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第4話 メイドと魔女の顔

 ククリアナが伯爵の部屋を出たその足で、急いで庭園に戻るとまだファルメアはそこに居り、カップの半分ほどになった茶を前にメイド長と楽しそうに話していた。

(本来ならば、そこは私の居場所……!)

 ギリリッと歯軋りすると、ククリアナは拳を握り締めてメイド長を睨みつける。

 突然メイド長はぶるるっと身震いし、不意の出来事に周囲を見回して首を傾げた。それがククリアナが放った殺気のせいだとは分からなかったようだ。


「ククリアナ、おかえりなさい」

 姿を見つけたファルメアに呼びかけられ、ククリアナは瞬時に笑顔を向けた。

「戻ってきて早々で申し訳ありません、お嬢様。私めは、急用でしばらく出掛けねばならなくなりました(全てはお嬢様の為でございます)!」

 頭を下げながらも、ちらりとファルメアの様子を伺う。

「ええ! そんなぁ……。しばらくって、どれくらい居なくなるの?」

 泣きそうな顔で見つめられ、そのあどけない姿にククリアナは身悶えしながらも、何とか正気を保ち、往復と諜報活動でかかる日数を頭の中で計算する。

「およそ十日といったところでしょうか?」

「ええーっ、十日もぉ?」

 驚いたように大きな声を上げ、ファルメアは涙を浮かべる。

「私めもお嬢様に居られないのは悲しうございますが、叩き潰さねばならぬ事が……」

「叩きつぶ……す?」

 ファルメアは首を傾げ、何のことか分からないというように聞き返す。

「あ……、いえ、道中には怪物が出ると聞いておりますので、皆で攻撃を叩き込み、倒さねばならないと……」

 苦しい言い訳に終始するが、誤魔化し通せただろうか。

「まあ、危険な怪物なのですか? 怪我をするような事はやめてくださいね」

 ククリアナの服を掴んで、ファルメアはじっと目を見つめる。その潤んだ瞳に抗えず、ククリアナは黙って頷くしかなかった。

「はい、気をつけていってらっしゃい」

 ちょっと首を傾げて笑顔を作ると、ファルメアは服から手を離す。

「行って参ります」

 ククリアナはゆっくりと頭を下げた。


 部屋に戻るとメイド服を脱ぎ捨て普段着に着替え、上げていた髪を下ろす。鞄に着替えなどの荷物を適当に詰め込むと、路銀を小さな鞄に入れて腰に巻く。

 部屋を出て鍵をかけると、今居た部屋に向かって頭を下げる。

「そうして出て行くのを見ると、もう帰ってこないんじゃないかと思いますよ」

 執事長のモンミードだった。

「……時には命を賭けるものです。帰ってこないとしても……何も不思議な事ではありません……よ」

「貴女は帰ってきますとも。そうでないとお嬢様が悲しまれます」

「ふふ……そうですね……。では、お嬢様のために」

 軽く会釈をして、モンミードとすれ違う。

「乗合馬車は手配してありますが、馬で行かれますか?」

「せっかく……手配をして頂いたわけですし、楽をしたいので馬車で……参ります」

 振り返るわけでもなく、足を止めるでもなく。ククリアナはそのまま屋敷を出た。


 屋敷を出ると、ゆっくりと馬車乗り場へと向かう。

 歩き慣れた道で、普段であれば、野菜売りや、酒屋、肉屋などが声をかけてくるのだが、いつもと姿格好が違うので気付く人もいない。屋敷の者として皆が認知してくれるようになったという事なのだろうが、気付かれないのも少々寂しい気がしないでもない。

「そこの別嬪さん、いい香木が入荷したんだ、買って行かないかい?」

「……私?」

 呼び止められ、振り返る。

「おぅ、ククリアナさんかい、姿が違うから分からなかったよ。普段から美人だとは思っていたが、雰囲気が変わってもやっぱり綺麗だな」

「旦那さん、後ろで怖い顔してる人がいるよ」

 店の主人が振り返ると、そこには鬼の形相をした女性が立っていた。

「いあ、いや、りょ、領主様のとこの、く……ククリアナさんだ……」

 主人を助けるため、笑顔を作って頭を下げると逃げるようにその場を離れた。


 馬車乗り場には、既に馬車が待機しており、御者はククリアナを見つけるなり乗り込むように促す。

「グローダル伯爵領ムルアンガ行き、もうすぐ、出発しやす!」

 無言で頷くと、静かに馬車に乗り込む。

 仲には既に数人の乗客がおり、ククリアナに気付いた一人の男が笑顔を向けた。

「よう、久しぶり。もう足を洗ったと思ってたが、まだ現役か?」

 以前に何度か仕事で組んだ事のある男。つまりククリアナが『漆黒の魔女』である事を知っている者だ。

「あら……、ウィルメド。お久しぶり……。もう……仕事はして無いわよ」

「そうか、残念だな。確かに装備というよりはただの旅装だもんな。だが、喋り方は相変わらずだな」

「ふふ……そう? 今は普通の生活……よ。でも、貴方が居れば道中、何が有っても心配要らないわ……ね?」

 僅かに首を傾げて微笑を浮かべる。ウィルメドは、その仕草に一瞬心を奪われた。

「……どうしたの、変な顔……して?」

「ん、いや、何でもない。まあ、道中何も無いといいな」

 ウィルメドは僅かに顔を赤らめるが、気付かれぬよう目を逸らすと、傍らの剣の柄を握り締めた。

「ええ、平穏な旅が一番……。それで、貴方は……依頼仕事?」

「ああ、守秘義務があるから言えないが、ムルアンガでちょっと、な」

「そう、じゃあ、そこまで一緒……。よろしく、ね」

 旅の同行者を得て、馬車はゆっくりと動き出した。


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