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花園に吹く風は

本日、午前中にも1話投稿しています

「そもそも、先祖がえりって何よ」


 先程から当然のように使われている単語だが、私にとっては今日初めて聞いた言葉である。


「知らねえの?」

「知らない」

「テレサ、古代魔法族について、どんなことを知ってる?」

「古代の魔法を使える、世界中にいる、一族にだけ伝わる秘術がある、秘術や古代魔法族の詳しい話は成人したら知らされる、成人年齢は一族毎に違う、くらいかな」

「ラゴサの赤い実一族は、随分と厳格なんだな」


 一族や古代魔法族一般に関する事柄をまだ教えられていない未成年に、迂闊に秘密を漏らしてはいけない。マルコ、意外に無用心だ。というより、飛竜一族は色々と緩そうだ。


「取りあえずは、現代の一般的な古代魔法族より魔力が強く、強力な魔法を自在に操れる、って思っとけばいいよ」


 多分それだけではない何かがあるのだ。成人したら解るだろう。


「飛竜の言葉が解るのも、先祖がえりだけなのね」

「それは少し違う」

「そうなの?」

「風の精霊に認められること、飛竜一族として認められること、この2つが条件だぜ」

「じゃあ、誰でも可能性はあるのね」

「原則としては、な」


 だが、現実にはその2つの条件を満たすのは稀だそうだ。『先祖がえり』には、チャンスが普通よりはある、という事だろうか。


「どちらの条件も満たさないところから両方の資格を得たのは、初代セレナードだけなんだ」


 ハードル高い。

 マルコは私が特別だという。何か根拠があるのだろうか。それとも恋は盲目なのか。

 困惑を感じつつ、花園を眺める。最初のセレナードが、始まりの誓約を結んだ古代に想いを馳せる。



 この真っ白な花園は高い岩山に囲まれた谷間ではあるが、吹き下ろす強風はなかった。優しい風が、ふんわりと花の薫りを運ぶ。


「いい薫り」

「この花園を吹く風は色々あるけど」


 マルコは、ワイバーンの背で私を抱き寄せて瞳を覗き込む。なんだかむずむずして落ち着かない。


「今吹いているのは、特別な風だぜ」


 マルコはとても嬉しそうだ。


「飛竜山脈にある誓いの花園に真心の風(ジェントルブリーズ)が吹くとき、訪れる者には永遠の祝福が与えられるんだ」


 あー、思い出したわ。トゥルーエンド確定のイベント。これを観ると確実に古代の魔法剣を討伐に持ち込める。

 それにしても、いきなりの横文字。何故にそこだけダサい片仮名を使ったのだろうか。穏やかな風とか、柔らかな風とか、単に微風とかでよいのでは。それより、真心をジェントルと読ませる謎のこだわりは何なの。



 あれ、でもこの場面てマルコ単独シーンだったな。背景にはぞろぞろメンバーがいなかった。代わりにワイバーンがドーンといた。そして、朧気な人影がマルコの側に描かれていた。

 てっきり主人公の雑な描画だと思っていたんだけど。考えてみれば、主人公がマルコルート以外になるのも決定しているシーンである。


 え、まって。

 人影、平均的な体型の茶色い癖毛っぽかった気がする。当然のように顔など無かったが。もしかしたら、トゥルーエンドのゲームマルコ、案内人とハッピーエンドだったのかも。ゲームでは語られなかったけど。

