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魔の山で修行

 最後の窓を閉めてすぐ、加速の魔法を使って素早く屋外へ出る。教室を飛び出し、階段を駆け降り、昇降口を走り抜ける。その間、人っ子一人居なかった。廊下も教室も閑散としている。教師も学園生も、誰一人残っていない。


 避難完了確認を怠ったのか。それとも、解っていながら放置されたのか。現役中央魔法騎士団見習いと、いつの間にか規格外になってしまった古代魔法民族の私。後先考えずに、中央騎士団への連絡もせずに放置されたのでは?


 これだから、雑王国は!



 腹立たしいやら、諦め気分に満たされるやら。マルコを見ると、怖いほど真剣な顔で走っている。鮮やかなピンクレッドに輝く古代の魔法剣を握りしめ、ただ前だけを見て。


 それでも、私と速さを合わせてくれている。いくら加速の魔法を使うとはいえ、元の体力が違う。鍛練の積み重ねに、文字通りの人外魔境での経験が加わり、今やマルコの脚力は獣の領域だ。

 私を待たずに蜘蛛脚マシンドールの所へ駆けつけるほうが、被害を最小限にとどめられるかもしれないのに。


 置き去りにされた後の私を心配してくれたのだろう。マシンドールだって、あれで終わりとは限らない。

 魔法実技演習試験に使われる魔法戦闘機械は、かなり大量だった筈だ。もしも、それら総てが魔物になっていたら?次々に襲ってきたら?

 いくら学園トップクラスの私でも、1人では対応しきれない。



 いずれにせよ私達2人は、昇降口から表へ飛び出し、蜘蛛脚戦闘魔法機械が張り付いている壁面へと回り込む。


「あっ、君たち、早く避難しなさいっ」


 殺人光線を乱れ打ちしてくる蜘蛛脚の機械は、金属の毛が生えた節のある脚で自在に校舎の壁を這い回る。

 毛は金属製なので、壁や窓ガラスが細かく削れて降ってくる。


 極彩色のレーザービームに混ざって、光を反射して幻惑するガラスや壁の粉が降り注ぐ。そんな危険な情景の中で、試験官と試験監督担当の魔法実技演習教員達が怪我を負いながらも蜘蛛脚機械と対峙していた。


