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【要するに鳴海君が悪いです】


 体育はすこぶるやる気がなかった。

 運動は嫌いではないけれど、どうにも今日は力が入らない。朝から食欲もなかったし、妹には「風邪なんじゃない?」と言われたが、体温計は俺が健全であることを証明するだけだった。

 運動場でサッカーというのも分が悪い。球技がそもそも得意ではないのだ。人並みにはできるけど、素人の域をうろうろしている。それにパスワークとかね。ほら、俺って基本そういうの回ってこないし。それで気分上げられるほうがどうかしている。加えてじわじわと気温が上がってくる時期だ。やってられるかという話である。

 俺のいるチームはサッカー部の面々が独壇場を繰り広げたおかげで勝つには勝ったが、俺自身は特に目ぼしい活躍もなく終了した。今は休憩の最中である。木陰で涼みながら、目の前で他の男子チームが試合形式で走り回っているのを眺める。

「あっつ……よっしー暑い。超暑い。溶けそう」

「じゃあ溶けてなくなれ」

「冷たいこと言うなよォ」

「近寄んじゃねぇよ。余計に暑いだろ」

 同じチームにいた野武士もまた休憩中であり、暇を持て余したのかこちらに寄ってくる。虫を追い払うように、野武士を手で追い払うが、奴はものともせずに俺の隣に座り込んだ。おかげで熱気が増し、さらに汗が滲んだ。

「たく……狭苦しい」

「そう言うなよよっしー。得点決められなかったからってさ」

「お前だって突っ立ってただけだろ」

「俺はパス回ししてましたー」

「早く終わんねぇかなぁ……」

 水分を補給しなおし手で風を送るが、大して涼しくはならない。なんたってこんな日に走らねばならないのか。

「女子の揺れる胸でも見て元気出すかー」

 野武士は遠い目で隣のトラックを走る女子の集団を見つめながら、クソみたいなことを吐き出した。

「ムショでも元気で暮らせよ」

「冗談だろ。やめて、先生には言わないで」

「大丈夫だ。冬馬に言う」

「もっとやめて!?」

 冬馬に伝えれば次の日には新聞になって、より誇張された表現で野武士の醜態が晒されることになるだろう。つーか誇張するのはいかがなものか。あいつの報道姿勢いろいろダメなんじゃない?

「僕がどうかしましたか?」

 呼ばれてもいないのに冬馬が現れる。こいつも同じチームであり、休憩中の暇を持て余しているようだった。まぁ、俺とは違い球技はそこそこ得意なようで、得点に貢献していた。

 妖怪のような男だと思っていたが、走って汗をかくあたり、こいつも一応は人の子のようだ。

「心配しなくても人間ですよ?」

 前言撤回、やはり妖怪である。

 よいしょ、と呟き、俺の隣に腰を下ろす。男二人に挟まれて、余計に暑くなった。不快度指数がマックスである。

「お前らなんでここにくるの。もっと離れろよ」

 眉間にしわを寄せた不機嫌な俺の物言いに、「ここが一番木陰ですから」と冬馬が爽やかな笑みで返した。実際大きな木が影になっているため、この時間帯において休むには最適な場所である。分からなくもないが、密度のことも計算に入れてほしい。

