第6話 カミングアウト ★
今話は、自分のなかでは長めとなっております。
麻衣が今まで考えていたことや悩んでいたことを文章にすると、どうしても長くなってしまいました。
それではご覧ください。
『えっ………。ど、どうして………。』
そう言いながら、凍りついている彼女の表情に、僕はかなり動揺していた。
そして、なぜ彼女がこのような表情になっているのか、一度冷静になって考えてみる。
すると、徐々に血の気が引いてきた。
仮に心配していたとはいえ、彼女をジロジロと見ていたのである。
言い方を変えれば、隣に住んでいる彼女の部屋を覗いていたということになる。
…またやってしまった。
そして次に起こすべき行動は…謝ることしか思い浮かばなかった。
しかし、昨日から謝ってばっかりだ…。
何でも謝ればいいってものでもないけど、それしか方法が浮かばなかった。
『麻衣ちゃん…ゴメン。今考えたら、隣の家の様子を勝手に見るなんて最低だよね。許してくれるか分からないけど、あのとき麻衣ちゃんが倒れたのを見て心配だったから…。』
謝ってはいるけど、みっともない言い訳をしている。
そんな自分に嫌気がさす。
僕の謝罪の言葉を聞いたあと、俯いていた麻衣ちゃんが勢いよく顔をあげた。
『ち、違うのっ!!見られたことに関して怒っているわけじゃないのっ!!優くんは悪くないのっ…優くんは悪くない…。だから謝らなくてもいいし、自分を責めないで…。』
どうやら原因は僕ではない…みたいだ。
ただ、反省すべきところはあったので、次からは気をつけなければならない。
でもそれだったら、麻衣ちゃんがこのような表情になっているのか気になる。
気になるけど…僕から聞いたら地雷になりそうで、なかなか踏み込めない。
『………。』
『………。』
『………。』
『………。』
お互い何も言い出せないまま、沈黙だけが流れる。
実際はそこまで長くないとは思うが、気まずい空気によって、かなり長い時間に感じる。
しばらくして沈黙を先に破ったのは…麻衣ちゃんだった。
『こんな空気にしてしまってるのは、麻衣のせいだよね…。それに、見られることをしたのも麻衣のせいだし…。』
小さい声でそう言ったあと、覚悟を決めた表情でこう言った。
『ねぇ優くん、麻衣の秘密を聞いてくれる…かな?』
『麻衣ちゃんの…秘密?』
『うん…。』
その彼女の秘密というのが、凍りついた表情の原因なのだろう。
『無理して言わなくていいよ。』と言ってあげたほうがよかったのかもしれない。
ただ、彼女の中に揺るぎないものを感じ、僕は何も言えなくなっていた。
『今から言うことは、今まで誰にも言ってないことなの。それを聞いて、優くんが「何言ってるの?」とか「理解できない」とか思っても仕方がないと思う。その覚悟はできているから、麻衣の話をひととおり聞いたあと、正直な感想を聞かせてほしいの。』
彼女の言葉を聞いた僕は
『分かった。』
と頷いた。
そして麻衣ちゃんは話を始めた。
『麻衣ね…ぐるぐる回るのが好きなんだ。何ていうのかな…風を感じるっていうか、自由になれるっていうか。それに回ったあと、違う世界にいるような感じがして面白いっていうのもあるかな。それにイヤなことがあったときにぐるぐる回ると、冷静になれたり、悩みが吹っ飛んだりしたこともあったから。実際、それでうまくいったこともあったかな。小学校に入ったばかりのときは、前の小学校にいた友達とよくぐるぐる回って遊んでた。でもだんだん学年が上がってくると、そういうことをする人が減ってきて…。「麻衣ちゃんまだそんなのやってるの?」って言われたとき、ショックだったなぁ…。それ以来、人前でぐるぐる回るのはやめて、麻衣の部屋で誰にも見られないようにぐるぐる回ってたりしてた。ここまでが引っ越す前の話。』
彼女は話を続ける。
『引っ越したあと…昨日だね。優くんが緊張していた麻衣に優しくしてくれてスゴく嬉しかった…と同時に怖かった。優くんに知られたら…って。すぐにバレちゃったけどね。でも優くんは優しいから、勝手に見たことを謝ったよね。でもね…麻衣もあのとき、優くんの家のほうを見てたんだ。そしたら嬉しい気持ちが溢れだして、ぐるぐる回り始めてたの。そのときカーテンをかけてなかったから、見られるようなことはしてたのは麻衣のほうなの。だからね…優くんは悪くないんだよ。あっ…それと、昨日はケガもしなかったし、大丈夫だったよ。心配かけてゴメンね。麻衣のなかでこれ以上回ったらマズイと思ったら止めるから。まぁ目はぐるぐる回ったんだけどね。………これが麻衣の知られたくなかった秘密…です。』
