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ぶらりセンテルニヤ王都

今回少し長いです


誤字報告ありがとうございます。

×潜○顰

ただ、画数が多いと見えにくいため、平仮名になおしました。多分、平仮名にするつもりが予測変換を触ってしまったのだと思います。



 私達は手を繋いで、石畳の狭路を歩いていく。傾斜のきついくねくね曲がる裏道を、右へ左へ曲がりながら、たわいもないお喋りをする。今日の授業のこと、お昼に食べたもの、マルコの友達、それから私の友人達について。


 登っていた筈の坂道が、いつの間にか下っている。どれも同じような石造りの建物が、道の両脇にそびえる。さながら峡谷のようだ。

 そんな都会の峡谷を、私達を乗せた恋の小舟が小店を冷やかしながら漕いで行く。



「ソーセージ、美味しそうに焦げてる~」

「公園に着く頃には冷めてるんじゃね」

「油固まっちゃうねえ」


 路地裏の小さな肉屋が、昼時限定の焼きソーセージを売り込んで歌っている。もうすぐ夕方だ。ランチ19時までとかの感覚であろうか。痩せぎすで陽気な叔父さんが、販売カウンター横の鉄板で軽やかにトングを操っていた。


 じゅうじゅうと肉の焼ける音が、おじさんの呼び込み歌に小気味良いリズムパートを添える。時折パリッとソーセージの皮が弾ける音も加わる。食欲をそそる香りが路地裏に漂う。いつもなら、喜んで買い食いするだろう。


「これ食べちゃったら、公園でテイクアウトディナー出来ないね」

「そうだな」


 マルコはきっと、こんなのおやつにも入らない。けれど、自分だけ食べたりはしなかった。マイペースな奴だけど、ちゃんと気を使うことも出来る。私の頬は、思わず緩む。


「テレサ可愛い~」


 絡めた指をきゅっと握って、マルコが幸せそうに微笑んだ。


 初めてまともに会話してから、まだ1週間も経っていない。けれども、気の遠くなるほど昔から、ずっと2人で居たような気がする。

 私達の手は繋がれているのが当たり前で、テレサと呼ぶ声は低く柔らかなこの声しか無いのだ。



「あ、これ……」


 小さな雑貨屋の出窓に、白い貝細工の花飾りが見えた。


「子供の頃に持ってたのに似てる」

「へえー。小さいテレサかあ。見たかったなあ」


 マルコは花飾りを見ながら、心底悔しそうに言った。


 ピピピピィ~ピィピィピピィ~!

 ヒバリが落ち着きなく鳴いている。

 見上げれば、高い建物が切り取る細長い空に、洗濯物がはためいている。

 向かい合った窓から身を乗り出したおかみさん2人が、互いにロープを引っ張り合う。するすると、固く絞った洗濯物を、魔法のように干して行く。これには勿論やり方がある。


 しかし、現世はそんなことなんかお構い無し。1本のロープをぴんと張り、引き合っているだけ。それなのに、何故か洗濯ばさみで止められた洗濯物たちは、建物の間で見事に干されているのだ。

 夕方に洗濯物を新しく干すのも不思議だ。子供が部活で汚して来たのだろうか。


 洗濯物ロープには、何らかの魔法を使っているのだろう。大抵の事は魔法でなんとかなるのだ。瞳にピンクの混じらない一般人でも、生活に必要な魔法は難なく使えてしまう。本当に魔法は便利。ご都合主義と侮るなかれ。魔法民族に生まれてよかった。



 路面から数段の階段で降りる半地下の古本屋は、マルコの眼を引く物があったようだ。


「帰りに寄っていい?」

「今入ろうよ」


 私も古本屋は大好きだ。なんせ、魔法書研究会の所属である。常に魔法書を求めてさ迷うのが、我々研究会員の習性だ。

 旅の本屋、町の本屋、路面商、図書館、古本屋、骨董屋、雑貨屋、模型屋、楽器屋、武器屋、手芸屋、画材屋、博物館に美術館。本が存在する所なら、何処へだって出掛けて行く。


「いや、じっくり見たいから後がいいな」

「本は生モノだよ。出会いだよ」

「ごめん、俺、腹減ってる」


 マルコは、とうとう白状した。


「そう言うことなら仕方ないね」


 私達は止まった足をまた動かして、狭い坂道を歩き出す。



 しばらく行くと階段になった。途中で鋭角に曲がる石の階段は、幅も狭くて少し楽しい。

 下から子供が駆け上がってきた。

 マルコは私をひょいっと抱き上げ、そのままジャンプした。


「わっ」


 私と子供が驚いて声を上げる。

 マルコは、階段下にふわりと着地した。私も地面に降ろされる。


「びっくりするじゃない」


 マルコの紅海老茶(べにえびちゃ)の瞳が、悪戯そうに輝く。風の魔法を使ったみたいだ。

 マルコは燃えるような赤毛だが、別段炎属性ではない。そもそも、現世の魔法に属性はない。多分ゲームにも無かった。


 属性どころか、魔法なんて、マルコの魔法剣くらいしか登場しなかったんじゃないかな。

 少なくともマルコの矛盾語録で、魔法に関する印象的な言葉は思い出せない。

 魔法学園という舞台であるにも関わらず、それらしきイベントはまるで印象に残らないというのも相当なものだ。



 地図に起こせないんじゃないかとさえ思える奇妙な裏町を、時には並び、時には前後に手を引き合って歩いてゆく。実際、わがセンテルニヤ王国の王都には、市街地図が存在しなかった。


