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飛竜山脈

 マルコのセレナード一族について話を聞いたのは、2人並んでワイバーンの背中に揺られていた時だった。


 眼下に広がる岩山と峡谷は、太古の昔からあまり姿を変えていないらしい。灰色の岩肌を荒々しく見せる岩壁の間を、岩だらけの渓流が走る。

 なかなかの激流なのだが、両岸に迫る岩はそれほど抉れる事もなく、古の姿を今に伝えているという。流れの中に頭を出す大小の岩も、殆んど削られることなく水流を分けている。



「うっ」


 ワイバーンが急に角度を変えた。峡谷の上空で90度体を傾ける。落ちない魔法で落下は免れる。しかし、素早い縦回転には馴染みがない。私達を運ぶ飛竜の予想外な動きは、私の三半規管を直撃した。


「テレサ、大丈夫?」


 すかさずマルコが心配そうに私を抱き締める。こういう時に笑うような奴ではないのだ。マルコの優しさに、幾分気分の悪さが紛れる。


「うん、なんとか」


 私の体がほんのりと赤く光る。


「えっ?」


 マルコの戸惑いに、多少の後悔を感じる。我がラゴサの一族には治癒に関わる特殊な魔法が伝わっている。あと半年して17歳になれば、秘術も伝授される予定だ。現在使える範囲でも、通常の魔法医療より高度で広範囲な治癒が行える。


 ただし、この魔法は秘匿魔法なのだ。

 だが、マルコになら話しても構わないだろう。奴だって、ワイバーンという秘密を明かしてくれた。


 いや、違うか。


 マルコは、そのうちワイバーンに騎乗して登校する。教室へと(じか)に乗り付けて来るのだ。

 マルコの飛竜は秘密でもなんでもないのかも。私が知らなかっただけで。そもそも、つい一週間前までは、マルコと私は互いに挨拶する程度のクラスメイトに過ぎなかった。



「マルコ、黙っていてくれる?」

「うん、解った。テレサはラゴサの赤い実一族だもんな」

「え?」


 なんで知ってるの?


「俺達飛竜一族セレナードは、成人が16なんだよ」


 古代魔法族と呼ばれる、古の魔法を今に伝える人々がいる。主にセンテルニヤ王国に住むが、その存在は世界中で確認されていた。古代魔法族は漠然と知られてはいるが、詳細は各一族しか知らない。