 ただ、センテルニヤ王国民には、そんな姿の女の子は掃いて捨てるほど存在するのも確かだ。


 けど、何で唐突にバックグラウンドストーリーが語られたのか解らない。主人公のハッピーエンディングには、全く関係の無いシーンだと思う。

 あれか。ネタゲーに良くある、思わせ振りだが前後のストーリーには関係ない上に、作中で二度と語られないエピソード。



「テレサ、風の祝福を受けてくれるか?」


 呑気に前世を思い出している私の耳元で、甘く切ないマルコの懇願が聞こえた。


「風の祝福?」


 初めて聞く言葉だ。ゲームにも出てこなかった。


「ワイバーンに認められて、風の精霊に歓迎されたんだ。その証を受けてくれよ」


 なんか凄そう。風の秘術とか使えるようになっちゃうの?なかなかに魅力的なお誘いだ。


「うん、解った。ありがとう」


 マルコは輝く笑顔で、私を更に強く抱き締める。それから、身を離して、


「良かった!」


 と叫ぶと、風を起こしてワイバーンの背から私を抱き抱えたまま降りる。

 羽を滑り降りなくて良かった。

 このワイバーンは固い鱗と浮き上がる太い骨がある灰色の羽を持つ。そんなところを滑り降りたら、服はぼろぼろになるし、肌も裂けて血が出るに違いない。そんなの私は願い下げである。



 2人で降り立った花園の白い花は、私の踝程まで延びていた。足首を花に埋めて、マルコと私は馥郁たる薫りの只中に向き合う。

 先程まで切ない表情を見せていたマルコが、今度は真剣な眼差しを向けてきた。


 マルコは、古代の魔法剣を何か魔法的な空間から取り出す。その剣をマルコが手にした1週間前よりも、柄頭に埋め込まれた魔石の色が濃くなっている。ピンク色に深みが出て、赤に近づいているのだ。


 マルコは片手で魔法剣を空に突き上げて、耳に心地よい声を張り上げた。



「我が剣は我が魂とともに。この世に風の吹く限り、我が心は()れとともに。飛竜の誓いを花園に。貴女に魔法剣を捧げます」



 え?

 風の祝福と言わなかったか?マルコさん。


 これは、現世知識によれば、魔法騎士が自分の魂を捧げて忠誠を誓う時の儀式だ。口にしたのはたしか、『魔法剣の誓い』という誓言である。


 魔法剣は、魔法騎士の魂である。魔法剣を捧げる意味は明白だ。誠心誠意、魔法剣を捧げる相手に尽くすということである。

 魂はひとつ。だから、捧げる相手は生涯独り。全人生をかけて仕えるのである。


 たった1週間の付き合いなのに。重すぎないか。マルコよ。


 因みに、風とか飛竜とかの下りは、自分の得意魔法や出自によって自由に差し替えられる。



 私がぽかんとした間抜け面を晒していると、ワイバーンが何か言った。もしや突っ込みか。


「飛竜一族へようこそ、だって。俺からもようこそ、俺の大切なテレサ」


 違ったらしい。


 風の祝福とやらは、魔法剣の誓いとワイバーンの言葉がセットになったものなのだろう。飛竜の言葉は解らないので、想像に過ぎないが、まあ、そんなところだと思う。

 私に目立った変化は見られない。残念ながら祝福は、単なる儀式だったようだ。



 マルコは、古代の魔法剣を何らかの収納空間に仕舞うと、再び私を抱き締めた。


「テレサが成人年齢に達する誕生日に正式な婚姻誓約をすれば、飛竜の言葉が解るようになるよ」


 んっ?


 んんッ???


