表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/27

公園デート

 待ち合わせをした学生寮の入り口から、どこをどう通ったのかまるで解らない。マルコはすいすいと先を行ったけれど、どうも無計画にブラついていた節がある。

 良く知る道ならば、私同様に物珍しそうな顔をして、裏道の様子を見て歩いたりはしないだろう。


 風魔法での移動も、それほど高い場所を移動する訳ではなかった。町全体を俯瞰する事は出来ず、狭路の洗濯物ロープを避けた低い所を行く。通行人の頭よりも少しだけ高い位地で、風を纏って進む。


 魔法の風は絶えず動いており、童画で表現される風のような柔らかい白に色づいている。下からの目線対策は抜かりない。マルコが私のスカートを、通行人に下から覗ける状態でいさせるわけがないのだ。



 暴走馬車を後にして、そのまま薔薇の小路を抜ける。急に開けた視界は、中央広場を捉えた。市庁舎にある大型時計が、観光客や子供達に人気だ。子供くらいの大きさに作られた木の小人達が、定時に顔を覗かせて音楽に合わせて踊る。

『案内人』のイベントで聞こえてきたのは、この時計から流れる時報の音楽だ。


 外壁にからくり時計の設置された建物は、上記の通り「市庁舎」と呼ばれている。王都は、どこかの市に属しているのだろうか。今まで私は、王都は独立した行政地区で、それより大きな区域に所属することが無いのだと信じていた。


 そもそも私は、学生課で総てが済む利便性を誇る「アラン王子記念王立魔法学園」の学生だ。街の人々が行う様々な手続きについては、詳しく知らない。

 からくり時計の文字盤には、モザイクタイルで「市庁舎」とだけある。市の名前は書かれていなかった。

 今は扉を閉じて姿を現さない踊る小人達を思い出しながら、私達はようやく地に足をつけて歩き始める。



「マルコはよく公園に行くの?」

「そうでもないかな。テレサは?」

「私は、行ったことない。」

「一度も?」

「一度も」


 そうなのだ。特に理由があるわけでもないが、入学から今まで、王都の公園に行ったことがない。中央広場は時々通るのだが、その先にある公園まで足を延ばすのは初めてだ。

 中央広場から目指すのは、大抵市場街だ。安くて美味しい物が沢山見つけられる。



「公園は、広いんでしょ」

「うん。かなり広いよ」

「池はあるの?」

「あるよ」

「ボートある?」

「あるよ」


 日本ぽいな。やっぱり、カップルで乗ると別れるとかいうジンクスがあるのかな。ゲームではどうだったろうか。

 少なくともマルコとの公園デートは無かった気がする。まあ、気がするだけなんだけど。雑さが気になりすぎて、それ以外は全く覚えてないからね。


 だいたいマルコルートだって、べつに所謂推しじゃない。矛盾点が印象に残っているだけである。



「売店は?」

「売店もレストランもある。お祭りの時には屋台も出るんだぜ」

「知らなかった~」


 毎年行われる大きなお祭りでも、中央広場で楽しんでいた。公園にも会場があるとは知らなかった。

 マルコは繋いだ手に力を込めて、優しく私を見つめて言った。


「今年は予定あけとけよ?」

「うん。一緒に行こう」


 私にも異論は無い。


「公園の大噴水をぐるぐる回りながら、祖霊ダンシングもあるんだぜ」


 これはまた日本の夏ですね。私も、古い映画の曲に合わせた振り付けを、友達と輪に加わって楽しく躍りながら覚えたっけ。有名な童謡のは難しく、見よう見まねで失敗しては笑ってたなあ。

 勿論、前世の話である。



「ん?あれ?箒ダンスコンテストとは別枠なの?」


 私は唐突に思い出す。マルコではないルートで、ヨーロッパの島国の伝統ダンスイベントで優勝するのだ。


「何だ、テレサ、デレクのファンか」


 マルコがほっとした顔をする。聞いたとたんに記憶が甦る。デレク・ボルーは箒ダンスの名手である。柔らかな銀髪の巨漢で、箒を使ったアクロバティックな民族舞踏が得意なのだ。

 デレクとお祭りに参加すると、彼と組んで優勝する。

 でもなんでほっとしたの?



