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第1話 漆黒の魔女

 ウラドナル王国、フォンデリアス伯爵領の街ランダル。

 一見、平穏に見える街。だがそこは世の常、悪事は水面下でうごめくもの。御多分に洩れずこの街でも事件が起きていた。

 最近ランダルでは、若い女性が蒸発する事件が相次いで発生していた。

 領主や街は若い娘を守ろうと、あの手この手と対策を打つ。いつの間にか流れた「事件は得体の知れない化物の仕業」という噂のおかげで、夜道を歩く女性の姿は減っていた。


 だが、事件の噂など意に介さぬように、夜の酒場から出てきた妙齢の女性が一人。闇に溶け込むかのような黒髪を風になびかせ、優雅に歩く。煌びやかではないが、胸元の開いた服はすれ違う男の視線を奪い、振り返らせる。

 黒髪の女性はやがて細い小路に入る。そして家々の明かりも無く、月明かりだけの人気の無い路地に出ると、空を見上げ、立ち止まる。

「アタシに御用かしら?」

 くるりと振り返り、その黒い瞳が背後に居た男二人を見つめる。

「……勘がいいな。ちょっとばかし、一緒に飲みにいかねえか?」

 尾行を気付かれた事に動揺する様子も無く、背の高い方の男は下心の有りそうな顔をしながら、歩み寄る。

「嫌よ。何処に連れて行かれるか分かったものじゃないわ。ねえ、シャンティアラ……?」

 女性が誰も居ない虚空に話しかけると、何処からとも無く猫が現れ、ひと鳴きして呼びかけに応える。そして猫はそのまま男達の足元へ。

「こいつ、何処から出てきやがった!」

 猫を蹴飛ばしそうな勢いで、足をばたつかせ、男は狼狽した。

「あら? 用があるのはその子じゃなくて、アタシだったんでしょう?」

 ふわりと風が舞い、誘うような爽やかで甘い香りが男の鼻腔をくすぐる。気付くと真横に女性が立っており、男の頬に息を吹きかけた。

「うわっ! いつの間に!」

「アナタ達は人攫い? それとも婦女を狙った、ただの暴漢?」

 細い指が男の顎をなぞる。

 男は身震いしたが、誤魔化すように睨み付けると懐から短剣を取り出した。

「大人しくしな。言う事を聞けば殺さねえ……。そこの路地を右だ」

「あらやだ、怖い」

 言葉の意味とは相反するように抑揚は無く、無表情で何を考えているのか推し量る事はできない。

「シャンティアラも大人しくしましょうね」

 猫に笑顔を向けると、理解したかのように鳴く。

「歩け!」

 短剣を突きつけられ、しばらく歩かされると着いたのは街の外れにある屋敷。

「あらぁ、ここって有名なビュセル商会のオーナーのお屋敷じゃない?」

「余計な事は考えるな! 黙って歩かないと殺すぞ!」

「はぁーい」

 背の低い禿げ頭の男は短剣を首筋にあて、脅しをかける。気付けば、いつの間にか女の近くに居たはずの猫は消えていた。


 男達は門衛とは暗黙の了解があるようで、何も会話をすることなく敷地に入ると、裏口に回って屋敷に入る。そして廊下の突き当りから地下へと続く階段を下りる。

 女性はちらりと黒髪を揺らして周囲を見回す。

(ご丁寧に隠し扉まで用意して……)

 階段を下った先は、地下牢の並ぶ陰湿な空間だった。見れば、そこには何人もの娘たちが押し込められており、恐怖から逃れようと誰もが寄り添っていた。

「随分と上とは違う雰囲気ね。美味しいお茶でもご馳走してくれるかと思っていたのに……」

「なに? お前、自分の立場が分かって……」

 言いかけたところで男二人は、女性の放つ魔力のオーラに弾き飛ばされた。その勢いで背の高い方の男が近くにあった棚を倒してしまい、大きな音が周囲に響き渡る。

「分かってないのはそちらじゃないかしら?」

 笑みを浮かべて威圧するように一歩ずつ、ゆっくりと男達との距離を縮める。

「す……素手で俺たちとやり合おうってのか?」

 禿げ頭の男が短剣を片手に威嚇する。

「ええ、素手で十分よ……、と言いたいところだけど他にも人が来たようね」

 階段を降りてくる足音に気付いたように、女性は足を止めた。

 男達は階段に視線をやり、ニヤリと笑う。

 音を聞きつけたのか、地下の異変に気付いたようで、現れたのは剣を持った三人の男達だった。

「さて、邪魔者をさっさと片付けて、お嬢さん達を助け出さないと、伯爵様に怒られちゃうわね。しょうがない……おいで、ガロウル……」

 空間が歪み闇が小さく口を開けると、そこから静かに夜の闇を映したような黒い槍が姿を現した。

「黒い槍……ガロウル……だと? って、ことはあの女が『漆黒の魔女』か!」

 禿げ頭の男が悲鳴を上げた。

「え……?」

 剣を手にした男達にも動揺が走る。

「やべぇ、よりによって一番危険な奴に手を出しちまった!」

「……あら、アタシの事をご存知なの? それは話が早いわ。……じゃあ、大人しく死んでいただけるかしら?」

『漆黒の魔女』はゆっくりと優雅に槍を構えた。

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