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雑な感じの転生だった(後編)

 16歳クラスに上がる頃、私の瞳は、主人公よりもくっきりと濃いピンクに染まっていた。第一教室に入ってもう4年が経つ。


 主人公とその親友、そしてイケメン5人組は、学園の生徒会役員もこなす優秀なグループである。


 私は魔法能力に目覚めたものの、一般科目は平凡な成績だ。友人も同じタイプの男女である。私、モブだと思うんだけど。主人公達とは、関わりがないし。わざと避けなくても、挨拶以外の会話は無かったので。



 そんなある日、寮の厨房に工事が入った。一ヶ月食事の提供を中止すると言う。厨房は男女共同の食堂にある。

 恐らく、マルコのお弁当イベントがやって来たのだ。いつの間にかゲーム時間は始まっていたらしい。


 内容はうろ覚えどころか、ほぼ記憶にない。だから、このイベントがゲーム内時間のどの辺りかは解らない。

 マルコのイベントも、順番は覚えていないのである。寮の場所が何処なのか気になっただけだ。矛盾点しか印象に無い。


 現実の学生寮は、中心街にあった。街は賑やかな都市で、ゲームでは中心街に建つとされていた学園は、郊外の森にある。寮が自らふらふら移動する魔法的建造物でなくてほっとした。



 学生寮は、食堂・厨房を挟んで左右に男女が別れる造りだ。各入口には魔法センサーがあり、異性の寮には立ち入れない。

 マルコルートには、主人公が男子寮のマルコの部屋に来る看病イベントがあった。現実とは違うのか。はたまた雑にお部屋訪問をスルーされるのか。男子寮への訪問を試したことは無いので解らない。


「関係ないかな~」


 友達に寮生はいなかった。皆自宅生である。同室女子とは、相互不干渉の間柄だ。嫌いではないが、仲良くもない。

 そんなわけで、朝夕部屋で買い飯生活だ。 


 2週間経った頃、部屋飯に飽きた。お小遣いもあるし、今日はお店で夕飯にしよう。そう決めて、以前友達と行って美味しかった店に向かう。

 途中、別の店の前で主人公がマルコに話しかけていた。青とブラウンの格子柄ワンピースが愛らしい。


「厨房が工事ですって?」

「うん」

「お昼は学食あるからいいけど、夕方やってないでしょ」

「まあな」

「ねえ、厨房がなおるまでうちに食事いらっしゃいよ」

「いや、いい」


 寮のロケーション情報が無い。別の選択肢か。または、現実だから全く違う言葉なのか。

 どうでもいいか。

 と、通りすぎようとしたら、マルコが声をかけてきた。


「あ、おい、デ・ラゴサ」



 私は、何だろうかと立ち止まる。マルコは生徒会書記だ。一般学生の私に用があるとは思えない。部活も違う。マルコは魔法剣研究会で、私は魔法書研究会だ。宿題で組まされているグループも別だし、心当たりはない。


「旨い飯屋知らね?」


 どうやら、同じ食堂難民として情報が欲しいらしい。恐らく、マルコも自分の知っている店はもう飽きたのだ。


「海の宝石亭、知ってる?美味しいよ」


 これから行くところだ。むしろ私はそこしか知らない。


「おー、海鮮か?それどこ?」


 マルコのテンションが上がった。


「海鮮いいね、そこ行こう」


 主人公が声のトーンを上げた。私は立ち去ろうとする。マルコがついて来た。


「まてよ、場所教えて」

「あたしも知らない。ねえ、テレサも一緒に行こうよ」


 主人公が人懐っこく誘ってきた。マルコが呆れて釘を指す。


「お前、夕飯の買い出し中なんだろ」

「あ、そうだった!マルコ、またね。今度場所教えて」

「おう、じゃあな」

「うん。学校でね」


 主人公は天然キャラか。2人は手を振って爽やかに別れる。ここからは見えない広場にあるからくり時計が、夕方の音楽を鳴らし始めた。

 その光景に、私はまたもや思い出す。



(これ、あ、そうか)


 テレサ・デ・ラゴサは、マルコルートの隠しマップキャラだったのだ。厨房工事イベントで自宅に誘うを選ぶと、テレサが現れる。他の選択肢は忘れた。

 マルコの好感度が一定以上だと、テレサと3人で海の宝石亭に行く。そこで何だったかの事件が起こり、何だったかのアイテムが貰えるのだ。

 ゲームの後半で唐突に始まる魔物討伐イベントが楽になる物だったと思う。

 好感度が友情止まりだと、今目の前で起こった通りになる。


(たしか、イベント名は「案内人」私に名前は無かったな)


