比翼
はーい、今月2話目でございます。この調子のまま対抗戦の方は終わらし……たい。
対抗戦開始直後、静城は一回しかない他人への干渉を使い、恐らく対抗戦に出た全員をバラバラに転移させた。
恐らく、と付くのはこの状態が起こっているのが俺だけだという可能性を加味したからだが、それは希望的観測に過ぎない。
静城に転移されて、かれこれ十分くらいは経っているが、この辺りは足音でさえ響きそうなほど静かだった。
その事実だけが、まだ俺だけが転移したということを補強する唯一の材料となっている。
だが、それもまたやはり希望的観測だ。
何故なら――――――。
『二年二組斉藤、失格。一年五組、代表失格のため速やかに退場してください。一年三組山田―――』
と、ものすごい勢いで失格者が出ているからだ。
けれども、かなり低い可能性ではあるが、この目で見たわけでもないし仮定として『俺だけが転移』したことと『静城以外の全員』が転移したことの両方を考えていて損はないだろう。
それに、俺としてはこの状況を嬉しく感じる。
こう言ってはなんだが、俺は一条達のように勝利を求めてはいない。ただ静城と話をして塚野の問題を逸早く解決させたいのだから。
だから究極的に言えば、静城と話しさえできれば他はどうだっていい。
俺のクラスが負けようが、誰が勝とうが、心底どうでもいい。
ただ、静城と話しをする前にやられては、対抗戦に参加した意味がない。本末転倒だ。
だから、せめて俺が話しをするまではそれなりに貢献させてもらうとしよう。
「さしあたって、とりあえずこの校舎の散策だな。『神託』のこともあるし、できればそっちの方と会いたいんだが……」
とは言っても、未だ鳴り続ける敗北の知らせがじんわりと響くくらいには静まり返っている廊下に人の気配など微塵もないと断言してもいい。
勢いからして、各階、各校舎のいたるところで交戦していてもおかしくはないと言うのに、廊下の窓から辛うじて見える教室棟の教室には雨粒のようにまばらに行われていることが伺える。
そうなると、考えうる可能性としては、廊下で鉢合わせて交戦に入る確立の方が大きいのかもしれない。
「まぁ、あんだけバラバラな状況で、チームで動いてる訳ないよな……。となれば、静城のやつ初手で全員空間転移でバラけさせたな?」
チーム戦のバトルロワイヤルが特色の対抗戦だというのに、これではただのバトルロワイヤルだ。
流石に教師陣もこうなるとは予想もしていなかっただろう。だが、ただ一人、この対抗戦を主催しているであろう鳴沢だけは大笑いで歓迎しそうだが。
「さて、流石に移動するか」
また辺りを見渡してから、近くの階段を目指して歩く。
「ひとまずは職員棟を見て回って、教室棟は後回しだな」
更に、念のため<千里眼>で行き先の安全も確認しながら進んでいく。
そしてそれから階段に足を掛けて上り始めた頃には、失格者を知らせる放送はひとまずの空白時間を生んでいた。
恐らく、始めの転移から鉢合わせたやつ等の戦闘が一旦終了したのだろう。
その中でも、代表者がやられているのも少なくはなかった。どこで多く戦闘が行われたのかはわからないが、その中で一条がやられていないのは幸運だった。
一人一人分断され、誰がピンチになっているのも分からない状況で唯一知りえる事実が敗北のみなのは、多少怖いものがある。
それに、その中にもしも『神託』にあった人物が含まれていると考えるだけで、俺の苦労は半分無駄になるのだから、多少神経質にもなろう。
「ん?」
その時、先行させていた<千里眼>の視界に人が映った。
丁度、この階段を上がりきれば向かい合う形でエンカウントするだろう。
相手はまだ気づいていないが、このまま見逃すことも、不意打ちに走ることも可能といえば可能だ。
腕章にも一本線は無い、代表ではないメンバーだ。
けれども、俺は明確にその人物から目を離せないでいた。
それだけ、綺麗だったから。
「光の……束?」
その人物、正確にはその、背中。肩甲骨のあたりから伸びている光の束に、釘付けだった。
女生徒であるその人物は、背中まで真っ直ぐと流れるような黒髪を揺らしながら平然と前を歩いていた。時折その束をゆらりと動かしつつ、特に俺が上っている階段の方を警戒している様子でじっと、泣き黒子のある切れ長の目が見つめている。
まだその女生徒が階段の方へ辿り着くには距離があるため、鉢合わせないように逃げるのだとしたら今が最適だろう。
けれども、逃げる訳にもいかない。
その理由は、あの光の束についてだ。
あの光、それは俺が『アクセス権』で能力を複製したときによく現れる、小さな光の集合体に思えたからだ。
なら、あの光を体から出しているあの女子生徒は、何者だ?