「そういえばボルーって、毎年箒ダンスコンテストに参加してるよね」

「ん?ファンじゃないの?」

「別に」

「じゃあ、何でさっきあんなに嬉しそうにデレク見てたんだよ」

「は?いつよ?ボルーいたの?」


 マルコは黙ってしばらく私の様子を視てから、決まり悪そうに言った。


「ごめん。本当にごめん。誤解した」

「何?」

「さっき、馬車の事故、デレクがマーサを助けてたんだよ」

「そうなの!?」


 全く知らなかった。見えなかったし、覚えていない。主人公マーサ・フロレスがいるんじゃないかな、とワクワクしながら見下ろしていたのは認める。

 でも、あんなに目立つ人達を見落とすなんて。現世の自分にがっかりだよ。



「テレサがあんまり熱心に下を見てるから、何だろうと思ったら、デレクがいた」

「他に怪我人はいたのかな」


 楽しそうに見ていた私は、些かやべー人である。


「さあ?俺もデレクがマーサを助けてるとこしか見てないし」

「上から見た感じだと、それほど大騒ぎにはなってなかったよね」

「そうだな」


 2人してなんとなく口をつぐむ。

 私はマーサの選ぶ相手にも、デレク・ボルーのルートにも興味がない。デレクの名前に幾ばくかの違和感を覚えつつ、今の私には関係が無いので気にしないことにした。


 マルコもそれ以上の追求は不要と判断したのか、ふっと表情を和らげる。


「早く公園に行こうぜ。マジ腹へった」

「うん。お腹すいたね」



 繋いだ手は離さずに、石畳の街を公園へと急ぐ。

 中央広場を斜めに抜けて、そろそろ居酒屋へと向かう勤め人とすれ違う。王都の職業はどんなものがあるのだろうか。ちょっと回りを観察する。

 今すれ違った3人組は、上等な青い上着を着ている。制服だろうか。


「王宮守備隊の連中だな」


 私の目線を追って、マルコが顔を顰める。


「嫌いなの?」

「評判悪いぜ」


 マルコの説明を聞く。王家直属のエリート近衛騎士団、市中警備と討伐遠征を担当する真面目な魔法騎士団、その中間でモテるが結婚の遅い王宮守備隊。

 真面目な魔法騎士志望のマルコにとっては、天敵のような存在らしい。



 お店を営む人々は、昔のヨーロッパ絵画でよく見るような服装だ。目の粗い麻靴を履いている。

 ゴアテックスの存在するこのセンテルニヤ王国で。なんだか着心地悪そうである。

 荷車を引いている人足達は、中世風の麻ズボンを紐で止め、上は何故かTシャツである。


 センテルニヤ王国に作業服専門店を。

 せめてジーンズはけよ。


 彼等の靴は堅そうな木靴だ。スニーカーにしとけば良いのに。

 今更、世界観を守るためとか言い出すのは認めませんよ。

 あ、人足がスマホみたいの取り出した。魔力フォンとか携帯型魔鏡とか言うデバイスだ。荷運び人夫が持てるほどに普及している。


 スマホより車用意してあげて。



「ほら、こっち」


 マルコに手を引かれるまま、中央広場前から王宮へと至る大通りを渡る。

 マルコの着ている綿シャツは、スタンドカラーで焦げ茶色だ。初夏に見た目も爽やかな楊柳である。さっぱりした赤毛によく似合う。合わせた黒い綿パンから、黒いリブ編みの靴下とスニーカーが見える。


 靴下、日本の平均的学生靴下だよね。デートなのに。あ、違った。中世ヨーロッパ(風)なのに。


 国も時代も超越した服装設定は、雑然として統一感の無い風景を作り出している。違和感は、私に前世の記憶があるせいかも知れない。だが、それだけではない気がする。

 この国で生まれ育ったのだから、私もある程度は雑然とした風景に慣れている。しかし、田舎町での服装は殆んどがヨーロッパ中世風であった。流石王都と言うべきか。



 そんなこんなで公園に着いた。中央広場よりも広く学園よりは狭いようだ。幾つかの区画に分かれていて、入り口も数ヶ所ある。各入り口には名前が付いている。私達の通った入り口には、「王都恩賜公園・中央広場口」というプレートがついていた。


