学園生の食事事情
3話目以降は不定期更新です。
それから厨房工事が終わるまで毎日、マルコは私を夕食に誘った。お店に行ったり、屋台で買って立ち食いしたり。
帰りは毎回聞いてくる。
「明日はどこ行く?」
毎日でれでれ目尻を下げて、ぴったりくっついて学生寮まで帰る。出掛けるときも学生寮の入り口で待ち合わせるのだが、不思議なことに噂にはならなかった。
けっこう寮生には見られているんだけども。
マルコのあまりのだらしない顔にドン引きで、皆が自分の記憶から抹消しているのかも知れない。
マルコが魔法剣を手に入れた翌日は、お手洗いに立つついでに私が支払いを済ませた。目ざとく見つけたマルコが、慌ててレジに来た。
「あっ、俺が誘ったんだから出すって」
「昨日出して貰ったし、魔法剣が見つかったお祝いってことで」
「いやでも、昨日は、すげえ旨い店教えてくれたお礼だし」
「もう払っちゃったから。ほら、デザート来たみたいよ?」
私はマルコの大きな背中を両手で押して、テーブルに戻そうとする。マルコはワイバーンを乗り回すだけあって、全体的に大きい。極端な大男とは違うのだが、私の両手をついても、背中はたくさん余っている。
私は魔法能力こそ開花したが、元は単なる田舎貴族の娘だ。健康だが体格は相変わらず平均値。手も大きくない。
赤い眉毛を下げて、困ったような表情で見下ろしてくるマルコを押していく。押しているのは私なのに、何だか包み込まれているような、不思議な感覚になった。
デザートは、チーズケーキとシャーベットの盛り合わせだ。私はレモン、マルコはラゴサ牛のミルクシャーベット。
本当にマルコは、ラゴサ牛乳の大ファンだった。
「溶けちゃうよ」
「テレサ可愛い。ありがとな」
説得には成功した。だが、マルコは嬉しそうに指を絡めてきたので、人目が気になって仕方がなかった。
朝昼は別々だ。マルコは朝に鍛練してから朝食を摂り、更に少し勉強してからギリギリに登校しているそうである。
私は、前日に買っておいたパンやサラダを部屋で食べてから、ゆっくりと出掛ける。
「ホントは一緒に登校したいんだけどさ」
何度目かの夕飯デート後に、指を絡み合わせた手をなるべく自分の近くへと引き寄せながら、マルコは怨めしそうに言う。
「テレサの魔法剣を使いこなせる実力が無いからな」
「だからそれ、やめて?」
「それって?」
「古代の魔法剣に私の名前つけないでよ~」
「テレサ、可愛い」
「ちょっと!また!近すぎるよ」
「可愛い~」
マルコは、嬉々として顔を近づけてくる。くっつかれるのは恥ずかしい。テレサの魔法剣という呼名はダサい。流石、雑なゲームの住人だけの事はある。いっそセンス無いとハッキリ言ってしまおうか。
「何でだよ。テレサのお陰で手に入った剣だろ」
「選ばれたのはマルコだから、マルコの魔法剣でいいんじゃ?」
マルコの剣はマルコの剣。テレサの鞄はテレサの鞄。解りやすくて良いのでは?