 私達は、何かに導かれるように、細道ばかりを辿って進む。脇道へと誘う小さな黒い金属製のゲートを開けると、ふわりと5月のバラが香った。


 疎らに敷かれた不揃いの石が、ふいに私の爪先を捉える。若草色をした薄手木綿(ローン)のワンピースが、ふわりと膨らむ。

 ローンは中世ならまだ存在しない生地だ。センテルニヤ王国には、高級防水布(ゴアテックス)すらある。


 わがセンテルニヤが誇る魔法科学文明は、既に家庭用多機能小型電動ミシンも生んでいる。勿論エレクトロニクスではない。いつもの魔法家電である。

 でも、車はない。蒸気機関車もない。



 私はバランスを取れずに、前のめりになって倒れかかる。肩甲骨の辺りまで伸ばした茶色の癖毛が乱れて跳ねる。


「だいじょぶ?」


 すかさずマルコが支えてくれて、心配そうに私の顔を覗き込む。マルコの紅海老茶(ブラウンピンクレッド)の瞳のなかに、私の躑躅色(アゼリアピンク)が見える。

 何てきれいな赤い睫毛。髪と同じに堅そうで短い睫毛が、健康的に日焼けした瞼を彩っている。

 マルコの優しさに包まれて、風の音すら聞こえない。


「うん、有り難う」


 ちょっときまりが悪くなりながら、ベージュの山羊革で出来た爪先の丸いペタンコ靴を、敷石の隙間から抜く。



「もうすぐ公園だな」

「なんにも買ってないねえ」


 私達はクスクスと笑い会う。

 するとその時。今2人で立っている薔薇の小路の奥から、卵とミルクとバターのよい匂いが漂ってきた。

 ここからはよく見えないが、きっとこの路の先にある。


「パンケーキかな」

「夕飯には向かないんじゃねえの」

「でも、テイクアウトがあったら、焼きたて食べたいなあ」

「パンケーキだぜ?テイクアウトなんかあんの?」

「解んないけど」

「夕飯食えなくなるぞ」


 マルコが警告する。私はフフンと胸を反らす。


「サラダやお肉をおかずにすれば良いの」

「はあ。すきにしな」

「好きにするよ」

「ふっ、テレサ可愛い。好き」


 繋いだ手をマルコに少し引っ張られて、2人の腕がぶつかった。マルコの腕は、私より太い。しなやかで溌剌とした筋肉だ。

 私は気恥ずかしくて、さっと離れる。


「可愛いなあ」


 マルコは目尻をすっかり下げて、にこにこしっぱなし。私も口元をだらしなく緩めて、にやにやし続ける。

 端から見たら、ちょっと気持ち悪い。



 パンケーキには、小さいサイズのがあるかも知れない。私は期待して足を速める。


「あ、またころぶぞ」

「平気」


 美味しそうな匂いに誘われるまま、私は脇道の奥を目指す。仕方ないな、と言うように苦笑いをしながら、マルコはしっかり握った私の手を離さない。


「あれかな」

「多分な」


 明るいエメラルドグリーンと目に痛い程の純白の縞々模様の庇が、細長く空へと伸びる小さな建物の一階に見える。

 木彫りに彩色した看板には、悪戯そうな目玉が付いた愉快なパンケーキが踊っていた。


「あっ、テイクアウト窓口あるよ」

「良かったな」


 駆け出そうとする私を、やんわりと抱き込んで止めるマルコ。ちょっと調子に乗りすぎじゃないの。ほら、通行人が眼をそらす。眉をひそめるご婦人もいる。


「恥ずかしいからやめてよ」

「テレサ照れちゃって。可愛い~」


 抗議は逆効果である。

 目的地に目をやると、老若男女が並んでいる。行列はまだ数人だが、向こうからもこちらからも、続々と人が集まって来ている。

 キュートなピンクに塗られたドアが、ひっきりなしに開く。店内で食べるカップルや女性グループだ。

 間口から考えると、入りきれるか心配になる人数がピンクのドアから店内へと吸い込まれてゆく。


 一方、テイクアウト窓口には、バラエティ豊かな人々が並ぶ。子供も老紳士もいる。

 買って帰る品物も種類豊富なようだ。そのわりには、皆すいすいと選んで帰って行く。常連さんが多いのだろう。


 四角い紙皿に山盛りの細切れパンケーキに、熱々のクランベリージャムがたっぷりかかったもの。ソーセージが添えられているパターンもある。

 半分だけ白い紙で包まれた、手のひらサイズのプレーンパンケーキ。カラフルなフレーバーパンケーキ。


