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雨の日も欠かさずに

 センテルニヤの6月には、しとしとと風情のある雨が降る。

 乾燥したヨーロッパ中世では、既に夏と言える筈の時期である。前世、四季がはっきりしていると言われていた国でさえ、失われつつあった季節だ。前世に於いても梅雨そのものが、ファンタジーな存在といえた。


 この月のセンテルニヤ王国に降る雨は、優しい。じめじめしながらも、楽しむ余裕のある雨だ。前世6月に経験した激しいスコールのような夕立や、嵐ともとれる降雨ではない。


 降ったりやんだりする柔らかな雨に、紫陽花の花鞠が柔らかく打たれている。そのギザギザの葉を、大小のカタツムリが這う。葉陰に張ったクモの巣は雨の滴に飾られて、時折顔を出す太陽に輝く。まるっきり前世で観た昔の梅雨時の風景だ。



 そして今、私には納得のいかない事がある。


「テレサ一緒に帰ろー」


 雨のそぼ降る曇天の(もと)、教室の外にはマルコがワイバーンに騎乗して迎えに来ている。同じ教室なのだが、一旦何処かにワイバーンを取りに行ってから戻って来るのだ。


 マルコは、何を思ったか5月の末から堂々と飛竜登下校を始めた。クラスメイトは早くも慣れきってしまい、視界に入れるのを拒否している。


 遅刻ギリギリの滑り込み飛竜登校は、まだ見ていない。現実には起こらないのか、これからの出来事なのか不明だ。

 しかし、ワイバーン登校は許されている訳ではない。現に今も、マルコは担任に怒られている。


「セレナード君、何度言ったら解るんですか」


 マルコはきょとんとしている。キョトンじゃないよ。本当に。


「ワイバーンは、飼育も騎乗も校則で禁止されています」

「何でだよ」


 不良か。


「周囲の皆さんには危険だからですよ」

「何で」


 3才児か。


「風圧、何かに驚いて暴れる、気にくわない相手を食い殺す」

「何だよ」


 食い殺す……


「まだ繰り返すようなら、卒業も中央魔法騎士団内定も取り消されてしまいますよ」


 ほら見ろ。ちゃんとイイコにしてないから。マルコは不満そうだが、流石に黙った。


 本当に、なんでこんな自由人が生徒会の、しかも書記なんだろう。書記って言うと色々きっちり細かいところを記録して置く、ちゃんとした人のイメージがある。

 決して、誕生日が「5月くらい、そろそろ」な人に勤まるような役職ではないはずだ。



 何より不思議なのは、マルコがまだ学園に在籍しているらしきことだ。5月の誕生日で卒業ではなかったのか。

 いや、「5月くらい」だった。まあ、嘘ではないのである。


 6月になってからは極端に登校日数が減り、夕飯デートも毎日ではなくなっている。厨房が直ったので、学生寮の食堂で会える筈なのだが。寮で目にすることも少なくなった。


 だが、授業で見掛ける日もあるのだ。見る度に傷が増えて、目付きも鋭くなって行く。登校する毎に凄みが増している。そして、あれだけ無尽蔵な体力を見せつけていたマルコだが、何だか疲れているようだ。



「見習いは辛いの?」

「んー、辛くはないけどな」

「うん」

「テレサと会えないのがすげえキツイ」


 久しぶりの夕飯デートで、マルコは悲痛な顔を見せる。


「おんなじ寮に住んでるのに、見習いは朝早すぎて全然時間が合わねえし」


 朝は元々じゃないかな。マルコの恐ろしくストイックな訓練のせいで、一緒に登校したことなんか一度もない。


「討伐遠征が学園の実技単位になんのはいいけど」


 学園の実技授業とは比べ物にならない位危険そうだけども。


「昼休みさえもテレサに会えない」


 それも殆んど変わらないです。


「同じ教室に通ってるのに、全然話が出来ねえなんて辛すぎる」


 前から学校ではあんまり喋ってないよね。


「テレサ~」


 マルコは、ワイバーンの背中で情けない声をあげながら、私に抱きついてくる。私は、よしよしとマルコの堅い赤毛を撫でる。



「毎朝、研修ゲートを通って魔獣相手の魔剣発動訓練なんだぜ」

「研修ゲート?」

「中央魔法騎士団にある、研修用の訓練場所へ転移する装置だよ」


 訓練場所ねえ。

 ろくに魔法剣を発動出来ない見習い達を、実践に放り込むとは鬼だな。生命の危機に直面して本能に目覚める的な?所謂強制覚醒イベントかな?


 まるで虐待だ。しかも、見習いはよく()()()()()()()()。ブラックどころではない職場である。なんでマルコはそんなところへ行きたいんだろうな。

 中央魔法騎士団は、一応エリート公務員ではあるのだが。



 テレサこと私は、16年間のほほんと生きてきた。まさかお隣は魔境ですなんて事態が起きるとは思わなかった。いや、魔境の場所はよく解らないのだけれども。


 そもそも、私が知る範囲での移動手段は馬車(並びにワイバーン)だった。マルコが学生寮の裏庭にある未開の森から飛び立つとき、突然どこかへ時空移動したときには、本当に驚いた。