 すみません。逃げたと思っていました。



「増えてはいないな」


 マルコは現場を冷静に見渡して、そう言った。

 私達が魔法戦闘実技演習試験待機教室からここに回ってくる迄の間に、新たな生きた戦闘魔法機械人形は登場していなかった。


「そうね」


 その場に居た教員は6名。魔法実技演習担当教員3名、戦闘実技演習担当教員3名である。魔法学園ではあるが、補助や強化が得意な教員も在籍しているのだ。

 その中で、物理特化の教員3名が戦闘魔法実技担当教員と共に、マシンドールの対応に残ったらしい。



 私は、蜘蛛脚マシンドールに応戦している教師達に防護の魔法をかける。マルコは教師達の指示を聞かず、前に出て蜘蛛脚マシンドールが放つ殺人光線を弾き返す。


「こらっ、早く逃げなさい」


 普段から厳しい教員が、鋭く叱りつけてくる。

 私達は、教師のうちでも上級者達と同等の実力はあった。しかし、先生方は私達を生徒として守ってくれるのだ。

 全く予想外にちゃんとした学校じゃないの。



 先生方の避難勧告を無視して蜘蛛脚機械の光線を弾き続けるマルコを含め、防戦一方だ。マルコの場合は積極的な攻撃が出来ない事情もあるが。


 物理特化教員が果敢にマシンドールに近寄ろうとするが、次々に放たれる上に軌道が一定しない蜘蛛の眼光線に翻弄されている。


 私は教育者に反抗したくない。だけれども、反撃可能な手札を持っているのに知らん顔をするのは気が引ける。とりあえずは、ひたすら防護の魔法をかけまくる。



「ああもう、お前達は」

「早く帰れ」

「大人しく下校しなさい」


 先生方が渋面を作る。その間にも蜘蛛脚機械のビームは乱れ打ちされる。実技演習教員勢の攻撃は、始まりもしていない。


 困ったな。

 マルコが蜘蛛脚の本体へと近付く事が出来ないのはやはり残念だ。

 この場で攻勢に転ずるとすれば、皆のバックアップで飛び出す誰か1人だ。1人で対応しきれる自信が無いのか、誰も飛び出さない。


 先生方は、既にマルコと私に「逃げなさい」とは言わない。何故なら、充分戦力になっているからだ。しかし、教師としては生徒を漏れなく避難させたい。だから、「下校する」という表現を使ったのだ。



 戦局は膠着状態だ。何とか状況を動かしたい。


「テレサ下がって!」


 私が加速の魔法を自分自身にかける気配に、マルコが敏感に反応する。スピードを上げて一気に蜘蛛の本体を叩くつもりだった。


 しかし、マルコがその大きな背中で庇うので、前に出てゆく事が出来ない。

 これでは、膠着状態が続く。私を庇うのは悪手だ。マルコだって仕掛けられないのに。



「どうするつもりなの」

「テレサの魔法剣を試してみる」

「攻撃は禁止なんでしょう?」

「反射を利用して光線を打ち返す時に、本体まで届かせる」


 古代の魔法剣は、今のところ眩く光っているだけだ。私はマルコが魔獣と闘う場面を見た事がない。先程魔法戦闘機械人形たちを消し飛ばしたのが、マルコの実戦を観た初めだ。


 これから試すと言うのだから、マシンドールを消し去ったのは通常の魔法剣技なのだろう。


「その光でさっきの機械人形を消したんじゃないの?」


 やはり気になる。マルコと2人で作業の如く光線を打ち返しては、蜘蛛脚機械に躱されたり複雑なレーザーで無効化されたりしながら聞いてみた。


「普通の魔法剣技を使ったんだけど」

「うん」

「あんな効果は、今までなかった」

「どうやったかわからないの?」

「まあ、何とかなんだろ」



 マルコが何故、反射させた蜘蛛脚の光線を蜘蛛脚機械の本体に届かせる事が出来ると思ったのかは解らない。しかし、育った魔法剣は、喋りはしないが意思はあるらしいのだ。

 マルコとどうにかして意思の疎通をしているのだろう。



 未だ発動しないと言うこの魔法剣が、特別な効果無しでどれほどの威力かは知らない。

 だが、光った事により威力が増したのならば、マルコが今試すなんて言葉を使うのは少し変だ。


 赤に近いピンクの光は、何かの効果か魔法が発動準備段階なのかも知れない。


「テレサの魔法剣は、マシンドールを構成する何かに反応して起動したんだと思う」


 マルコが忙しなく魔法剣を振り回しながら言う。魔法実技担当教員は、反射の魔法や打ち消しの魔法を使っている。

 先程迄は、ほぼ防護の魔法一択だった。私のかけた防護の魔法によって多少は応戦が楽になったようだ。



「ちっ、マーサが居れば」

「なんかあてになる魔法でもあるの?」

「分析眼持ちなんだよ」

「ぶんせきがん?」

「体力や能力が数値化されて見えるらしい」


 主人公特権ですね。魔法じゃないんだ。生まれつきの特殊能力らしい。鑑定能力ってやつか?それともステータス見えちゃう系なのか?



