女王の矜持
今月三話目です。以前は週に一話とか今月の様に月三話とか書けたのに対して今……。
教室棟、二階に位置する二年五組の教室。
そこが、今回の対抗戦における、静城風香のスタート位置であった。
時刻は九時五十分、会議室でのくじ引き、ルール説明が終わった後、早々にこの場へと空間転移を使って移動していた。
チームは一人、能力の制限も生半可なものではない。けれども風香の心中はとても落ち着いていた。
唯一気になることといえば、それは朝野陽菜に関してのことだ。
風香にとって、陽菜の言っていたことは半ば事実として深く心に突き刺さっていた。
要するに風香は気にしていたのだ。
確かに、朝野陽菜はあの時、自分の独善から一方的に自身を非難した。
否定も聞かず、自分の意見を封殺し身勝手にも自分にありったけの不満を投げかけた。
その内容は風香からしてみれば言いがかりも甚だしいが、それは確かに、風香の心へと突き刺さったのだ。
それは静城風香の弱点に起因して、一層の効力を発揮してしまった。
どんな人間でも、突かれると弱い部分があるように、それはどれだけ能力が強かろうが、例え世界ランキング一位の上代有紀であっても関係なく優位に立てる『何か』がある。
それは、千差万別人それぞれであり、虫が嫌いであったり、辛いものが嫌いであったりと、何であれその人物では絶対に勝てないものがあるのだ。
かく言う静城風香にも、当然としてそんな弱点は存在する。
そんな誰にでもある、風香にとっての弱点は、『拒絶』されることだ。
蒼太が言うように、静城風香という人間は例え悪意ある人間だとしても、自分に接してきた人物ならばある程度は許容する。許容してしまうのだ。
けれどそれは、自分に対して何をしても対処ができるという絶対の自負から来る王者故の慢心だ。
だからといって、油断は決してしない。いくら強いと言っても、そこを履き違えるほど愚かではないのだ。
そんな風香のことを他人から見れば、それは酷く歪に映るだろう。悪い人間だと分かっていても、風香自身はそれを拒まずに許容しているのだから。
そんな姿を見て、必然と静城風香を利用してやろうとする輩は増えた。
だが、それを風香から拒絶することはせず、容認し、事が起これば突き放す。
それがしばらく続き、やがて当たり前のように風香の周りに人は寄り付かなくなった。
誰が言ったか、人は静城風香を『孤高』と呼んだ。
静城風香は人を拒まない。その代りに、悪意を見せるのなら容赦はしない。
他人から見た印象としては、それが一番合致するものだろう。
けれど、風香本人の意思は全くの別物だった。
風香の態度は、初めから一貫している。
人としての能力、容姿、およそ一人の人間として誰もが欲するものを静城風香という人物は持っている。
それら生まれ持った才覚がありながら、唯一恵まれなかったもの、それは周りの環境だ。
そう、風香の態度は初めから一貫している。
それは、誰であれ人と関わりたいという欲求だ。
けれどもそんなありふれた欲求は、生まれ持ったものによって酷く纏わりつくように邪魔な障害となっている。
勇気をだして近づいても、気前よく近づかれても、その果てにあるのは、浅ましい人間の欲望だったのだ。
悪意に当てられて、いつまでもその人物に執着する謂れはなく、風香としてはそれは突き放す他ないのである。始めからそんな思想を持っていると分かったなら近づかないが、それを知る繋がりすら持てなかった風香に対して、それを求めるのはあまりに酷な話。どうしたって避けようがなかった。
当然、それは繰り返されて、独りになるまでそう時間はかからなかった。
けれど、そんな時間は、今になって解消されつつあった。
同じクラスになった、塚野まいの存在が、それだ。
クラスメイトであり、色んな分野で引っ張りダコであまり学校に来れなかった自分を見てくれた、唯一といって差し支えない大切な友人であり、クラス委員長。
確かに、クラスメイトの中でもまい以外に喋る人間はいる。だが、それは静城風香という有名人に話しかける一ファンのような認識が強い。
それら全てを友人と言ってのける程、風香の人生経験は鮮やかではない。
そんなクラスメイトの中でも、異色であったのは、まい以外にももう一人存在した。
それが朝野陽菜だ。
その決定的な違いは、彼女の正直さだ。
陽菜という人物は、相手が誰であれ遠慮というものを考慮しない。
自分の物差しをしっかりと持って意見ができた、特異な人間だ。
言い換えれば、風香からすればそれはそれなりに寄り添える人間だった。
そんな人物に、明確に、風香は『拒絶』されたのだ。
それは確実に風香にとっては堪えた事実なのだ。
『拒絶』することはあっても、『拒絶』された経験は積んでいない風香にとって、その裂傷は何よりも深い傷であり、耐え難い苦痛だ。