「こんいんせいやく?」

「飛竜一族の嫁取りは、誓いの花園で誓約を結ぶんだぜ」


 マルコは、いかにも自慢そうに言う。

 私は絶句する。


「俺は先祖がえりだし、テレサもまず間違いなく先祖がえりだから、飛竜から風の祝福を貰う正式な誓約が出来るんだ」


 いや、そこは特に聞かなくてもよい。そうじゃなくて。もっと不審な所があるのですが。



「よめとりって、お嫁さんを迎えるやつ?」

「他に何があんだよ」


 マルコが不服そうに私を見下ろす。


「ちょっと待ってよ」

「なに?」

「何って!気が早すぎるでしょうがッ」

「え」


 私の剣幕に、マルコの動きが凍結された。


「まともに喋ってから、まだ1週間なのに」


 マルコが呑み込めない顔をしている。

 何が納得出来ないのだろうか。マイペース野郎が。


「そりゃあ気は合うけど、お互い殆んど知らないじゃないの」


 マルコの目が見開かれる。

 何を驚くのか。この非常識野郎。


「テレサも同じ気持ちかと思ったのに」


 泣き出しそうな赤毛の少年剣士が、大きな体を縮めて私から少し離れた。



「ああっ、もう!」

「なんだよ」


 拗ねたマルコは、ちょっと可愛い。


「あのね。マルコのこと好きよ?でも、幾らなんでも結婚はまだ考えられないよ」

「まだ?まだ、だよな?」

「え、そうだけど」


 急に元気を取り戻したマルコに、私はたじろぐ。


「うん、今は()()でいいや」


 マルコが私の両手を取った。掌は堅く、魔法だけでは魔法剣を操れない事が良く解った。手首もガッチリと太く、頼もしい。幼い頃からのたゆまぬ鍛練の賜物だ。

 自由な男ではあるのだけれども、誠実で直向きな好人物なのだ。



「でも、風の祝福を受けてくれたことは、親父に報告しねえとな」

「念のために聞くけど、それって、結婚と関係ないよね?」

「あるに決まってるだろ」

「は?」

「風の祝福は飛竜一族へと迎える儀式だから、必ずしも結婚とは限らないけど」

「それなら」

「俺達の場合は、当然婚約の意味だろ?」


 だろ、じゃないですよ。いい加減にしろ。


「まだ考えられないったら」

「まだ、ってことはそのうち、だろ?」


 人の話を聞け。

 結婚については、現在全く考えていない。

 中央貴族は十代で家庭を持つらしい。だが、私は田舎貴族の娘である。しかも第4子だ。相手のマルコも田舎騎士爵家である。

 価値観がおかしいんですよ、マルコは。


「飛竜さんも何か言ってやってよ!」


 マルコのワイバーンは、悲しそうに私を見た。なんだか私がとんでもない悪女みたいな雰囲気だ。


「なあ、テレサ。何が気にくわないんだ」


 マルコは必死で訴えてくる。何をそんなに急ぐのだろう。


「年だって近いだろ」


 中世ヨーロッパなら、出産適齢期の女性に年が近い男性の生活力など地の底だ。むしろ吊り合わない。


「どうして早いなんて意地悪を言うんだよ。」


 意地悪じゃない。事実だ。


「テレサだってベーコンサンド好きじゃないか。こんなに気が合うし。スニーカーもお揃いだろ?婚姻誓約が終われば、テレサの飛竜だって見つかる筈だぜ」


 支離滅裂な事を言い出したな。


「マルコ」

「なんだよ」

「深呼吸して」

「はあ?」

「落ち着いて」

「落ち着いてるよ。テレサも流されてるんじゃないって言ってただろ」

「それはそうだけどね」

「だけど何だよ」



 話が通じる気配がないので、切り口を変えてみる。


「マルコは卒業したらどうするの?」

「中央魔法騎士団に受かってるから、見習いですぐに入って来年度から正団員だぜ」

「えっ」

「生活費なら任せな」


 そうじゃない。センテルニヤ王国では、共働きも普通のようだし。そこは心配していない。

 マルコは、自分の魔法剣を手にして1週間。いまだ発動出来ないと聞いたが。


「いつ受けたの」

「一昨日、夕飯のあと」

「ええー」


 結果が解るのも随分早いな。

 中央魔法騎士団、せっかち集団だ。入団テストは随時なのだと言う。常に人手不足なので。


 人手が不足する理由、解りたくないな。


「見習いは魔獣討伐がメイン業務だから、常に補充すんだよ」


 聞かなかった。聞こえなかった。

お読み下さりありがとうございました

次回、雨の日も欠かさずに

よろしくお願いいたします


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