 成人年齢は一族ごとに異なる。成人すると、一族の秘術や秘密が明かされるのだ。他の古代魔法族に関する情報も開示される。


「でもまさか、成人前にこんなにスムーズな赤い魔法を使えるとは思わなかった。テレサすげえな」


 マルコは、何となく得意気だ。


「流石は俺のテレサ」



 満足そうに私を抱き締めた後、マルコがワイバーンの首元を軽く叩く。


「ちょっと!」


 飛竜が90度傾いたまま、横方向に錐揉みを始めたのだ。酷い。魔法で飛竜酔いしないからって。


「楽しくない?」


 飛竜は、今度は体を捻って急激に下降する。

 色々な魔法で守られる割には、揺れだけはある。飛竜酔いを防ぐ『赤い』魔法の効果で、揺れを感じることはない。だが、現実には揺れていて、視界は回ったりぶれたりした。


「先に言ってよね」

「ごめん」


 不機嫌な私に、マルコがシュンと肩を落とす。魔法のお陰で舌を噛む事もなく話せるし、風圧に悩まされることもない。空の旅は快適である。

 そうは言っても、慣れない動きをいきなりされては驚く。



「初めて飛竜に乗った時、曲芸飛行が凄く楽しかったから」


 マルコの言い訳に、ふと気になって聞いてみる。


「いつ頃のこと?」

「自分1人だけで乗ったのは、5才の頃だよ」

「5才!」


 5才の頃なんて、殆んど覚えていない。前世の食べ物を求めて泣いたくらいか。粉と水をプラスチックトレーに入れて混ぜると色が変わるやつとか。

 一族の魔法も知らなかったし、魔法生物の存在もお伽噺に過ぎなかった。


「赤ん坊の時にはおんぶで乗るけど、流石に覚えてないな」

「ええっ、おんぶで乗るの?」

「飛竜に乗る感覚に慣らすんだ」


 そうは言ってもねえ。落ちない魔法があるとはいえ、怖がらないのかな。


「慣れない子はいないの?」


 高所恐怖症とかは。


「いない」

「そう」


 それ以上追及しても仕方がない。セレナード家は、みな騎竜適性があるのだろう。



「3才くらいから、大人や兄弟と2人乗りを始めるんだ」

「3才……」

「あんまり覚えていないけどな」


 そりゃあそうでしょうとも。3才。


「その頃には、飛竜山脈の上空で空気の薄さにも慣れるよ」

「ふうん」


 魔法があるから、そんな必要は無いのでは?チベットやらインカ帝国辺りに住む高山民族ではあるまいし。現に今、私の呼吸は魔法に守られて平地と変わらず楽だ。



「そういえば、マルコ誕生日いつ?」


 成人したのは何時(いつ)だろう。何時から私の一族も古代魔法族だと知っていたのか。


「ん?5月くらい」


 くらいって何だ。


「今月?」

「まあ、もうすぐ17だな」

「何日?」

「そろそろだぜ」


 こいつは本当に、細かいことには興味がないな。そして、大好きな筈の私が何月生まれなのか聞いてこない。

 そういえばゲームでも、誕生日イベントが無かった。マルコルート以外でも、多分無かった。年齢不明の登場人物達には、生年どころか誕生月日も設定されてはいなかったのだ。


 因みに現世の私は、11月11日生まれだ。ちゃんと年も月も日付も存在している。故郷では、家族行事として誕生祝いが行われた。私の誕生日は、前世なら乃木大将の誕生日(旧歴)である。あんまり嬉しくない。余計な事ばかり思い出す。