いけない。だんだん雑世界の思考に流されている。もう16年ネイティブ雑王国人やってるからなあ。
さて、マルコは古代の魔法剣を手に入れた後、その発動訓練をしているらしい。魔法剣だから、何らかの効果を発現するのだろう。ゲームでどうだったかな。まるで思い出せない。
しかし、マルコときたら。夜明け前に起き出して、柔軟運動からのフルコースを行う。授業は寝ないでバッチリこなす。体力オバケである。
「眠くなんないの」
「ならねえ」
「凄いね」
「早く寝るからな」
なんだ。また雑理論が展開されて、睡眠時間入れると丸1日を越えるのかと思ったら。ちゃんと寝ていた。漁師時間だった。
いや、まって。
夕飯デートもこなしている。しかも男女共通スペースで、私に宿題を教えてくれる。短い時間でザクッとポイントだけ説明してくれて、とても解りやすい。
その後完璧な予習復習までしていると言う。マルコの睡眠時間は漁師より短そうだ。
「四時間以上寝たら脳ミソ溶ける」
とか言うタイプでも無いけど。本人は、早寝早起きで毎日健康快男児のつもりである。でも、絶対普通の早寝早起きの人より寝てないよね。
あと、快男児というと爽やかなイメージだから、なんか違う。まあ、そこは自称なのでスルーしてあげよう。
放課後ベタベタ寄ってくるマルコだが、校内では案外大人しい。たまにこちらを見てニコニコする程度だ。
ある日私が学食で友人達と食事を摂っていると、視線を感じた。ただの視線ではない。魔力を乗せた熱視線だ。
私は、恥ずかしいので魔力を手で打ち払ってから、ちらりと視線の主を見る。
輝く笑顔でこちらを見ているマルコが、遠くのテーブルで主人公グループとランチしていた。
目が合うと、マルコは目尻を下げてだらしなく笑う。途端に、私達の隣で食べていたグループから黄色い悲鳴が上がった。
「きゃあー!セレナード様がこちらをご覧になったわ」
「あたくし、眼があいましてよ」
「きゃー!笑いかけて貰っちゃった」
「みんなに笑ってくれたのよ!マルコさんは優しいんだから!」
「きゃああ!セレナード君かっこいい」
流石攻略対象。モテモテだな。
お陰で私はすっかり冷静になって、友人達との会話に戻る。
マルコは、昼食を主人公グループこと乙女ゲーム(題名忘れた)メインキャラクターズ・メンバーで食べている。たまにマルコだけ居ないが。
そう、他のゲームメンバーは毎昼どころか四六時中一緒にいる。行動パターンがみんな同じ。けっこう各人で性格違いそうなんだけどねえ。
ゲームでも、だいたいが共通イベントだった。どのルートでも一緒。あのゲーム周回して楽しいのか。作業だよね。
前世の私はどうだったかな。記憶がはっきりしない。2人くらいのルートを遊んで、後はネットでネタバレ見たんだろうか。それとも、作業しながら呆れてたんだろうか。
マルコルートをやったのは確かだけども。
移動場所を選んで進むと、決して独りでは居ない。どの選択肢でもぞろぞろと5人がついてくる。たまに、主人公の親友までいる。何か、独りになってはいけない程の危険でもあるのだろうか。王都怖い。学園ヤバイ。
「君だけだ。こんなこと話せるのは」
とかヒーローが宣う背景には、ぞろぞろメンバーが居残っている。背後にイケメン5人組勢揃いで、発言者だけが前景に出てくる。前景に出ても後ろにもいる。それはギリ表現として許そう。
そして、好感度に関係する秘密のお話をなさる。
みんないるよ。
時々、モブいっぱいいる町中とか教室だよ。秘密告白する環境ではありませんよね。
魔法的な何かで音声遮断しているのだろうか。背景にいる、個別面談の順番待ち状態の方々は気にならないのか。せめて場所移動したらいいのに。雑すぎる。
よく出てくる場所の名称も、なかなかに適当だ。
マルコルートで仲良くなってくると、2回に1回はランチイベントが発生する。他になんかないのか。無いんだろうな。無かったから全部、
「ご飯たべよー」
「おう」
なんだろう。
しかも毎回同じ場所。
主人公グループは、名前の一定しない食事スペースで集まってるらしき描写がある。現世マルコから、学食で魔力アプローチを受けるようになって思い出した事だ。
他のルートは解らないが、恐らく似たようなものだろう。
あるときは、
「今日、お昼一緒にたべよ?」
「おう。いつもの通りサロンで待ってるぜ」
と言うが、別の回では、
「学食でね」
「いつもの席にいる」
となる。更には主人公とマルコ2人の会話が、
「お昼どうする?」
「いつも学食だから、たまには変えるか?」
「んー、やっぱ今日もサロンで」
「そうだな。今日もカフェテリアにしよう」
病んでますか?