「……まさか」
そしてそれは、当然の帰結をもたらした。
一歩、前に出る。
音が鳴る、足音だ。
<千里眼>で確認する限り、その女子生徒はピクリと眉を動かし、反応を示した。
不意打ちを狙ってか、極力足音を立てずにこちらの方へ近づいて来ている。
確かめるのだ、今から起こる交戦で、その真意を。
そして、階段を上りきり、俺と女子生徒は向かい合う。
それが叶った瞬間だった。
「ぐっ!?」
俺の反応速度ギリギリの速さで光の束が襲い掛かった。
身を翻し、体を捻ることで何とかそれを避けて左側へ着地すると、次に俺は女子生徒に向かって<高速移動>で距離を詰めようと床を蹴る。
――――――だが。
光の束は真っ直ぐと伸ばされたまま、薙ぎ払う形で俺へと向かってくる。
たまらず、前へ進むのを諦め、踏み込もうとした左足で後ろへと跳び、バク転をするような形で何とか避けきる。
普段の運動能力ではこんなこと到底できっこないが、<高速移動>で勢いに乗っていたからこそできる三次元的な動きが可能な今だけの緊急回避。
光の束はそのまま空中にいる俺をかすめながら、それまで進んでいた直線状を教室の扉、窓ごとメキメキと薙ぎ払っていき最後には女子生徒の腕付近にまで戻される。
そして状況は、元の向かい合うような形に戻された。
そこでふと、壊れた窓や扉がまるで時間が巻き戻るようにして修復されていくのが、視界の端に移る。
そして頭に浮かんだのは、鳴沢が呼んだという修復屋のことだ。
あれの効果が今見ているそれだとすれば、確かに器物破損の類の心配はいらないだろう。
そんな、ほぼ有り得ない状況を横目に確認しながら、彼女の様子を伺いつつ、次の手を考える。
膠着状態にして、お互い睨み合いが少しの間続く。
最初に口を開いたのは……女子生徒の方だった。
「……お前、これが見えているな?」
「あ? それが、どうかしたのか」
恐らく、女子生徒が言っているのは背中から生えている光の束のことだろう。
あれが何の力なのか、能力と考えるのは早計だが、どうにもそれで確定させるのもしこりが残る。
だが、問いの意味が分からない。
あの女子生徒がもつ何らかの力で形成されているものだとは理解できるが、何故それが見えるのかと聞いてくるのか。
「……よろしい、なら最後に答えろ」
「……」
正直、この女子生徒が何を考えているのかは知らないが、あちらにはあちらの事情があるらしい。
これは対抗戦だ。俺からすればただの競い合いに過ぎない。
けれど、今この瞬間、あの女子生徒にとっては、それ以上の重大な何かなのだ。
「嘘偽りなく、全うに答えろ。お前は、参加者か?」
「……は?」
質問の意図がわからない。
対抗戦の参加者と言えば、そうだと言えるし、それ以外の何かを指すのなら、違うとも言える。
「どういう意味だ?」
「真面目に答えろ。これが見えて、今の意味が分からない訳がない!」
そう発破をかけると同時に、背中で放つ光が更に強く、眩くなっていく。
痛いくらいに強く、太陽のように白く光り輝いて、やがてそれは形成されていった。
それは、比翼だ。
絹のように力強く、透き通るように白い、清廉さを感じる純白の比翼の翼。
まるで、対だった羽をもがれ堕ちた天使のような、神々しいまでに印象深い姿だった。
「答えろ、さもなくば今この瞬間に首を飛ばす……」
そう言い、引き絞るような形で羽を畳み、穂先をこちらに向ける。
先ほどの光の状態だった時のイメージのまま攻撃をするつもりなのだとすれば、間違いなく勢いも威力も今の方が上なのだろう。
だが、どうしてだ?
