レディには傘をどうぞ
不自然な表現を修正しました
黄金のワイバーンがでかでかと描かれた骨の多い和風傘をそっともとの場所に戻す。壁や天井に飾られた沢山の傘達を見渡すと、変わり種が目に留まる。
見た目は普通の婦人用洋傘である。やや重そうな太めの軸と、華奢に見えてもなお重量感のある持ち手が不自然だ。しかもよく見ると、金属製の石突に仕掛けらしき筋がついているのだ。
「お。それ可愛いな。テレサに似合うぜ」
つくづくと見聞していた私の視線を勘違いしたマルコが、ひょいと脇から手を伸ばしてその傘を取る。
傘の生地と共布を使った止め紐は、パステルカラーの紫陽花柄だ。前世良く見かけた一番平凡なタイプの花毬が、傘の表面で大小の花を咲かせている。
現世この花を見たことはまだ無い。何処かの地方で実在するかもしれないが、あまり期待は出来ない。
絵柄の紫陽花は、青紫と赤紫が混ざっている。花弁には緑や白、そして僅かな茶色も差してある。丁寧な筆致ではあるものの、写実的とは言い難い。
傘の絵は、どうやら手描きであった。特殊な布は化学繊維に見える。魔法的何かだろう。今更驚きはしない。余裕だ。
しかしプリントではない。全体に暈しが入っており、柔らかな印象だ。そのわりには曲がりの無いガッチリとしたグリップが、頑丈そうな魔法金属で自己主張している。
グリップを回してみる。外れそうだ。ネジ式ではない。カチリと少しだけ回って、持ち手が緩む。後は手前に引き抜けるだろう。一先ずは引き抜かず、傘を開こうと軸を探れば、怪しげな突起が付いている。
「お嬢ちゃん、御目が高いねえ。そいつぁ自動だよ」
なにやら不穏な音声が聞こえた。ワンタッチオープンのジャンプ傘を意味する呼び名ではあるまい。見れば、店の奥に隠れるような小机を置いて座る、ガリガリの小男がニタリと笑う。
ふさふさの金髪は、小男の見てくれに不似合いな艶やかさ。鼻は鼻梁の狭い鷲鼻で、落ち窪んだ眼はどんよりと濁った青だ。薄い唇に酷薄な笑みを浮かべる様は、どこか狂気じみている。
「オートマチック?」
マルコは知らない言葉のようだ。
「ああ。お前さんの大事なお嬢ちゃんを自動で守ってくれんのさ」
「そりゃいいな」
「だろ?」
守るねえ。
傘の生地に施された防護魔法は、不穏なまでに強力である。槍でも降るのか。センテルニヤならありうる。
そして、先程から私の目線を釘付けにしている様々なカラクリは、そんな可愛いものではなさそうだ。
「心配しなさんな、お嬢ちゃん。全自動だよ」
別に操作の心配をしていたわけではない。
「弾丸は魔法軌道で転送されて、自動装填だぜ」
ほら。変なこと言い出したよ。このセンテルニヤ王国には、火薬なんて無いよね。発砲の手段は何だろう。推進魔法かな。あるかどうか知らないけども。
それと、魔法軌道とは何だろうか。一体何処から転送されてくるのか。あと、補充される弾丸の代金はどうやって支払うのかな。
「弾丸、ていうのは鉛を溶かして中に爆発魔法を閉じ込めたちっちゃい玉だよ。魔法銃っていう筒にセットして起動装置で爆発させるんだ。筒を通って玉が飛んでくぜ」
マルコが説明してくれた。いつになく饒舌だ。きっと、中央魔法騎士団の鬼畜研修で教わったのだろう。習ったことは誰かに話したいタイプだな。
この世の銃が魔法起動式ならば、単に銃で通じないのかな。別に魔法を発射する銃では無いのだし。説明を聞くと、爆発魔法必要ないよね。もしかして筒も要らないのでは。魔法で礫を飛ばした方が効率が良い。
そもそも魔法だけでいい。
「何に使うの」
私はこのセンテルニヤ王国で、銃に関する情報を得たのは今が初めてである。こんな傘屋の怪しい仕込み傘を、なんの疑問もなく薦めてくるマルコやオヤジとは違う。魔法ネットにも上がってこない情報なんだけど。センテルニヤ王国の傘屋怖い。
「魔獣退治だな」
「お嬢ちゃん、都会もんか」
田舎もんですが。
「ラゴサから来たんだよ」
マルコよ、勝手に人の個人情報を開示するんじゃない。
ここセンテルニヤ王国でも、一応個人情報保護法ぽい法律がある。専制王国だけど。
この決まり事は、詳しく語られることはないので王族特権とかなのかもしれない。寧ろその方が解りやすくて良いと思う。
まあ、マルコだし。何も考えずに口走っただけだろう。きっと、一緒に来たのが生徒会長でも、王宮から来たんだよ、とか暴露するに違いない。
お忘れかも知れないが、マルコは主人公グループで生徒会書記なのである。本来は、主人公マーサ・フロレスの恋人候補だ。
王子様や魔法の天才達と仲良しな少年である。
生徒会長は、オープニングらしき10才の校門ぶつかり事件で見た黒髪くんである。ピンクの混じる青い目がノーブルな王子様だ。継承権何位かは知らない。名前はエンリケ・ルチアーノ・ホセ・イル・アズレス・デ・センテルニヤ。王族なので、ちょっぴり名前が長い。
皆は王子と呼んでいる。敬称ではない。あだ名だ。大抵の人は、エンリケもルチアーノも、たった二文字のホセすらも覚えていないに違いない。もしかしたら、本物の王子様だと言うことすら忘れ去っているかも。
