園労働者の住処は不明だが。


 平らに開いた細い楕円の花弁に縁取られた、まばゆい黄色の花心(かしん)には、蝶や蜜蜂が訪れる。下草も雑草も混じらない花園は、誰かが管理しているのだろうか。枯れた花や葉も見られない。



 太陽は、2つ寄り添うように山の()を目指して傾いている。午後も遅く、日暮れの気配を見せ始めた4時過ぎの陽射しが、白い花弁に反射する。天然のレフ板と化した花園に、私は思わず掌で眼を守った。


 しつこいようだが、太陽が2つと月が5つあるのに24時間制の時計が存在する。時刻は前世と同じ数え方だ。時計の示す時刻と、自然が告げる1日の歩みが若干ずれるのは仕方がない。

 漠然とした不安は感じるけれども、解りやすいので受け入れている。


「眩しい?」


 マルコは、気遣わしげに私を見る。


「うん、ちょっときつい」


 手をどけて薄目を開けた私の瞼に、マルコのごつごつした剣士の指が触れる。指先からふわりと暖かな風が流れ出た。

 薄い空気の膜が私の眼を覆う。もう眩しくはなかった。


「ありがとう」

「テレサ可愛い」


 私が思わずにっこりすると、マルコはすかさずギュウっとしてきた。マルコのベタベタした行動に、だんだん馴れてきた。でも、やっぱり恥ずかしい。人目が無くても恥ずかしい。

 飛竜はいるけれども。



「ここでこの飛竜と出会ったのね」

「うん」

「出会ったとき、飛竜も小さかったの?」

「小さかった」


 飛竜が囁くような唸り声で何かを告げた。マルコの目が穏やかに微笑む。


「俺も飛竜も幼かった、って言ってる」

「ふふ、どんな子供と幼竜だったのかしら」


 飛竜はきっと、やんちゃだったに違いない。いきなりのアクロバット飛行を披露するようなワイバーンだ。それと気が合う幼年時代のマルコも、恐らくは活発な子供であったことだろう。


「あの日は良く晴れていて、俺は兄貴と2人でこいつとは別の飛竜に乗って、この誓いの花園まで来たんだ」

「ここは、誓いの花園って言うのね」

「大昔、最初のセレナードが飛竜と誓いを交わした、始まりの場所なのさ」

「その頃から、この白い花は咲いていたのかしら」

「ああ。初めの誓いが交わされたとき、この白い花が一斉に咲いたんだって」


 きっと、魔法の花園なのだ。ワイバーンと人の誓いが魔法となって咲き続けているのだろう。どんな誓いなのかは知らない。部外者の私に語られる事は無いが、それが大切で素晴らしい心の結びつきなのだと言うことは解る。


「素敵な魔法が留まっているのね」

「そうなんだ。この花は、セレナードと飛竜の友情の証だぜ」


 マルコが嬉しそうに見渡す花園は、真っ白く風にそよいでいる。柔らかな薫りが、風に乗ってワイバーンの背にも届く。大木の幹にも似た2本足を折って静かに座る灰色飛竜の上で、私たちは肩を寄せあって真っ白な花園を眺める。



「あの日、俺と兄貴がここに着いたとき、空から小さな飛竜が降りてきたんだ」

「家を継ぐお兄さん?」

「そう」


 そもそもマルコは何人兄弟なのだろうか。


「マルコは何人兄弟なの?」

「3人。兄貴と俺と、妹」

「妹さんも学園にいるの?」

「いや、妹は地元で飛竜騎士団の従士やってるよ」


 騎士見習いを、現世では従士という。時には従者とも呼ぶ。志願者、世話係、付き人、従騎士、エスクワイヤなどと呼ぶ人もいる。まあ、全部同じ意味なので大したことではない。


 妹さんには魔法の才能が無かったのだろう。落ちない為の魔法等、一族に必要な魔法が問題なく使えれば飛竜には乗れる。



「あと、魔獣に喰われた姉貴が2人と弟妹1人ずつ」


 えっ。


「騎士の家なんてそんなもんだぜ」


 あっけらかんと言うマルコに、掛ける言葉が見つからない。

 ラゴサ領との温度差が激しすぎる。殆んど別世界だ。

 マルコのどこか無関心な態度は、生命に対して冷めた眼差しを会得してしまったからなのか。



 そもそも、ラゴサ領に騎士はいないのだ。街の警備は『警察』が行う。

 鎧は身につけず、黄色い飾り紐が付いた緑色をした腰丈の上着を身に付けている。下は騎士風の南瓜パンツに白タイツ、近代風の長靴(ちょうか)だ。


 領主館である我が家には、隊員5名の警備隊がいる。彼等は、中世の下級騎士みたいな鎖帷子の上を、安価な金属鎧で全身覆っている。歩くとガシャンガシャンと重そうな音がする。


 中世ヨーロッパ風なビジュアルだが、彼等はラゴサ警察の『警察官』と、ラゴサ領主館警備隊の『隊員』である。

 王都で『警察署』を見掛けた事が無かったと、今更ながら気づく。王都の市中警備はセンテルニヤ中央魔法騎士団の仕事だ。広い王都には、騎士団本部の他に『番所』が幾つもある。



