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大空は散歩するところ

 次の日学校へ行くと、マーサが怪我をした話題で持ちきりだった。子供が馬車の前に飛び出し、それをマーサがかばった。しかしかばい切れず、足をひねった。そこを通りかかったデレクが助けた。捻挫した足を引き摺りながら、マーサは話の輪の中心にいた。


 マーサの隣には、金髪もじゃもじゃ頭の眼鏡野郎がいる。とても不機嫌そうだ。いつものぞろぞろメンバーもみんな居るのだが、眼鏡だけがやたらに仏頂面を晒している。


 他と違う様子といえば、マルコも同じだが、奴はいつも通りというか何と言うか。他のゲームメンバーより少し遅れて教室に入って来た。一応は、主人公グループに近づく。しかし、捉え所の無い爽やかな笑顔で、関係無さそうに立っている。

 そして、私に気づくとにっこり笑って魔力を飛ばしてきた。はいはいラブコールね。おはよー。



 銀髪は当事者のはずなんだけど、口を開かずにいた。あの巨体で軽業さながらの箒ダンスをこなすのだから、大したものだ。そう思って大男デレクを見ていると、なんと、マルコが近寄ってきた。夕飯を一緒に食べるようになって以来、初めての事だ。


 皆は、マーサの事故で盛り上がっている。マルコが輪を離脱したのには気づいていない。


「テレサ~。ねえ、なんでデレク見てんだよ」

「いやあ、あの巨人が箒ダンスの名手かと思うと、不思議でさあ~。昨日まですっかり忘れてたんだけど」


 私は、正直に話す。


「一度気になり出すと、ずっと気にしちゃうんだよね~」

「確かに、あんまり身軽そうじゃないよな」

「ねえ」


 マルコは真面目な顔をして答える。


「風の魔法じゃないし、軽業魔法も使ってない」

「使ったら反則でしょ」



 比喩的な意味ではない。箒ダンスコンテストは、魔法の使用が禁止されている。


 柄の長い箒をリズミカルに振り回しながら、跳んだり跳ねたり回転したり、とにかくアクロバティックな踊りなのである。筋力がある人々の中でも、ダンサーやサーカスアクターのような細身のタイプが有利に思われた。


「考えてみると、不思議だな」

「だよねえ」


 あと、見た目が怖い。武骨だからではない。巨体が長い箒をもって宙返りとか。軽快なお祭りダンスというよりは、攻撃のように見える。回転する度に、ごうごうと風音が鳴るのである。ちょっとコンテストステージの客席から逃げ出したくなる。

 それが大人気なのだから、度しがたい。


「中央貴族が庶民のお祭りに出るのも意外だなあ」

「デレクは貴族だけど、あいつんち中央官僚じゃないぞ?」

「そうなの?」

「あいつのとこは、殆んど魔境だ」


 田舎なのかな?マルコ、相変わらず遠慮無いな。自分だって田舎出身なのに失礼だよね。


「魔獣被害が凄まじくて大変らしい」


 これもまた、比喩じゃなかった。心のなかで悪口言ってごめん。



「なんだ、また俺んちの悪口かよ、マルコ」


 当事者が離脱してきた。ありなのか?とマーサの輪を見ると、なにやら金髪もじゃもじゃ眼鏡と主人公マーサ・フロレスが揉めている。


「ああ、痴話喧嘩が始まってめんどくせえから抜けてきた」

「こっちくんな」

「なんだよ、マルコ。真っ先に抜けた癖に」

「邪魔すんなよ。あっち行け」


 何?仲悪いの?マルコとデレク。

 それより、痴話喧嘩ってなに?金髪とマーサが?


