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相棒はワイバーン

 現世には、女性のスポーツ・ウェアが存在しない。だが、動きやすい素材は普及済みだ。Tシャツに代表されるニットウェアや、学園の体操服に採用されているジャージの素材などである。


 中世ヨーロッパ風の何もない訓練場に、現代的なジャージ。学園物だからなのか。

 ただ、マルコの私服にスニーカーがあるのに、学園の体操靴は革のブーツである。実技の時間には、昔の高級登山靴のようなゴツい靴を履く。

 小回りが利かないので、靴擦れ被害が続出だ。

 スニーカーは校則違反。魔法使いの品位とか何とか。


 品位なんかどうでもいい。健康を守ってほしい。学園生の最低年齢は10歳なのだ。成長に悪影響が出ていないか心配である。

 とはいえ、「体育」の時間は週に一度きり。普段の靴はそれほど堅くないし、日本のようなゴム製の上履きもある。

 健康被害は靴擦れ程度だ。



 放課後にスニーカーは禁止されていない。マルコの事だから、違反でも履くのだろうが。わざとではない。単に校則を把握していないのである。

 優等生グループに所属している為に誤解されがちだが、奴はかなりの自由人なのだ。



「お待たせ」

「テレサ可愛い」


 待ち合わせ場所はいつもの学生寮入り口である。私がTシャツと木綿のキュロットを身につけて行くと、マルコは既に待っていた。マルコの立っている場所に辿り着くのも待てず、奴は私に駆け寄ってきた。


「恥ずかしいったら」


 抱きついてくるマルコに抗議する。

 食堂閉鎖で夕飯を求めて外出する寮生が、数多く出入りする時間帯だ。じろじろ見る者、目を反らす者、睨み付けて来るもの、にやにやする者、様々だ。しかし、殆んどの寮生がマルコのベタベタを嫌がっている。

 何とかして止めさせたいのだが、抵抗は逆効果なので難しい。



 マルコはチャコールグレーのタートルネックのTシャツに、綿パンとスニーカーだ。綿パンは黒とグレーのストライプである。あまり5月の雰囲気ではない。

 全体的に暗い色合いのマルコが、満面の笑みで私を抱き締める。くっつきながら私の足元を見て、嬉しそうに発した一言は、


「スニーカーお揃いじゃね?」


 偶然同じメーカーの同じデザインを履いて来た。マルコはグレー、私は紺だ。


「これ、履きやすいよね」

「ああ。鍛練にも耐えるぜ」


 どう見ても街履きのスニーカーだ。軽いスポーツレジャー用ですら無い。魔法騎士を目指すマルコの激しい鍛練に耐えるとは。また何らかの魔法だろうか。

 だったら、学園の体操靴もこのスニーカーにすればいいのになあ。革の登山靴は、あんまりだ。



「テレサ、青似合うな」

「そう?ありがとう」


 今日の私は、青いTシャツを着ている。キュロットは茶色である。


「俺も青入れようっと」


 マルコは、私の見ている前でTシャツの襟と袖に青いラインを入れた。勿論魔法である。


「どう?」

「似合うけど、お揃いは恥ずかしい」


 言われなければ誰も気づかないレベルのペアルックだが。


「テレサ可愛い~」


 マルコは通行人に構わずに私をぎゅっとしてから、手を繋いで外に出る。建物をぐるりと回ると、狭い裏庭があった。ベンチのある細長い裏庭から、すぐに森が始まる。見るからに深い森だ。


 既に紹介した通り、学生寮は街の中心にある。中央広場にほど近く、生活便利なロケーションだ。

 黒々と影を抱く深い森をその裏庭に持つ広さとは、あまり予想がつかない。



 森の深さが幸いしてか、マルコの飛竜飼育は今のところ発覚していない。一体いつからマルコはワイバーンを秘匿しているのか。飛び立つことも多いだろうに。よく気付かれないな。

 マルコの飛竜は、人が乗れる程の大きさである。そして、それを支える翼である。飛び立つ時に巻き起こる風と、羽ばたく音は凄まじいことだろう。



 初めて踏み入れる裏庭の森は、心地よい暗さで私達を包む。外から見たときには暗くて怖かったのだが。そもそも、ワイバーンがいるかと思うと更に恐怖を感じて、今までは近づかなかった。


 所々キノコや苔の生えた木の根を避けながら、私達は森の奥を目指す。あまり人が立ち入らないのか、道らしき道は見当たらない。そんな未開の森(学生寮の裏庭)を、マルコは迷いのない足取りで歩く。



 土と緑の湿った匂いが心地よい。どこからか、優しい花の香りがする。清々しいミントの香りも漂っていた。開けた場所が近いのだろう。

 せせらぎの音が聴こえ、水の匂いも流れてきた。


「小川があるのね」

「いや、結構大きな川がある」


 ずいぶんと本格的な森のようだ。枝々は交差し下草も丈が高く、遠くまでは見通せない。まだ動物は見かけていないが、鳥の声はしている。

 まさかワイバーンに狩り尽くされ食べられてしまった訳ではあるまい。きっと何処かに隠れているのだ。


「魚もいる。なかなか旨いんだ。今度焼いてやるよ」


 マルコのおやつとなって減ったのかも知れない。




 カッコウアザミのふわふわした紫が、薄暗い森のなかで揺れている。この花、湿り気ダメじゃなかったっけ。向こうにはマーガレットが花盛りだ。こちらも太陽と仲良しな花の筈。