人と関われなかったからこそ、人に『拒絶』される痛みを知ることが無かった。
なまじ色々なものに恵まれたからこそ生まれていた孤独という格差は、想像以上に静城風香という人間を形成する上で、大きすぎる土台となっている。
そう言う意味で言えば、風香はまだ人を知らない子供と、ほとんど変わらないのだ。
「……そろそろ、時間……」
教室の壁に備え付けてある時計を見れば、もう既に時刻は残り一分を切っていた。
残り六十秒も数えない内に、放送が入って対抗戦の開始が告げられるだろう。
そうなれば、この学校の校舎は能力が飛び交う無法地帯に早変わりだ。けれども、例え怪我をしても、校舎が壊れても、この日を恐らく誰よりも楽しみにしていた鳴沢の準備は周到だ。
怪我をすればそれ専門の保険医に、校舎が壊れれば掛かりつけであるという修復屋に、それぞれ雇い入れてある。
それこそ毎月恒例の、鳴沢國秀のもつ謎のパイプお披露目会となるのだから、その辺りの心配は全くいらない。
風香が示すのは、あくまでも自身の持つ能力である。
今までがそうだったように、自分の価値を痛い程示すのは、圧倒的な実績と実力だ。
朝野陽菜が自分を『拒絶』するというのなら、それ以上の価値を絶対に証明しなければならない。
それは、言うなら静城風香という人間に課せられた義務だ。
だからこそ、只一人の人物を除いて、自身を『拒絶』する人間に結果を以て価値を示さなければならない。
何故なら、風香の持っているものは、余りにも少なすぎるから。
朝野陽菜が自分のことを気取っていると言うのなら、そうではないことを実力で証明するしかないのだ。
陽菜に訴えるのなら、この対抗戦で、いつも通り勝ち抜く他ない。
そんな結論に至るまで、さほど時間はかからなかった。
誰かにそう思われているというのなら、行動を以てそれを否定しなければならない。
それ以外の方法を、風香は取れないことをよく理解していた。
だからこそ、今回の対抗戦は、例えハンデが重かろうが、誰が相手であろうが勝ち抜く他に風香は自分自身を認められないのだ。
それまで、まいや真司、蒼太達に相談することは、あってはならない。
これは自分の問題なのだから、風香としては自分自身で解決をしなければならない。
例え話を聞いてもらえなくても、これを見ている陽菜に見て貰えば、態度を示せれば、それで状況は好転するはずなのだと信じている。
それに、蒼太達を頼った時、『拒絶』されることが、心底怖いというのもあった。
今まで会ってきた人間は、簡単に裏切ってきた。
蒼太達がそんな人物と同列だとは少しも思えないが、それでも、それでも確かに、風香は『拒絶』されることを怖がった。
だから言い出すこともできなかった。
だとしても、今自分にできることをする。
その信念だけは、絶対に貫く覚悟を、済ましてきた。
『十時になりました。それでは、全クラス対抗戦を開始してください』
十時になり、開始を知らせる放送がかかる。
その瞬間から、風香は両手を広げて、校舎内全空間への干渉を開始した。
ハンデの一つである、一回しかない他人への干渉権をこの最序盤で行使するのだ。
手を抜く気なんぞさらさらなく、いつもより貪欲に、風香は一番を取りに行く。
感知している範囲は制限通り十mから広がることはない。けれど、操れる空間がそれを順守するかと言えば、違う。
<空間操作>とは、空間を操ることのできる能力だ。
目を瞑った状態でも物に触ることが出来るように、風香は知覚範囲外だとしても、校舎にいる全敵クラスを転移させることが可能なのだ。
やがて、準備が整い、そして一斉に転移させる。
知覚をしていないため、転移後の場所は完全にランダムとなってしまうが、この対抗戦ならそれは逆に都合良く働いてくれるだろう。
こうして、対抗戦は開始一分もしないうちに、静城風香を除いた全てのチームは分断された。
風香自身、誰を何処に転移させたかまでは把握できないが、それでも感知範囲内である十mよりも内側は、例え視界を潰されたとしても、風香の感覚は一切劣らない。
それを証明するかのように、まだ教室の扉付近にいた風香の感知範囲内に一人、いや二人。それぞれ別々のタイミングで転移してきたことがわかった。
その時、誰がどう見ても唐突に、風香は勢いよく目の前の扉を開け放つ。
「「っ!?」」
その先にいたのはやはり感知した二人の男子生徒。
いきなり視界が変わり、同じメンバーと離れて目の前には敵の存在があってか状況が呑み込めていない様子だったが、風香が姿を現した瞬間の、この二人の内に起こった衝撃は二人にしか理解できないだろう。
そして図らずも、最大限に警戒するべき相手を前に二人は結託した。
教室の廊下という狭い場所ながらも、一人は風香の方へ突っ込み、もう一人はその場で能力を発動し、それぞれが風香の排除という一つの目標の元に行動を示す。