これは、対抗戦。人が死ぬような場面は必然的に無い。
それなのに、目の前の女子生徒は本気だ。
俺がもし少しでも変な動きを見せれば、即座にあの羽が俺を襲うだろう。
仮に、もしもここで俺を殺したとして、間違いなく彼女は罪に問われるだろう。そんなリスクを犯してでも、俺があの光の状態の羽を見れること自体にただならぬ危機感を覚え、今確実に殺そうとしている。
それは事実だ。
見る限り、現状この周囲に鳴沢の言っていた撮影のドローンはない。
今ここで俺が殺されても、しばらくは気づかれずにすむだろうが、その後はどうするつもりなのだろうか。
「その前に、一つだけ良いか?」
「許さん。先に答えろ」
どうやらこっちの話は聞かない方向らしい。
「はぁ……悪いが、事実として俺は参加者なんて言葉に覚えは無い。その羽が見えてるのはただの偶然だろうし、関係のないことだ。例え何かに関わってようが、俺自身に覚えは無い」
「…………」
依然変わりなく、俺達は睨みあう。
静寂だけが間をとりなし、視線は変わらずお互いの動作一つ見逃すまいと注視する。
あの白い翼を向けられている俺は、余計に動けなかった。
今動いて女子生徒の信用を損なった時点で、白い翼は間違いなく頭蓋を破壊しにかかるだろう。
それがわかっていて動く程、俺も自惚れてはいないし、馬鹿でもない。
地下鉄の時はまだ俺にとって有利な材料が多かったからこそ、あそこまで優位に動けた。
だが、今の状況で動くのはご法度だ。
有利な材料も無いのに、動くだけ動いて、例えそれで逃げおおせたとしても、あの女子生徒から情報を受け取る機会は二度とないだろう。
だから、今は女子生徒に俺が嘘を言っていないことをわかってもらうしかないのだ。
これは信用的問題ではなく、女子生徒の勘違いからくる独善的な問題だ。
女子生徒が納得しなければ、この意味のない問答は続く。
「……わかった。その言葉を信じる」
「助かる」
そう言って、女子生徒は思ったよりも素直に羽をしまったのだった。
どうやらひとまず結論を出したらしい。
「……一つだけ、答えろ」
「ん?」
「神は、いると思うか?」
その言葉を聞いて、俺は確信した。
シロが言っていた「神の力を持つもの」は目の前の人物なのだと。
その問いは、俺のように神がなんたるかを知らなければ、決して口からでる類のものではない。
それ自体が一つの信用に値する証明なのだから。
「いる。今も昔も、変わらずひっそりと見守りながらな」
だからこそ、はっきりと、確信を持って答えることができる。
女子生徒と俺は、ある意味同類なのだろう。
それが確認できれば十分だ。
「いいだろう、信用する。藍田翔子、三年だ」
最後の問いは、彼女の信用を勝ち取った。
その証に、彼女、藍田は名前を俺に教えてくれたのだろう。
「先輩か、黒谷蒼太、二年です」
「そうか、なあ黒谷。上っ面だけで敬われても気持ち悪いのだが?」
「上っ面と言われても、俺は基本的に年上には敬語を使うようにしているだけですよ先輩」
「それにしては初対面の相手には敬語を使わないんだな」
「それは藍田先輩も同じでしょう?」
俺も、先輩も、口元には笑みが張り付いていた。
俺に関しては言わずもがな、皮肉だ。
よくも勘違いで人を殺そうとしやがったな、という言外の皮肉だ。
思い切りがいいと言えば聞こえはいいが、藍田に関しては個人の事情を優先しすぎて確認を怠った。
その結果が俺への冤罪だ。
これで怒りを覚えない人間は逆に少ないだろう。
