閑話 領主ダルグレット・ディラント
〜領主の独り言〜
暖かい…まるで包まれている様な感覚。不意に意識が浮上した。そして、自分に寄り添う様にして眠っている可愛い私の天使がいた。
「…フィ…ア…?」
奴らに連れ去られたはず。あの時、私は阻止出来なくて…
刺された…!
思わず、お腹を押さえたが、そこには裂かれた服と大量の血痕の跡があり、しかもまだ乾いていない。
だが、傷がない。痛みもない。争った際ついた沢山の切傷も、致命傷と思われるほど深く刺されたはずの傷も、綺麗さっぱり消えている。
誰かがフィアを助けた?私の傷の回復も?
わからない…
皆も起き上がり始め、こちらへ向かって、走り寄ってくる者達の姿が見えたので、死者や重傷者がない事に安堵した。
誰に助けられたのかは、あとで皆に聞いてみることにする。
◇◇◇
あの時、不審な物音がしたのに気づき、すぐに傍らに置いてあった剣を掴み執務室から出た。
そして、通路に倒れ、動かない護衛や使用人達。
その中、2階から降りて来た賊。その肩には私の可愛い天使が担がれて…!
だが、多勢に無勢。フィアを担いだ奴はそのまま逃げて行った!
一瞬こちらを見た奴の目を私は知っている。
侯爵の使いとして来ていたあの男。昏く鋭い眼。
跡を追おうとしたが、多数の賊に阻まれ、不覚をとった挙句、深手を負い瀕死の状態だった私。静まりかえった邸内で倒れたまま、どれほどの時間が経ったのか…死ぬまいと足掻きながらも混濁してゆく意識の中で、私を呼ぶフィアの声を聞いた気がした。
しばらくして、私ははっきりと意識を取り戻した。
◇◇◇
あの日フィアは変わった。
魔物を見て意識を失ってから、まるで別人のように。
以前は声も出さない、感情のない美しい人形の様だった我が娘。心配で仕方なかった。
だが、目覚めてすぐに流暢に話し始めた。そして、とても可愛く笑い、話し、元気に行動するようになって、妻のシルリーナも邸の者達も驚いた。
更には、私の書斎にこもり本を読み続けた。
外に散歩に出たいと可愛くねだりに来て、思わず許可してしまいそうになったが…
何かと黒い噂のある侯爵の件があり、可哀想だが禁止したのだ。
フィアを外に出さなければ、危険ではないなどと甘く見ていた自分の失態である。
まさか、領主の邸を襲撃するなど!
だが、私の可愛い天使はここにいる。今は女神に感謝を捧げよう。
しかし、これで侯爵が、フィアをあきらめるとは限らないのだ。
なにか、良い対策はないものか…いっそ侯爵家よりも力のある貴族との婚約を結び、フィアの安全を優先するか?
そうなると、お相手は王族か公爵家になる。
確か、第3王子と公爵家からも婚約の打診があったはずだ。
いや、駄目だ。結婚はフィアの意志を無視してさせたくない。
若くして婚約する前例はなくもないが、フィアはまだ5歳なのだ。まだ早すぎる!
もう、油断はしない。
絶対に、不覚はとらない。
私がフィアを護り通してみせる。