「よっしーあるところに俺ありってな!」

 野武士の言い分は理解できなかった。

「迷惑」

「辛辣!」

 野武士は叫びながら転がる。そのままどっかに行ってしまえばいいと思う。しかしすぐに起き上がって、また女子の一団をじっと見つめていた。懲りない男だ。

 冬馬はにこにこしながら俺たち二人を眺めている。お前もこいつをなんとかしろよ、と視線を送ったが、無視を決め込んできた。

「いやーでもうちのクラスも可愛い子いるけど、三組の女子も可愛いよなぁ……」

「ヨカッタネ」

「わぁ、適当」

 単純に話題についていくのが面倒なだけである。別に硬派な訳でもないし、人並みに女子への興味はあるけれども、好き好んで話す内容でもない。

「まぁ、いいや。よっしーは好きなタイプとかないの?」

 しかし野武士は特に話題を切り上げることもなく、話を続ける。なんなのこいつの鋼のメンタル。もっと別の場所で発揮していただきたいものだ。

「ああ、それは僕も気になりますね」

「お前には言いたくない」

「ひどいなぁ」

 冬馬は眉をハの字にして、肩をすくめる。わざとらしい仕草だ。

「時々聞いてるけど、教えてくんないよね」

「中学から度々聞いてくるよな、お前」

 野武士とつるむようになったのは大体中学一年生の頃の夏あたりだったか。思えば付き合いも五年目に突入している。

「よっしーミステリアスだからな。解き明かしたいじゃん?」

「超迷惑」

「超辛辣!」

 野武士はまた転がった。本当に懲りない男だ。

 まぁ、それがいいところなのかもしれないけれど。今回に至ってはそうでもない。むしろ悪癖の類である。

 立ち直りの早さには定評のある野武士は身体を起こし、「まぁ、よっしーの好みはともかくさ」と女子の一団を指差す。

「ほれ、あの雛形とか可愛くない?」

「どれだよ」

「ほら、おさげの背の小さい」

「分からん」

「探すの諦めんなよ……男子の間じゃ結構人気だぞ?」

「へぇ……」

 俺とは違い、社交的で交友の広い野武士のことだ。その雛形とやらが人気なのは間違いないのだろうが、いかんせんどれか分からない。

 とはいえいかに雛形が可愛かろうと、俺には縁のないこと。残念ながら、そういう可愛い女子は大体イケメンに集まるのだ。

 女子の黄色い歓声が響いた。

 走り終えたのか、それともサボりか、はたまた両方かは分からないが、女子の団体が今しがたゴールを決めた男子に向けた賞賛の声だったようである。

「久保光すげぇな」

「だなー」

 バスケ部のエースらしい久保光優心くぼみつゆうしんは、俺でも知っているくらいには人気がある。勉強でも学年十位以内に入るうえ、スポーツ万能。おまけにイケメンとくれば、大体の女子は憧れの眼差しを向ける。

 それを鼻にかけないところもまた人気の秘訣なのか、男子にも絶大な支持を得ている男だ。あれで彼女はいないとかなんとか。そりゃあ立候補も多かろうて。

「ああいうのが選ばれし者って奴なのかねぇ」

「そうなんじゃねぇの」

 野武士の呟きにも似た言葉に、適当に賛同しておく。

「一度でいいからあんなふうにモテモテになってみてぇわ」

「死んで生まれ変わるしかないんじゃねぇの」

「よっしーはさっきからホントすごく辛辣」

 事実を申し上げているに過ぎないのですがね。

 久保光は屈託のない笑顔でチームメイトと肩を叩き合っている。コミュニケーション能力のお化けみたいなあの男を見ていると、目がチカチカしてしまう。なんつーか、イルミネーションをゼロ距離で直視している気分だ。