麻衣ちゃんの告白が終わった。
今まで誰にも知られたくなかった秘密を言いきったことによる清々しさと、言ってしまった…という後悔がまじっているような、そんな彼女の表情だった。
『………。』
『………。』
『………。』
『変な子だと思った…かな?』
彼女は涙目の涙声でそう言った。
その悲しみをこらえた表情を見て、泣きそうな声を聞いた僕は我慢できなくなり、彼女の両手をしっかり握った。
『…えっ?』
『ねぇ、麻衣ちゃん。』
『…っ!!』ビクッ
『このまま両手を離さないでね。』
『え?あ…うん。』
『じゃあいくよ…それっ』クルクル
『えっ…わ、わっ!!』クルクル
僕は麻衣ちゃんの両手をつかんでぐるぐる回った。
麻衣ちゃんも僕に振り回されながらぐるぐると回る。
『ゆ、優くん…?』クルクル
『麻衣ちゃん、どう?楽しい?』クルクル
『えっと…。』クルクル
『もし楽しくないんだったら、麻衣ちゃんが楽しいって思うまで止まらないよ。』クルクル
『………。』クルクル
景色が回り続けるなか、僕は麻衣ちゃんの顔を見てこう言った。
『麻衣ちゃんの話を聞いて、今ここで正直な感想を言うけど、僕は麻衣ちゃんの気持ちが分かるよ。』クルクル
『………。』クルクル
『僕だって、休み時間に友達とぐるぐる回って遊んだことがあるから。目が回ると少し気持ち悪くなるけど、でも楽しい気持ちのほうが大きいかな。』クルクル
『………。』クルクル
『確かに、そういう遊びをすることは減ってきているけど、でも…したくないとは思わない。』クルクル
『………。』クルクル
『だって…したくなかったら、今こうやって麻衣ちゃんと一緒に楽しくぐるぐる回ろうとは思わないよ。』クルクル
『…っ、優くんっ。』クルクル
麻衣ちゃんの表情が良い意味で変わってきた。
もうひと押しだ。
『ぐるぐる回るのが好きなんでしょ?』クルクル
『………うん。』クルクル
『あのとき回ってたのも、僕と仲良くなれて嬉しかったからなんだよね?』クルクル
『……うん。』クルクル
『今それを聞いて、僕はスゴく嬉しいよ。』クルクル
『…うん。』クルクル
『だから、麻衣ちゃんの言ってることは変だとは思わない。』クルクル
『うん。』クルクル
次が僕の中で最後の質問だ。
『麻衣ちゃん…今どういう気持ち?』クルクル
『麻衣は…麻衣は………うんっ、楽しいっ!!優くんと一緒にこうやって回ってることが楽しいっ!!』クルクル
良かった。
これで麻衣ちゃんの笑顔が戻った…と同時に、この長い回転が終わるという二つの意味で良かった。
さっきから、景色と麻衣ちゃんが歪んで見えてきて、かなりフラフラしていたから…。
『ま、まいちゃん…じゃあそろそろ…止まるね。』クルクル
『う…うん…。』クルクル
麻衣ちゃんもだいぶクラクラしているようだ。
ただ、いきなり止まったら危ないので、スピードを徐々に落としていく。
そして、僕と麻衣ちゃんとの回転が止まった。
仲良く地面に倒れ、お互い向かい合う形になった。
『うわぁ…目が…目がまわる。』
『う、うん…。麻衣もぉ~…。』
『麻衣ちゃんがグニャグニャしてる…。』
『優くんがぐるぐる見えるぅ~…それに…ひっく…優くんの顔が…涙で歪んで…ひっく…見えないよぉ~。』
麻衣ちゃんは途中から涙声になり、泣いてる姿を見られるのが恥ずかしいと思ったのか、そっぽを向いた形になる。
『ねえ麻衣ちゃん。そのままの状態でいいから聞いてくれる?』
『………うん。』
『昨日、麻衣ちゃんが回っているのを見たとき、カワイイだけじゃなくて美しい…ってそう思ったんだ。』
『…優くん。』
『スゴく楽しそうでキラキラしていて、ずっと見ていたいって。』
僕の言葉を聞いた麻衣ちゃんは、再び僕のほうに向き直った。
『だから、麻衣ちゃんが嬉しかったこととか、楽しいこととかがあったら、いつでも僕の部屋に来てもらっても大丈夫だからね?僕は麻衣ちゃんの理解者だから。』
『優くんっ………ありがとっ!!!』
麻衣ちゃんは涙を流しながらも、感謝の言葉を大きな声で僕に伝えた。
そのなかの彼女の輝く笑顔は、とても美しかった。
お読みいただき、ありがとうございました。
麻衣の出会いと、麻衣の秘密を受け入れた過去編はこれで終わりです。
次からは元の時代?に戻ります。
文章の量はなるべくおさえる…予定です。