表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/27

守って下さる王子様

 紫陽花柄がほんわりと優しげな傘からギラリと抜き放たれた白刃は、刃渡り50センチ程度の直刀だ。変な歪みや曲がりの無い、見事にすらりと伸びた鋼の刃である。雨の中で妖しく烟る。


 せめて15センチくらいにしてくれたら良かったのに。それでも怖いが。前世なら、50センチは辛うじて100円プラス税で購入可能なモノサシの長さだな。


 その予算だと、この長さなら、プラスチック製であったならば方眼入りのけっこうしっかりしたヤツが手にはいる。スチール製のものはペラペラである。つや消しでスチール製だと、その予算では見たことないかな。在るのかも知れないけど。


 ほんと、役に立たないことばっかり覚えてるよ。私の前世知識。

 などと現実逃避している間も、わが頼もしき全自動傘(バディ)は1人で勝手に働いてくれている。私の腕を利用して。筋肉痛どころか、途中で腕とか指とかつりそうで嫌なんですけど。



 マルコが追いかけてくる。傘の相手で精一杯で、振り返る余裕はない。だが、魔力と殺気の混ざった異様な気配が近付いてくるのが感じられた。詳しく分析しなくても、こんな物騒な気配はアイツしかいないだろう。


 それに加えて、道に溜まった雨を蹴りあげるビシャビシャという音が聞こえる。あの走り方は、間違いなくマルコだ。

 そんなことより、路面ドライアップ魔法とかないのか。人間側が防水なら良い、と言うものでは御座いませんのですよ。片手落ちが過ぎる。



 それにしても白服の近衛騎士二人組は、私の行動に疑問を持って欲しいものだ。しかし、そんな旨い話は無かった。流石センテルニヤ王都中心街である。一緒になってマントの悪漢3人組相手に大立ち回りを演じている。


 まて。


 3人組か。対する近衛は2人である。私(傘)が加わりやっと追手側も3人組になるのだ。厳密には、傘が3人分働いている疑惑もあるのだが。

 全く呆れて物も言えない。それで見てみぬふりですか。


 近衛汚いな。やはり王宮所属だけの事はある。専制国家の中央権力なんか、もう、お察しもお察し、察しすぎて擦りきれますわよ。

 イケメン無罪とか承知しないからな。なんだかんだ丸め込む為にハンサムガイを集めているのだ。近衛は。


 勿論、総て現世テレサである私の偏見である。



 投げては戻る無限ダガーの製造元である私の素敵な紫陽花柄の傘は、手に馴染むグリップが付いていた。グリップを外して白刃を引き抜いた後の柄も、滑り止め加工が完璧である。怪しげな太さも手伝って、大変に持ちやすい。


 白刃を抜き放ったので、中身は当然空洞になる。グリップに操られた左手が、飛びかかる悪漢目掛けて切り上げる。悪漢の1人は、片手でダガーを乱れうちながら細身の日本刀を閃かせた。



 下から見ると蛙みたいな脚つきだな。雨に濡れないボロマントの下から上等な黒いTシャツと貴族っぽい上着が見えている。動きやすい服ではあるけど、ボロくするならマントの下も安いのにすれば良いのに。ジャンプなんかするから、マントが全部めくれてフードも取れちゃって素顔丸出し。仮面も着けていない。


「やぁっ」


 声まで出しちゃったよ。思わず出るものなのかも知れないけどね。暗殺者がそれじゃあ駄目でしょう。

 傘の直刀が、打ち込んでくる太刀を斜め上に跳ね上げる。雨が切られて水滴が弾け飛ぶ。同時に、開いていた傘が自動ですぼまりながらダガーを弾く。


 可愛いレディースアンブレラの柄を持つ私の右手が、不自然な突起を探り当てた。私は探してませんよ。傘が勝手に手を操って、カチャリと堅い金属音を立てる。



「観念しろぃ!」


 上品な近衛の白服が、岡っ引きみたいな発言をする。手にした得物は十手ではなくて、善きほどに反り返った大太刀(ダンビラ)である。傘屋のある裏道は、痩せた女と子供がギリギリ並んで通れる程度の幅しかない。マルコと手を繋ぐと、必然的に前後する形となる。


 そんな狭路でダンビラを振り回す近衛騎士2人。つまり、大刀が二本。それが常にバサバサと風を切り雨を割って動き回っているのだ。器用にヒットアンドアウェイしつつ逃げて行く悪漢3人組の刃物も飛び交う。


 命がいくつあっても足りない。しおらしく気絶でもすれば格好はつくが、命は失くなるだろう。ついでに、人間そうそう気絶はしないものだと知った。知らなくても良い知識をまたひとつ得た。



 さて、カチャリのあと私の紫陽花模様の傘が何をしたかと言うと。柄の部分が微かに熱を帯び震動を始めた。ウィーンという起動音的なものまで聞こえる。


 起動たってあなた、中は空洞で外は傘の骨組みと布、そして先程の不自然な突起のみですよ。その音は何処から?歯車とか、配線とか何かしらそれっぽいものは影も形もありません。


「テレサッ」


 逃げながら波状攻撃を仕掛けてくる悪漢3人を(傘が)捌いていると、頼もしい声が背中に届く。幅広の魔法剣に僅かな魔力を纏わせて私の頭の上から水平に突き出すマルコ。


 降り注ぐダガーが砕け散る。破片を傘が弾くより先に、前にいた銀髪緑眼のイケメン近衛騎士が、魔法を使って砂のように細かくしてしまう。

 なんだよ、イケメン。そんな魔法が使えるならさっさとダガーを始末して下さいよ。本当に怖かったんだからね!