 目を凝らせば、背の高い雑草の中でノイバラが白い花を開いている。湿り気は好きだが陽当たりが必要な植物だ。

 もう5月だと言うのに、冬が花時のヤツデが白く可愛らしい花鞠を咲かせている。


 前世にはなかった音や光の出る木や草は勿論のこと、見慣れないがもしかしたら前世に実在したかも知れない植物が、この森に生い茂っている。知っている植物もかなりある。

 それぞれ沢山の花をつけている。季節も原生地も関係なく。


 ここが魔法の森だからだろうか。ワイバーンの魔力で植生が狂っているのか。

 きっと理由は無いのだろう。

 恐らく、総ての花は春に咲き、総ての実は秋になる。または、年によって花時が違う。或いは、同じ植物が様々な条件下で育つ。ここはそういう世界なのだ。



 花の香りが強くなる。一種類ではなく、沢山の花や草の香りが心地よくブレンドされて辺りを満たす。

 私の手を握るマルコのごつごつした指に、力が籠る。少し緊張しているようだ。いよいよワイバーンを紹介されるのだろう。


 程なくマルコが足を止める。視界が急に開けて、眩しい太陽に私は思わず眼を瞑った。


 そろそろと瞼をあげると、神々しい迄にひっそりと、その巨大な竜は羽を休めていた。

 灰色の粗い鱗に覆われた細い顔は、鰐のように裂けた口を持つ。今は閉じられているその顎には、きっと鋭い歯が並んでいるのだ。


 森の奥にある広場で休む飛竜(ワイバーン)は、穏やかな黒い眼をして私を見下ろしていた。



 心配そうに私を抱き締めていたマルコが、そろそろと腕を緩める。それから、静かにワイバーンに近づいてゆく。枯葉の積もる地面を踏んでいるのに、足音が立たない。

 ワイバーンは、私から眼を反らしてマルコに視線を向けた。


 マルコが、聞き取れない言語で灰色のワイバーンに話しかけている。飛竜の言葉だろうか。

 やがて振り返ったマルコは、弾んだ声で私を呼んだ。


「乗って良いって」


 私がマルコと飛竜の側まで歩いて行くと、マルコは私の手を取った。そのまま風の魔法で浮き上がる。

 灰色のワイバーンは、大岩のように見えた。粗く並んだ大きな鱗が木漏れ陽で虹色に光る。その背中は、大人が2人隣り合って座ってもまだ余る幅である。



 鱗は固いが、魔法を使うので特に鞍や座布団はいらない。マルコに教わりながら、落下防止魔法を使う。マルコがぴたりと身を寄せてくる。背中は狭くないので、そこまでくっつく必要は無いのに。恥ずかしい。


 ワイバーンが巨大な翼を上下させる。マルコの足音がしなかったように、羽ばたく音も聞こえない。見上げれば大枝が広場の空に交差する。このまま飛び上がれば、枝が折れてしまうだろう。


 空間の広さをを無視した旋回をしながら、ワイバーンが上昇する。翼を広げた全長は、明らかに広場の一番広い所を越えているのだ。マルコの様子を伺う。特に気にした様子はない。何時もの事なのだろう。



 2、3度螺旋を描いた後、ふわりと垂直に昇り始める。緩やかだった上昇速度は、次第に加速してゆく。

 周囲の森はちっとも風の影響を受けない。それなのに、私達の髪の毛は強い風に靡いている。


 マルコが黙って私の肩を抱き寄せる。優しい視線を感じるが、恥ずかしいのでマルコの方は見ない。大空への旅立ちと、頼り甲斐のある逞しい腕とに、否応なく胸が高鳴る。


 頭上の枝が近づいた。私は思わず首を縮める。耳元でマルコの豪快な笑い声が聞こえる。


「ええっ」


 次の瞬間、眼下に森は無かった。王都も見えない。

 確かに学生寮の裏庭にある森から、垂直に飛び上がった筈だった。



「びっくりした?」


 マルコが、悪戯が成功した子供のように紅海老茶の瞳を煌めかす。


「びっくりした」


 森の代わりに岩山を見下ろしなかをら、単純な感想を述べる。切り立った崖や、剥き出しの岩がギザギザに連なる稜線が視界を埋める。申し訳程度の植物は、険しい岩壁に這いつくばるように生えていた。


「ここは、飛竜山脈だよ」

「飛竜の故郷なの?」

「そう。俺とこいつが出会ったのもここだぜ」


 マルコは得意そうに語り出す。


「こいつとは、うんと小さい頃から一緒なんだ」



 マルコのセレナード家は、子供が小さい頃から過酷な修業を課す。今時珍しい、古いタイプの騎士一族だ。10歳の魔法能力検定(マジックトライアル)の前に、既に体術と魔法の基礎を終わらせている。


 そんな彼等が先ずすることは、飛竜山脈に慣れることである。赤ん坊の頃から、親に背負われて飛竜で飛ぶのだ。

 飛ぶ感覚だけではなく、空気の薄さにも体を慣らして行く。


 普段セレナード家が住んでいるのは、平凡な田舎町だ。地面に起伏はあるものの、農地に適した肥沃な平地が広がる。ただし、現世の私ことテレサが生まれたラゴサ領と違って、魔獣が出没する。


 セレナード家は、率先して魔獣討伐にあたる役割を持つ。騎士爵家ではあるが、センテルニヤ王国が建国するより遥か古代から存続する一族だ。その地域では領主よりも長く暮らしている。

 訓練のノウハウも、世代ごとに見直されながら受け継がれていた。

お読み下さりありがとうございました

次回、飛竜山脈

よろしくお願い致します

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