閑話 ロインベルト・ラ・グランダ
不意に意識が浮上した。
唐突に枷が外された様に、身体が締めつけられる苦しさから開放されたのだ。
目を開ける気力さえ尽きて、情けなくも我が生命はここまでだったかと諦めかけていた。
もっとも、この牢には灯も無く真の暗闇であったから、目を開けているのか閉じているのかさえわからなくなっていたのだが。
深く息を吸い、深呼吸してみる。
いつもの黴臭さ、様々な悪臭漂う地下牢とは思えない清浄な空気が我の身体を満たした。
何か得体の知れない重石がのし掛かり指一本動かせない程だった身体が、急に楽になり、何やら仄かに温かくて、とうとう自分は死んでしまったのかと勘違いした程だ。
朦朧としていた意識がはっきりしてきて、薄く瞼を開けて、驚く。
どうせ真の暗闇なのだと高を括っていたが、ぼんやりと微かに明るくて、暗闇に目が慣れたかとも思ったが…その淡い光は人の形をしていたのだから。
その周りを護るようにふわりふわりと飛び交う淡い幾つもの光。
「貴女は…女神…か…?」
この国には女神信仰は無い。
有るのは、父であるこの国の皇帝陛下と皇太子である我が身を、この真っ暗な牢に閉じ込め、皇位を簒奪した教皇が広めたガルダート教である。
自分は皇太子であるから、例え国交が無くとも、隣国の情報を手に入れるのは常識であり、その隣国が女神を信仰しているのも知っていた。
勿論、女神を見た事はない。
だが、その娘は全身を淡い光で覆われ、とても神々しい様だった。
そして、女神の使徒と言われている精霊と思しき光で周りを護られているのが見えた。
未だほんの子供に見える娘だったが、女神とはこの様な者なのではないかと、思わず呟いてしまっていた。
「は…?め、女神だなんて…違います。私はフィアルリーナ・ディラントと申します。貴方様はマリアナ殿下の兄上の皇太子殿下でしょうか。治療は致しましたので、毒は消えたと思います…お身体の具合はいかがですか?」
「マリアナ…我が異母妹をご存知か?」
「はい。」
そして、我が命じた任務を近衛らが果たし、幼い異母妹が無事隣国に逃れたのを知った。
マリアナは我の一番下の異母妹だ。
しかし今は我とマリアナの2人きりの兄妹なのだ。
皇帝陛下である父は今まで幾人もの妻を娶り、子も沢山生まれた。
だが、我以外の弟妹らは皆1歳の誕生日を迎えることなく亡くなった。
そして、妻であった妃達も命を落としている。
皇帝陛下は悩み、死の原因を徹底的に調査した事もあったが、全く分からず、マリアナが生まれてすぐに妃が亡くなると、それからは妻を娶るのを辞めたのだ。
だが、我が9歳の誕生日を迎えた頃に生まれた異母妹が可愛くて、良く様子を見に頻繁に後宮へ訪れていて…気づいた。
マリアナの母親の死因が呪殺や毒殺だったのではないかと。
後宮へ訪れた後は酷くはないが、毎回必ずといっていい程体調が悪くなり、戻れば何も無かった様に不調は消えた。
かつての弟妹と妃達は後宮で暮らし、2年と持たずに亡くなっていた。
その事から、10歳の誕生日を迎える頃には、皇帝家の血を絶やさず、されど増やさずといった謀を弄されているのを感じた。
我は少し不調を感じる事もあったが、死ぬほどの症状は出ない。
不思議な事にマリアナには、亡くなった母親とは違い不調さえも出なかったようだが。
そして、マリアナの周りにはいつもぼんやりとしたいくつかの光が護るように漂うのが見えた。
多分、それの恩恵でマリアナが死なずにいるのだろうと感じた。
その光が隣国バルディア王国の国教、女神リルディアの使徒と言われている精霊達だと知ったのは13歳の成人となった時だったが。
女神の恩恵を受けているーーそんな事がガルダート教の者らに知れたら、更に強行にマリアナの命を狙うだろうと考え、密かに反ガルダート教の騎士らを選び、近衛隊を作った。
案の定、何度もマリアナを暗殺されそうになったが、全て退ける事に成功した。
そして、ガルダート教皇、ラガル・ダル・ガルダートは痺れを切らしたのか、その正体を現し、我々をこの牢に幽閉したのだ。
よくよく考えてみると、教皇の名の中に神の名が入っているのは変だったな。
自らを神だと名乗っていたのだから。
それを今まで変だと思いもしなかったのも不思議なのだがな。
もし、我が生き延びる事が出来たら、この国からガルダートの名を跡形も無く消し去ってやる。