 手元の震動が増して、キーンと少し甲高い音に変化した。閉じられた傘の中程から、何やら発光する輪っかが広がって行く。初めは青い細い輪が現れ、傘に突き刺さったような形に円を広げた。次に斜めに傾いた緑の輪っかが、傘に貫かれた形で出現する。2つの円は回転しながら共鳴を始める。


「おいっ」


 2人のイケメンが声を揃えてこちらを見た。隙と捉えたのか、悪漢は一旦私とマルコを離れ、3人で2人に襲いかかる。


「ひゅう~♪」


 マルコは、傘の輪っかにテンションを上げた。私は憂鬱な気分になる。輪っかは今や、線ではなくて文字の連なりに見え始めていた。円周だけだった青と緑が内側にも侵食を始めて、複雑な模様を作り出す。


 傘の機械音が最高潮に達した時、イケメン達が私とマルコの頭を飛び越えて背後に避難した。賢い選択である。

 突き飛ばされる悪漢3人組が体勢を整える一瞬を、傘は見逃さない。


 パカッ。

 石突に被せられた金属部分が呆気なく開く。手元に見える柄の空洞には、次々カラフルな球状の物体が転送されてくる。鉛である必然性など不問だ。筒の中に見える状況もなかなかにシュールだった。チョコレートの詰まった透明の筒みたいな渋滞ぶりである。


 しかし、けっこう起動長いな。悪漢も逃げそう。



「テレサッ」


 マルコのゴツゴツした大きな手が私の眼を覆う刹那、魔法とおぼしきカラフルな軌跡が、幾つも悪漢に向かう。傘から発射された魔法の弾丸らしき発光体は、次々にマントの3人に着弾する。


「くそっ」

「ぐっ」

「うっ」


 マントには魔法防護機能があるらしく、カラフルな焦げ跡が着く程度ではあるが、それがなければ蜂の巣だった。見たくない。

 いずれにせよ、悪漢の動きと危険な乱射が止まったので、近衛の2人がまた人の頭を飛び越えて悪漢どもの捕縛を試みる。



 2人の手が届くかという時に、悪漢達は次々に回復して走り出した。しぶとい奴等だ。追手の近衛も相当しつこい。

 さっき、マルコ解説員が何か言ってたような気がする。王子が襲撃されたのか、とかなんとか。まあ、近衛騎士が血相変えて追いかけ回すのだから、いずれ王族絡みの凶悪事件なのだろう。


 単なる刃傷沙汰では済まされない重要事件だ。そんな所に傘のせいで巻き込まれてしまった。センテルニヤ王国の理不尽さには、本当にうんざりする。



 襲撃といえば、乙女な創作物全般に渡って、ヒーロー参上の定番イベントだ。出会いになる場合もあるけれど、今回は違うかな。ヒーロー達の中で唯一の王族は通称王子の黒髪王子様である。出会いは6年前に済ませている。


 それとも、馬車の時みたいに巻き添えイベントかな?このゲームのヒロインであるマーサ・フロレスは、何時まで経ってものそのそしているのだ。それなのについつい人を助けようとするから、かえって危険な状態になってしまう。


 たしかゲームでは、危険に立ち向かうイベントが発生する時だけ、急にキビキビしていた。批判するアンチから擁護する愛好家まで、様々な考察が行われていたように思う。

 現実ではそんな便利機能は無かった。マーサは何時ものそのそしている。馬車の時も、子供を助けようとして結局要救助者を2人に増やした。


 そんなことを考えているうちに、捕物は通りの奥へと消えて行く。傘は、攻撃を受けなくなったので大人しく魔方陣を納めた。石突もパチンと元に戻る。



「はあ~、テレサぁ~」


 マルコが後ろから私を抱き締める。防水魔法は私達を守り、雨は2人を避けて音もなく路上に流れ落ちる。ダガーの砕けた跡の砂は、とっくに雨に流されてしまった。カラフルな魔法の弾丸も外れたものが無いので、何処にも残っていない。百発百中か。改めて大した傘である。


 静寂を取り戻した裏道に、表通りの喧騒が届く。怒鳴り声、笑い声、話し声、車輪の音に物売りの鳴らすハンドベルの音。

 ああ、平和だ。

 私は、マルコの大きな胸に頭を預けて眼をつむる。



 今頃は、事なきを得た王子様とマーサ・フロレスが恋のイベントを繰り広げているのだろうか。そこには、もじゃもじゃ金髪眼鏡のロドリゴもいるかも知れないな。


 あるいは、銀髪巨人デレクや緑髪長髪三つ編みチビの天才魔法使い君かも。あの髪型は、変だったなあ。チビの癖に膝裏まで伸ばした艶やかな緑の直毛を、何故か半分だけ三つ編みにして後ろに流しているのだ。二次元にしてもダサ過ぎる。


 現世の魔法使い君もそのまんまだ。誰も言ってあげないのかな。キレるタイプには見えないけど。何かしら魔法的な意味があるのかな。無さそうに見せかけて。



 結局、襲撃イベントは思い出せないや。

 私の王子さまは全自動傘(あ・な・た)よ。ちょっぴり血の気が多いけどね。多すぎる気もしますけどね。過剰防衛は、色々といい加減なセンテルニヤ王国ですら犯罪なのだ。私、大丈夫かな。白昼堂々町中でオートマジックガンぶっぱなしてましたが。長ドスぶん回してもおりましたよね。


お読み下さりありがとうございます。

次回、贈り物を見つけよう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