 顔も無かったかもしれない。



「ここか」

「あ、うん」


 そのまま、マルコと2人で「海の宝石亭」に入った。マルコは海鮮が好物らしく、目を輝かせて店内を見回す。店員に案内された席に座ると、涎を垂らさんばかりの表情で口を開いた。


「みんなうまそー。デ・ラゴサおすすめある?」

「うーん、私も二度目だから」

「そうなの?」

「うん。友達と来て美味しかった」

「そんとき何食べた?」


 私は、うーん、と上を見ながら答えてゆく。


「アンチョビドリアと、ホタテフライ、サーモンサラダ、イカ墨パスタを四人でシェアして、小エビのスープパンを食べて、あとデザートはデルフィ海の塩を使ったブラマンジェ。ミルクはラゴサ牛のだった」


 ラゴサ牛の牛乳は、普及品である。それを使うこの店は、庶民や学生向けということだ。



「おー、全部うまそー。頼んだものシェアしようぜ」

「いいよ、一個ずつ選ぼう」

「おう。イカ墨パスタいい?前と同じは嫌か?ブラマンジェは外せねえな。やっぱミルクはラゴサ牛だよな」

「えっ、一番平凡な安いやつだけど」

「俺は一番好きだけどなー。さらっとしてて、癖がねえだろ」


 人の好みは色々だ。とにかくマルコ的には大ヒットの店で良かった。紹介した店が、相手にとってハズレだといたたまれない気持ちになるから。


「そういや、デ・ラゴサんとこの牛乳だよな」

「え?うん」

「やっぱ、毎日飲んでると飽きんのかな。旨いけどな」


 そういうことではないと思う。普通に平凡な安い牛乳なのだ。マルコが特に好んでいると言うだけだ。



「セレナードは、やっぱ魔法騎士になんの」


 注文が終わって料理を待つ間、雑談を始めた私たちは、案外話が尽きなかった。

 話しているうちにデザートも食べ終わり、食後のコーヒーをおかわりしながら喋り続けた。

 宿題や授業の話から、食べ物のこと、魔法のこと、ついには将来の夢にまで及んだ。


「どうかな。騎士爵は兄貴が継ぐからさ。中央魔法騎士団には入れなさそうだしなあ。他の領地でも最近は募集無いし」

「なんで?セレナードなら中央行けそうだけど」

「あそこは、自分だけの魔法剣がなきゃダメなんだよ」

「!!」


 私は目を見張る。


「子供の頃から探してはいるんだけど、手に入らない」


 残念そうなマルコに、私は身を乗り出して叫ぶ。


「魔法剣、ここにあるよ!」

「え?」


 思い出したのだ。何らかの事件と何らかのアイテム。

 それは、マルコの専用武器だ。名前は雑だった。


「古代の魔法剣」

「へっ?マジ?」

「こないだ、友達が言ってた!」


 それは本当だ。この店に連れてきてくれた友達に聞いたのだ。この店には大変な歴史があって、伝説の魔法騎士が使った古代の魔法剣があるという。剣は、静かに新しい持ち主を待っている。