 センテルニヤ王国の暦は、グレゴリオ歴が採用されている。グレゴリウスという宗教家は、歴史上この世界に存在しないようだが。

 加えてラゴサ領に見られる風景から推測された時代的にも、やや早い。しかし、そんなことはどうでもいいのだ。


 もう一度確認しよう。太陽が2つだ。月は5つだ。グレゴリオ歴、どうやって発明したの。暦、どうやって算出しているのか。

 気にしたら負けである。

 1年という時間を、マルコくらい雑に把握して生きるのがセンテルニヤ流なのだろう。



「なあ、俺が卒業しても夕飯一緒に食おうぜ」

「卒業かあ」

「ああ、もうすぐ昼間は会えなくなっちまう」


 卒業は17才の誕生日か。たった今知った。マルコは卒業月だから知らされているのかな。入学が10才の誕生日だから、卒業も集団では行わずに誕生日ごとの扱いらしい。



 マルコの曖昧な誕生日について聞いている間にも、飛竜のアクロバットは続く。私達を乗せた灰色のワイバーンは、その鱗で2つの太陽を反射させて、峡谷に虹色の光を降らす。

 錐揉みしながら急降下するマルコの飛竜が、キラキラと光の粒を撒き散らしながら水面すれすれ迄降りて行く。


 水は澄んで岩だらけの川床を見せる。私は、岩走る渓流瀑(けいりゅうばく)の力強さに眼を見張る。激流の飛沫を顔に受ける刹那、飛竜はまた向きを変えた。


 今度は川と水平になる。堅い鱗に覆われた巨大な腹を、水面すれすれにまで近づけてとぶ。物凄いスピードだ。私達には防護魔法が使われているのだが、水飛沫がかかる。

 後ろへ線となって飛び去る風景に、そんな日常的不思議など忘れてしまう。



 飛竜(ワイバーン)は羽を一杯に広げて矢のように進む。ここは峡谷である。見たところ、飛竜の翼を広げる程の広さは無い。

 曲がりくねった川を遡り、やがて巨大な滝が見えてきた。


 落差は1キロくらいありそうだ。段差の無い直瀑(ちょくばく)である。大迫力の豪快な滝だった。

 しかし、私はどちらかというと段々になった岩棚を優雅に下る、三段から五段くらいの段瀑(だんばく)が好きだ。途中で別れて白く岩床を駆け下る分岐瀑も捨てがたい。


 凍っているならなお良い。夕暮れの薄紫に染まる氷瀑と言ったら。例えようもない美しさである。

 だが、贅沢は言っていられない。私は、ありのままを受け入れる。



「冷たっ」


 一目散に突っ込んだ滝の向こうには、ほの暗い洞窟があった。何故か乾いた地面と土壁がある。滝壺のすぐ上、落水の真裏にある空間が乾いている。岩山の内部が柔らかそうな茶色い土。柔らかいのに崩れない。

 そんな不可思議空間だが、現実は私に牙を剥く。滝の水は冷たく、洞窟に入ってもずぶ濡れのままだった。


 大瀑布の落水に生身で投入されても、余裕で生き延びる。現世の私、流石は古代魔法族である。普通の田舎貴族女子なのに頑健過ぎる。

 ただし水に打たれる衝撃は、幸いにも雑理論による素敵現象によって、前世の家庭用シャワー程度だ。


「テレサ、寒くない?」


 マルコがふんわり抱き締めてくれる。暖かな風が私達を乾かした。抱きつく必然性は恐らくない。それでもドライヤー効果には感謝する。


「ありがとう、マルコ」

「うん。テレサ可愛い。大好き」



 ワイバーンは、私達を乗せたまま洞窟を奥へと進む。壁がうっすらと発光しているので真っ暗ではなかった。


「光る石が埋まってるのね」

「飛竜魔石って言うんだ。綺麗だろ」

「魔石なの?」


 魔石とは、古代の魔法ブースターである。そう、古い魔法書の記述にあった。


「ああ。だけど、掘り出せないよ」

「そうなの」

「飛竜魔石は、昔飛竜山脈に暮らした竜達の魂なんだぜ」


 そりゃあ掘り出せない。ここは竜の墓場なのか。竜の頭蓋骨が並んでいるよりはずっと美しい。掘り出せないのは、どうやら心情的な理由とは違うようだが。何か魔法的な現象なのだ。



「この先にある場所で、こいつと出会ったんだぜ」

「5才で?」

「ああ。その時初めて独りで騎竜したんだ」

「みんなそのくらいで乗るの?」

「いや。俺は先祖がえりだからな。相棒がいるのさ」

「普通相棒はいないの?」

「決まった相棒は、飛竜の言葉が解らないと出来ないぜ」


 どうやら、先祖がえりとやらは飛竜の言葉が解るらしい。今日ワイバーンに乗せてもらう前にマルコが発していたのは、やはり飛竜の言葉だったのだ。


 話す内に洞窟の出口が見えてきた。最初は小さかった光の点が、やがて円へと膨らんで外に導く。心なしか、両脇にある壁に埋まった飛竜魔石の量が増えている気がする。



「ねえ、特別の場所なんじゃない?」


 私は不安になってマルコに問う。


「ああ」


 マルコはなんでもなさそうに答える。


「私、入ってもいいの?」

「俺のワイバーンに認められたテレサなら問題ないよ」

「光栄だわ」


 出口の明かりが次第に近づく。

 薄明かるい洞窟の向こうには、一体どんな光景が広がっているのだろうか。私は楽しみよりも、恐れの方が大きかった。気温もちっとも上がることなく、頼りになるのは隣に乗るマルコだけ。

 私は、自分からマルコに張り付いた。


「テレサ、安心して」


 マルコは幼子をあやすように、私の背中を静かに撫でた。

お読み下さりありがとうございました

次回、岩山に咲く白い花

よろしくお願い致します


旧歴11/11は新暦12/25頃。ゾロ目を使いたかった為、旧歴を採用。

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