一瞬で仲間とはぐれ、スタート位置から全く別の場所へと転移した時、目の前に敵がいるという状況でもすぐに行動できる時点で、この二人はある程度の実力があるということが窺える。
だがそれでも、風香を相手取ることは不可能だった。
まず、最初に風香へ到達したのは、後ろで発動された能力の方だ。
その生徒が操ったのは空気か、風か。どちらにせよ、ある程度勢いのある竜巻が風香目掛けて一直線に蹂躙せんと襲いかかる。
それを受けて、風香は避けもせず一瞥するのみ。
何かをするような気配はなく、やがて竜巻は出てきた教室の扉をも巻き込みながら、そのまま教室の窓の方まで貫通する。
それは圧倒的な風圧の暴力だ。最早加減を間違えたとも言っていいその一撃は教室の扉はおろか、床までも抉り廊下から窓までぽっかりと風穴を開けていた。
けれども、追撃を仕掛けたもう一人の生徒の足は、まだ止まっていなかった。
「なっ、ウソだろ!?」
それは何故か、答えは簡単だ。
竜巻は前に出た生徒を避けつつ、しっかりと風香を捕らえ、更に教室から窓に掛けて風穴を開けた。
だが、風香は無傷だった。
風穴を開けた、というが、風香の立っている場所だけが、そよ風でも通ったかのようにその風圧の影響を全く受け付けていなかった。
それを予想していたのか、前に出た生徒は風香の左腕についている線の入った腕章に狙いを定め、真っ先に向かっていく。
だが、それも無意味だった。
「え……?」
伸ばした腕は、風香の手のひらが素早く上げられた瞬間に、風香のすぐ傍の空間へと伸ばされた。
その生徒が目の当たりにしたのは、自分の伸ばした腕が、肩から腕に掛けてがばっさりと、ズレている状況だった。
その位置は不運にも、風香のすぐ隣。そして、伸ばされた腕にあるのは、腕章のついている方だった。
「っ!?」
すぐに気づき、あわてて腕を引こうとしても何故か、そこから全く動かないのだ。
押そうが、引こうが、どう動こうが、指先が動かせるだけで、肩を何十人かでがっちりと雁字搦めにされているかのように動けない。
「な、なんで!!」
そうしている間に、風香は静かに動き出す。
まず、すぐ傍の<空間操作>で動けなくさせた生徒の腕章を手に取り、そのまま剥ぎ取る。
「……まず一人」
二人が攻撃してから、僅か六秒の間に起きた事だった。
その短い時間で、風香は既に一人を撃退し、もう一人に狙いを定める。
それを悟ったのか、先ほどとはうってかわってもう一人は完全に逃げ腰だった。
「くそっ!」
一人がやられたのを見届けた瞬間に、もう一人がとった行動は逃走だった。
その判断は賢明といえる。これが普通の状況なら、仲間を見捨てることに躊躇いを持ち、行動が遅れることが多いが、生憎と目の前で敗れた生徒は仲間などではなく敵なのだから、その分迅速に行動することができたのだ。
だが、それでも遅かった。
再び竜巻を出し、今度は攻撃ではなく移動に全力を注ぎ猛スピードで離れていく。
すさまじい勢いで離れるも、すぐに意味の無い行為だと気づいた。
「な……」
単純に、進めていなかったのだ。
「うそだろ……?」
確かに進みはしたが、それは始めの一瞬のみであり、実際に離れたのはおよそ九メートル。
それ以上進むことはなく、その場で停滞するばかりで身動きができない。
「ふぅ……」
当然、それをしかけたのは風香だ。
丁度その生徒の方へ手をかざしており、どんな方法かは分からなくとも逃走に失敗したという事実がそこにはあった。
「くそっ、体は動くのに……なんで進めない!」
そして風香は休むことなくすぐに歩いて逃走を図った生徒に近づいていく。
「これで、二人……」
やがて腕章の方へ辿りつくと、同じように引っぺがして床に落とす。
『二年二組斉藤、失格。一年五組、代表失格のため速やかに退場してください。一年三組山田、失格。――――――』
二人の失格と同時に、一気にアナウンスが知らされる。
先の二人は運悪く風香の近くへと転移したが、他の生徒はある程度バラバラになったらしく、考えずともいたるところで戦闘が行われていると風香はすぐに考えつくx。
「……私は、逃げない」
そこまで考えて、風香がとった行動は進撃だった。
静城風香は、自らを示すため、そして女王善とするため、守りに入るという選択肢ははじめから持ち合わせていない。
あるのは攻勢一点、ただ攻めて勝つのみ。
静城風香という人間を表すのに、それ以外の表現はいらない。
これを乗り越えて、朝野陽菜へ示すと同時に、今度こそ世界最強の椅子へ座るのだ。
例え意味が無くとも、ただ盲目になるのだとしても、その狂気の様に貪欲な勝利欲が続く限りこれはいつまでも終わらないのだろう。
何故なら自分は、女王なのだから。
ブックマークや感想等随時受け付けておりますのでどんどん下さい。というか感想を下さい。