「まぁ、いい。放課後、校門で待っている。ふふふ……デートでもしようじゃないか」
「デート、ねぇ」
デート、普段の会話から聞ければ俺のような人間であっても小躍りするくらいには嬉しく感じるものだが、藍田の誘いとなると、やはり裏ばかりが明け透けて見えてしまう。
デートなんてものはただの口実で、お互いのために、お互いの持っている情報を交換しようと、そう持ちかけているのだ。
当然、俺はこれに乗らなければならない。
そうでなければ、光の羽の真相なんてものは分かるはずがないのだから。
「なら、少しの間待たせることになりそうですね。俺も別で用事があるので」
「かまわないさ。些細な時の合間も楽しむのが、年上の余裕というものだ」
そう言い、藍田は一歩ずつこちらへ近づいてくる。
コツコツと、わざとらしい足音まで立てながら、ゆっくりと。
それだけ見れば、まるで物語の一説のように、綺麗な所作だった。両手は後ろに組まれ、微笑みながらこちらに近づく彼女は容姿も相まって、本当に美しい。
けれども、俺の内は警戒に染まっている。
シロが出した『神託』の相手なのだから、俺が疑わないはずがない。
それは、彼女がゆっくりと、俺の右隣を過ぎ去るまで、その一挙一動にまで目を通し続けた。
「それでは、また会おう」
くるりと身を翻し、町娘のようににっこりと笑みを浮べた後、再び光の束を出してすぐに飛翔し、そのまま後ろ向きで階段を上がっていった。
ただ残ったのは、怯えるように身を潜めていた静寂だけだ。
あの光の正体も、藍田が何者なのかも分からないまま、逃れられない約束だけを残していった。
それによっては、今後どんなことが起こるのかも予想はつかないが、ひとまずは棚に上げておこう。
今は対抗戦の真っ最中なのだから。
優先度は静城の方が高い。予想外のアクシデントで焦りはしたが、まずは話をしなければ始まらないのだから。
そうして再び、前を向く。その時だった。
目の前の教室、図書室の扉が開いた。
「!?」
当然、音の方に目がいって、相手を視界に収める。
出てきたのは、知らない男子生徒。左腕に付けている腕章に線は無い。
「な、くそっ」
相手は驚いたようで、思わず一歩後ろに下がった。
その隙を、見逃さなかった。
すぐさま<高速移動>を使い、距離を詰め、一瞬で腕章に手が届く位置にまで移動する。
当然、相手も馬鹿ではなく、体を捻って少しでも俺から腕章を離そうと試みる。
それも含めて、俺は逆に利用した。
右手に<振動操作>を使って衝撃を増幅させ、入れ違いになるように扉の外、俺のいた廊下の方にまで吹っ飛ばす。
「うぁっ!?」
そのまま男子生徒は転がり、階段の手前まで転がると何とか手をついて勢いを殺し、顔を上げる。
だが、そこにもう俺はいない。
俺はすぐさま<高速移動>を発動させて、男子生徒の背面へ移動していた。
それに男子生徒は気づいたが、その時にはもう、俺の手には腕章が握られていた。
『一年三組、倉井。失格』
「悪いな」
彼の失格が放送で伝えられ、戦闘は終了を迎えた。
普段なら今の交戦で失格するのは俺の方だが、生憎とやることが終わっていはいない。
だからこそ、今はまだ負けるわけにはいかないのだ。
一年生には悪いが、それまでは、できうる限り、本当の本気で迎え撃つ。
まずは、一人。
俺が静城と話をつけるまでの犠牲が加算されたのだった。
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