現実でも、マルコ以外は呆れる程に団体行動だ。中学生女子か。
マルコ以外はお国の偉い人らしいので、一般人とは話が合わないのかも。
ゲームのマルコには、顔も名前もない魔法剣研究会の友人がいた。現実でも同じだ。当然、顔と名前はあるけれど。
時々主人公グループから離れるのは、その友人と一緒だったり、独りで何か用事があったりするからだ。
マルコの学校生活は、優秀だが普通の学生の日常だと思う。
学校生活は。
そのうちワイバーン登校して、学校生活でもフリーダムになるのだけれど。ベタベタされるのとはまた違うベクトルで恥ずかしいから、学校では知らない人の振りしとこう。
主人公マーサ・フロレスについては、よく解らない。その親友ちゃんは10歳クラスから第一教室にいる中央貴族の娘だ。
そこにくっついている主人公は、騎士爵家だ。マルコと同じ身分の筈。一般人の友達はいないのかな。
中央貴族とは、即ち中央官僚である。何をやっているのかは知らないが、とにかく偉い。
別に勉強不足だから知らないわけではない。
先ず、学校では教えない。だが、わがセンテルニヤでは魔法家電テレビで、ニュース配信だってある。新聞もある。街や村の情景は中世騎士物語風の世界だが、ネットニュースも普通にある。
絶対王政にも関わらず、情報統制されている気配は無い。しかし互いに矛盾した様々な報道や記録が飛び交い過ぎなのだ。
巧妙な情報操作?そんな上等なものではない。単なる混沌だ。
因みに、ラゴサ領の農園労働者どこから来るの問題は、未だに解決していない。
話を戻そう。
マーサはマルコと違って、騎士爵家だけど自宅生だ。マルコや私のような田舎出身の寮生ではないのだ。それで一般人とは感覚が合わないのかな。気さくな子だけど。
マルコによると、マーサが住んでいるのは豪邸ではないらしい。
「家知ってるんだ」
「ヤキモチ?嬉しい。可愛い~」
主人公グループは順番に場所を提供して、勉強会をしているそうだ。そういえば、試験勉強イベントがあったような気がする。マーサの家は、貴族のタウンハウスとは違う。
「中央魔法騎士団家族寮」というものが存在する。現世のマルコから聞いた。普通に友達を招待可能な集合住宅らしい。
「フロレスさんの親御さんて、中央魔法騎士団員なの?」
「んー、どうだろ?あんま知らない」
「え?家族寮住まいって言わなかった?」
「そうらしいんだけどな。何の家族寮かは知らね」
マルコにとって「中央」は中央魔法騎士団を意味し、「家族寮」は中央魔法騎士団家族寮しか知らない。
建物の入り口にプレートとか無かったんだろうか。勉強出来るのに、注意力散漫だな。
「考えてみると、はっきり聞いてねえし。魔法騎士団以外にも家族寮ってあんだろ」
「そうだけど」
騎士爵家で、王都に自宅がある。中央魔法騎士団以外ならなんだろう?王宮騎士団とか近衛とかあんのかな。絶対王政だし。
私が納得いかない顔をしていると、マルコがぎゅーっと抱きついてきた。
「テレサ可愛い」
「はっ?」
全く、脈絡の無い男だ。
どうしてこう、学校から少しでも離れるとベタベタくっついて来るのか。自称快男児の癖に。
「恥ずかしいので離れてください」
「可愛い~」
冷たく言ってみたら、余計にくっついてきた。歩きにくい。
何とか距離を取ろうともがいていると、マルコがふと提案した。
「今日、テイクアウトで公園デートしね?」
「いいね。お天気いいもんね」
「何食べる?」
「んー、公園まで歩きながら考えよ」
「そうしよう」
私達は、テイクアウト出来るお店をブラブラ見て歩く。
お読み下さりありがとうございます。
次回、『ぶらりセンテルニヤ王都』
書きたい事箇条書きにしたら、だいたい全25話位になりそうでした。
雑と現実のバランスを探りながらの更新です。
不定期になると思いますが、よろしければ暫くお付き合い下さいませ。
ご感想、ご意見、ご指摘、お待ちしております。