この王子様を「殿下」と呼ぶのは、学園広しといえども、ゲームでは顔もなかった紺髪メガネの側近候補君だけ。細身で神経質な宰相の長男だ。現世では、メガネを外せば女性的な美形だ。
それが嫌で伊達メガネと言う、無駄なエピソードまである。紺髪くんを初めて眼にしたときに思い出したのだが、王子様ルートでメガネの秘密が語られたのだ。
王子様ルートで。側近のトラウマが。そして、当然語りっぱなしで解決はされない。
メガネ枠は金髪モジャモジャのロドリゴがいる。が、全く別のメガネなので、ロドリゴをネタ枠にして攻略対象6人にしたら良かったのに。
「ラゴサ!」
店主の呆れたような叫びで我に返る。オヤジ、ばかにすんなよ。魔獣すら出ないド田舎とか思っただろう。平和で良いじゃないか。
「世界中がラゴサみたいに成ればなあ」
「そうだよなあ、兄ちゃん」
「その為にも頑張んなきゃな」
「おう、俺も張り切って開発するぜ」
しみじみと言うマルコと店主。マルコが張り切るのは、絶対世界中でラゴサ牛育てる為だろう。店主は、何を開発するつもりなんだろうか。
不穏な会話を振り払うように、私は手開きの傘を開ける。むさ苦しい店内にパッと紫陽が咲く。柔らかくぼかされた色合いが、薄暗い店内に優しい色を滲ませる。
「素敵」
思わず零れた笑みを見て、マルコは無言で会計を済ませてくれた。
「包むかい」
「このままで」
「それじゃ、気をつけてな」
「はい、さよなら」
「まいどー」
不審な傘の重さは、軽量魔法を使えば全く問題にならない。
私は早速防水魔法を解除して、紫陽花模様の真新しい傘を雨空に開く。静かな雨が、魔法繊維の表面に当たって跳ねる。そう言えば、現世では初めて聞く雨垂れの音だ。防水魔法は音もなく、跳ね返る飛沫も無いから。
こうなると、長靴も欲しいな。靴屋さんに無いだろうか。素敵なレインシューズ。前世でも、作業用からお洒落パンプスや防水スニーカーまで様々な雨靴が存在していた。魔法を掛けられた不思議な雨靴があるかもしれない。何処か隠れた小路を見つけられるような。
「軍靴も買うか?」
マルコの言葉は、ファンタジー気分を台無しにする。
「いらない」
マルコにとって、傘は兵器なんだな。
他の傘も、武器だったのかも。私が気付かなかっただけで。
購入した紫陽花の仕込み傘がフルオートと言われていたから、他のはマニュアル式かな。セミオートもあるのかも知れない。他の傘は、カラクリが少ない分もう少し軽めに作られているのだろうか。
あと、この国に「軍」は無い。騎士団、警察、守備隊、それから貴族の私設警備隊がある。「軍」は、どこから出てきた言葉なのだろうか。「軍靴」がどんな製品なのかも解らない。きっと、知らない方が良い事である。
ひとしきり雨音を楽しんだあと、傘を畳んで通りへ出る。店の外に一歩足を踏み出したとたん、ガクンと後ろに引き戻された。気付けばマルコに抱き締められている。私は平均身長なので、背中に当たるのは、背の高いマルコのガッチリとした胸板と腹筋である。
抗議する暇もなく、目の前にダンビラが飛び込んできた。新品の傘が自動でバッと開く。ぎらつく大刀が弾かれて、傘が自然に回転する。回転によって、後に飛んできた小柄も弾く。
「済まない!」
ダンビラ装備の白い騎士服を着た銀髪緑眼の美青年が鋭く叫び、逃げ行く悪漢を追いかける。後ろからもう一人、同じ格好の茶髪緑眼がダンビラ振りかざして駆けてきた。
恐怖の小路である。
3人組の悪漢は、おんぼろマントの割には逞しい体躯である。すばしこく動きながら、追いかける白い騎士2人に、こちらも日本刀で応戦していた。
「おう!近衛か。街中で見んのは珍しいな。王子が襲われたんかね」
マルコ解説員が教えてくれた。
日本刀が登場しました。武器とは無縁の生活だったので、このセンテルニヤ王国の刀剣類がどんなものかを詳しく調べた事はない。火薬はあれば習うだろうけど、刀剣類なんか一般科目じゃ学ばないもんね。もともと。
呑気な記憶検索が終わる前に、私は、ファンシーな紫陽花の傘に引き摺られて走り出す。マルコの抱き込みなど物ともしない力強さで、傘は私を引っ張って行く。
「あっ、テレサっ」
焦った声のマルコが伸ばす腕がちらりと視界を掠める。傘の前進は、たいした速さだ。古代の魔法剣に手をかけたマルコを置き去りにして、私と紫陽花模様の仕込み傘はあっという間に追跡劇に加わった。
(フルオートめ!)
明らかに守りの機能じゃないですよ。攻撃性を持って傘が自立行動している。小柄を使い果たして、悪漢は西洋式ダガーを次々に投げつけてくる。
フルオート傘はくるりくるり回転しながら、正確にダガーを弾き返す。戻って来た凶器を走りながら回収してまた投げるマントの悪漢。凄い技術だ。
傘に操られた私は、カチリと鯉口を切って細身の直刀を抜き放つ。
街中なんですけどー!私、か弱い女子学生!
お読み下さりありがとうございます
次回、守って下さる王子様
よろしくお願いいたします