 疲れないのだろうか、と思うことはある。しかしそれがあの男の本来なのならば、苦というわけではないのだろう。

「そういえば、鳴海君」と冬馬が何か思い出したのか、口を開いた。

「なんだよ」

「昨日の女の子とはどうだったんですか?」

「なんもねぇよ。つーかなんで知ってんの」

 お前先帰ったじゃん。何、盗聴器でも仕掛けてるの? 分かってないのかもしれないけどさ、犯罪だよ、それ。

「帰るときに校門前で見かけたので」

「なんでそれで俺と関係あるって分かんだよ。妖怪かよ」

「いえ、普通に道行く人に鳴海君のことを尋ねてましたから」

「ああ、そう。お前は聞かれなかったのか」

「聞かれましたけど、知らないふりしました」

 なんなのお前。

 野武士に目をやる。こいつからそういう話が出てこなかったのが不思議だ。真っ先に突っかかって来そうなものなのだが。

 どうやらこいつは知らなかったようで、目を丸くしていた。いや、君ら一緒に帰ったんじゃなかったっけ。

「どういうことだよよっしー!」

「うるせぇよ。耳許で大きな声出すな」

「ふべっ」

 耳鳴りがするくらいでかい声で叫ぶものだがら思わず拳が出た。いい感じに黙らせることができたので、よしとしよう。

「富坂君には、その時『町の方で素敵な女性が貴方を呼んでいる気がします』とお伝えしたら、一目散に駈け出しましたので。おそらく気付きもしてないでしょうね」

「馬鹿なの?」

「おそらくは」

「二人して酷くない!?」

 酷くはないだろう。純然たる馬鹿じゃん。

 将来悪い人に利用されないか、少し心配になる。

「富坂君は将来悪い人に騙されて犯罪の片棒を担がされそうですね」

 言っちゃったよ。いや、悪い人お前なんだけどね。

 冬馬の言葉に「酷いッ……」と野武士は顔面を両の手のひらで覆う。その姿にいささかの哀れみを感じ、慰めに肩を叩いた。こちらを見やる野武士に、サムズアップを向ける。

「もし騙されて捕まった時のインタビューは任せろ」

「よっしー……! さすが俺の友達ッ……!」

「いつかやると思ってましたってちゃんと伝えてやる」

「よっしー……」

 慰めたはずだが悄気げてしまった。どうやら違ったらしい。

「まぁ、それはそれとして。あの制服は和沙宮かずさのみや高校の制服でしたね。どうやって知り合ったんです?」

 野武士のことで有耶無耶になるかと思っていたけれど、そんなことはなかったようだ。さすが妖怪と言うべきか、新聞部だけあって冬馬は情報通だ。相手の学校まで一見で割り出していやがった。

 和沙宮高校と言えば、二つ隣の市街にある高校だ。この辺で普通科の高校は美咲高校か、和沙宮高校がそこそこの進学校として選ばれる傾向にある。他にも高校はあるが、いわゆる『中堅』と呼ばれる高校で公立となればこの二校が取り上げられやすい。間に荒山座高校もあるが、こちらは柄がよろしくないとのことで有名であり、避けられる傾向にある。

「アホそうだったが」

「見た目で判断するものではないですよ」

「そうだな。お前も見かけは優等生なのに中身クソだもんな」

「ひどいなぁ」

 冬馬は肩をすくめて見せる。眉はハの字だが、しかしさしたるダメージは負っていないようだ。ちっ……。

「連絡先などは交換してないんですか?」

「したけど」

「さすが手が早い」

「そんなんじゃねぇよ」

 正しくは交換させられた、だ。

「鳴海君はモテますからね」

「ねぇよ。そういうのはあいつみたいなのを言うんだろ」

 男女問わず多くの人間に囲まれ、笑顔を振りまく久保光を指差す。体育の先生が女子を散らしているが、興奮冷め止まぬようで、キャイキャイと高い声が響いている。

 なんとも青春という言葉が似合う光景が繰り広げられる中、しかし俺たちのようにその一団には属さない者も必ずいる。トラックを走り終えた相原は、タオルで汗を拭きながら水分補給をしていた。久保光の方を一瞥はしても、どうでもよさ気な態度を崩さない。よく言えばストイックだが、まぁ、こいつもいわゆる『普通』ではない人なのかもしれない。言い換えれば、ノリが悪い。

 非難するつもりもないけれど、年頃の女子としてどうなんだろう。もう少しこう、イケメンに興味示すとかないのかな。

「相原さんは本当に一途ですね」

「陸上好きみたいだしな」

「……まぁ、そうですね」

 冬馬の返答に一瞬の間があったのは少し気になるところではあるが、しかしその時ちょうど相原と目が合ってしまった。とりあえず、労いの意を込めて手を振ってみた。

 相原はあからさまに顔を逸らした。

「また機嫌悪いなあいつ」

「和高の女の子と連絡先交換したこと聞いた時点でなんとなくそうなんじゃないかなって思いました」

「なんで」

「要するに鳴海君が悪いです」

「いやだからなんで」

 やれやれ、と言わんばかりに両手を上げる。なんだというのか。

「今度こそちゃんと謝ったほうがいいですよ」

「何についてだよ」連休中のことは少なくとも謝ったぞ。ジュースはまだ奢ってないけど。謝り方が足りないってこと? 土下座しろってことかな。

「分かってないみたいだな、こいつ」

「まぁ、鳴海君ですから」

 野武士と冬馬が、声を潜めながら好き放題言う。いや、普通に聞こえてるから。ハッキリ言いなさいよ。質悪いなお前ら。

 二人に反抗しようと口を開いたあたりで、終業のチャイムが鳴る。開口したまま、しかし言葉は発せられず、モヤモヤしたまま黙りこむことになってしまった。

「ま、早くなんとかしとけよ、よっしー。ギスギスされると俺にまで被害が来るから」

 野武士が立ち上がり、尻を軽く叩きながら言う。冬馬もそれに続いた。取り残された俺は、しばし校舎の方へ向かうまばらな人の流れを見つめる。

 相原もまたその流れ中にいる。クラスメイトと何かを話しながら歩いているから、こちらにはもう一瞥もくれない。その後頭部を見つめながら、ぼんやりと考えこむ。

 何に怒ってんだ、あいつ。

 わからん。

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