「デ・ラゴサさん、もしかして知らなかった?あいつらバカップルで有名だぜ」

「へえ」

「昨日うっかり俺に助けられたからって、ロドリゴが怒りだしてさ」

「ふうん」

「見殺しにしたら良かったのかよ。大怪我すんのただ眺めてたら、ロドリゴの奴激怒したにちげえねえよ」

「そうなの」


 興味なかったからなあ。マーサと金髪いつの間に。今、ゲームはどのくらい進んでいるのかな。



「テレサ、相手しなくていいから」


 マルコが不機嫌になる。


「げっ、まさかこっちもかよ」


 デレクさん、お気の毒だ。折角痴話喧嘩から逃れてきたのに、嫉妬深いベタベタ男がいたようだ。飛んで火に入る夏の虫だね。


「ところで、ボルーの故郷って魔獣被害が凄いんだって?」

「そうなんだよ。デ・ラゴサさん。聞いてくれよ」


 デレクが愚痴モードになる。


「元々、魔獣の森に隣接する土地なんだけどさ」


 魔獣とは、魔獣である。凶暴で恐ろしい。以上、定義終わり。姿絵とかも見たこと無いな。



「魔獣ってどんな姿なの?」

「口で言うのは難しいな」


 とデレクが言えば、


「毛が全部毒針みたいなのとか、見た目がベトベト気持ち(わり)ぃやつとか、色々だな」


 とマルコが付け加える。


「マルコは見たことあるんだ」

「おう。うちも田舎の騎士爵家だからな」

「騎士の家はみんな魔獣と闘うの?」

「えっ、デ・ラゴサさんて、すげえお嬢さんかよ」

「ラゴサ領は平和だからなあ」


 マルコ、よく知ってんな。地理なんてぼんやりした概念しか存在しない、我がセンテルニヤ王国民のくせに。



「魔獣が出る地域じゃ、普段は騎士家が討伐に当たるんだよ」

「大規模だとか危険度が高い奴を相手にする時も、魔法騎士団が到着するまで地元がなんとか粘るな」


 先程の険悪さはどこへやら、マルコとデレクは息の合ったコンビのように解説してくれる。


「魔物とはどう違うの?」

「まもの……?」

「聞いたことねえな」


 え?

 まだ存在しないのかな?魔物。古代の魔法剣はその為に準備されているのに。

 もしかして、マルコが魔法剣の力を引き出せないのは、まだその剣の相手にするものがいないからなのか。


「魔獣の覚え違いかな?」


 私は取りあえず誤魔化しておく。


「テレサ可愛い」


 マルコ!ここ学校!!でれでれしない!


「はあー。俺もモーリーに逢いてぇ」


 誰。モーリー。デレクルート略奪愛なの?幸い現世は、金髪もじゃもじゃ眼鏡ルートみたいだけど。


「なんだよ、さっさと逢いに行けよ。隣の教室なんだから」

「用もないのに行くと怒られんだよ」


 隣の教室にいんのか。あと、尻に敷かれてんのか。


「用はあるだろ。逢いたいっていう」


 マルコは大変に潔い。


「でもなあ」


 デレクは、脳筋風の見た目なのに、ウジウジと女々しい。


「あ、先生だ」


 廊下を見たら、1時間目の先生が教室に向かっていた。マルコとデレクは、慌てて席に戻って行く。



 授業を挟んで頭が冷えたのか、マーサ・フロレスと金髪ロドリゴは仲直りしていた。昼休みは、いつも通りのゲーム面子で学食にいた。マルコも、普段と同じように主人公グループで昼食を摂る。

 私も代わり映えのしない1日を無難に過ごし、下校時刻を迎えた。



 昇降口でマルコが寄ってきた。


「今日は一緒に帰ろうぜ」

「いいよ」


 マルコも私も珍しく用事がない。初めて一緒に下校することになった。一応は周囲に気を使っているのか、手を繋いだりべったり張り付いたりはしない。


「今日は、動きやすい服装で来てくれよ」

「何する予定?」

「学生寮の裏に森があんだろ」


 貴方が飛竜(ワイバーン)を飼育しているところですね。


「うん、入ったこと無いけど」


 飛竜怖いからね。


「あの森から散歩に行こうと思ってさ」


 ()()()の間違いではなくて?