「噂、だよな?」

「聞いてみる価値はあるよ」

「そうかな」

「そうだよ」

「選ばれるとは限んねえけどさ」

「チャレンジしてみれば」

「そうだよな」



 ゲーム後半に、何の伏線もなく始まる魔物討伐イベント。そこでこの剣があれば、一瞬で勝てるのだ。

 ただ、それにはもうひとつ条件があった。

 主人公はマルコ以外のエンディングを目指していること。

 謎の縛りである。

 しかも、どうやらこれがトゥルーエンドらしいのだ。ストーリーを行き当たりばったりで作ったに違いない。


 どうせ雑なのだ。何らかの事件については思い出せないが、大丈夫だろう。

 問題はルートの方だ。

 ゲームでは、主人公がここに来ないとマルコに専用剣は手に入らない。



「あのさ」

「なに?」

「さっき一緒にいた子」


 名前何だっけ。主人公。


「ん?マーサ・フロレス?」

「そう」


 そうだった。デ・領地名ではない名字を持つのは、騎士爵家である。主人公も騎士の家柄か。だから、討伐に参加するのか。

 そのわりには、16歳になってものそのそしているが。


「あの人って、恋人なの?」


 一応聞いてみる。


「え、何?気になる?」


 マルコはニヤニヤしだした。かなり嬉しそうに顔を近づけてくる。何だろう。



 古代の魔法剣を討伐に持ち込めるのは、マルコが友達以上恋人未満で、好感度が一位では無い場合。つまり、恋人でもダメってことだ。

 マーサ・フロレスが帰ってしまったので、多分互いに友情しか抱いていない。

 そうなると、古代の魔法剣はマルコを選ばないかも知れない。


「嬉しいな。テレサのほうが可愛いよ」

「ちょっと!」


 マルコの奴、いきなり何を言うか。そう言う事を聞いてるんじゃないの。魔法剣イベントが成功するか知りたいだけ。

 いや、でも、もの凄く話が合うしな。

 その嬉しそうな顔も、ドキドキするからやめてほしい。



「とにかく、魔法剣だよ」

「じゃ、何で聞いたの?」


 マルコがテーブル越しに手を伸ばし、コーヒーカップを持っていた私の手に重ねる。


「ちょ、ちょっ、」


 私は慌てて手を引っ込めた。

 あれ?

 事件はともかく。

 もしかして、マルコが誰かと友達以上恋人未満なら良いのでは?

 何しろ雑なゲームである。誰でもいいんじゃない?

 私、でも?



「顔赤い。可愛い」


 マルコ、グイグイくるな。自重しろ。


「マ、マスターに聞いてみよ?剣のこと」


 最後のコーヒーをグイッと飲み干して、私は席を立つ。

 マルコもいそいそと席を立ち、手を繋いできた。

 なんだこいつ。行けると思ったら押せ押せ野郎なのか。爽やかな顔して。

 そういえば、学生寮でワイバーン飼育する奴だった。

 見た目に反したワイルド系肉食イケメンだったのか。それとも、単なるマイペース男なのか。いずれにせよ、爽やかハンサムとはほど遠いな。



 私は手を繋がれながらも、急いでレジに行く。


「ご亭主、古代の魔法剣があるってほんと?」


 会計をしながらマルコがどストレートに切り込む。

 そして、さりげなく私の分も払ってしまう。お財布を取り出した手を無言で押さえてバッグに戻された。

 その間にも会話は続く。


「ええ、ありますよ」

「見せて下さい。俺、魔法騎士目指してるんです」


 さっきは「どうかな」なんて言ってたけど、やっぱりまだ目指してるんだ。


「そりゃいい。こっちへ。お嬢さんも」


 私達が店主について行くと、店の裏庭にある小さな祠に到着した。剣は、祠の中に無造作に置かれていた。

 すっかり朽ちて、刃は欠け色は全体に茶色っぽい。真っ白に濁った石は、恐らく古代の魔法石だろう。

 この前魔法書研究会で読んだ文献に、古代には魔法石と言うブースターがあったと書かれていた。


「触ってみても?」


 マルコが聞く。

 期待で少し息が浅い。


「どうぞ」


 店主に促され、マルコは大きな剣士の手を伸ばす。

 やだ。マルコ、格好いいじゃない。緊張した真剣な顔が、何時もの爽やかだけど周囲とは無関係な感じとは違う。

 私にも、今は視線を向けない。


 固唾を飲んで見守るなか、ついにマルコの節くれだった剣士の指が、古代の魔法剣に触れた。


「っ!」


 私は止めていた息を一瞬吐いて、また呑みこむ。


 剣はまばゆく白銀に輝き、魔法石は濃いピンクに輝いた。明るくはっきりとしたピンクの石を見つめ、マルコは満足そうにこちらを見た。

 そして、おもむろに口を開く。


「この剣は、今日からテレサの魔法剣と呼ぼう」

「はぁ~?恥ずかしいからやめてよねっ!」


 マルコは、赤い短髪頭をのけ反らせて豪快に笑った。

お読み下さりありがとうございます

3話以降もよろしくお願い致します

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― 新着の感想 ―
[一言] いやいや、絶対続き書いてください! すごく面白いです 続きがめちゃ気になります!
[良い点] 雑さ でも雑な世界観を突っ込みを入れながらしっかり作り込んでいる点 マルコの節くれだった指が・・・って一文でゲーム的な筋肉の無いなんちゃって剣士では無い生きてる感じを見られたところ
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