 透明なお持ち帰りボックスに入れられた、生クリームどっさりのデコレーションパンケーキは、それ自体が宣伝になっている。

 薄口のアクリルボックスのようだ。

 パンケーキ店の窓は網戸も硝子も無いのに。窓には、周囲の建物同様に外開きの鎧戸がついているだけ。



「どんどん並んでるよ」


 抱き止められている場合ではない。私もテイクアウトの列へと急ぐ。


 突然、背後で悲鳴が上がった。

 振り向くと、1人乗り馬車に繋がれた馬が棹立ちになっている。こんな狭路に馬車。しかも音もなくいきなり迫り来るのには、かなり恐怖を感じる。


 呑気に考えを巡らせている間に、パンケーキ店の列は建物に沿って張り付くように避難した。

 私は又もやマルコに抱き上げられて、ふわりと風に乗っている。マルコの胸に押し付けられた耳から、心臓の高鳴りが聞こえる。それを聞いた私は、なんだかとても愉快な気持ちになって、クスリと笑う。


「何?」

「何でもない」


 眼下で馬車が立ち往生するのを見ながら、私はマルコの首に抱きついた。


「おおっ」


 マルコは感激したような声を漏らし、公園の空へと移動を開始する。



「マルコ!パンケーキは?」

「まだ馬車がいて危ないだろ」


 確かにそうだ。

 あれ?暴走馬車?

 街にお出掛けするイベントかな?

 ありがちなイベントなので、目を凝らして路上に主人公マーサ・フロレスを探す。真っ直ぐな水色の髪はかなり珍しい。居ればすぐに見つかる筈だ。


「おい、誰探してんだよ」


 耳のそばで不機嫌な声が聞こえた。マルコが苛立つ声なんて、初めて聞いた。


「え、別に。凄い騒ぎになってるなあと思って」


 主人公のイベントが気になるとは言えない。


「ふうん」


 不機嫌なマルコは、疑わしそうに唸る。


「それよりマルコ、ごはんどうしよ?」

「公園で買えるんじゃね?」


 マルコはぶっきらぼうに答える。まだ怒っているのか。



「お前、恋人いんのかよ」

「えっ?」

「じゃあ、好きな奴?」


 予想外の質問に頭が真っ白になる。

 私が怒る番だ。


「セレナードさんは、恋人でもないのにベタベタくっついたり、可愛い可愛い言うんですね」


 マルコが目に見えて狼狽える。今日はマルコのいろんな顔が見られたな。良い思い出になった。

 ちょっぴり胸が痛むが涙は出ない。頭の芯が冷えていく。


「早く降ろして下さい。不愉快です」



「ばかっ、誤解すんな。俺はテレサだけが好きなんだよ」


 マルコが私を支える腕に力が籠る。


「焼きもちやいたんだよ、解れ」


 拗ねた声が耳元で響く。


「あ、テレサ首まで赤くなった。可愛いなあ」


 マルコの声が急に甘くなる。そうかと思うと、


「なあ、俺の事好き?だよな?」


 突然不安そうに囁く。


「本当は恋人がいるけど、流されてるだけじゃねえよな?」

「何ですって?失礼な!!」

「わっ、ごめん、暴れんな。危ない」


 私だって風魔法くらい使える。突風を起こして体を離し、距離を置く。


「機嫌なおせよー。公園で旨いサンドイッチ奢るからさ」

「どんなのよ?」


 私は腕を組んで睨み付ける。


「粗びき黒胡椒のたっぷり利いた、厚切りベーコンと大盛野菜のサンドイッチ。どう?」


 黒いダイヤと来ましたか。中世の胡椒は、超贅沢品の筈だ。でも、ここはセンテルニヤ王国だ。

 お安いんでしょ?


「美味しくなかったら許さない」

「テレサ、可愛い~可愛い~。好き、大好きだぜ」


 マルコが懲りずに距離を詰めてくる。流されてる訳じゃない。逞しい腕に愛情込めて抱き締められたら、私だってときめく。

 ぎゅうっと強く抱き締めていても、どこか気遣う気配があるのだ。とても大切にされていると感じる。


「早くしないと売り切れちゃうよ」


 私は照れ隠しにモゴモゴと発言した。マルコもお腹が空いているので、さっさと移動を再開する。


「売り切れてたら、ごめんな」

「まあ、何かは食べられるでしょ」

次回は公園デート

よろしくお願い致します

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