 時代も国も飛び越えた名称に気をとられ、組織名の違和感を見落としていた。中央と言うからには、地方分団が在りそうなものである。

 私が生まれたラゴサの街はそれほど広くは無いが、やはり『中央署』の他に数ヶ所の『交番』がある。派出所の呼称として自然な名前だ。


 センテルニヤ王国は、連邦国家ではない。中央集権の世襲制専制王政だ。警察機構が行き届かない程の辺境ならともかく、ラゴサは王都から馬車で1日程の郊外都市だ。

 田舎だが、独立した治安組織を必要とするような魔境でもない。


 第一、警官は中央から派遣されてくるのだ。毎年4月の離就任式は、ラゴサの街あげてのお祭りである。

 警備隊は領主館の私設なので、人員交替が少ない。私の知る限り、去年定年退職した小柄ながらに体格のよい爺様と、新人の細長い若者が入れ替わったくらいか。


 警視庁は無く、中央にあるのは魔法騎士団本部。確かに、ラゴサ警察の皆様は魔法剣士だった。魔法騎士団の下部組織と見做して良さそうではある。確信は無い。



 騎士爵家といえば、主人公マーサ・フロレスの家もそうだ。しかし、フロレス家は中央に住む。魔獣被害で子供が死ぬ日常は、経験した事が無いだろう。

 マルコルートでは、その経験の違いから、対立を経た何らかの癒しイベントになったのかも。全く覚えてないけど。



 新しく認識した現世の事実に、しばし呆然とする。マルコは黙って私の肩を抱く。

 見上げると、マルコの優しいピンクレッドの瞳に囚われる。


「とにかくその日、俺達は出会ったのさ」


 飛竜も優しい鳴き声で何か言った。


「俺達はその時、誓約を交わして相棒になったんだ、と言ってるぜ」


 マルコが5才だったその時にはまだ、お姉さん2人は生きていたのだろうか。


「俺達は、風に乗って花園を一周する競争をしたんだ」


 え、何?生身の5才が竜と飛行レースしたの?


「結局、何度やっても決着は着かなくて、俺は風の精霊に認められたのさ」


 うわあ。

 何度も対決したんだ。幼竜とは言え、飛ぶために生まれてきたようなワイバーンと。

 マルコ、自由すぎるだろう。


 お姉さん達の死因、本当に魔獣被害なのだろうか。マルコの自由行動によるショック死とかじゃないか。心配になってきた。



「誓約を交わして浮かれたこいつが、峡谷の曲芸飛行に連れていってくれてさ」


 あのぎゅいんぎゅいん錐揉み旋回急降下するやつね。


「楽しかったなあ」


 飛竜も嬉しそうな声を出す。


「俺達は気が合うんだ、って言ってる」


 親友なんだね。


「その場に居合わせた兄貴は、そりゃもう喜んで、家に報告しに帰ったよ」


 文字どおり飛んで帰ったのか。マルコが自分の飛竜と出会ったから、乗ってきた飛竜とお兄さんが帰っても問題ない。

 マルコ5才だけど。



「200年振りの誓約だったから、そりゃ盛大に祝って貰った」

「パレードでもしたの?」


 お姉さん達も参加したのかな。弟妹1人ずつは、もう生まれていたのだろうか。私は、悲しい気持ちを誤魔化すように笑う。


「いや。領の祭りじゃないからな。内輪の祝だから」

「どんなお祝いをした?」

「一族みんなで、飛竜山脈を飛んだよ」

「圧巻でしょうね」

「ああ。竜たちも普段はつけてくれない飾りを、首や足に着けてくれたんだぜ」


 飛竜にとって、飾りは行動を阻害する物でしか無い。空間の広さを無視して羽を広げる魔法生物ではあるが。


「あとは、この花園にご馳走を持ち込んで皆で食べたな」

「飛竜は何を食べるの?」

「草」


 マルコが端的に答えると、飛竜がまた何か言った。


「ここの白い花は、特別な日のご馳走だってさ」

「大きいのに、可愛らしいのね」


 わたしが思わず感想を述べると、マルコの飛竜は長い首を曲げてこちらに顔を向ける。そして、照れ臭そうに眼を細めた。


「可愛いッ」

「だろ。でもテレサはもっと可愛い」


 きゅんときた。言うまでもなく、黒々とした大きな眼を細めたワイバーンにだ。

 なんて可愛らしいのだろう。

 私にも飛竜の言葉が解れば良いのになあ。


「飛竜の言葉は、マルコにしか解らないのね。残念」


 がっかりした私に、マルコは意外な事を口にした。


「テレサも多分先祖がえりだから、解るようになるぜ」

「えっ?私が?」

「殆んど間違いないよ」



 確かに私も瞳の色はとても濃く、マルコと似た体質と言う可能性はある。でも、先祖がえりと言う言葉自体、今日初めて聞いたのだ。自分がラゴサの赤い実一族のなかで、特別な才能を発揮した覚えも無い。

 目の色はともかく、我が家は皆『アラン王子記念王立魔法学園』出身だ。一族全員が高度な魔法を使える。


 私の幼少期なんて、薄茶の瞳に僅かなピンクが見える程度の魔法能力しかなかった。魔法家電の赤ちゃんガード(悪戯防止装置)に弾かれる日々だったのだ。



「だいたい、飛竜の言葉は、一族違っても教えてくれるの?」

「テレサは特別だろ」


 だろ、と言われても。

 マルコは、さも当然と言わんばかりの表情だけど。

お読み下さりありがとうございました

次回、花園に吹く風は

よろしくお願いいたします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