 その件は、あれから全く触れられていない。もし聞いたとしても、どうせマルコのことだ。大真面目に「何かそういうことになってる」などと説明するだろう。



 そんな感覚になるひとつの原因は、一部のエリートや特殊職業の連中が使う移動魔法や転移装置にある。魔法学園に来るまでは、その存在すら知らなかった特別な移動手段だ。


 マルコが言及した研修ゲートもそのひとつなのだろう。

 目的地に瞬間移動出来るのだから、方角なんか気にしたこともないに違いない。

 一瞬で到着するので、天候だって気にしない。



「早朝発動訓練は、雨でも嵐でも構わず実施されんだぜ~」


 移動先の悪天候は避けられないか。まあ、当たり前と言えよう。


「まあ、お陰でテレサの魔法剣はもうすぐ発動出来そうなんだけどな」


 古代の魔法剣についている魔石は、前に見た時よりも格段に赤が強くなっている。もう殆んどピンクとは言えない色だ。更に、透明度の高いその石の中には、微かに金沙銀沙が漂っていた。



「発動できれば、街に戻れるの?」


 毎朝移動しているだけなので、魔境に幽閉されているわけではない。戻ると言うのも少し違うか。


「いや。見習いや新人は魔獣討伐が主な仕事だぜ」


 発動が上手く行っても、更に、正規の団員になっても、しばらくは街の警備には配属されないようだ。私は、向う傷のついたマルコの額を痛ましい思いで眺めた。


「それでセンテルニヤを守れるんだから、やりがいがあるよ」


 マルコって、そういうタイプだったかな。


「魔獣がセンテルニヤ国内に増えちまえば、ラゴサ領だって平和なままではいられねえだろ?」

「そうねえ」


 私ときちんと知り合うよりもずっと前から、マルコの志望は魔法騎士だ。それも、中央魔法騎士団志望である。子供の頃から入団条件である自分専用の魔法剣を探していた。

 単なる魔法騎士であれば、普通の剣や主を必要としない下級の魔法剣で充分なのだ。

 私の故郷を守りたいというのは、後から加わった理由と言える。言ってみれば、後付け設定である。


「ラゴサの乳牛は守らねえとな」


 そっちか。

 マルコは子供の頃から、ラゴサ産の牛乳が大好きだったのだ。

 そこが私の故郷だとかは、関係がなかったらしい。マルコらしい志望動機でほっとした。


「何だよ」

「ううん。マルコらしいなあと思って」

「テレサ可愛いなあ」


 マルコは私を抱き締める腕に、ぎゅっと力を入れた。



 ワイバーンの背中は、6月の雨を避けていた。私達は魔法で防水が出来るので、雨具はいらない。

 誓いの花園へと繋がる洞窟では、入り口を隠すように落ちる大瀑布でかなり濡れてしまったけれど。


 この世界には、例外しかない。予想も経験則もへったくれもないので、対策は無駄である。それでも、ちらつく前世の「因果関係」という現象によって、私はついつい見通しを立てては裏切られるのだ。


 学園の広大な森を飛び越え、何故か街を通らずに寮まで帰った私達は、いつものように学生寮玄関で待ち合わせた。

 今日は想い出の『海の宝石亭』で夕飯を共にする予定だ。実は、私たちが話をするようになってから、ちょうど一月(ひとつき)なのである。


 暦に対する興味を抱くことのないマルコが、なぜ記念日を覚えていたのかは解らない。マルコはロマンチックなところがあるから、そう言うのは大事にするのかな。私の誕生日も教えたら祝ってくれるんだろうか。



 初めて2人で来た時とは違って、店に入るなり居合わせたお客が一斉に口を閉ざした。異様な静けさは、マルコの風体に依るのだろう。服装は襟のある青い綿シャツにカーキ色のカーゴパンツ、そしていつもの黒いスニーカー。


 しかし、上背があるマルコに中央魔法騎士団の研修が一月分の筋肉を付けた。銀髪巨人デレク程ではないにせよ、マルコは怪しい程に厳つくなっていた。


 魔獣に揉まれた1ヶ月で鋭くなった目付きも、平和な首都には似つかわしく無いのである。

 一緒にいる平凡な私など、皆には見えていないだろう。私の隣で幸せそうにでれでれしていても、マルコの目付きは怒った首都住民よりも怖い。


 そんな不自然な空気をものともせずに、マルコはテーブルにつく。


「なに食べようか?」


 大好物の海鮮料理を前にして、マルコの眼にはメニューと私だけしか映らない。



 今日もラゴサ産の牛乳を使ったデザートを食べて満足したマルコは、私を街歩きに連れ出した。


「たまには何かプレゼントしたい」


 そう、私達はお互いに何かを贈ったことがない。一緒に食べる物を持ち寄ったり交換したりはするので、それが贈り物と言えばそうかもしれないが。


「そんなの、いいのに」

「貰うのは嫌?」

「そうじゃないよ」

「じゃあ、そうだな。気に入ったもの見つけたら俺が買うよ」

「そしたら、マルコが何か見つけたら買うね」

「予算決める?」

「うん、だいたいでいいけど」


 話が纏まった頃、ふと一軒の色鮮やかな小店が目に留まった。


「見てく?」

「うん」


 それは、雨の街に花開く傘屋であった。



 センテルニヤ王国民は、子供の頃から防水魔法が使える。よちよち歩きの赤ちゃん達でも、上手に使える初歩の魔法だ。

 今まで雨の日に傘を見かけたことはなかった。この店で売られているのは、お洒落用なのだろうか。需要がないからなのか、店は狭い間口で奥行きもそれほどない。


 中に入ってゆっくり眺める。幾つかは手にとって広げてみた。


「あっ」


 骨の多い和傘仕様になっている臙脂の傘を開くと、内側が紺であった。現代和傘を商うこの街が、中世ヨーロッパ風の城下町である事は目を瞑ろう。しかし、傘の内側に描かれたドドーンと黄金のワイバーンには、思わず拒否の吐息が漏れた。

お読み下さりありがとうございます

次回、レディには傘をどうぞ

よろしくお願い致します

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