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夢と現の境界迷宮Ⅱ【孤蝶の舞】  作者: Thera
Ep.2【遺恨と決断】
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【商会の朝】

 


 憎たらしく澄んだ青空から、カッと朝日が照り付けられる。

 朝礼の為、商会の前に整列した見習い職人の列に加わったルークは、眼前で吠える兄弟子の飛び散る汗が煌めくのを見ていた。


「いいか悪ガキども、今日はお前らに叩かせる鉄がねぇから、売り子をやりやがれ! いくら良い作品(ブツ)を作っても、値段相応の売り出しができねぇ奴は生き残らねぇからなぁ!

 てめーらが学ぶべきは製作者としての技術だけじゃねぇ、商人としての技術もだ……そうだろうルーク!」


「う、うすっ!」


「オレぁ見てたぞ。てめーが学徒のねーちゃんに言い負かされるのをよ!

 顧客に言い負ける有様じゃザマぁねぇ! てめーが目指してるモノは一体なんだ。おい、言ってみろ!」


「術式加工の技術が最高峰と名高いこの商会で修行してから、故郷のラフェンタにあるオヤジの組合(ギルド)を、立て直す事っす!」


 今日はオレかよ、と内心でため息をつきながらも、ルークは全力で叫び返す。

 朝礼で兄弟子から指名されるこの儀式は、いつから始まったのかは知らないが毎回の恒例行事だ。


「そうか!大それた夢を持ってやがるな! ならその夢を実現させるために、てめーがすべき事はなんだ⁈」


「最高峰の技術を身に付ける為に、修行する事っす!」


「そうかそれならキリキリ働け! てめーはまだまだ力不足だ、クズの極みだ! 弱小組合育ちのてめーを弟子入りさせてくれた親方をガッカリさせんなよ!」


「うすっ!」


「話は以上だ、働け悪ガキどもぉ!」


 兄弟子がルークから視線を外し、全体に向けて吠え声をあげる。

 整列した少年たちは、ザッと姿勢を正して叫び返した。


「「うすごっつぁんです!」」


 チチェリットの街に響く、少年たちの怒鳴り声。

 それは時計塔の鐘の音と同様に、チチェリットの朝を告げるものとして有名な日常風景であった。


「はぁ……」


 ばらばらと仲間たちが職場に散っていく中、ルークはひとり、ため息をついた。

 兄弟子に指名される度に繰り返してきた問答だが、これが妙に疲れるのだ。


「いやー、お疲れさん」


 背後から声を掛けられて、ルークは振り返った。

 くすんだ金髪に褐色の瞳。何より目を引くのは、黒色の民族衣からのぞくオリーブ色の肌。

 アーク人の血を引いているとひと目で分かる少年が、にやにやしながらそこに立っていた。


「よーエヴァディ。オレの尊い犠牲によってお前らの精神は守られたよ。感謝しとけよ?」


 ルークがひらひらと手を振ると、アーク人とイウロ人の混血児である友人は腕組みしながら鼻を鳴らした。


「いやー、お前の悪戯に巻き込まれて苦労した回数のが多いからな。感謝するかと言われっと……」


「ンだとぉ、この野郎……」


 にやにや顔のエヴァディに、ルークは歯を見せて笑い返す。

 ふたりのやり取りを見た同僚たちも、「祭りだ」「祭りが始まるぞ」「待ってました喧嘩祭り」などと言いながら、二人の周りに人垣の闘技場(リング)を作り始める。


(親方が来る前に、ちゃちゃっと決着つけるとすっか)


 鍛冶作業でもビクともしない作業手袋の上から、ギュッと拳を握り締める。

 小柄だが足技のリーチがあるエヴァディが、いつでも蹴り技を放てるように片足を浮かせた──その瞬間だった。



「出てけ、朔弥の猿め!」



 嫌悪をむき出しにした罵声が、喧嘩祭りの啖呵を遮った。

 思わず声の方を振り返ったルークは、学院の門衛所を見て目を細める。


 門衛に止められているのは、ひと目で育ちの良さが分かる朔弥人だった。

 イウロ人を見慣れていると幼く見えるが、物腰から判断するに十七、八歳といった所だろう。


 片手に笠を持ち、もう片方の手は妹と思しき少女の手を握っている。


「ですから、我々が来る事は学院教授の方に連絡して……」

 

「お前のような東国の猿に、あの方達がお会いになるものか! とっととサル山に帰れ!」


 門衛に怒鳴られている旅人は、どう対応していいのか分からず困惑している。


「兄妹連れか? すげーな、よくあの年で子連れ旅なんてやるよ」


 感心するルークの隣で、エヴァディが眉をひそめた。


「ってか、運がねぇな。あの門衛、純血主義のすっげー硬いオッサンだろ? おれも納品とかで入ろうとすると悪態突かれるけど、前に紫苑も悪口言われてたぜー」


「へー……」


 ルークは、怒鳴り散らす門衛と旅人を交互に見つめていたが、「うっし」と小さく頷き歩き出した。


「オレ、ちょっと話してくらぁ。エヴァディ、ちょいと店番やっててくれ!」


「おうよー」


 ここは任せた、とばかりに手を振る友人に手を上げて謝意を示し、ルークは軽く走り出す。

 客の忘れ物を届けに来た下っ端、という体を装い、ルークは旅人に手を振った。


「おーい、お客さん!」


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