 中に入ってすぐに、公園内地図がある。大きな地図看板と、配布用の紙地図だ。絵地図ではあるが、かなり詳細で解りやすい。方位や縮尺も正確だ。市街地図は無いというのに、この公園は随分と便利なことだ。



「このへんで、いつも旨いサンドイッチ屋さんがでてる」


 絵地図の一部を指して、マルコが説明する。


「屋台なの?」

「移動販売みたいだぜ。公園以外でもたまに見かける」

「ふうん」

「俺はベーコンサンドがイチオシだけど、他にも種類はあるよ」


 相変わらず手を繋いで、私達は蓮池を目指す。貸しボート屋さんもある大きな池の回りに、様々な屋台が出ているらしい。


「食べ物以外にも、小物だとか外国の洋服だとか、変わったものを扱う出店もあるぜ」

「本は?」

「たまに古本市があるけど、それ以外の時は見かけないかな」

「古本市!知らなかったぁぁぁぁ」

「えっ、何、そんなにショック?」


 私は、マルコが多少引くほどにショックを受けた。10歳で王都に来てから早6年。全く知らなかった。誰も教えてくれなかった。古本市なんて、独りで行くものだ。きっと皆、私が知っていると思っているのだろう。



 池が見えてきた。花時にはまだ大分間がある蓮池は、大きな緑の葉で覆われていた。その合間を縫って、手漕ぎボートがゆったりと行き交う。

 お祭りは夏だ。ちょうど池の蓮が見事な花を揺らす頃である。


「お祭りの灯りで、蓮池は綺麗だろうな」

「お祭りじゃなくても、ライトアップするぜ。見に来るか」

「うん」


 風が池の水面を揺らしている。私達の頭上には、2つの太陽が沈みかけていた。2つあるのだが、出来る影はひとつ。センテルニヤ王国だけの現象なのか、この世界全体の法則なのかは解らない。

 魔法学園に入る前に、ラゴサの小学校で聞いてみた。例によって、理屈っぽいと怒られた。


 そして月は5つある。互いにとても近い位置に見える。軌道が気になる。2つの太陽、5つの月。なんだか語呂がいい。もしかして、ゲームの題名かな。全然違うかも知れないけど。



 蓮池の畔をぶらぶら行くと、ボンネットバスのフードカーが見えてきた。


 ボンネットバス。フードカー。


「思ったのと違った?」


 唖然とした私を見て、マルコが気遣わしそうに聞いてくる。


「初めて見たから」

「ああ、ビックリするよな」


 私と貴方はきっとビックリの内容が違う。


「あれは、どうやって動くの?」


 マルコが移動販売だと言っていたので、聞いてみた。


「さあ?変わった形だよな。馬もいないし、人が引く持ち手もねえんだぜ」

「他で見たことある?」

「他はねえな。ここのサンドイッチ屋さんだけだ」

「ふうん」


 ふうん。

 それ以外の感想は無い。考えるだけ無駄である。



「それよりさ、何食べる?どれでもいいぜ」


 約束通り奢ってくれるようだ。

 バスの側面にあるメニューを見ていく。卵、ベーコン、野菜、コンビーフ、バジルチキン、ツナ。

 コンビーフか。日本的コンビーフではなかったとしても、中世には無いと思う。ヤキソバパンが無いだけ良しとしよう。


 そもそも、サンドイッチは中世に無いよね。

 それがフードカーで販売されている時点で、製作スタッフがいかに何も考えていないかがわかる。



「おすすめのベーコンにする」

「わかった。すいません、ベーコンふたつ」

「はいよ」


 今更驚きはしないが、サンドイッチには、中世にはあり得ないふわふわの食パンが使われていた。分厚いベーコンが、たっぷりの野菜と粗挽き黒胡椒と共に挟まれたサンドイッチは、ボリューム満点である。

 体の大きい剣士であるマルコがオススメする筈だ。


 サンドイッチ屋台で、セット販売のジュースも買った。プラスチックカップにプラスチックストローの炭酸ジュース。もう何も言うまい。

お読み下さりありがとうございました。

次回、大空は散歩するところ

よろしくお願い致します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