 その能力は、ゲームマーサにはありませんでしたけれどもね。魔物討伐は、テキストのみでしたよ。仲間の使う道具すら、何の道具なのか全く説明されませんでしたっけ。



 現世マーサのその力について、どうせ聞いても詳しい事はわからないに違いない。第一、今はそんなこと追求している場合ではないし。

 しかし、特殊能力なんか、雑王国に生まれて16年、見たことも聞いたこともないけど。


 まあ、センテルニヤ王国なので。追求は意味がない。



「くそっ、あいつら生徒会役員のくせにさっさと逃げやがって」


 そうだね。


 私にはゲームの記憶がぼんやりあるから、討伐フェーズはイケメンズとヒロイン総出撃だったと知っている。


 雑な選択肢とテキストオンリーではあるが、ゲームの彼等は古代の魔法剣抜きでも魔物に勝利出来た。現実は違うのかもしれないが、少なくとも彼等は実技も含めた成績優秀者である。


「うーん、避難誘導されたかもよ?」


 私達は、マルコが教室で応戦していたから、一般的な意味では逃げ遅れたという状態だ。



 そうこうするうちに、蜘蛛脚機械が攻めあぐねて焦れたのか、突然壁を蹴って宙に舞った。

 マルコの手に力がこもる。柄にかけた手指を一旦緩めて握り直すと、鋭い目付きで落下する蜘蛛脚機械を見据える。


 古代の魔法剣は、その刃に強い光を凝縮させた。軸足を踏みしめるマルコ。僅かに重心が動く。どちらにでも踏み出せる態勢だ。


 落下する蜘蛛脚機械が、空中で脚を畳んだ。カシャカシャと金属音を立てながら、節のところで器用に内側へと折り畳む。


 それから蜘蛛脚機械は、奇妙な形の胴体部分を徐々に加速しながら回転させて、四方八方に殺人光線を発射した。


「テレサっ逃げろ!!」

「まだよ」



 最終年齢の第一教室程ではなくても、ここ『アラン王子記念王立魔法学園』の校舎は、どの箇所でも大概の衝撃には耐える。跳ね返すまではいかないが、少し穴が開いたり削られたりするだけで倒壊はしない。


 つまり、蜘蛛脚の破壊力もその程度だということだ。新たな動きを見せるマシンドールだが、今のところ私でも充分対処できる。


「騎士団本部何やってんだッ」


 マルコが激しく魔法剣を回転させながら吠える。何かの剣技を繰り出しているのか、はたまた怒りに任せて蜘蛛脚の光線を力業で打ち返しているだけなのか。



「えっ?」


 蜘蛛脚機械は回転が最高潮に達すると、こちらに向かってくることなく、忽然と消えた。


「空気魔法陣かよ!」


 空気で描く魔法陣。確か昔の移動魔法研究会が開発した移動用の魔法陣だ。現在のゲートの原型となる移動魔法装置である。と、マルコから教えて貰った。


「しかも、破壊して行きやがった」


 悔しそうなのは、マルコだけではない。私達2人を下校させる事を諦めて無言で防戦を続けていた教員6名も、唇を堅く引き結んで蜘蛛脚機械が消えた空中を睨む。



「テレサ、行くぞっ」

「えっ?あ?先生、さようならっ」

「はい、さようなら」

「こら、セレナード、挨拶せんか」


 いつもと違う強引さでマルコに手を引かれ、学園の森へ。森の中にあるゲートを使って飛竜山脈よりも更に険しい岩山に出る。


 学園の森にはいくつかゲートはある。だが、これはマルコが偶然見つけた学園の記録にもないゲートらしい。おそらくは、昔の移動魔法研究会が作って放置したのだろう。


 その山の名前は、バリシェブナヤモンターニュ(魔の山)。この国の命名は、前世の記憶からすると胃もたれを起こすほどに国籍ごった煮だ。


 勿論、気にするだけ無駄である。国語文法もあってないようなものだ。固有名詞はつけ放題、規則性はない。その辺は、私が生きていた前世の国と似ている。



ゲートを抜けるなり、マルコが言った。


「今から修行を始める」


 は?


「逃げる気が無いなら強くなれ」


 んんっ?

 いやまあ、正論ではありますよね。


次回、夏祭へ行こう

よろしくお願いします

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