「テレサは風の魔法得意だろ」

「まあ、そこそこ」

「飛ぶの好きだよな?」

「うん、楽しい」


 もしかしなくても、ワイバーンですか?


「テレサはどのくらい高く飛べる?」

「考えたことない」


 落ちたら死ぬから、限界に挑戦はしない。エアクッションや水の球だって、上空から突っ込んだら鉄の塊と同じだ。死ぬ。


「今日は、すげえ高いとこに連れてってやるよ」

「いい。落ちたら死ぬ」

「落ちない魔法があんだよ」

「何それ便利」

「今日教えるよ」

「うん。楽しみにしてる」


 とうとう王都の全貌が解る日が来たのだ。ワイバーンはやっぱり怖いけど、期待の方が大きい。


「お前らさあ」


 急にデレクの声がした。隣にはキツそうな女子が居る。モーリーだろう。2人が側に来ていたのに気づかなかった。昨日の馬車といい、私、鈍すぎ。


「ちょっと庭までみたいな調子で、落ちたら死ぬ高さで飛ぼうとすんなよ。恐ぇよ。」


 デレクが要らぬ横槍を入れてくる。


「何が恐ぇんだよ。たかが散歩だぜ」

「ねえ」


 マルコと私は相手にしない。デレクは溜め息を吐いた。


「まさかこの世にマルコと同じ感覚の女性がいるとはな」

「ふっ。気が合うんだぜ」

「見りゃ解る」



 デレクの隣に居る女子は、第二教室の所属だ。瞳のピンクは第一教室の私達より薄く、茶色の色味が強い。髪の毛は焦げ茶のストレートだ。貴族を表す階級章は着けていない。

 モーリーは、デレクの幼馴染みだという。デレクの家が擁する騎士団の団長の娘だ。


 校門まで時短魔法で移動する間、少しだけ話す。まともに歩いたら1時間はかかるから、便利魔法は当然使う。


「ずりぃな、こんな便利な魔法使ってたのかよ」

「教えようか?」

「いい」


 断ったのはマルコだ。当然デレクは不満である。


「なんだよ」

「教わってもどうせ使えねえよ」


 私はちらりとデレクの目を見る。主人公グループの為、他の学園生達とは比べようもなくピンクの強い瞳だ。

 しかし、私やマルコのような赤に近い色とは違う。もしかしたら、マルコの言う通り便利魔法は使えないかも知れない。



「そういえば、ボルーって貴族なのにデが付かないね」

「俺んち特殊な立ち位置でさ。本当は独立国家なんだけど、魔獣が酷くて援助受けている内に、属国扱いどころか、辺境領とみなされちまったんだよ」


 そんなんでいいのか。なし崩しに併合されるとは。ボルー領お人好し過ぎる。


「じゃあな。また明日」

「あっ、おい」


 校門につくなり、マルコは私の肩を抱いて空に駆け上がる。後に取り残されたデレクが、大きな体を思わず伸び上がらせて驚く。隣のモーリーも、キツいつり目を真ん丸にして戸惑っている。

 2人とも、見た目に反して常識人だな。


 モーリーは小柄でキツそうだが、口数が少なかった。人見知りなのかも知れない。用がなければ幼馴染みの恋人さえ追い返してしまう生真面目さ。


 マルコの言動は、2人の理解力を越えてしまったのだろう。爽やかな笑顔を残して上空へと去る赤毛の少年を、ただ呆然と見送っている。



 マルコが飛ぶ空は昨日より高いが、王都を見渡せる高さには足りない。


「テレサ、今日も天気がいいから、散歩は楽しめそうだぜ」

「うん。着替えたら寮の入り口集合ね」

「だな」


 私達は風に乗って、寄り添いながら学生寮に帰った。

お読み下さりありがとうございました。

次回、相棒はワイバーン

よろしくお願い致します

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